モグトワールの遺跡 001

002

 学長室の隣の応接間に簡単な夕餉が用意されている。一番の上座にセブンスクールの学長が座っている。セダは黄のスクールから所属しているのでどちらかというと親しい間柄である。しかしヌグファなどは別で緊張しまくっていた。
「急な呼び出しですまぬの、さ、席に付いてくれ」
 挨拶もそこそこに学長の笑顔に導かれてまずは食事にありつく。
「セダ、お前罰をさぼったそうじゃないか……グスター先生が怒っていたぞ」
 それを聞いた瞬間にセダがしまった、と言う顔をした。そういえばそのままにしてしまったのだ。
「違うよ、じっちゃん」
 慌てて言い訳しようとしたところを、ヌグファがフォローしてくれる。
「違います。学長。私が誤って魔法をぶつけてしまったんです」
「ほぉ。魔法科トップの君がミスをするとは珍しい。セダをかばうのはセダのためにならないのじゃよ?」
「いえ。本当です」
「本当か? 珍しいな。気分でも悪かったのか? それともセダに不満があった、あ、そうだろう」
 そう言ったのは激しいオレンジ色の頭髪をした少年だ。今回同じ任務につく特殊科の先輩にあたるグッカスだった。
「てめー、お前ならいざしらず、ヌグファがそんなことするわけねーだろ!」
「ふ、どうだかな」
「なんだとー!」
「やめなさい。学長の前よ」
 テラが諌めてようやく口げんかが止まる。セダとグッカスは仲が悪いわけではないのだが、よく口論をする間柄ではあった。
「学長、任務の話をそろそろしていただけますか?」
 ヌグファは早く部屋に帰りたいこともあってあらかた皆が食事を終える雰囲気になったとたんに切り出した。学長も頷く。
「そなたらは優秀な生徒じゃ。皆今期の単位はほとんど取れておるかの?」
「私は……はい。ほとんど。古代薬草史学と魔法色彩学だけです」
「えっと、私は武闘史学3と専門短弓と史学4と5です」
 最初にヌグファ、次にテラが答える。
「うん。よろしい。専門の先生にお伺いしたところ、レポートか実習で単位をくれるとのことじゃ。グッカスは単位の心配はしなくてよろしい。セダ、おぬしはどうじゃ?」
「……武闘史学2と3、史学3と4、古代史6……史学ばっか残ってる。専門は終わった」
「む……。まぁなんとかなるじゃろう。今回の任務は史学が重要じゃったのだが」
 溜息をついて学長はセダを見たが、表情を変えて、四人を見つめた。
「そなたらには今回国際学会と国際軍から正式に依頼任務があった」
 国際学会とは国際的な科学者や学者の集まりで、優秀な頭脳の集まりである。そこからの依頼ということはと考えたグッカスが尋ねる。
「遺跡調査ですね?」
「うむ。そのとおりじゃ。キャペンタ市の隣のよくわからない遺跡があるじゃろう?」
「ああ、通称モグトワール」
 セダもそれくらい知っていた。なんか、遺跡があるのに入れない、調査できない謎の封印のかかった遺跡らしい。
「そう、それ。かの地の遺跡調査先遣隊じゃ。遺跡内部の詳細と地図作成を依頼されておる」
 全員の顔が驚きに染まった。古代遺跡中の遺跡だ。なんで、今さら?
「じっちゃん、今さらか? だって入れねーんだろ? どうやって調べるのさ?」
 ふむ、と学長は頷く。
「つい最近、新たな事実がわかっての。あの遺跡はおそらく水のエレメントを祭るものだと推測されておるが……モグトワールの遺跡ではないか、という見解じゃ」
 モグトワールの遺跡とは神話より前、人類がエレメントを神から与えられ不自由なく生活していた頃の人類が生活していた場所である。それに加え、エレメントを祭る神殿を含んでいる場所である。そこが普通の遺跡とは違うのだ。
 誰も発見できず、今まで伝説視されてきたが、確かに創世記に記されているその場所を国際学会は追い求めていた。それを見つけたという。見つからなかったのは神殿にエレメントの使い方が記され、後世の人類に再びエレメントがわたることが無いように魔神が封印したのが有力な考え方だった。
「なぜそれを私たちに? そんな重要任務、国際学会が行うべきものでしょうに」
 ヌグファがそう言って疑問をぶつける。
「その新事実は眉つばものでのぉ、証明されておらん」
「……噂ってことか?」
 セダは呆れる。モグトワールの遺跡なら、すごい世紀の発見だが。
「しかし、あの場所は新開発の有力候補になってもおって……」
「なるほど。納得できます。開発するためにはあの遺跡が不必要と証明する必要があるのですね? ……ですが、どうして見つかったのですか? 何百年も前から遺跡調査は進められていたはずでしょう? どうして今見つかったのです?」
 今度はグッカスが尋ねた。
「創世記にある更新年が近いのではないか、との見方が有力じゃの」
「では魔神は再びわれらを図っておられるのですか?」
 創世記には魔神は人間がエレメントの悪用を目論見、宝人を従わせていないか図る機会を定期的に設けたとされている。それが何年に一度なのか、それとも宝人の求めに従うのかわかっていないがその機会を更新年、と呼んでいる。この更新年で人間が悪事を働けば、人間は今度こそ絶滅する。
「わからぬよ。これらの創世記を我らがいくら研究しても理解には程遠い。一番は宝人に訊くことじゃが宝人は人間を警戒して里から出ることはない」
 宝人は魔神から生まれた新たな種族。創世記を形として残したのも宝人とされている。宝人は人間と生まれ方も違えば思想も違う。その思想はより魔神に近く、創世記をだれより理解している。だがその考えを人間に教えることをしない。
 そもそも宝人は人間に近寄らない。エレメントの悪用を恐れる魔神の考えに支配されているかのように宝人は人間との接触を極端に嫌う。だからこそ、宝人のことさえ知られてはいないのだ。
「学長、もし宝人を保護したらどうするのが最適だと思いますか?」
「いきなりどうした? ヌグファ」
「私は神を信じています。そしてこの世界を支配するエレメントを扱う宝人を大事に思っています。でも世の中そう考える人だけではありませんね? 学長個人の意見を伺いたいのです。例えばモグトワールについて聞くべきか、とか。学長の正直な意見を」
 それは、実際問題を隠すかのように、聞かれた事だったが、テラはばれるのではないかとはらはらした。
「そうじゃな。生まれ里に返すことが一番良いじゃろう。だが宝人の生まれ里は隠されておる。わしらでは手が出せぬな。宝人自身に意向を訊くしかなかろうな」
「では宝人にもし契約を求められる機会があったなら、契約するべきでしょうか?」
「契約を互いに望むならな。それがベストじゃろう」
 学長の答えをきいて学長の宝人に対する考え方を理解したヌグファは学長に言った。
「なるほど、あくまで学長は人類万民の知識を得るより、神話を優先すべき、とおっしゃるのですね」
「そうじゃ」
「わかりました。勝手な発言をお許しください。興味があったものですから」
「よいよい」
 学長はそれに加えて一言言った。
「モグトワールの遺跡調査任務は一年じゃ。定期連出発予定日は一週間後の朝。連絡は密に行うよう、半月に一度とする。詳細はグッカスに任せよう」
「承知しました」
 グッカスが目礼して了承する。
「他に質問があれば、応えるが。……ないようじゃの、では、各自準備を怠らぬようにな」
 学長はそう言った。任務に慣れている四人は即座に頷いた。
 ひとまず、敷地外に出る許可は出た。後は、どうやって宝人をばれないように匿い、外に出すか、だ。ヌグファは考える。