モグトワールの遺跡 001

003

 宝人は魔神から生まれた新たな人類。その責務は人間の監視とエレメントの管理。宝人はエレメントの管理と秘匿を自分の存在意義とする。だからこそ人間との接触を絶ってきた。
 宝人は六種類にわけられる。それは六つのエレメントが存在するからそれぞれのエレメントを扱うもので分けられるのだ。神が人間に与えたこの世を構成する六つのエレメント。
 一つ、それは生命を表し、すべての生き物に必要不可欠な水のエレメント。
 一つ、それは進化を促す、すべてを育む母なる大地のエレメント。
 一つ、それは活力を与える、すべてを照らす昼を司る光のエレメント。
 一つ、それは休息を与える、すべてを包み込む夜を司る闇のエレメント。
 一つ、それは破壊を表し、再生を促す、すべての動力となり得る炎のエレメント。
 一つ、それは自由を運ぶ、すべてに動きという役割を与える風のエレメント。
 この六つのエレメントが複雑に作用しあって全てのものは神によって創生された。そして六つに分けられた魔神もこのエレメント一つ一つを支配し、その魔神が生んだ宝人も然ることながら一つのエレメントを支配する。
 人間は宝人との契約を切に望む。エレメントが使えればそれだけ楽な生活を手に入れられるからだ。
 宝人はエレメントを使えなくても自分たちが生活する分には構わない。だが、それではいけないのだ。神は慈悲深く、エレメントの恩恵を人間にも与えよ、と仰った。 だからこそわざわざ危険を冒してまで宝人は人間と契約を望む。
 人間は勘違いしている。宝人は望んで人間と契約するのではない。神が望んだから行うだけ。
 だというのに、当然の権利のようにそれを求めてくるのだ!

「こっち! 光」
 強く手を引かれて光は走る。混乱の最中にある里で彼だけが落ち着いていた。
「使い方はわかってるよね?」
 少年は淡い緑色の細長い石を光の手に握らせる。
「さぁ! 逃げて、ここから」
「楓はどうするの?」
「ここに残る。みんなをできるだけ、守るから!」
「いや! いやよ! 楓」
「君はこんなところでつかまっちゃいけない! いいね! 自分の価値をわかっているだろう? 自分のすべきことがわかっているね! 絶対に帰ってきちゃだめだよ。ほかの里に逃げるんだ」
 口早に伝えるのは悲鳴がどんどん近くなっているから。
「楓!」
「行くんだ!!」
 少年が怒鳴る。びくっとして光は貰った石を強く握りこんだ。ふわりと身体が浮く。それを確認して少年は微笑む。
 がちゃがちゃと鎧の音が響いて、微笑みは突然炎に包まれた。
「楓! かえでー!!」
 上昇気流に煽られてその身は高く舞い上がる。炎は里一面を焼き尽くしていた。生まれ里はすぐさま見えなくなる。涙が風ですぐ乾く。でも涙は止まらなかった。
「絶対! 絶対信用できる人間を見つけて、帰るから! 絶対助けるから!!」
 光は里に向かってそう叫んだ。

 夢でも見る光景。何度この夢を見ただろう。里はどうなったんだろう。ちゃんと人間から逃げられただろうか。
「楓……」
 その名を呟くだけで涙が零れる。お兄ちゃんみたいな存在で、いつも傍にいてくれた。力の使い方も教えてくれた。誰よりも優しくて穏やかで、大好きだった。
 あいつらは楓を無理矢理手に入れるために、里にきた。楓の性格なら……契約に応じてしまう可能性が高い。
「その前に、絶対……!」
 光は拳を握った。そこにノック音が小さくしてからヌグファが顔を出す。
「あ、起きていたの? ずいぶん疲れたみたいだから、そっとしておいたのだけど、起こしてしまった?」
 後ろからテラが桶に湯気の立つお湯を携えて入ってくる。
「遠いところから来たのかなって思ったの。だから、さすがにお風呂は無理でも身体拭くくらいならと思ってね、お湯持ってきたのよ」
 浴場からお湯を持ってくるのにも怪しがられたが、テラは脚がむくんでいて、足湯をするのだと言い張った。柔らかいタオルをお湯に浸し、絞って渡す。ヌグファがカーテンを締め切り、ドアに鍵をかけた。
「気になるなら、私たち後ろ向いているから」
 テラが微笑む。ヌグファも頷いて、テラに習った。
 光はちょっと赤面して、思い切ってワンピースを脱いだ。埃にまみれた肌に濡れた布が清めていく。涙を流したままにしていたことを思い出し、顔も丁寧に拭く。
「服、着替えたい? ちょっとサイズは大きいかもだけど、洗っている間だけなら私達の貸すよ?」
 後ろを向いたまま、テラが言った。
「うん、着替えたいかも」
「わかったわ」
 テラはそのまま奥に行って若草色のワンピースを器用に後ろを向いたまま渡してくれた。 光はそれを着る。ちょっと肩幅が合わないが、十分だ。
「あの、終わった」
「そう、気持ちよかった?」
 このような気が使えるもの女だからだろう。光はこの二人はちょっと信用しても大丈夫かなと思った。それにセダという少年の魂はとても暖かくて心強かった。
「えっと、このままだと不安だと思うから、私達の考えを話すね」
 テラはそういう。光は頷いた。
「私達はちょうど今日から一週間後にスクール外で任務に出ることになってるの。それに乗じて貴女をスクールの敷地外に出してあげようって考えてる。その上で任務にごまかせる範囲で貴女の願いをかなえようと思うの」
 テラが続けようとしたとき、ノック音が響いた。テラとヌグファが顔を見合わせる。テラは口元に人差し指を当て、静かにと示した後に、クローゼットに光を押し込んだ。
「はい」
 テラが応える。
「俺だ。任務の詳細を持ってきた、開けろ」
 その声は光は初めて聞くものだった。グッカスである。
「えっと、」
 テラはヌグファを見る。一応同じ任務のメンバーとはいえ、グッカスは光の存在を知らない。部屋に通しても大丈夫だろうか。
「早くしろ」
「わかったわよ」
 テラは開けないのも不審だと思い、扉を開けた。鮮烈なオレンジ色の髪と不機嫌そうな顔が浮かぶ。テラが彼を招きいれ、ヌグファも顔を出す。
 グッカスは部屋をちらりと見回すと、テラを軽く睨んだ。
「な、なによ?」
「お前、そこに何を隠してる?」
 グッカスは光を押し込んだクローゼットから目線を離さない。
「え? なんでわかったの?」
 馬鹿正直にテラは答えてからあっと口を覆う。
「そうです、何でわかったんですか。私達の秘密貯金」
 ヌグファが真面目に言い切ったが、そんなのは大嘘だ。とっさの嘘がヌグファはうまい。
「違う」
 そんなのはどうでもいい、と言いたげにグッカスはクローゼットに歩み寄る。テラはあわてて回り込んだ。
「乙女の秘密の花園よ? 開けるなんてないんじゃない?」
「お前ごときに乙女だの花園だのあるものか。いいから、どけ」
「あたしにはなくても、ヌグファにはあるかもじゃない!」
 焦っていっていることが支離滅裂だ。
「どけ、ここに何を隠している、と俺は言っている」
 がちゃり、と無残にクローゼットが開け放たれ、白い目がこわごわとグッカスを見上げていた。ヌグファが不安な顔をする。
「ほぉ……。初めて見るな、これが宝人か」
 グッカスがそう言った。
「で、どこで拾った?」
 最初からヌグファをグッカスは見る。
「どうして、わかったんですか?」
「魂の形が違うからな。俺に物理的に隠しても無駄だな」
「……セダの罰則中に枯れ草の上に落ちてきたんですよ」
「なるほどな」
 光はおずおずと出てきて、じっとグッカスを見た。
「あなた、人間じゃない。魂の形が違う……」
「そうだ。おれは鳥人。本来は鳥だからな。ヌグファ、なんでここに置いている。さっさと学長にでも渡せばいいだろう」
 そう言った瞬間に光はびくっと肩を揺らしてテラの後ろに隠れた。
「グッカス、光は宝人ですよ? 事は慎重に進める必要がありますし、宝人の意向を重要視するのは、人間として当然ではないでしょうか」
 グッカスはちらりと光を一瞥して、言い放つ。
「別段、おれはそう考えない。お前たち人間にとっては宝人は敬うべき存在だが、おれ達鳥はそんなことはないからな。こんな状況じゃなければおれだって宝人に頼らずともエレメントの恩恵は受けられる」
 そう、人間が宝人を敬うのは、エレメントを神に取り上げられたからだ。エレメントの恩恵を受ける為には宝人が必要なのだ。しかし人間以外の生き物はそうではない。だから必要以上に敬うことはしない、そうグッカスは言ったのだ。
「よー、グッカスきてんだろ? おれも仲間入れてー」
 ノック音と同時に扉の外でセダの声がした。テラがそっと扉を開ける。一瞬で部屋の状況を把握したセダはグッカスに言う。
「や、内緒にしといてくれよ、な?」
「そんな必要ない。おれ達学生が身に負える責任なんてたかがしれてる。人間にとって宝人は貴重なんだろう? だったらなおさら大人にでも渡して厄介払いするほうがいい」
「厄介払いって何よ!」
 テラが怒ってくってかかった。
「じゃぁ、なんだ? お前はこの娘と契約でもして、永遠にこの学園内に飼うつもりなのか? それこそ人間のエゴだとなぜ考えない。宝人なんて戦の種だ。とっとと手放すに限る」
 光が泣きそうな顔で下を向く。
「あたしたち、戦いの道具じゃない!」
 光はそういう。セダはグッカスの肩を叩いて言った。
「言いすぎだ」
 光は手を握り締めた。そうだ、今この瞬間にも楓は……。
「ふん、厄介なものに変わりはないだろうに」
「厄介じゃない! あたしはただ、楓を助けたくて……!!」
いつの間にかグッカスに向かって光はほえていた。
「楓? なんだそれは?」
 目で問われるが、よく知らないのでセダも首を傾げておいた。グッカスは順にテラ、ヌグファと見るが首を振られる。
「あのな、宝人の世界ではどうか知らないが、協力を仰ぎたいなら、まず、協力者が理解できるように話せ」
 光はグッカスを睨んで、そして話し始めた。何故、逃げてきたかを。