モグトワールの遺跡 002

006

 この国は少し特殊だ。謁見の間には王座が4つ存在する。その座に座るのはまだ若い王と女王。美しい金髪を持つ見目麗しい王。堂々とした動作はまさしく王に相応しく、青い目が輝いていた。
「それは本当のことなのか? ハーキ」
「ええ、そうよね? ヘリー」
 王に問いかけられたのは、長く、先がゆるやかにカーブした青い髪を持つ、女王だった。美しい顔つきではないが、女王としての威厳と優しさが覗く。
「本当。だってそう告げてきたもの。信じてはくれないの?」
「宝人のことでヘリーに勝るものはいない。そうだろハーキ? 僕は信じるよ」
「ジル、そうだけど……信じられるものではないわ」
「でも、僕は最後にはキアに従う。君が一の王だ」
 そう言い切ったのは、黒い髪をした、少し幼さの残るまだ少年と言ってもいい外見の王だった。
「そうね、どうするの? 私も貴方に従うわ」
「ヘリー、もう一度教えてくれるかい?」
 金髪の王、キア陛下が末妹、ヘリー女王に聞く。その聞き方は優しい。
「うん。水の大陸で一番大きな宝人の隠れ里が、暴かれ、宝人が怒っている。たぶん、襲った国は……私達とお友達」
「うん。公共軍から連絡は無いけどね」
 ジル、三の王が告げた。
「古の制約に従い、神の領域を侵したなら、人間の始祖の血を引く我らは隣国を裁かねばならない。それは戦争になる。それもわかるね、ヘリー四の女王」
「ええ、キア一の王」
 ヘリーのまっすぐな白髪が揺れた。湖水の底のような緑の目が悲痛な色を映す。
「我らシャイデ、宝人の朋友。今決断の時か」
 キアが澄んだしかし青い目を王座の果てに向ける。それに釣られて、二の女王ハーキの白い目も同じ方向を見た。三の王・ジルの赤い目は一瞬妹であり、この凶報をもたらしたヘリーに向けられた後に、兄、姉を見て果てを見る。ヘリーは辛そうに目をそむけ、そして決断を兄にゆだねた。
「ジル、鷹を」
「了解」
「ヘリー、竜を」
「うん」
「ハーキは獅子を」
「ええ」
「聞け! 我が民よ! 我が盟友よ! 我、魔神の加護の下、一の王・キア=オリビンが宣言する。我が友、ジルタリアは朋友の地を侵した。裁かねばならぬ! 魔神のために! そして我が朋友のために!」
 白銀に輝く剣が腰から抜かれる。その剣に光るのは六色の宝石だ。
「我が心と身体は陛下の御為に!!」
 どこにもだれも人がいないのに、その声は確かに聞こえてくる。その声は津波のように、押し寄せるかのように、後から後から響き、反響して大きくなってくる。
「ありがとう!!」
 四人の王と女王はその声を聞いて、誰もいないのに膝をつき、返礼のポーズをとった。
「早速繋がった。来るわ!」
 ヘリーが立ち上がって叫んだ。
「早く言えよ」
 ジルが叫んであわてて白い布を手繰り寄せた。急ぐ様子の彼に何も無い空間から声が響いた。
「我ら古の制約により、巫女の御為に第一の光の使徒、推参致しました」
 謁見の間に光が漏れ、次の瞬間に一人の女性が現れる。
「お応えいただき感謝いたします」
「ええ、古の盟約によりシャイデの巫女さまがお呼びくださいましたなら、わたくしら一番の速さを持つ光の宝人が一番が駆けつけなくては。そう、リュミィさまにも申し付けられておりますゆえ」
 現れ出た女性は背が高く、まるで光を体現したかのような白い髪と目をしている。
「では、早速よろしいですか? 時間ありませんもの、ヘリーの言うことが本当ならば」
「本当です。あの里の宝人は生き残ったものは逃げ、捕らえられたものは鳴いています。リュミィさまはこれから向かう予定です。旧友が心配とのことで」
「国旗の色は?」
 キアが聞く。短く女の宝人が言い放つ。
「緑」
 キアが肩を落とした。
「やはり、ジルタリア」
「状況をこれからも教えてくださいます?」
「もちろんです、われ等がの光の巫女姫」
 ヘリーに向けて優雅に宝人は一礼すると四人の王に目礼する。
「我らシャイデ、人間として必ずや力に。準備を進めます」
「盟約に従って」
 唐突に宝人は消える。
「さぁ、準備を」
 キアの言葉に残りの三人が頷いた。

 水の大陸の東側に広がる大国の一つにシャイデ王国が存在する。神代の時代に建国を許された唯一の歴史の古い国だ。
 神に認められて、神に選ばれた王が代々治世を行ってきたのだ。しかし、この国が一番特殊なのは、王が四人存在することだろう。
 王は同じ血族の中から選ばれることが多い。いつの時代も王は必ず四人。神に定められた決め事である。その四人は血が繋がった兄弟であったり親子であったり。しかし王位継承に問題を生じたり、脚をひっぱったりしたことはない。この国の王位継承には、神の意思が存在するごとく、人間では関わりあうことができない。
 四人の王または女王が王位につき、誰か一人の命が失われたとき、自動的に次の王位を継ぐ四人が自国のどこかで選出される。選出された王や王女はシャイデの国民なら、誰しもが王と認識するようになる。
 その選定には自国に住む宝人の総意であると言われていることから、神に定められた国として宝人を朋友とし、彼らと盟約を交わす唯一の国だ。
 現在その王座を温めるのは、一の王・キア=オリビン。オリビン兄弟の長男にして、建国王を名乗る。優しげな顔つきに光り輝く金の髪は、大地の守護を得ている証。水の大陸の国として、その目は青色を映す、国の象徴ともいうべき王。歳はまだ二十歳であり、若い。
 二の女王・ハーキ=オリビン。オリビン兄弟の長女にして大国の良心。水の大陸に相応しく水の加護を受けた長い青い髪と日の力を受けた白い目を持つ、優しさの象徴、守護王を名乗る。歳はキアと少し離れて十八歳。うら若き乙女だ。
 三の王・ジル=オリビン。オリビン兄弟の三番目にして次男。黒い髪に赤い目を持つまだ少年とも言える王。名は英雄王。良き兄の助けをする優しい王だ。十五歳。
 四の女王・ヘリー=オリビン。オリビン兄弟の末子にして次女。柔らかな白髪に湖底を思わせる緑の瞳。国の慈悲の象徴ともいわれ、囁かれる名は巫女王。十三歳にして、この世の理を知り、宝人を最も愛する。
 この兄弟王の治世はまだ一年もない。王権交替がなされたばかりだ。もともと平和な国であるこのシャイデは前王もその前の代も平和を築いた。天災に見舞われることもなく、特に何も問題なく、治めてきたのだ。
 しかし、彼らの王権交替は波乱があった。突然に前王の一人が死に、急に王権交替がなされた。一人の王が死ねば、自動的に次代の王、四人が神によって選出される。和平を築いた残りの三人の王は何も問題を起こしていなくとも、退位を迫られることとなる。
 前王の配下に満ちた王宮では王政交代に反対が相次ぎ、波乱に満ちた。そして不満が渦巻く王国の中枢で神の意志によって急速に選定されたオリビン兄弟たちこそが王位に着いたのだった。
 神からの選定に疑問さえ抱かない民からの信頼だけは厚いが、それでも急な王の交代には不思議が残る。先王はなぜ急死した?と。
「お待ちくだされ、陛下」
 円卓の会議で、古参の配下が反論を唱える。先ほどの宣誓を聞いてあわてて駆け付けた大臣の要請により、急いで臨時会議が催されることになったのだ。円卓会議の中央に座すのはキアである。その隣にハーキ、ヘリーと並び、ヘリーの隣にジルが座す。円卓には議員が全員座り、四人の王を眺めていた。
「何がいけない」
「おわかりなのですか? 陛下。我らシャイデとジルタリアは同盟国なのですよ! 大した確証もなく、同盟を一方的に裏切り、戦争を引き起こすなど、我らは侵略国となってしまいます!」
「ヘリーが“声”を聞いた。それ以上の理由はない」
「それはどうでしょうか? あいにく、我らは神殿の巫女一同、そのような『声』は届いておりません」
 年配の女性にはっきり言われて、ヘリーに視線が集まる。
「そんな……!」
 ヘリーが泣きそうな声を出す。シャイデには王の次に権力を持つ神殿という組織が存在する。神殿には、大巫女が率いる巫女が存在し、巫女は神の声、ならびに民意を聞くことができる。だが、巫女全員がその声を聞けるはずもなく、力を持つ巫女だけが声を聞ける。
 その声を治世に生かすよう、王に進言し、民の嘆きや思いを届けるのが神殿の勤め。今はその大巫女の位を四の女王、ヘリーが務めている。彼女自身、宝人の声を聞き、神の声を聞くことができる巫女の力を兄弟のなかで唯一持っている。
 しかし王の突然の交代に不満を持つのは中心だけではなく、神殿もそうだ。急に十三歳の少女を大巫女として仰げというのも無理な話であった。
「馬鹿を言うな! 我ら宝人、悲鳴が届いていない者はいない! ヘリー様のお言葉は真実だ」
「今は声の真偽を問う場合ではなく、戦争を本当にしかけるかが、問題だ!」
「幸いキア陛下のなされたのは宣誓のみ。お言葉を叶えずとも問題はない」
「それこそ、馬鹿を言うな! 宣誓を叶えぬ言葉など、とんだ笑いものだ! 陛下を陥れる気か?」
「そのようなことは!」
「その前に本当に戦争を起こすおつもりなら、国民への説明はどうなさいます? 『宝人の里が襲われたから代わりに仕返しに行きます』とでも?」
「そなたこそ、陛下を馬鹿にしておりませぬか?」
 くすくすと笑いが生じる。ダン、とキアが円卓を叩いた。
「静まれ」
「申し訳ありませぬ、陛下」
「とにかく、私たち兄弟は盟約に従ったまで。何か間違ったか?」
 こういう場合はこのような対応をするというような教本が王にあるわけがない。キアは常識というか、そういうものとして行動を起こしたが、この反感は間違っていたのか。
「い、いえ。しかし陛下、その盟約は太古に交わされたものですし、今となってはその存在すら疑わしく……」
 大臣の一人が言い放った。
「皆様、太古の盟約に従うは我が国の誇り。それに陛下は宣誓を下されたのです。問題はそこではありません。今友好国となっているジルタリアと開戦するに当たり、貿易やそれに関連する民の扱いの方がはるかに深刻です」
 その大臣はまだ若く、この場にふさわしくない力強さで言う。それを見て、影でぼそりとささやく声がする。聞こえている嫌味を若者は聞き流した。
「ただの血筋だけの若造が」
「戦争を、するとおっしゃいますか」
「無論です。それが魔神との契約です。わたくしからすれば、皆様がなぜそこで議論したいかがわかりかねます。それよりは開戦した暁に訪れる問題を議論する方がはるかに時間を有効に活用できます」
 はっきりと言い放つ。キアは若い大臣を見て、ほっと一息ついた。キアたちオリビン兄弟は急遽、王座着いたゆえに、味方がいない。兄弟しか安心して本音を話せる者がいないのだった。
 キアはこの円卓会議も、建国もしていないのに建国王と呼ばれるのも、実は嫌いだ。王座なんか最初から望んでいない。普通に両親の田園を継いで兄弟仲良く過ごせればそれでよかったのに。自分が黙っている間にせっかく開戦に向かっていた流れは逆戻りだ。同じ手をあの大臣も使えないし、さて……。
「どうする? キア」
 こっそり妹のハーキが言う。ため息で応える。その時、横で音がした。
「……な、なにをなさいます、ジル王!」
 円卓に踵を乗せたジルはふん、とあからさまに鼻を鳴らして会議を中断させる。
「いくぞ、ヘリー」
 隣の妹の手を握り、ジルが立ち上がる。
「え、ちょ……! ジル!?」
「俺たちお子様王は大人の会議には必要ないからな」
 ふん、と笑う。頭に巻いた白い布の隙間から紅い目がのぞいた。この場に不釣り合いなのは事実で子供はこの二人しかおらず、兄弟では年長組のキア、ハーキですら場違いに見える。
「そうそう、一つ教えてやるよ。神代の契約を疑うのなら、俺たち神に選ばれた王は不要、ってはっきりそう言えば? この会議は王を笑うために催されたか? ならば、それ相応の対価をお前たちに与えるぞ」
 それはわずか十五歳にしてはあり得ない殺気。
「そうだな、今回は初犯だし…悪夢程度で許してやろっか? キアの身を立ててね」
 くすくすとジルは笑う。
「あ、悪夢だと……ふ、子供め」
 囁いた重鎮に、隣の者が言う。
「お、おい!」
「そうかぁ、スティレスさまにはとっくべつな悪夢をお届け☆」
 子供らしく笑うジルにぞっとする大人たち。
「俺は他の兄弟たちのように優しくも寛大でもない。短気で激しい。……俺は、」
 わざと言葉を切り、ジルは頭の布を取り払った。漆黒の髪と紅玉の如くの紅い目が現れる。
「激情は炎」
 そう言った瞬間に半分の者が震え、目をそらす。
「俺は、炎」
 ジルが辺りをにらんだ。辺りはシーンと静まり返った。
「おっと悪い悪い。場を凍らせたな。キアごめん。だから俺退場するけどー、もしこれ以上うだうだ言ってキア困らせたら俺……怒っちゃうよ?」
 三番目の王は身勝手にそう告げると、会議場を抜ける。
「ふぅ」
 キアは弟に感謝しつつもやりすぎだ、とため息をついた。くすっとハーキが笑う声が聞こえる。弟が自分を犠牲にした沈黙を利用しない手はない。キアは声を張り上げた。