モグトワールの遺跡 002

007

 この部屋の空間としての広さはそうないと思う。しかし、広大に思えるのは、その部屋の用途が神秘的なものに使われているからだろうか。広さだけでなく高さもそうないが、広大な大地に寝転がって果てのない夜空を眺めている気分になる。
 天井と思える場所は漆黒に埋め尽くされ、夜空の星を転写したかのように色とりどりの光が瞬き、光り輝く。それは天井だけではなく、この部屋すべてがそうだった。この部屋自体が小宇宙のようである。
 その部屋の中心でこの部屋の主が肩から長すぎる棒状のものを肩から外し、一回転させ、地にダン、と叩きつけた。その瞬間に周囲の星の光が棒状のものを叩いた場所に吸い込まれていく。儀式の終了の合図だ。
 ふらぁっと傾いた中央にいる人物にまるで置物のように動かなかったもう一人の人物が初めて、すばやくその身を立ち上がらせ、中央の人物を抱きとめる。
「今回は長かったな。大丈夫か」
「違う結果が見えて、追っていた」
 抱きとめる人物は若干息が上がっている。それだけ集中したということなのだろう。
「違う結果って……」
「更新年だからね、前々から注目してはいたんだ」
「で、結果は? 動くのか?」
 息を整えた人物は顔を上げる。抱きとめられているが、ちゃんと顔をみて話したいというかのように。それを知っているとばかりに抱いている人物も顔を覗き込んだ。
「動く、必ず。というか、もう動き出しているとみた」
 驚きがその顔に上る。
「場所は?」
 訊くその表情は真剣だった。その顔には真っ白な紋章が光っている。対する抱かれた人物の顔には黒い紋章が浮かび上がっている。
 この顔に各守護するエレメントの色を持つ紋章が現れるのは人間と契約した宝人と決まっており、この紋章を契約紋という。つまり、二人とも宝人である証拠だ。
「神代の創生では一番は光。光が動けば同じ源である闇も動くはず。しかし動いた形跡はない。今は風が西に吹く季節。ならば、時周りも逆になるだろう。そうすれば、最後と考えるのが妥当。でも、」
 その言葉は白い目をした男、抱いている人物が引き取った。
「炎は死んでいる」
 対する黒い人物は頷いた。
「炎は死んだ、だから炎と同じ力巡りと考えれば、最初に鳴動するのは……」
「水か!!」
 こくり、と再び頷く。
「一番力を持つエレメントが一番に動くのか……! これはおおごとだ。もしかすれば……」
「うん。追ったよ。水の大陸は大国同士が戦を起こすね。バランスが崩れると思う。水は戦火を生じ、その広大さゆえに、その火は飛び火する。うまく自身の性質を思い出せば他の大陸にまで戦火が及ぶ事はなく、はやく終結するだろうけどね」
「待てよ。ってことは戦火が及ばなくても、水が終結すれば、次に動くのは土か?!」
「いや、そこまでは読めなかった。今回は何が起こるか分からない。星も激しく動いているし。なにせ炎が死んで初めての更新年だから……神代が動くかも知れないね」
 それこそ白い男は仰天したようだった。
「神化するっていうのか!? 俺たちだって獣化までだぞ? それ以上は神話の話だろう?」
「わからないさ。この闇にまで動きを与える時には風の向きも変わっているだろうし、星も動いているだろう。とりあえず、今は……“動き出した”ってことが重要」
 しばしの静寂の後に白い男は黒い棒、今ではそれが杖とわかるが、それを握り、消し去った。両手が空になると、黒い方の人を抱き上げる。
「ちょ、自分で歩ける!」
「いいから」
「白闇(びゃくあん)!!」
 白い闇、そう呼ばれた男は天空の太陽をくりとったような白い髪を持ち、真っ白な目を相手に向ける。
「いいから。俺がそうしたいの、いいだろ? 黒光(こっこう)」
「俺がガキどもに馬鹿にされんだろ?」
 対するのは闇を切り取ったかのような漆黒の髪を持ち、黒い目を白闇に向ける。あからさまに不満がにじんでいる。
「いいじゃないすかー。夫婦仲がよろしいと子供はいい子に育ちますのよー?」
「誰が夫婦だ、誰が子供だ、コノヤロウ」
 黒光の文句を笑って封じ込め、黒い部屋からすっと脚を踏みだした。軽々と右腕だけで黒光を抱きかかえ、扉を開く。するとすぐに明るい光と声が響いた。
「あー、ランさま! イェンさま、またぁ?」
 子供が異なる名前で呼ぶ。二人きりの時は、二人は互いの魂名で呼び合う。しかし、それ以外の時は、ただの名前を呼ばれる。すなわち、白闇はランタン。黒光はイェンリーと。
「ほら、言ったこっちゃねぇ!」
 抱えられた黒光はぼかり、と白闇を殴る。イテ、と形だけの声を出して、わらわらと腰のあたりに群がる子供を見る。
「いんや。イェンは大丈夫って言ったんだけど、俺が止めたの。だってイェンは働き者だからね、『結界』に支障をきたしたらまずいもの。なー?」
「そーね!」
 子供が同意する。
「や、そこまでへばったらさすがに言うし」
「イェン兄ちゃん、『自動書記』は?」
「今回はいいや。そんな大した内容じゃねーから、『夢』で直接オキサに伝えるわ」
「そうやってすぐに力使うからへばるんじゃないのぉ?」
「お前ら人が弱っている時にそういうことばっか言ってると、イェンさん怒りますよ?」
「ごめんなさぁ~い」
 きゃーと言って子供が散っていく。
「ちっとも反省してねー」
 子供に呆れた目線を送ると、白闇が笑った。
「弱ってるんだ? 認めたね? イェン」
「う……。さっさと寝床に運びやがれ!」
「はいはい、了解しました。……にしても、里のじじばばには今の、伝えないのか? 『自動書記』を断ったってことは、だ」
「言っても信じねーだろう」
「違うだろ。世界の中心に座す、星占師・イェンリー=ミザールの占いを信じない? 違うさ、認めたくない、だろ?」
「まぁ、もともとの依頼分は自分で『自動書記』したから問題ない。だから今回の結果は、オキサにだけ教えておくつもりだ。覚悟が必要だろう、と」
「それがいい」
 くいっと黒光が白闇の袖を引いた。
「ん?」
「暗殺師・ランタン=アルコルに暗殺以外の仕事を頼んでもいいか?」
「もちろん。俺の黒光の願いなら何にも勝るから」
「では、頼む」