009
無事に学校を抜けた一同は隣町で落ちあい、そして光のいた隠れ里に向かうこととなった。すでに暴かれてしまった里だし、入れてもらえずとも、皆の安否を確認したいという光の意向に沿ったのだ。
一応隠れ里だから場所などはっきりした事は教えられないと言われたが、だいたいモグトワールの遺跡の位置を聞いたところ途中まで一緒、と言われたのだ。
「あ、おれまたやっちまったよ」
セダはそう言って、手の中にあった紅い石を粉々にした。赤い石は水晶のような形と構造をとっているが、鉱物と異なる点は、内側から命が宿っているかのように時々赤く光るところだろうか。赤い水晶のような石。
「あ、馬鹿! 貴重な火晶石(かしょうせき)を! 旅は長いのにもう一個なくしちゃったの?」
テラが怒る。ヌグファもあー、という顔をしていた。光だけが不思議そうな顔をしている。
「これ……火石(ひいし)?」
光が言った。不思議そうな顔をする人間に仕方なしにグッカスが説明する。
「人間は晶石(しょうせき)という言い方をする。それに各エレメントをつけてな。しかし宝人側からすればただの石。そういうことだ」
「貴重、なの?」
「そりゃね。晶石はお金で取引されるの。人間はね、採掘所で掘れる晶石を加工して数を増やして売り買いするのよ。エレメントを与えてくれるのだから貴重に変わりないけど」
「え、これって人間の間ではお金になるの?」
光は驚いた。グッカスが呆れる。
「とんだ世間知らず娘だな。そんなことすら教わってないとは」
この世は神によってエレメントを複雑に組み合わせて創られた。つまり世界の元はエレメント、ということになる。複合していない純粋なエレメントは長い年月と純粋な力をためると結晶化する。その結晶化するエレメントの周りにそのエレメントを好む精霊が生まれ、その精霊がエレメントを動かす手助けをするのである。
つまり晶石にはそれぞれのエレメントが100%含まれた純粋なるエレメントの結晶であり、その晶石を使えば、魔法使いでなくてもそのエレメントの恩恵が受けられる。
簡単にいえば使えれば火晶石は火種となるというわけだ。旅人の間ではこれは重宝され、特に水をもたらす水晶石、火種となる火晶石、光源となる光晶石はよく持ち歩かれる。
だから人間はこの晶石が生成される場所で晶石を掘り出し、小さくして、売り買いするわけである。
「だって、石って宝人がエレメント使うとぽろぽろ出るから」
そう、宝人が悪用されやすいのはこのせいでもある。宝人がエレメントを使うと晶石を生み出すことから、一石二鳥にエレメントを使う事が出来るのだ。エレメントの管理、並びみ恩恵を与える事が主な本能であるからか、宝人にはこういう特技を必ず持っている。
宝人とは人間をはるかに超越した特別な存在と言える。この存在を自在に扱おうなどという考え自体間違いであるかのように。
「あたしも持っているよ、みんながくれた」
スカートのポケットから光輝く赤い石を光はセダに差し出した。
「うおー! こんなでかい火晶石初めて見たぜ」
「ほんと、おっきい」
テラも感心した。任務で渡される火晶石はよくて爪の半分くらいの大きさだ。しかし光が見せたのは、軽く手のひらに握れるくらいに拳ほどの大きさがあった。
「そっか、楓さん? 炎の宝人だからか」
ヌグファは言う。しかし、セダに渡そうとした火晶石を光の手に握らせて、ヌグファは言った。
「人間の世ではね、晶石は貴重な物なの。これを見せただけでどれだけのお金が手に入るかわからない。特に水の大陸では火晶石はもう取れなくなりつつあるの。火晶石の採掘所は死んだって場所ばかりだから。だから、気軽に人にこれを見せてはだめ。そんなことしたら危ない目にあうから」
「そうなんだ。わかった」
光は納得して、ポケットに紅い石を戻す。宝人にとっては晶石は簡単に生み出すことができるものであり、己が生み出すエレメントを形として残す行為でもある。しかし人間はエレメントを使うことができないから晶石に頼るのである。
「そうそう、何度やっても火をつけられないセダがドジなの」
テラはそう言って、さっと火晶石を無駄にする事もなく、木々に火を付けた。街外れまで来て、ここではもう野宿だからだ。本来ならばもっと夜が更けるまで足を進めるが、今回は子供の光がいる。
本来ならば町の宿屋に入りたかったが、光は水の大陸では珍しい白髪に白い目の持ち主だ。もし、里を襲った誰かが光を追っていたり、見つかったりした場合には、危険と判断したためだ。
それに今回の任務には獣や外敵の気配に敏感なグッカスがいる。野宿の方が比較的暖かいここらの場所では都合が良かったのである。
「でだ。お前、帰巣本能とやらは復活したのか?」
グッカスが言う。光は首を振った。そう、実は問題が生じているのだった。
「里の場所がわからない~~??」
宿で落ちあった四人+宝人一人ではあったが、次の目的地を宝人に尋ねたところ、里の現状を知りたいというものだった。一応その主張に納得した四人は里の場所を訊いたのだが、答えはわからない、だったのだ。
最初は人間を入れてはいけない里の秘密を守るためかと思ったが、幼くして里を出た光には里の場所を知らなかったというのだ。どうやって戻るのか、とグッカスが激昂しかけ、ヌグファが押さえてと言った時、宝人には帰巣本能があり、近づけばきっとわかると言ったのだ。
宝人という者は人間にはおおよそ理解できない能力がたくさんあるらしい。筆頭に挙げられるのはエレメントを使いこなすことだが、それだけではなく、危機が迫った時に、近場にいる宝人に知らせる『鳴き声』とよばれるものや、里のある場所に現在地がわからない状態から必ず戻る『帰巣本能』など、おおよそ獣に近い能力を持っているらしい。
「だいたいの場所はわかるんだよ!」
それはそうだ。小さい子供が家の近所まで来れば家を見つけられるのと一緒だ。それははたして帰巣本能というのであろうか。疑問が残る。
「っていうかな、急いでるんだったらそんなのんきなこと言ってる場合か! そもそもお前十四歳にでもなって自分の住んでいる地域すら言えないってどういうことだ!!」
グッカスがイラっとして叫ぶ。グッカスは口も悪いがそれよりも何よりも他人を宛てにし、己で何とかしない人間を嫌う。最初はそれでヌグファもずいぶん言われた。だが、それは誰をも分け隔てなく同じように扱うことでもあって、そういう己の考えや気持ちを正直に伝えてくれるのは好ましい。
光もわかっているからか、言い返すもグッカスが苦手、というわけではないようだ。
「いえるもの!」
「ほー。じゃ、言ってみろ」
「乙陰(おついん)」
「は? どこ、そこ?」
セダがそういう。テラやヌグファでさえ、不思議そうにした。
「ああ、最北の沼地か」
グッカスがそう言った瞬間に、なんでわかったの!? という顔をみんながみんなした。
「今のは暗号?」
「宝人の言葉だよ。宝人は独自に地名や言葉を持ってるんだよ」
「なんでそれをグッカスが知ってんだよ」
「特殊科の授業でやった」
しれっと言うグッカスに光が言った。
「なんだ、人間の言葉でなんていうか知らなかったから黙ってたのに、知っている人がいたなら、早く言えばよかったよ。……でも宝人の言葉を知っている人がいたなんて」
光は意外そうに言った。グッカスはそれ以上言わず、背中の荷物から水の大陸の地図を出す。皆がそれを覗き込んだ。
「今俺らがいるのは、ここ、テトベ公共地の北。セブンスクールの隣の町ザイルを抜けた、ファイブの森だな。この森に通っているアジサシ川を下流に下って行くと、そのままシャイデとジルタリアの国境に着く」
宝人である光に説明するかのようにグッカスが言った。
「どっちの国に着くの?」
「この川が国境なの。川をどちら側にいくかによって着く国も変わるわ」
ヌグファが言った。
「で、お前が言ったのはフェザーの沼地って呼ばれているとこだな」
「通称逆沼」
セダは笑うように言った。沼と羽根は似ても似つかない。それは川の中心に座すように存在する沼地の地形が羽根というよりかは翼を広げたような三角形の形を作っているからである。
「ちなみに宝人の言葉、乙陰ってどういう意味?」
「乙はそのまま沼地。陰は北だよ」
光が言う。
「そのままだね」
テラが言った。宝人は物事を例えたり飾ったりしないのかもしれない。
「そうだ、知っていても困ることは無いわ。水の大陸を人間がどう呼ぶか、教えてあげましょうか」
ヌグファはそう言った。そして指を指しながら言葉を重ねる。
「ここら一帯が宝人にも共通認識の公共地、テトベ。私達の学校がある場所」
「他にも中央の国際軍がいるぜ」
公共地というのは、国がないだけでなく、争いを起こしてはならないという絶対のルールがすでにしかれており、宝人に安全な地として人間に多くの宝人に関する規制を強いている土地でもある。だから光も知っていたわけだ。
「テトベは水の大陸でも中央から南に位置してるわ。北に水の大陸でも大きい三大国と呼ばれる国々があるね。一つはシャイデ」
「知ってるよ! 盟約の国だよね」
光が言った。
「そう。唯一の神代からの古い国ね。その隣がジルタリア。さっきの川を挟んだ反対側の国ね。で、そのジルタリアの隣、ちょっと離れているけど、メジュー草原とエディンの森を挟んだ隣がラトリア」
「へー」
興味深々に聞く光に釘を刺すかのようにグッカスが言った。
「その国のどこかかが、お前の里を襲った犯人だ」
「未だに国際軍が討伐に動き出していないのが、その証拠。お前の里を襲ったその事実さえ、ある一定の期間を隠し通せる力をもっているのさ」
「でも……! たぶん、もう伝わる頃だとは思うよ」
光は力強く、そう言った。
「どうして?」
「多くの宝人がきっと『鳴いた』。近隣の隠れ里と宝人にそれは伝わったはずだから」
「宝人特有の能力か! それ、どんなもんなんだ?」
セダが言う。光は首を振った。
「私は争いの中にいたし、発する側に近かったからわからないけど、悲鳴が聞こえる感じだって聞いたことあるよ」
そう聞いて、光は本当に幼いのだと思い知る。エレメントを守護し、管理するという宝人。その能力だけが備わっていても、彼女自身は十四年しか生きていない経験の薄い幼い子供。自分達だって子供に近い年齢で経験は決して豊富な方ではないし、大人の庇護がもっと必要だと思っている。どれだけ無謀なことに力を貸そうと思っているかも。
「そっか、じゃ、やっぱ急がなきゃだな」
セダが力強く笑う。できないと嘆き、他人に言うだけでは何も救えないし、何も始まらない。無理だった、ダメだった。そのときはその時だろ、そうセダは思う。
「で、話を戻すぞ。お前の里は沼地なら、俺は急ぐ旅でもあるし、この先のテリアの町で簡単ないかだでも買って、川を下るのが一番だと思うんだが」
「それはいいな。速いし、楽だしな」
セダも賛成した。
「でもこの人数だと、いかだは危険だと思うわ」
しかも国境を越えるような長い川下りになる。交代で休息をとる必要もあるのから、いかだはないかも、とテラは考えた。
「定期の商業船が出ていないでしょうか。川を使うものがあるはずです」
「一緒に乗せてもらうか。公共任務許可証を持ってるわけだし、公共地から出る船には乗せてもらえるかも、だな」
セダが言うとグッカスが締めくくり、地図を閉じた。
「決まりだな」