第1章 水の大陸
2.大国鳴動(2)
010
「うわー、これじゃ一歩進むたびにうんざりするな!」
セダはそう言って足首まで浸かってしまう泥だらけの道ですらない場所を踏み分ける。
船で降り立った場所は確かに沼地と呼ぶに相応しい、水気たっぷりの土であった。川がすぐそこで流れていることもあり、足が一歩踏み出すごとに沈む。光に言われてブーツでない靴を履いているものは靴をすでに脱いでいた。
幸い害になるような生き物はいないらしい。生々しい土と水の感触がセダの脚をくすぐるが、その感触は優しい。水がもう少し温かければそこまで苦しい道のりではなかろう。
鍛えられた武闘科なだけあって根を上げるものはいないが、歩きにくい行程は人間には苦しかろう。そういう意味でも隠れ里なのだと思われた。
「で、隠れ里はどの辺だ?」
グッカスが問う。
「うん、ここから遠くないはずだよ」
光はそう言って背の高い草を掻き分ける。それにしても人間が立ち入らないからと言ってこんなに深い林のような草木に囲まれるとは思っていなかった。見たこともないような、しかし姿から葦のような植物に囲まれている。大人をゆうに越す背丈の草木だった。
獣道ですらなく、人が歩くには草木を掻き分けるのにも一苦労。それに加えてしなやかな草木は掻き分けた次の瞬間には己の行程をかき消している。ヌグファは迷ってしまったら、という不安がたびたび浮上する。しかし先を行く光はさすがになれた土地らしく迷うことなく進んでいく。
「では地理的に中央部に隠れ里があるということか」
グッカスが言う。
「そうかも。この草を抜けると本当の木の林が見えて、それに囲まれた奥にあるの」
光がそう言って空を指差した瞬間に、一筋の光がセダたちのすぐ目の前の地面を貫いた。
「な、なんだ!?」
セダは驚き、背に背負っていた少年が持つにしては長い獲物をすぐに構える。その頃にはテラも矢を番え、グッカスもナイフを抜いていた。
「あらあら、無粋ですこと」
光は一瞬で姿を膨張させた後に、人の姿となる。光が収まったと思われたときには、長身の女性の姿が目の前にあった。セダは光をかばって前に出る。
「誰だ?」
その答えは女性より、光によってもたらされた。
「リュミィ!!」
「貴女は無事でしたのね、光」
光は駆け寄って女性に抱きついた。それをぽかんとして眺め、武器を下ろした。
「知り合いか? 光」
「うん」
「リュミィと申しますわ。で、光。この方々は?」
女性の光より白く輝いて見える白髪は耳の下でくるんと巻き毛になっている。目でさえ白い。すらりとした長身は出るところが出ており、スタイルがいいとすぐにわかる。
「助けてくれた人たちなの」
「ということは人間ですのね?」
「うん」
彼女の言葉からおそらくリュミィも宝人なのだろうと推測できる。
「あなた方が光を助けてくださいましたの? 感謝いたしますわ」
「宝人の方なのですか?」
ヌグファが恐る恐る尋ねた。リュミィは頷く。
「本来でしたらお礼をするべきですけれど、時間もありませんもの。申し訳ないですが、事態が収まればいずれまた、ということでよろしいですか?」
光の肩を握ってそういう彼女にセダは目をぱちくりとさせて唖然とした。
「は?」
「ですから、ありがとうございましたと、申しあげましたの。では」
音もなくリュミィの身体が光っていく。光を連れて行くということなのだろうか。
「ちょ、待てって!」
セダが慌てて光の手を握った。
「まだ何か? 今は時間が惜しいのですが」
「送ってくれてありがとう、はい、サヨナラはねーだろ!」
リュミィを覆っていた光が消えていく。イラっとした顔を隠すこともなくセダを睨む。
「待って、リュミィ。この人たちは!」
「まさか、考えなしに契約したのではないでしょうね? 光」
リュミィはそう言って光に向かって尋ねる。
「ったく、宝人ってのはどいつもこいつもちゃんと教育されてないみたいだな。礼儀ってもんがなってない。まずお前は誰で、光とどういう関係かきかせないと知り合いってだけで、連れてかせるわけにはいかねーんだよ。宝人だろうがお前が信頼できるっていう保障はないんだからな」
グッカスの言葉にリュミィも光から手を離す。
「そうでしたわね。お互い信頼できないのは一緒でしたわ。まずは情報の共有、ですわね。わたくしとしたことが、焦っていましたわ」
やっと彼女の笑みが見える。ほっと一安心したのか光も笑った。セダも笑顔になってリュミィに手を差し出した。握手を交わす。
「その前に、楓は?」
光が問う。リュミィも首を振った。
「光と一緒にいる可能性に懸けていましたのに、一緒でないとは……やはり……捕まりましたのね」
「うそ……!」
「まだ隠れ里には行っていませんの。ですが、悲鳴を聞いたことを考えると」
「楓が悲鳴を?」
「いえ、他にも捕まった宝人がいっぱいいましてよ。それでその可能性もあると考えておりましたの」
リュミィは自己紹介の後に、光と出会い、いきさつを聞いて警戒を解いてくれた。とりあえずは一緒に行動することになる。逃げ切った宝人が里に戻っているか、人間にまだ里は包囲されて占領されているのかを知るためにも、一行で里に行くことになった。
「その、いろいろ聞きたいのですけど、よろしいですか?」
年上とみられるリュミィにヌグファが尋ねる。
「あら、敬語なんて堅苦しいですわ。気軽になさってくださいませ」
「じゃ、リュミィも敬語なんていいのに」
気軽にテラが言う。すると可憐に笑ってリュミィが言う。
「わたくしはくせですの。お構いなく。で、聞きたいことってなんですの?」
「その、楓さんは……なぜ狙われるのか? そもそもなぜ宝人を襲うなんて真似が? よくあることなのかと……」
宝人は世界の宝。人々にエレメントをもたらす魔神の恩恵の象徴たる存在。宝人に手を出さないことは暗黙のルールでもあり、禁じられている絶対なものだ。人間の魂の根幹に植えつけられているといってもいい。少なくともヌグファはそうだと思っている。
「隠れ里を狙うことはそうそうあるものでもありませんわね。人も他人の目というものがありますものね」
「それは……? 他人の目がなければ襲われるってことなの?」
テラはそう言って驚く。
「そうでしょう。エレメントが使いこなせれば人の生活は今より豊かに、そして戦力も比べ物にもなりませんわね。独占できればそれに越したことはないでしょう。でも、わたくしたちは『道具』ではありませんの。人と同じように話し思考し、意思を持っていますわ」
「そんなの当たり前だろ? 宝“人”なんだからさ」
セダがそういう。実際光と行動を共にして人間と宝人にたいした差があるとは思えなかった。ちょっとエレメントに詳しい、少し頼りになるといったところ。足が速い人間のように他人より少し秀でた能力がある程度にしかセダには感じられなかったのだ。
「あなた方は良い方々のようですわね。光の『魂見(こんけん)』も捨てたものではありませんわ」
光が当然、というかのように胸を張った。テラは魂見とはなにか、というのを聞きそびれた。ヌグファに視線を送っても知らなさそうだから宝人の特技の一つか。
「そう思わない人もいますの。だから宝人は隠れましたのよ。宝人はエレメントを使いこなす道具くらいしか考えていない人もいることは事実ですのよ。そして一時期そういう時期がありましたのよ、過去に」
「嘘だ。しらねーぜ、そんなこと」
リュミィは当然のように言い放った。
「そうに決まっていますわ。だって人が隠している事実ですもの」
「え」
グッカス以外、全員が驚きに一度足を止めてしまったほどだった。
「隠してる?」
「正確には、忘れている事実ですわ。宝人にもその当時を覚えている方はもういらっしゃらないと思いますし。簡単に説明いたしますと、エレメントを己のものにしようと利用したんですのよ、当時の人間が」
あっさりと簡単に語るのは当時の痛みを知らない世代が語るからだろうか。それとも事を急いでいるからなのか。セダたち学生は知ることもなく、おそらく普通に生きていけば永遠にその欠片さえ知ることもなかった事実だった。
――人が宝人を襲ったという、許されざる歴史。
「それで、宝人はどうしたの?」
テラが尋ねる。誰もが知りたい結果だ。自分達が生きているということは神の慈悲が続き、人は許されているということなのだろうか。
「報復しましたわ。当然、反旗を翻しましたの」
「そう、だよね」
安心するかのようにテラが言う。グッカスはテラを冷たい視線で見た。
「それ、お前、人が滅んでもいいってことか? お前も人なのに」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
慌てて言った。そうか、許されざる人であるのは自分も同じなのか。
「そうですわね。当事者ではない人にとっては宝人は悪魔に見えたことだと思いますわ。世界はこの報復によって半壊した、いやそれ以上と聞き及んでおりますもの」
それはお話かなにかかと思った。とても過去現実に起きたとは考えられない。
「そろそろ野営の準備をするか」
グッカスが橙色に染まり始めた空を見上げて言う。ショックを受けている人間一行には簡単な説明なしでは先に進めないと判断した為だった。
「そう、しましょうか」
ヌグファも賛同する。光が頷いた。光も幼いから知らないのだろう。
人と宝人が仲良く同じ種族のように暮らしていたのは太古の時代だと考えられるくらいに昔のことだった。でも確かに仲良しに、子供のように暮らしていけた時代もあったのだ。
しかし、宝人はエレメントを自在に使いこなす。エレメントの恩恵を与えることを義務付けられる宝人。その宝人の力を羨まない人はいなかった。言葉巧みに宝人と契約し、エレメントを自在に使いこなそうとする人間。宝人を使っての人同士の争いに発展して行く。
そうして人間に対する不信と、人間の強欲が重なり、宝人の支配へと変わっていった。
宝人は人間の支配に屈しなかった。最初に立ち上がったエレメントは炎。炎は怒りを力に変えて大地を焼き払った。燃える炎の光は夜を昼に塗り替えたという。そして他のエレメントも力を発揮し、そのときの人の人口は三割に減ったといわれている。
そして宝人は解放された。人は宝人への不可侵を約束し、宝人の暮らす土地を提供した。隠れ里の誕生である。人間は公共地という宝人のための大地を作り、それに伴い人間を互いに監視する公共軍ができる。そして宝人を襲わない為に人間が人間を監視することになり、この事実は忘れられていった。
「人間は忘れたようですけれど、宝人はこの後、一波乱ありましたの」
リュミィは続ける。
「人にエレメントの恩恵を与える役目の宝人が人を攻撃するなどあってはならないこと。宝人はエレメントの管理者であって魔神ではありませんから。恩恵を与えるべき存在を滅ぼそうとしたことに深く反省したんですのよ」
「宝人って優しいっつーか、寛大なんだな」
セダは逆に感心してしまった。だって、支配されて仕返ししただけなのに、そのことを反省するなんて。人としてのつくりが違うような気がした。
「違うよ」
光がそう言った。
「宝人も人間と一緒。悪いことは人に押し付けたがるんだよ」
「え?」
「宝人は炎を弾圧しましたのよ」
「どういう意味なの?」
「先ほど炎が大地を焼き払ったと言いましたわね? そう、一番人を滅ぼし、一番に反撃に乗り出した炎を抑えることにしましたのよ」
「炎を、抑える?」
ヌグファが問う。
「宝人は各エレメントが新しい命、新しいエレメントを願うことで生まれるんですのよ。宝人は炎の持つ特性、すなわち『激情』を危険視しましたのよ。それに炎が司るのは『再生と破壊』これも炎を抑制するのに拍車をかけましたの。炎の宝人は己を責め、他の宝人も炎を責める。……つまり」
「炎の宝人は新しい命を望まなかった、ということだな」
グッカスは下を向いて言う。その事実は驚きよりショックだった。
宝人は卵から生まれる。その卵は隠れ里ではなく、古来の宝人の大地である生まれ里にのみある『卵殻』と呼ばれる宝人の卵が生るものに各宝人が新しい命を祈ることで生まれる。ゆえに宝人が新たな命を望まなければそのエレメントの宝人は生まれない。そうして炎の宝人は姿を消していった。
「長い時をかけて炎は滅びの道を歩んでいますわ。だから、楓が狙われましたのよ」
「え? なんでだよ?」
「馬鹿か、お前」
グッカスがセダに呆れてため息をつく。
「滅びの道っつっただろ。炎の宝人は極端に数が少ないのさ。おそらくその楓という宝人以外は里に炎の宝人はいないんだよ」
「うそ!」
テラが短く叫び、リュミィを見る。リュミィは頷かざるを得なかった。
「いえ、楓はこの里だけの炎の宝人、というわけではありませんの。公式には水の大陸、いえ、世界中に立った一人しか存在しない炎の宝人なのですわ」
――楓は唯一の炎の宝人。世界で炎を支えるたった一人のエレメントの守護者。
「炎はずっと生まれていないの。楓はやっと生まれた炎なの」
光も言う。新しい命を望まず、実らない炎の宝人。
「そうですのよ。誰もが望み、誰もが恐れていた炎ですの。それほどかの時の炎はすさまじかったんですわ」
人はおそらく一部の人しか語り継がれてすらいない過去の戦争。神話を再び起こしたかのような規模の大きな世界の生命を滅ぼしかけた戦い。しかし、そのことを人は誰も知らず、宝人はそれを恐れて炎を消した。
「そんな、なぜ人はそんなことを忘れてしまったの? こんな大事なことなのに」
「それは人の都合ですわ。わたくしたち宝人にはあずかり知らぬことですの」
テラもヌグファも一度に知識を詰め込まれたような感じで動揺している。グッカスは冷静なのか、ポーカーフェイスがうまいのか表情を変えず、淡々とその事実を受け止めた。
「……大変だな」
「なにが、ですの?」
「一人で炎を支えるって、さ」
セダはそうぽつりと言った。
「……それは……」
「ね、その楓って人がもし、もしよ。死んじゃったりしたら、世界はどうなるの?」
「さぁ? わかりませんわ。そんなこと起こったことがありませんもの。でも、きっと炎が世界から消え去るのでしょうね。宝人がいて初めてエレメントが生じ、エレメントの結晶である晶石が形成され、それを好む精霊が誕生して世界はそのエレメントが満たされるのですわ。始まりである宝人が消えれば、おのずと滅びは目に見えますの」
リュミィは淡々と言うが、それはどれほどのことだろう。誰もが想像しない、炎が消えた世の中を。
「人は知らないでしょうね? もうこの世界の火晶石はほとんど残っておりませんのよ。なぜなら炎を生み出す宝人がいないに等しいのですもの」
はっとヌグファは与えられた火晶石を思い出していた。水の大陸の火晶石は採掘できなくなりつつあるという。そして旅で与えられる赤い晶石はとても小さい。どこに言っても火晶石は高値だった。取り扱ってない店も珍しくはない。
それはすべてそういうことなのだ。あまりにも当たり前で、そういうものだと思っていた。もしくは自分達が住んでいるのが火と相対する水のエレメントが強い水の大陸に住んでいるからだと。しかし、それが世界中で起こっているのであれば……!
「それに伴い、火の精霊もエレメントもずいぶん少ないのですわ。だから火は付きにくい。人の間でもこう伝わっているのではなくて? 『火は絶やすな』と」
「そう、そうだよ」
テラが言った。今は慣れたが火は火晶石がなければまずつけることができないし、調理場や火を使う場所では『火番』と呼ばれる火を管理する人がいるくらいなのだ。セダもうまく火をつけれない。それが、すべて宝人がいないことが原因なら。
「じゃ、なんで火はなくなってないんだ?」
セダは言う。一人しか宝人がいないなら、人間が火を失っていてもおかしくないのではないか。
「そこが、不幸中の幸いとも申しましょうか……。先ほど世界を焼き尽くすほどの炎だった、と申しましたわね? その時の火晶石と精霊、エレメントが今までの炎を支えてきたのですわ」
つまり人を滅ぼそうとしたときの炎から生まれた副産物が今の生活をやっと支えているのだ。つまり、今使っているものがなくなれば、炎は消える。
「それだけすさまじい炎の攻勢だった、ということですのよ。宝人が炎を危険視するほどに」
黙っていたグッカスが口を開く。
「なぜそうなるまで炎の宝人を願わなかったんだ?」
確かに一理ある。そうなるとわかっていたら、いくら宝人でも炎を願わずにはいられなかっただろう。宝人だって人なのだ。炎の恩恵が必要だろうに。
「宝人は炎を抑えるためにまず炎の宝人に人との契約を禁じた、と聞いておりますの。人に炎を与えるなということなのかもしれませんわ。でも、本当の目的は里から追い出すことでしたのよ。そして炎の宝人が団結することを防いだのですわ。そうして散った炎の宝人はいつしか消えていきますの。そして卵殻に実った新しい炎の宝人を生まれさせない為に炎の卵が実れば、それを壊してしまったらしいのですわ。里にいなければその事実をしることはありません。そうやって数を減らしていきましたの。数が減れば新しい命を祈る者は少なくなりますし、反省をしていた炎の宝人の多くは新しい命を願いませんでしたの」
リュミィは厳しい顔をして言う。許せない罪が宝人にもある。
「ぱったりと、事を起こした炎の宝人が死ぬ頃には新しい炎は生まれないようになりましたの。それに実っても過去を恐れ壊してしまう場合がほとんどだったと聞き及んでおりますわ」
残酷な真実だ。はじめは恐れから始まったのだろう。それがエスカレートし、能力を封じるように炎の力を殺いでいく。そうしているうちに気づけば炎はいないという事実。
「人間が過去を黙したように、宝人は炎を殺した事実を黙しているのですわ」
だから宝人は過去を、大事な罪を犯した過去を忘れた人間に何も言わない。ただ関わらないように潜むのみ。そして人間もまた宝人を遠巻きに囲うのみで手を出さないがゆえに炎の危機を知らない。そうやって築かれている偽りの世界。
「なんか、こえぇな」
セダは言う。自分達が思っているほどに世界は平和でもやさしくもないのだと。
「楓の存在は宝人の中でも特別なのですわ」
「唯一の宝人を盗んで、その国は何をするんだ?」
グッカスは言う。確かに唯一の炎なのだから、炎を使わせるだけでも価値のある存在だ。しかし、国をあげてそうするはずがない。
「やはり……」
リュミィは目をそらす。グッカスも頷いた。
「兵器として使用するのか」
過去に世界を焼き尽くしたという炎。一人の力は高が知れていても、唯一の力なのだ。
「ちなみに楓とやらのエレメントを使う技量はどんなものなんだ?」
「楓はすっごいんだよ!」
光が言う。リュミィが続けた。
「比較対象がおりませんので、どうとも言えませんが、最高のエレメント使いといって遜色ありませんわね。そもそも楓は平時炎を使いませんのよ。白い目で見られると知っているのでしょう。だからか他のエレメントの晶石を自在に使いこなすことに長けておりますのよ。普通、宝人は他のエレメントを使いこなすのにはかなりの修練が必要になりますのよ。そんな具合ですから、相当ですわ」
宝人が己の守護するエレメント以外を使うときは、人間よりも簡単に使うことができる。なぜなら宝人はエレメントから生まれる精霊を見ることができるからだ。エレメントとその精霊の関係はわかっていないことも多いが、相互関係にあるといっていい。
エレメントがあるだけではそのものは実らない。つまり、炎を例に上げれば炎のエレメントが満たされた空間だけでも炎は生まれない。濃密なエレメントから生じた精霊がいて初めて炎は生まれる。いうなればエレメントが材料、精霊がそれを作り出す存在というところだろうか。
人間が使うときも見えないだけでそういう流れのもと各エレメントは動いている。そのどちらも宝人は生み出すことができる。つまり、精霊が見えるからこそ、宝人はそのエレメントの晶石を持ち、その精霊にお願いする、と言う形で扱うことができる。
これは宝人の間でも訓練が必要だが、コツさえつかめれば宝人は己の守護するエレメント以外も晶石さえあれば扱うことができるのだ。
しかし一番違う点は、やはり人間が任意にエレメントを使うことはできないところだろう。古来からの知恵で炎をつけたり、という方法は知っているが晶石を使うときはまた別である。
晶石は加工して売られるが、お守りやお願いをして使うのが一般的だ。セダが炎をつけられないのは、下手ということもあるし、炎の精霊がいないから、というのももちろんあるが、お願いの仕方が悪いというのもある。
例えば、火晶石を火の宝人ではない宝人が使う場合、火晶石を持ち、火の精霊にお願い、または直接そのエレメントを見分けて炎を出現させる。そのまま炎を出したりして直接炎を扱うわけである。
しかし、人間の場合は、火晶石を火をつけたい場所に置き、「どうか、今晩中は消えないような火がつきますように」と願掛けを行った上で火付けの動作を行うと、より長持ちする火が育ち、願った期間は炎は消えない。根本的な利用方法が違うのである。
これもまた、宝人が人間にもたらす恩恵の形ある姿と言えるだろう。
火晶石は火をもたらし、人間に熱を与えてくれる。
水晶石は人間が使っても直接水が出るわけではない。水筒に水晶石を入れれば、清潔な水が保たれたり、少量ずつ水が増えたりする。一番利用されているのは農業だろう。
光晶石は唯一人間にも直接灯りとして活用ができる晶石だ。
風晶石は船によく用いられる。いい風を運ぶように、ということだろう。また、天気を左右する風としても用いられる。一番お守り石として活用されるのは風の性質が『自由』であり、人の命運を運ぶと信じられているからだ。
土晶石は家を新築する際に重宝される。また風をしのいだり、土壌をよくする願掛けもされる。
闇晶石は夢に関する悩み、休息に関するもの、病の治癒に用いられる。基本的に人間が使う際は、願掛けやまじないのような意味合いがつよい。必ず効くおまじないのキーアイテムだろう。
宝人は晶石によってエレメントの力を発揮させる。人間が宝人と同じような使い方をする場合は魔法が必要になる。
「一人の宝人の最大の能力はどんなものだ? 兵器として使えるほどか?」
「さて、そんな蛮人がおりませんものね……ただ、優れているものなら一晩で町一つ位軽いでしょうね。実際わたくしもできると思いますわ」
しれっと言われる。ヌグファは宝人という存在をあたらためて恐ろしいと思う。なぜこんな存在を自在に扱おうなどと思うのか。
「なるほどな。兵器にはもってこいなのか」
「ひどいな」
セダは光やリュミィを見て言う。
「こんなに俺たちと何も変わらないのに、最初から人として見てない。見られてない。そしてきっとこういわれるんだろう? 『炎は災厄だ』ってさ」
光が目を見開いた。人間が攻めてきたとき、それが楓目的とわかったとき、隠れ里のあちらこちらでその言葉を吐かれた。でも楓は皆を逃がすことに力を注いでいた。しかし襲われたのは、里が暴かれたのは過去に猛威を振るったゆえに炎のせいにされるのだ。
「楓、優しいの。誰に何を言われても笑っていられる。だけど、本当はすっごくつらそうなの。楓、泣けないんだよ」
光は言う。罵詈雑言を同じ種族である宝人から言われ、隠れ里でも隅のほうに隔離されて生活している楓。でも誰にも文句は言わない。ずっと微笑んでいる。
「きっと、楓のせいじゃないのに、今回も楓は傷つく」
そうしてぼろぼろになってしまうのだ。でも最後まできっと楓は笑う。いつものように『大丈夫だよ』って。それが光にはずっとつらかった。
「なら、早く助けてやんなきゃな!」
セダがニカっと笑って光を撫でる。光はうん、と大きく頷いた。大丈夫、楓、人間にもこんなあったかい人がいるよ。楓をあったこともないのに心配してくる人もいるんだよ。
楓、待っていて、絶対に助けるから。