モグトワールの遺跡 003

011

 宝人はエレメントを使いこなす。そんな宝人を人間がどうこうする方法などないように思う。こういう考えをすればいいか。人間より宝人のほうが能力が優れているのだから、負けることはないだろう。
 しかし、宝人にも弱点が存在する。それが無晶石と呼ばれるものだった。無色透明の晶石によく似たしかし違う石。これを使われると、宝人の扱うエレメントは無効化されてしまう。ただの人と同じになってしまうのだ。
 隠れ里を襲われた際もこの無晶石を組み込んだ魔法を使われて多くの宝人が捕まった。そうして捕虜となっている。そう、宝人は無晶石を身体につけているとエレメントを封じられる。
「さぁ、決心はついたかね? 炎の宝人くん」
 楓はそう言い放った人間を珍しく睨み上げた。楓はいつも絶えず笑みを浮かべているが、このときまでは無表情に近く、相手に怒りを覚えているようだった。
 己の手首には人が使う手枷がはめられていて、その手枷にご丁寧に無晶石がくくりつけられていた。そして何を警戒しているのか、同様の足枷もついていて身動きできないことこの上ない。
 エレメントを封じられることに苦痛はない。しかし不愉快だった。
「早くしてくれないと、ここのお仲間はみなひどい目にあうことになる」
 楓の目の前には無晶石の手枷をつけられ、自由に動けないよう監視をされ、この部屋から出られないような魔方陣に入れられた二十名ほどの宝人の仲間が捕らえられていた。
 楓はこの仲間を盾に、目の前の人間の男から契約を迫られている。
「宝人はエレメントの恩恵を与えるのは責務だ。だけど、その相手を選ぶ権利はある。僕の力は貴方には値しない」
 はっきりと言い放つ。
「そうか、ではこの仲間は一人ずつ殺していくことにしようか?」
「宝人に生まれた以上、己の責務は理解している。それに危険と死が隣り合わせなことも。今更彼らを人質にしても無意味だ」
 そう、間違った人間と契約した宝人は己の命を消してまで契約を破棄する覚悟を持って人と関わる。契約は死と隣り合わせ。無理やり契約を解くことは死よりも苦しい。
「ふむ。では、君が納得するまで、彼らには無理やり私の部下と契約させ、死ぬまで従属させることにしようか」
 人質となっている宝人が目を見開き、慄く。最悪だ。己の処遇ではない。エレメントを利用されることに宝人の本能が耐えられない。宝人とはそういうものだ。
「……!」
 楓はぎりっと歯を噛み締めた。卑劣な! だが、自分のエレメントは炎。そして性質は激情。簡単に手渡していいものではない。
 そうしているうちに人質の一人、まだ幼い宝人が乱暴に服ごと持ち上げられる。
「子供はいいかもしれない。反抗しないだろう? それに君の言うとおりなら、子供だって宝人。己が死ぬ定めを当然受け入れているんだろう? なぁ?」
「紫紺!」
 思わず楓が名前を呼んでしまった。振り返った幼子の目に涙が垂れ、恐怖が映っている。
 楓は目をぎゅっとつぶった。唇を噛み締め、こぶしが震える。
「わかった! 契約するから……その人たちに手を出さないと約束してくれ」
 幼子を持っていた手が下がる。振り返った顔がひどい笑みに満ちていた。そして人質である宝人からため息のような絶望の声が上がる。それだけは、という想いが。
「いいだろう。私は優しいからお前が私に従属すると約束するなら、この者たちには一切手を出さないよ」
「無晶石を外してくれ。このままではさすがに契約できない」
 楓はそう言った。男が部下に言って枷を外させる。楓はゆっくり立ち上がり、その目に男を映し、にらみつけるとすばやく行動に移した。
『ボッ!!』
 それはまるで炎が生じるときの音のような吐息。しかしそれだけで男目掛けて炎が走る。一瞬の隙を突いて男を害そうとしたのだ。しかし、突如男と楓の間に水が生じる。その水は壁となり、楓の炎をかき消した。
「な!」
 楓が驚きに目を見開いた瞬間、重い打撃音と共に楓の身体が飛ばされる。何かに殴られたと楓がわかった瞬間、鈍い痛みがあった。
 しかしそれより炎を消した水の正体を見極めようと楓は出所を探す。男の背後から細身の女性が現れた。薄い水色の髪をした女の周囲に青い石が浮いている。それは水晶石。顔には鮮やかな青色の模様。宝人だった。
「なんで……!」
 楓が言った瞬間に、男が楓を踏みつけた。
「ひどいことするじゃないか、楓くん?」
「うっ!」
「いつでもいいんだよ、子供一人殺すくらい」
 紫紺の喉元に部下の一人が付きつけたナイフが光っている。紫紺は泣くこともできずに震え、楓を懇願するように見ている。
「やめろ!」
「やめてください、だろ? せっかく厚意であいつらは傷つけないと言ったのにな!」
「うっ!」
 踏まれていた脚で背中を蹴られる。
「わかっているな? お前は俺に従うしかないんだ」
 楓のあごを持ち上げ、その睨む目を楽しげに眺めて男は笑う。視線を人質の方に向ければ、首を振る大人の宝人が多くいる。そして恐怖に染まった絶望的な顔をした幼い宝人の子供もいる。
「……外道!」
 睨みつける目には怒りが宿り、その感情に煽られて髪の毛の先から火の粉が舞う。
「楓!!」
 人質の誰かが叫ぶ。それは楓を制止する声。やろうと思えば楓はこの場を炎の海に変えて、全員を燃やし尽くして逃げることができる。だが、その災厄を誰も望まない。
「さぁ! 契約を!」
 楓が諦めたように目を閉じる。抵抗の意思を削いだと理解した男は楓を立ち上がらせた。楓は紫紺を一瞬見て、安心させるように微笑んだ。そして舞うかのように腕を軽く振る。
『今から行なうは我と汝の魂の契約』
 閉じられていた目が再び開いたとき、黒がかった茶色のその目は燃え盛る炎を映したかのように紅蓮から茜色に変じ、そうして真紅へとなるにつれ、その目に人の感情が消えうせる。緩やかに黒髪も風に煽られるように持ち上がり、根元からほのかに赤く染まったと思った瞬間に発火したかのように髪も真紅に染まり、毛先は金に燃えて、火の粉が舞い散る。
 さすがに契約を望んだ男も驚きに目を見開いた。神かがるとはこういうことなのだろうか。そして、二人を囲うように紅蓮の炎の壁が立ち上がる。
『汝が名を述べよ、偽ることなく』
 厳粛な雰囲気で楓が呟く。その目は虚空を見ているようで、契約を望んだ男の心の奥底を覗いているようでもある。そして男は名前を口にした。
「……楓……」
 紫紺と呼ばれた宝人の幼子は炎の塊を見つめている。もしかしたら、自分のせいで契約をしてしまったのかもしれない。でも首元に付きつけられている冷たい金属が怖い。そうしているうちに炎が急に消えた。すると楓の目と髪も一瞬で黒髪に戻る。紫紺はきれいだと思ってしまった。今の状況を忘れ、真紅の姿だった楓でなくなるのが惜しいと思ってしまった。
 下を向いていた楓が正面を向き、目を開いたとき、周囲の大人からため息が漏れる。
「契約完了だね」
 楓の左側の顔にくっきりと刻まれた赤い文様。人間と契約を交わしたという証。楓、と呼ばれるきっかけになった、ひし形が五つ並んだ楓の葉のような文様の形が左のほほから額までくっきりと刻まれている。
「さっそくだけど、燃やして欲しい場所があるんだが……」
「契約はした。だけど契約した宝人は人間の道具になったわけじゃない。そんな願いは叶えられない。誤解しないで欲しい。契約して貴方が特になることは炎の脅威から守られるってことだけだ」
 楓が言う。なんとか自分の力を自由にさせないための言葉だった。そして紫紺が再び脅しの道具か、というように掲げられる。
「誤解しないで欲しいのはこちらだ。お前に自由などない。おまえ自身がここにいる宝人たちを見捨て、自ら殺す原因を作らない限り、お前は私の奴隷だ」
「契約さえした! これ以上望むなんておかしい!」
 楓が言った瞬間に、楓が殴り飛ばされる。
「人間の奴隷がどう扱われるか知らないらしいな? 口答えをすることができないように、少々その身に教えて差し上げよう」
目 配せで部下に合図をする。すると杖をもった魔術師のような人間が一歩進み出た。倒れ伏した楓の下で魔方陣が光る。呪文の詠唱のようなものがかすかに聞こえ、楓が危険を察知したかのように身を起こす。だが、次の瞬間、楓が目を剥いた。
「う! うあぁあ」
 身を縮め、苦悶をもらす様子が尋常じゃないとわかる。それはまるで人間が苦痛を受けているかのように。
「もうよい」
 そう言った男の合図で、魔術師は杖を引く。楓は痛みが去った後も肩で呼吸をしていた。苦しい。己の中の何かが否定されるようで、身を引き裂かれるかのような痛みだった。
「今の魔法は君の中の炎のエレメントを否定する魔法だ。宝人ならではの痛みだろう?」
 まだ、意識が朦朧としている。視線さえ定まらない。これが、宝人を痛めつける魔法。古代の戦争で多く用いられた人間の脅威。
「さぁ、次に何をするか、君次第だが?」
 男の視線がチラリと紫紺に向けられる。そんなことしたら! 幼い紫紺にそんな苦痛を味わわせてしまえば、一生エレメントを感知できなくなってしまうかもしれない。それだけは!
「何でも、ききます。……だから、みんなに手を出さないで下さい」
 楓が血を吐くような調子で懇願した。満足そうに男は笑う。
「それでいい。そうそう、私に口答えするごとに君のお仲間は脅威にさらされる。わかっているな?」
「……はい」
 楓が頷くのを満足そうに見ながら、そうだ、と男が言う。
「君はあんなわずかな間で私を殺そうとした。働いてもらうとき以外は、奴隷の扱いで構わないだろう。というかしつけのなっていないペットというところかな?」
 楓に再び手枷と足枷がつけられる。そうした上で、男が部下に配置させた何かをみてごらん、と自慢するかのように楓に見せ付ける。
「……!」
「無晶石でできた檻だよ? 万が一、この場所を燃やしたりされたら困るし、君がいつ心変わりするかわからないからね」
 男はそう言って足枷のせいで歩けない楓を軽々と持ち上げると、檻の中に放り込んだ。
「う!」
 投げ出された衝撃で息が詰まる。痛みをこらえて目を開けたとき、無常にも天井の扉が閉まり、鍵がかけられる音が響いた。それは檻というよりかは生き物を飼うときのゲージのような狭さだった。
 楓は脚を伸ばすことさえできない。身を起こすことさえできなかった。赤ん坊のように身を縮こまらせなければならない。楓にしてみれば訳がわからなかった。何故ここまでされなければならないんだろうか? 人間の基準がそうなのだろうか。あの男は自分に暴力を振ることをためらってすらいなかった。
「あとは君に任せてもいいかな? 宝人のことはわからないからね」
「はい、お任せくださいませ」
 そばに控えていた宝人の女がそう言う。そうして男は去っていった。部屋にはつかまったままの宝人の仲間達がおり、部屋の隅に魔術師が配置され、自分が檻に入れられている状況。水のエレメントを持つ女の宝人がいた。つまり、この女が里を暴いたのだ。
「なぜ、こんなことを!」
 楓は檻の中から女に向かって叫んだ。おそらくあの男と契約を結んでいるのだろう。だけど、ここまで同朋を危険に陥らせる真似をするのか?
「あの方が望まれたから」
 女の言葉に絶句する。人間の言いなりになるとは、魔法にでもかけられているのだろうか?
「貴女も、魔法にかけられているのか? 脅されているのか?」
 自分と同じ境遇なのだとしか思えず、楓はそう言った。女は不意にしゃがみこみ、楓を覗き込んで、格子の隙間から腕を差し込んだ。すると、腕にぞっとするほどの冷たさを感じた。が、すぐにそれが痛みに変わる。
「ぐあ!」
 手枷の嵌められた腕に青い文様が浮かんでいる。楓は知識だけ知っていた。静属性、すなわち、水、土、闇の三つのエレメントのみが持つ特性を利用した『縛り』である。その縛りは相殺の関係にあるエレメントに対し、すさまじい効力を発揮する。
 楓にとって水は相性が悪い。縛りは己のエレメントを相手の一部分に刷り込ませる。身体の中で己の持つエレメントと激しく衝突し、互いを牽制しあうことで痛みが生じる。楓は必死に歯を食いしばって傷みに耐える。これは宝人特有の攻撃手段『呪い』の元となった攻撃方法である。呪いはこれよりも数段たちが悪く、効果が痛みではすまない場合が多い。
「勘違いしないでくれない?」
 女は笑って言う。その表情が信じられなかった。楓は生まれてから閉塞的な里で育った。炎を守護する自分をよく思わない宝人もたくさんいたし、自分を恐れた宝人もいた。陰口やいやな言葉はたくさん聞いた。でも、こんな憎悪を向けられたことはない。
「私はやっと、やっとあの方に近づいて契約していただいたのに、お前が炎というだけで! 契約さえ簡単にしてもらえる!! 私はお前が憎いわ!!」
 楓は驚きに彼女をまじまじと見返してしまった。……このひとは、あの男を愛しているのか?
「嘘だ……!」
「わたしはあの方の力になれるならなんでもする!」
「うあぁああ!!」
 そう言った瞬間に宝人の女は腕に力を込める。うまく息が吸えない。苦しい、痛い、熱い。楓は荒い息を繰り返しながら、吐くような調子で言った。
「あまり、僕を……高ぶらせるな!」
「はっ! 無晶石で封じられている身で、よくそんなこと言えるわね」
 女がそう言った瞬簡、人質になっていた宝人が叫ぶ。
「お前は炎が何を表すか忘れたのか!! 楓を怒らせるな!」
 それは楓を心配して言われたことではない。楓個人ではなく、炎を恐れた言葉。
「激情? そんなのは私の方が強いわ」
 振り返って女が叫ぶ。楓はあまりの痛みに視線が定まらず、次第に意識を失った。
「楓!」
 紫紺が叫んだ。幼い紫紺は何がなんだかわからない。だけど、一つわかっていることがあった。楓はきっと自分を守ってくれた。
 今まで大人の宝人からずっと言われ続けていた。里の東の端には、怖い炎が住んでいる。近づいてはいけない。怒らせてはいけないから口をきいてはいけないよ、と。あれは怖いもの、恐ろしいものだよ。そう、言われた。遠巻きに楓を見ては、ずっと思っていた。どこが怖いのかと。楓が炎を操っている場面を見たこともなければ、楓が怒っているのをみたこともなかった。でも周りがそういうから、きっと本当は怖いんだと思っていた。今日、初めて楓が怒っているのを見た。楓の炎を見た。でも、怖いとは思わなかった。
 紫紺は自分を育ててくれる大人がなぜ、そんなにも楓を怖がるのか理解できなかった。
「ねぇ」
 怖いと思った水の宝人の女が去った後、大人に言う。
「どうした? 紫紺」
「楓、手当てしなくていいの?」
 楓はそのまま放置されていた。檻の中に動きはない。
「恐ろしくてそんなことできるもんか」
 吐き捨てるように大人が言う。でも、と紫紺は楓を見る。楓はみんなを守ってくれたのに、手当てさえしてあげないのか。
「でも、楓、痛そうだったよ?」
 今度は別の宝人に言う。すると哀しそうに微笑んで、その宝人は言った。
「紫紺は優しい子だね」
 しかしそれきりだ。紫紺は大きな目でみんなを見る。誰も紫紺と目を合わせてくれない。
「紫紺」
 少し年上の少年が紫紺を呼んだ。名前を鴉という、闇のエレメントの宝人だった。
「楓、手当てしてやりたいんだろ? 行くか?」
「およし、鴉!」
 誰かが静止する。鴉はその大人をにらみつけた。
「そうやって楓が死んだらどうすんだよ。炎が死ぬぞ。手当てするだけだ、何も心配はない」
 鴉はそう言って紫紺の手を握る。ちょっと震えていた。そうか、鴉も楓が、いや、炎が怖いんだ。どうしてだろう?
「あのできそこないの光がそばでうろちょろしてて平気なんだ。俺が行って危険なわけあるか」
 鴉はそう言って楓に近づいた。どうして楓だけこんな窮屈な場所に閉じ込められているんだろう。人間はやっぱり怖い。
「か、かえで?」
 紫紺が声をかけた。しかし返事はない。荒い息が聞こえる。軽い攻撃だけのようで、鴉は一安心した。重い縛りなら文様が残るはずだ。宝人は身体のつくりは人と同じだが身体には血と一緒にエレメントの流れがある。宝人独特の痛みは普通の身体の痛みより苦しい。
「せめて晶石が使えればな……」
 覗き込んで苦しげな表情をする楓を見る。格子の隙間から紫紺が楓を撫でる。
「楓、熱いよ? 炎だから?」
 鴉も同じ場所に触れた。発熱している。一度に激しい痛みを覚えたせいだろう。
「ちげーよ」
 安心させるように鴉は紫紺をなでた。楓は怖いといわれてきた。でも怖くはない。人間の方がよっぽど怖い。そして楓を恐怖の対象としか見ない大人もどうかしてる。
 鴉は光を知っていた。どじでまぬけでエレメントを使いこなせないできそこないのくせに、自分の意思を貫く強さを持っていた。今の状況を見たら、きっと光は泣くだろう。楓はみんなを守ってくれたのよって。みんなそんなことはわかってる。でも、それ以上に炎が怖いのだ。

 楓を蹂躙し、宝人を監禁した男はひっそりと自室に戻った。ふぅと、己の腕を見る。右手には先に契約をした水の宝人の女、ハストリカとの契約紋が浮かんでいる。
 そして左には新たな契約を交わした楓との赤い文様が浮かんでいた。
 契約した瞬間、身体の中の罪を暴くかのように灼熱の炎が駆け回った。あまりの熱さにうめいたほどだった。
「しかし、私は契約を済ませた!」
 こぶしを握り締める。これで、この国を掌握する力を手に入れた。
「無事にご契約を済まされましたか、おめでとうございます」
 気配がなかった自室に女性の声が響く。はっと男は振り返った。
「ああ、貴殿か」
 そこには淡い緑色の髪を短く切った女性と、薄氷のような色をした髪をした男性が立っていた。いつ入室したのか、それとも最初からいたのか、と心臓が驚いている。
「これで炎は貴方様のもの。炎の権威は太古より人の身にも我々宝人の身にも刷り込まれておりますゆえ、氾濫分子も程なく片が付きましょう」
 男のほうが微笑んで言う。
「して、ジルタリア王? 炎の宝人の処遇については私共のご提案は受け入れていただけたでしょうか?」
「あ、ああ。言うとおりに無晶石の折の中に閉じ込めている」
「炎の性質は激情。扱いは慎重にせねばなりませんものね」
 微笑んだ女性も男性も宝人であるが、男、すなわちジルタリア王にはどうこうする気はまったく起こっていなかった。人間にも相手にしてはいけない者がいるように、この二人は宝人でありながら逆らってはいけないと本能で感じていた。
「と、申し上げましたのに、炎を傷つけましたね? いけませんわ、お遊びが過ぎます」
 女性が鋭く言うので、ジルタリア王は殴り飛ばし、踏みつけたところを見られていたのかと驚く。宝人からすればその場にいた精霊に聞いたに過ぎない。
「次から、気をつけよう」
「そうなさって下さいな。炎は決して怒らせてはなりません。弱らせる為とはいえ、過ぎれば暴走する危険性がある由、ハストリカにも言っておいてくださいね」
「わかった」
 そしてジルタリア王は相手を見据え、本題を言った。
「して、フィスの行方は掴めたか?」
「フィス皇子、いえ今は罪人フィスというのが正しいでしょうか? 父君、ああ、ジルタリア王にとっては前ジルタリア王にして貴方様の弟君ですね。を殺した大罪人ですね?」
「そうだ」
 にこっと笑って言われると、己の罪を暴かれている気がする。
「宝人は独自の人間には使いようのないネットワークがございます。程なくご報告できるかと存じます」
「それと、シャイデはどうなっている? 攻めてくる気配すらないようだが」
 そう、ジルタリアは宝人の隠れ里をいずれ襲ったことがばれるとわかっていた。シャイデは盟約の国。一番に同盟を結んでいようがシャイデがジルタリアを襲うことは目に見えている。
 だからこそ、軍備を増強し、先制攻撃を受けることで正当防衛としてシャイデを襲う。それが今回のプランであった。
「シャイデでは宣誓がなされてから動きを見せておりません。おそらく王政が交代したばかりなので議会を王が掌握できていないのでしょう。軍がくるのはもう少し先になりそうですから、その間にジルタリア内を強固になさいますよう、お願いします」
「ふん。幼き王であったものな、情けない」
「ええ、ジルタリア王に比べれば赤子にもなれませんね」
 ふふ、と笑う宝人。今回の作戦は彼らがいなければ実現など夢物語だった。しかし彼らは自分の理想に共感し、力を貸してくれている。炎も手に入れた。
「では、私達はこれで」
 ふわりと宝人たちが浮き上がり、開け放った窓から姿を消す。いつしか手に汗を握っていたこと後から気づいた。