012
リュミィのおかげで道のりは楽なものになった。彼女は己の身体に触れているものごと、自身を光に変えて、そのまま光の届く範囲、すなわち見えるところまで光となって移動できる。
光、すなわちそれは光速。この世で最も速い速度で移動することができたのだ。地理を知っている彼女はすぐに隠れ里へと一行を連れて行ってくれたのだ。しかし、戻ってきた隠れ里は彼女らが知っているものとは変わっていた。
「……そんな」
人間であり、隠れ里を知らないセダ達からしても、里の壊滅状況はひどいものだった。もとは二階建てほどの白い石造りの住居がいくつもあったような町並みは白い塊が残るのみで、住居としての姿ではなくなっていた。町は壊されていた。そして、道やあちこちに残る人が蹂躙していった跡が残っている。宝人はいなかった。だれもいない。
「ひどいですわ」
リュミィが言う。
「……リュミィさまではないか?」
瓦礫のどこかから突然姿が現れたところからして、何かのエレメントの能力を使ったのだろう。突然一行の前に男性が現れた。
「朱鷺羽(ときは)さん」
「どうなっていますの? この状況は? 皆は?」
リュミィは相当信頼されているらしく、セダたちをリュミィが連れてきた仲間と思ってくれたようだ。人間と知られれば面倒なことになりかねない。そこは助かった。
「シャイデの王が聖域を開放したんだ。みんなそこに移動したよ」
「では、無事ですのね?」
男は首を横に振った。
「二十人ほど捕まった。残りは里外に逃げて、他の里に着いたものもいるだろうけど」
「相当な悲鳴でしたものね」
セダだって学園がこんな状況になれば叫ぶし、怒るだろう。こんな平和に暮らしていただろうに、ひでぇことする。そして光はここから一人で逃げてきたのだ。
「楓はどうなりましたの?」
リュミィの言葉に一瞬詰まった男の宝人はぽつり、と言った。
「一緒に連れてかれたよ」
「まぁ!」
「嘘!!」
リュミィと光が同時に落胆の悲鳴を上げる。最悪の事態だ。
「だから炎を囲むことは反対だったんだ。炎が災厄をつれてくるんだ」
はき捨てるように言い放たれた言葉。その言葉に光が傷ついた顔をする。唇を噛み締めてまるで自分が言われたかのように耐えていた。セダはそんな光を見て、そして光が言っていたことを思い出して腹が立った。
「おい、おっさん! そりゃねーんじゃねーの?」
いきなり詰め寄られて男の宝人は驚く。
「何者だね? 君は?」
「炎が災厄をつれてくるなんて誰が決めたんだよ! 楓は最後まで里を守って、みんなをできるだけ逃がしてくれたんだろうが! そんなやつが災厄なんか連れてくると思ってんのかよ」
「知った風な口を利くな! 炎の恐ろしさを知りもしないくせに!」
「ああ、知ねーよ。楓にあったこともないしな! だけど、炎が悪いって決め付けていいのかよ。火傷したら確かに炎は怖いさ。だけどな、それは不注意だった自分を反省して炎との付き合い方を学べばいいだろうに。……炎の何がこわいんだよ、おっさんは」
熱いからか? 燃やして全てを消してしまうからか? セダの怒りの瞳に見据えられて、男が黙る。
「は! 即答できないで何が怖さだ!」
「なにを、貴様! そもそもお前ら何者だ?」
「わたくしの友人ですの。今回のことに手を貸して下さいますのよ。問題があります?」
リュミィがセダの肩を叩いて、下がらせる。リュミィが言い放った。
「全てを炎のせいにするのは間違っていますわ。起きたことは仕方ありませんの。そうやって他者に責任をなすりつけたってわたくしたちが己の里を守れなかった罪滅ぼしにはなりませんのよ!」
ぐっと男が黙る。リュミィはそれから調子を変えていった。
「現状の把握が必要ですわ。何が起こり、どうなっているか教えてくださいますね、朱鷺羽さん」
リュミィの有無を言わさぬ調子が続く。男はしぶしぶ頷いた。そうしてこう言ったのだ。捕まった宝人は全部で二十二名。子供が九名含まれている。その中には楓もいるそうだ。
楓は人質をとられ、連れて行かれたそうだ。それ以外は他の里に逃げおおせたか、シャイデの領地内にあるというシャイデ王が定めた禁踏区域が開放され、そこに逃げた。多くはシャイデに避難しているとこのことだ。
連れて行かれた宝人の悲鳴と精霊の話から連れ去られた先はジルタリア。人質の安否はわからない。宝人の間では救出などは考えられていない。そして暴かれたこの隠れ里を復興するかも未定とのことだ。
「おそらくジルタリアは楓に契約を強要するだろう。そうして契約を済ませれば、水の大地が炎に染まることになる。そうなれば誰も止められない。……だから炎など育つ前に消してしまえばよかったんだ」
自嘲するかのように呟かれた最後の一言に誰もが目を見開いた。そしてリュミィが朱鷺羽を平手打ちする。パン、と鮮やかなものだった。
「やはり! この里にこれ以上楓を預けておくのはわたくしの失敗でしたわ」
平手打ちされた朱鷺羽は頬を押さえてリュミィを見ている。
「ふん、ご理想は立派だがな、光の姫様! あんたの里で引き取ったところで、やっかいものになるだけだ。だったらこの相殺関係にある水のエレメントが豊富なこの大地で縛り付けておくのが一番いいんだよ」
リュミィがもう一回引っぱたくように手を振り上げたが、力をなくしたように手を下ろす。
「そうかもしれませんわ。所詮わたくしなどと婚約関係を結んだところで、楓が救われる可能性が増すわけではありません。でも! それでも、わたくしはこれ以上炎を恐れて楓の死を望むような、そんな方のそばに楓を置いておきたくないのですわ!」
リュミィの怒りように一同が賛同する。
「言っておきますが、わたくしはただ自分の里に楓を招こうとしているわけではありませんの。自分と考えを同じくし、わたくしと共感してくださる皆様と里を作りますわ、いずれ。そしてそこに楓をまねきますの、炎を心置きなく扱えるように」
「そんな夢物語だ! 炎を恐れないものなどいない!! 獣も、人も、我々も、炎は怖い」
「だからなんですの! わたくしの夢で何が悪いのですか! 必ず実現して見せますわ! だってわたくしたちは宝人ですのよ! 己のエレメントを愛さず、使えない苦痛を、貴方も宝人ならご存知はありませんの? わたくしたちはそれを炎に強いることこそ、許されないことですわ!」
ぐっと朱鷺羽が詰まる。リュミィはこれ以上は無駄だ、と言いたげに一同を促した。
「おっさんさ、火が怖いのはそうかもしんない。だけどさ、怖くても炎とは友達になれんだぜ? だから炎はみんなが使うんじゃねーの? 怖い怖いばっか言ってないでさ、ちょっとは炎が俺たちにもたらしてくれるもんっての、考えてみろよ」
おいしく調理される料理は炎の熱から生まれる。寒いときにあたる炎の暖かさ。そして夜に燃える炎を見ておもう安心さ。思わず触りたくなってしまうほどに魅力的な炎。
セダはそう言うとリュミィの背を追った。朱鷺羽がうなだれるようにしつつ、背を丸める。遠目から見て、反省しているのか、理解できないと怒っているのか、一行に判断できなかった。
「これが炎を抑えるってことなんですね」
里から離れてヌグファが呟いた。たった一人になるまで減った炎の理由がわかった気がした。あそこまで嫌って怖がってしまっていたなら。
「そうですわね。ああいう考えをもった大人がほとんですのよ」
だから新しい里を作りたいと、夢見たのだろう。自分の里に招こうが、楓の扱いが変わることがないことをリュミィもわかっているのだろう。自分と同じ考えの人がきっといると信じて。たった一人の炎のために。
「あ、あたし! リュミィの里に一番に住むからね!」
光が挙手して言う。リュミィはやっとそれをみて笑った。
「そうですわね。光が一番。二番を楓にしましょうか」
「うん!」
「でも、ひどいね。楓さん、それでよくぐれなかったね」
テラが言う。テラだったらそんなとこ飛び出してしまうだろう。そしてそういう環境を憎むだろう。里が襲われてもざまあ見ろって笑ってしまうかもしれない。でも楓という少年は里を守ってそして捕まった。
「楓、やさしいから」
「ええ」
宝人二人が笑う。助けてあげたいとおもう。できればそんな環境の場所に戻したくない。学園で一緒に学んだりできればいいのに。種族が違うことはもどかしい。
「いや、そんなことないんじゃないの」
独り言にヌグファの視線が絡む。
「あ、ええとね。セブンスクールに楓も入学できるんじゃないかって思ったの。確かに人間と宝人じゃ違うけど、公共地に建っているわけだし、禁じてる校則もないし」
寮のルームメイトにさえ気を使えば宝人とばれないのではないだろうか。
「あの里にいるよりかは楽しいかもって」
「そうだな、できりゃいいな!」
セダがにこっと笑う。でしょ、とテラも言った。
「その宝人が望んだら、だな」
グッカスはいつものように冷たく言って、そして足を止めた。
「グッカス?」
「ちょっと用があった。先に行ってろ」
瞬間、オレンジ色の鳥が空高く舞っている。リュミィは驚いてみた。
「鳥人でしたの、彼は」
「そうだね、リュミィには言ってなかったね。私達三人は人間だけど、彼は鳥人なの」
この世界には宝人と人間だけが住んでいるのではない。神は人間を作った時に、同時に獣にも命を与え、そして彼らを統率する存在として知能を持つ人と獣を掛け合わせた獣人を作り出した。
個体数が少なく、獣の頂点に立つ存在として俗世に姿を見せることは滅多にないが、確かに神の寵児として存在している。
グッカスが何故人の世で学校なんぞに通っているかは不明だが、その鳥に変身できる力を使って任務をこなしていることは明らかだった。外敵の気配に敏感なのも獣の部分があるからだろう。
グッカスは先ほどの隠れ里があった場所に戻っていた。ほほを殴られた朱鷺羽という名の宝人が疲れたかのように瓦礫に腰掛けている。グッカスはその背後に音もなく忍び寄り、そして首元にナイフを当てた。ひゅっと息を飲む音がする。
「な、なんだ!?」
「訂正しろ」
「は?」
「先ほど言った、炎を恐れない存在はないと言ったな? 取り消せ」
そう言った瞬間にナイフの感触が消え、熱さに変わる。
「あつ!」
すると目の前にオレンジ色の炎の塊が燃えていた。ひぃっと言いながら立ち上がる。すると炎の中に真紅の目が光り、その炎はやがて何かの形をとる。
「まさか……!」
「取り消せ。俺は決して炎を恐れない」
炎は音を立てながら大きな鳥の姿へと変貌していく。
「そして我々は炎を殺したお前たち宝人を許さない」
ゴォっと音を立てて炎が迫る。と同時に熱波が彼を炙っていった。恐怖と熱さに朱鷺羽は両腕で顔をかばい、目を閉じる。しかし、炎が彼を燃やした感じはない。
おそるおそる目を開けると天高くオレンジ色の鳥が一羽、飛び去っていった。
「まさか、炎の眷属が生きていたとは……!」