モグトワールの遺跡 004

第1章 水の大陸

2.大国鳴動(3)

013

 ジルタリアという国に行った事がないのはこの面子の中では光だけだった。
 なんだかんだいっても、優秀な成績を残しているセダ達は任務で水の大陸内にはほとんど足を伸ばしている。グッカスなど頻繁に訪れていると思われた。
 リュミィは宝人だが、成人しているらしく一人旅をよくしているとのことだった。
 光は初めて見る人間の大きな国を見て、きょろきょろと視線を移している。一行は密入国のような形に近い入国をしたのだが、いつもなら首都に行き着くまではない検問がすでに河口に設けてあって、町ごとに検問があって大変焦った。
 なにせ自分達人間は身分の証明ができるが、光については考えていなかったのだ。
 しかし、そこはグッカスが役人をどうにか言いくるめた。本当に特殊科の授業は何やってんだ、と今ほど突っ込みたかったことはないと後にセダは語る。
「今の時期はシャイデとのやり取りが盛んで、もっと町には人がいた気がするんだけど」
 テラが寂しげなメインストリートを歩きながら呟く。
 ここは城下町。首都に一番近い河口から町を一つ抜けるだけで入ることができ、町の端から城を見ることができるジルタリアの城下町としてはそこそこ栄えた町である。ここなら城が目と鼻の先にあり、楓の救出に一番の近道と考えたのだった。
「シャイデと戦争するからじゃないかな?」
 当然のようにヌグファが言う。テラは驚いてしまった。
「だって、シャイデは盟約の国です。宝人に危害を加えた団体を黙っているとは思えませんし、それをジルタリアはわかっているのではないですか?」
 ヌグファの最後はリュミィに確認するように言う。
「ええ。シャイデの王はジルタリアに攻撃を行う宣誓を行っておりますわ」
「げ、じゃ、ここは戦場になんのかよ」
 普通だったらそういう場所は避けて通りたいものだが、人質がいる以上避けられない。
 セダはうんざりした。戦場になると所属が公共な自分達は微妙な立ち位置になるのだ。そこは任務に出る学生には学校側が耳にたこができるほど言い聞かせることだ。
「ばれなきゃいいんだよ」
 グッカスがしれっと言い放つ。
「お前、やけにそういうことに慣れてね?」
「当然だろ、特殊科だからな」
「特殊科って何やってんだよ……?」
「特殊なことだろ」
「答えになってねーよ」
 セダは追求を諦めた。そうこうしているうちに以前泊まって感じが良かったとテラが言う宿に着いた。今回はリュミィも加わったことで女性がチームの過半数を占める為、女性の意見を尊重したのだ。
 ――しかし。
「なんで、こんな高いのぉ?!!」
 テラが悲鳴を上げた。それもそのはずで、テラが以前にこの宿を活用したときより倍以上も値段が跳ね上がっているのだった。そんなに盛況にも見えない。どちらかと言えばこの前テラが訪れた時よりは客足は少なく見えた。
「あれ、以前ごひいきにしていただきましたかね?」
 この宿屋のオーナーでもある主人は申し訳なさそうに頭をかいた。
「前は今の半分以下のお値段でしたよね??」
 テラは泣きそうになりながら確認する。今の値段では泊まれないこともないが、この先を考えるとありえない値段であった。
「いろいろありましてねぇ……ここ二ヶ月位はこのお値段なんですよ。これでも赤字覚悟の御代になっているんです。ここらの宿屋は皆こんなものですよ」
「一体、どういうことです?」
 ヌグファも以前使ったことがあるらしい。奥から別の人が出てきてすまなさそうな顔をした。
 そんなこんなをしていると上の階から重々しい足音が響き、統一された服を着た屈強そうな男が降りてきた。そして奥の食堂に居座る。
「……軍人?」
「そうなんですよ」
 主人は声を潜めた。聞かれたくないからだろう、テラも耳を寄せる。シャイデから先生があったことをジルタリアの国民は皆知っている。国民からすれば何の話かわからず、シャイデに抗議したいところだが、ジルタリア政府は速攻国交を断ってしまったらしい。
 そして国境から首都までのいたるところに軍が配置され、ベースキャンプから溢れた軍人(軍人の中でも偉い人らしい)は民間の宿屋を拝借、否、占領してしまっているとのこと。
 軍人の命令では宿屋は宿泊費を取れず、国境封鎖で客足も途絶え、赤字がかさみ仕方なしに値上げに踏み切ったといういきさつらしい。
「最悪の時に入ったな……」
 寂れたかのような活気を失った市場を眺め、セダは呟く。市場にも先ほどの宿屋と同じ状況が降りかかり、ありえない値段の食物が並んでいた。
「これじゃ、泊まるどころか満足に食事さえできない」
 町を抜け、野宿に戻ろうにも、これでは食事を満足に取れない。
「王様も何考えてんだかね……」
 こんな生活、長くは国民が我慢できない。軍を派遣する辺り、国民を守る気はあるようだが、そもそもその原因を釈明した方がいいと思うのはやはり自分が政治家ではないからだろうか。
「違うだろう。王が狂ったから、事の発端はそこだ」
 グッカスは指摘する。王が狂ったから宝人の隠れ里に手を出す気になり、それに反応した隣国と戦争をするのだと。
「でもジルタリアの王は穏健で有名だったわ。お体が悪い噂は前々からあったけれど」
 ヌグファが言う。ジルタリア王は穏健派で有名な王だったのだ。
「人間なんか何考えてるかわかったものじゃないさ」
「で、どうしますの?」
「まぁ、ギリで野宿もいけるか? 食い物節約して」
 セダが言うと、それに学生はおおむね賛成そうだ。町を一旦出ることになるが、そのほうが経済的だ。
「光も、我慢してもらっていいか?」
 セダがそう言って振り返ると、返事がない。……どころか白い頭が見当たらなかった。
「光?」
「光?!」
 セダの後ろにくっついていたはずの宝人の少女は忽然と姿を消していた。慌てて見渡すが、その姿が欠片もない。
「え? どっかではぐれたか?」
「さ、探そう!」
 慌てて今来た道を戻り始め、数人は分かれ道まで入っていたがその姿は見当たらない。叫んで呼んで探すも少女はどこにもいなかった。
「あの! 手のかかる!」
 グッカスは多少キレ気味で人のいないところで鳥に変じた。上空から探すようだ。リュミィも人の目のない場所で光となって姿を消す。残った三人は地元の人に聞き込みながら必死にその姿を探す羽目になったのである。

 わぁ、人間の町ってすごい。建物がいっぱいだなァ。五人の後をついていた光だが、きょろきょろと見回してしまうのは仕方ない。初めて人間の町を見て、こんなに人間を見たのも初めてだ。人間は怖いものと思ったが、セダたちのおかげで人間にも良し悪しがあると判断をつけ、悪い人間に注意すればいいと思う光である。
 それに心強いリュミィとセダたちがいる。人間でも信用できる。
 光は『魂見(こんけん)』と呼ばれる宝人の中でも一部の宝人にしか備わっていない特殊能力があった。宝人には人間とかけ離れて多くの特殊能力を持つが、それは自身が持つエレメントに左右されたり、宝人の中でも持っている者と持たない者がいる能力がある。
 魂見は宝人二十人に一人くらいの割合で持っている場合がある。魂を見る能力のことで、魂の形、その性質、種族、エレメントの親和性など様々なものを見ただけで理解できる能力を指す、光はエレメントを使うことに長けていない、というか使えないのだが、魂見だけは里で一番だった。
 セダは人間でも力強く、熱く、暖かい魂だ。一緒にいれば自分も暖かくなるし、やる気を起こさせてくれる。それは彼の魂を現したような笑顔にも現れている。
 テラは優しい。ヌグファはちょっと影がある感じだが、真面目で穏やかだ。グッカスは魂の形が違った。あれが鳥人の魂の形。
 でも、誰も悪い感じがしない。みんなが楓のために光に協力してくれる。光は微笑んだ。
「あれ?」
 気づくとみんながいないのに気づいた。夢中になってしまっていたようだ。少し歩を進め、大きなセダの背負う武器が見えた。駆け寄って行こうとした瞬間、強く腕を引かれた。
「お姉ちゃん、ここの子じゃないね?」
「!」
 目の前には青年と小さな女の子がいる。反射的に魂見を行い、二人の魂にかげりがあることを見て取って、光は息を呑んだ。
「ちょっと助けて欲しいの、お願い」
 女の子が首を傾けて光を見る。
「え……な、なに。はなして」
 逃げなければ、やな感じがする。
「お願い、お姉ちゃん」
 女の子が言う。人間ならそこで小さい子供ということで緊張を解くかもしれないが、光は宝人であり、それに加え魂見ができる子供だった。姿に惑わされず、おかしいと気づく。
「あたしたち、ちょっと助けて欲しいの」
「ご、ごめんなさい。むりなの」
 しかし青年は腕を放してくれない。どうしよう。
「セ、セダ!」
 振り返って光が叫ぶ。その瞬間、首の辺りを叩かれ、光は意識を失った。

「いたか?」
「いない」
「こっちも」
「どこに?」
 少年少女と言っていい集団が一旦集合する。ヌグファの肩にオレンジの鳥が止まった。
「いない」
 周囲に気づかれないよう鳥が呟いた。町中を駆け、町の人に聞き込んだが光を見ていないという。
「さらわれた?」
「まさか?」
「宝人ってばれたっていうのか?」
 グッカスは光を保護したセヴンスクールに転入する予定の子供と説明し、通行の許可を取ったという。人間として町に入ったのだ。
「いえ、光は契約紋もありませんし、魂見ができる者でもなければまず光が宝人とわからないはずですわ」
 リュミィが言う。
「グッカスは魂見ができるんだろ? 普通にありふれた能力なんじゃないのか?」
 セダの問いにはグッカスが答えた。
「魂見ができる人間は存在しない。神殿の巫女だって無理だ。魂見は人間の選別を行う宝人や獣人の中でも選ばれた者にしか与えられない特殊能力だぞ」
「ヌグファ、そういう魔法とかは?」
「いえ、そんな魂感知に関する魔法は発達していないんですよ。まず無理でしょう。それにそんな珍しい魔法を使って光だけを誘拐する意味がわかりません」
 そう、宝人を狙ったなら、リュミィが狙われなかった理由がわからない。
「そんなに治安の悪い町でもないし、こんなに軍人がいるのにそんなことするかしら?」
 テラが頭をひねる。人攫いが横行するような町でもなければ、今は戦前で軍人がつめている。犯罪でさえ起こりにくいのに。
「おーい」
 悩む一行に遠くから声がかかる。それはこの道沿いに店を連ねる果物屋の女将さんだった。
「あぁ、いた。よかったわ」
 女将さんは息を整え、最初に話しかけたテラに声をかけた。
「小さい白髪の女の子を捜しているんだったね?」
「ええ、そうです」
「見たんだよ!その子!」
「ええ?! どこですか?」
 女将さんは道を指差し、言った。
「城に向かっての道を歩いていたんだって。お隣の隣のお肉屋さんから聞いたのよ」
「あ、ありがとうございます! 一人でですか?」
「いや、白い布を頭に巻いた少年と一緒だったって話だよ」
「ど、どうも、ありがとうございます」
 テラが頭を下げる中、グッカスがヌグファに囁いた。
「あの、その女の子と一緒にいた少年はこの町の子供なんでしょうか?」
 女将さんが不思議そうな顔をするので、慌ててヌグファは続ける。
「その、迷子になっていたならお礼を、と思いまして!」
「ああ、そういうことかい」
 女将さんは笑って、そして頭をひねる。
「そこら辺は聞いていないけど、そういう格好をした子はここらにはいないねぇ」
「そうですか、とりあえず、追いかけてみます」
 お礼を何回もいい、店を必ず訪れることを約束し、一行は囁いた。
「迷子?」
「少年??」
「可能性一。光がはぐれて迷っているところを案内してくれた優しい少年A」
 セダがまずは言った。
「可能性二。光をつれまわしているかもしれない迷惑な少年A」
 テラが続ける。
「可能性三。やばいことに足をつっこんでいるかもしれない危険な少年A」
 グッカスが言った。リュミィはため息をつく。
「それが可能性としては高いんですの?」
「優しい少年Aだとすると、これだけ俺たちが探し回っているんだからどこかで情報を得ていてもおかしくないと、俺は思うね」
 自分が出した意見を否定するセダ。
「迷惑な少年Aだとすると、それもあたし達が探している間に見つけてもいいんじゃないかと思うのよね。広い町とはいえ、五人で探してて、グッカスは空から探しているんだし」
 テラも自分の意見を否定した。
「危険な少年Aなら光がどこかに連れ去られている可能性も……出てくるんだけどな」
「「「「「……」」」」」
 全員が一瞬沈黙する。
「答えは一つしかありませんのね」
「とりあえず城を目指しつつ、少年Aも探しますか」
「わかった。俺は独自にまた探す」
 グッカスが上空へ飛び立つ。いつもなら出店を覗いたりしながら歩く一行だが、二手に分かれた。一行は光を探すため、早足で城へ。もう一行は少年Aの情報を得るために出店に顔を出しながら。