モグトワールの遺跡 004

014

「ここがジルタリアなんだね」
 妹のヘリーはきらきらした目を輝かせ、町の景色を眺めている。
「おい、あんま夢中になるなよ」
 ジルが笑って言う。二人は川を渡った後、検問を見て迂回し、城下町には入らず、城の奥にある森林を横断した。ジルタリアは川の下流、海が近い場所に城を設け、いざというときに川を使っての脱出経路を確保しているつくりになっている。城は町のはずれにあるといってもよく、森に囲まれ城を最後の防衛ラインに考えていることがわかるつくりだ。
 ジルはそれを見てよく考えてるなぁと感心しつつ、脱出経路を押さえるためわざわざ森を抜け、城を偵察した。それから町に入ったのである。妹は自分がわがままを言っている自覚があったのか、けっこうつらい旅路に文句を言わず楽しげな様子だった。
「宿取ろうかと思ったんだけど、値段が高そうだなぁ」
 ジルが呟く。ヘリーがどうして? と聞いた。
「見ろよ、シャイデでは5ウィーンのりんごが12ウィーン。約三倍。シャイデとの交易が停止中としても値段の上がり方が尋常じゃない。これじゃ民の暮らしが崩壊してる。全ての物価が上がっているに決まってる」
「へぇ。ジルすごいね。そんなことわかるなんて」
「キアの受け売り。キアと一緒に旅すると安全な旅路だけど学ぶことは多いよ。ヘリーもいつか一緒に行ってみるといい」
 四人兄弟の両親はシャイデに田園を持っていたがそれは多くは周囲の農民から買い取ったというか、契約しているのだ。荘園経営者と言っている。両親は税金管理や利益をよりよく上げるために農民から農地を買い取り、その農民に農地を耕してもらい、作物を代わりに売り買いする商人をしている。この商いが大当たりし、有名な商家の子供としていい暮らしをさせてもらった。
 最初は自宅の周囲から始まった商いは農地を拡大し、今では馬車で移動するような場所にも手を出している。キアは跡取りとして、ジルやハーキは後学の為、キアや父と一緒に旅をよくした。ヘリーは幼い頃からだが弱く、旅ができなかった。
「うん!」
「ここは……伝でも頼るかなァ。あ、そうすっと俺らが王ってばれるか」
 商家なだけあって他国にも知り合いが多かったが、それを頼っては立場がばれてしまう。
「城に忍び込んで一夜明かすってのもありだけどなぁ」
 自分ひとりなら、と心の中で付け加える。ヘリーには無理をさせたくない。うーん、高い宿に泊まるしかないかと結論付けたところで、ジルはあることに気づいた。
「ヘリー、ちょっと危険になるかもしれないが、我慢できるか?」
 ヘリーは瞬きを数回する。
「怖いときは助けに来てくれる?」
「ああ、約束する。夜になったら必ず会えるしな」
「わかった」
 ジルは妹の頭を一撫でし、笑う。そして町の裏道に入った。昼でも暗い裏道の中でも深く入り込まなければ行かないような裏の裏の道まで進んでいく。香の臭いが辺りを漂い始め、表通りと違った雰囲気を感じ始めた。表通りにちらほらみた軍人の姿は皆無。ジルは感でめぼしをつけた男に無意識を装って近づく。
「ぼうず、こんなとこきちゃいけんーんだぞ?」
 酔っ払ったような男の手が軽々しくジルに置かれる。ジルは振り返って笑った。
「えー? なんかやばいのかぁ?」
「さあなぁ?」
 男はからかうように笑った。
「俺らさ、孤児なんだよ。なんか俺でもできるような仕事、ねーかなぁ?」
「ふーん?」
「こう見えても結構腕は立つんだ。おおっと詳しいこと聞くのはなしだぜ」
 陰のある笑みを浮かべてジルが言う。
「きな」
 男が酔っ払いを装うのをやめた。路地のところどころで子供の姿が見える。シャイデにもある。これが裏町の現状だ。秘密と闇が行きかう場所。
「かしら、変なガキをつれてきやした。例のあれに使えますぜ」
 とある建物につれてこられ、奥の部屋に通される。中に子供が目立った。
「ふーん。ガキ、名前は?」
「ジル」
「そっちは?」
「ヘリー」
 男は顔に大きな傷があり、屈強そうな身体を深く椅子に沈めていた。
「何を求める?」
「食いつなぐ金」
「そうかそうか。その腰のものでも売ればいいんじゃねーか?」
 子供が持つには立派な二振りの剣をさして笑う。ジルが笑って首を振った。
「こりゃ売れないね。呪いの剣なのさ。俺以外が触れるとすぐに効果はないが、徐々に骨を溶かし、腕を腐らせるのろいのかかった剣なの。もともと俺の親父が持ってたんだけどな、俺の親父の親父の親父、ひいひい…爺さんの親友が作ったものでさ、そういうのろいをかけたんだよ。俺は爺さんの血を引いてるから平気だけど、ためしに友達に貸してみたら、そいつ、一ヵ月後には腕がなくなって死んじまったっけ? あ、信じないならいいよ。別に俺に罪はないし」
 笑顔でにっこり嘘八百を並べ立てる。これはハーキの受け売り。
「ふん。まぁいい。その程度の剣なら持っているしな。じゃ、そっちのお嬢ちゃんはなにはできるんだ? お酌でもしてくれるってのか? ひはは」
 周囲の大人たちが笑う。ヘリーが唇を噛み締めた。
「こんながきんちょにそんなことさせて楽しいのかね? まじかよ」
 ジルが言う。すると男は笑った。
「いや、俺たちだってきれいな美女なら文句ない。だが、世の中の貴族様はそういう趣味をお持ちの高尚な方が多いんだぜぇ? 金に困っているならそのガキ売ろうとは思わねぇのかぁ? それとも、そのガキにも呪いでもかかってんのか? やっかいな持ち物だなぁ」
「呪い? かかってねーよ。そんなのこっちがお断りだっつの。かわいいたった一人の妹ですよー。妹のためにも金がいるのさ」
 ジルは言う。にやついた大人の顔に何かがあると直感が告げる。
「じゃ、これも知ってるか? 今その位のガキが大人気」
 と言われた瞬間にジルの剣が抜かれていた。子供の仮面を捨てて剣を目の前の大人の首筋にのめりこませ、笑った。
「いいじゃない? その話もっと詳しく教えてくれる?」

 その後、手がかりを必死に探した結果、それらしき少年と光が一緒に行動していたことは確かのようだった。少年はここ数日この町に現れた流れ者らしい。泊まっている宿屋さえ見つけた。一行は学生ということもあり、保護した子供が行方不明と会っては町の人は協力的に探してくれたのはラッキーだったとしか言えない。
 少年は昨日から姿を消しているらしい。方角から河の近くにある小さな山というには小さい森に向かったとわかった。
「にしても光をつれて城へ行き、今度は森? なんだそれ?」
 セダは不思議そうに危険な少年A(仮)を探し始めた。以外にも森は広大で、少年が通ったと考えられる獣道を進む。グッカスは鳥の姿のまま索敵と探索を行っていた。鮮やかなオレンジ色は森の中で目立ち一行を安全な道へと誘ってくれる。
 全員でいろいろ探した結果、光はセダたちとはぐれた後に少年Aに連れられて町をつれまわされた挙句、城に向かい、行方不明になった。少年Aだけは行動を続け、何故か森の中。
 光を森に連れて行ったのかはわからないが、とりあえず光の行方がわからない以上、少年をさがすしかない。
「いたぞ」
 グッカスが低空飛行をしつつ、少年の居場所を告げる。先に入った少年が後から追いかけた一行に追いつかれるとは、昨日森に入ってから何かをしていたのだろうか。まるで寝坊してしまったかのように、ずいぶん遅い行動と言えた。
「どんな様子だ?」
「寝起きらしい。木の間からお目覚めの様子で出てきた。今、朝飯を食い終わってどこかに出かけるらしいな」
 グッカスは詳細に告げる。索敵や諜報を主な活動とすると噂にある特殊科らしく、すぐさま少年を見つけ出してきた。ヌグファはこういうことを教えているセヴンスクールの裏のようなものがいつも怖いとグッカスをみて思っていた。しかし今はその能力がありがたい。
「武器は?」
「剣を二本持っている。装飾の多い儀式用と言ってもいいくらいの剣だが、使い慣れている感じがする」
 グッカスはそう述べた。
「剣なら俺だな」
「そうね、この場所じゃ、あたしの弓は使えないし」
「少し先にひらけた場所がある。そこで囲むぞ」
 わずかな視線と作戦を立て、少年が近い場所へと密かに接近する。さすがにセヴンスクールの成績優秀者だけあって、その仕草はプロに近い。
 草を掻き分ける音さえ立てず、気配を殺してセダたちは少年に近づいた。そしてついに木陰の間から少年を発見した。
 背はセダより低いが、それより目立つのは頭に巻いた長い白い布だ。すっぽり頭を覆っており、表情さえ隠しているように見える。そしてグッカスが言っていた剣がセダに見えた。
 長剣というには短く、短剣と言うには長い。少年の腕より少し短いくらいで、瑠璃色に銀の装飾を施されたものと紅色に金の装飾を施された儀式用に思えるものだ。護身用にしては華美にすぎた。
 セダは気配を殺し、そして視線を仲間に送ると、背中の武器を抜いた。セダは長刀武器専攻。長剣から大剣、槍など一般的な長い武器は何でも一応扱える。
「よぉ? ちょっと無粋で悪いんだけどさー」
 セダは背後から己が今回の任務に選んだ武器、すなわち柄の両側に巨大な刃を持つ武器、セヴンスクールでは両刃刀(りょうばとう)と言われている。セダの武器は特注でこういう名前と決まってもいないし、そういう形状の武器は珍しい。これはセダが自ら使いやすい武器を求め、オリジナルで主席の特権を利用して創ってもらったものだ。セダだけが扱える武器なだけに、両刃刀と呼ぶのだって本来は正しくはない。
「聞きてぇことあんだよ」
 少年がちらりと視線を向けた。布と髪の影でその目は暗い色しか映さない。
「俺にはねーけど?」
 少年がすらっと瑠璃色の剣を抜き放った。本気ではないもののセダの殺気を受け取ったからの行為。中から輝く白銀の刃が見える。少年のわずかに布の間から見える黒髪、その奥から暗い色の瞳がセダを敵と認識する。
「お前は無駄が多すぎる」
 ひそやかに呟く声が聞こえ、そしてグッカスがいつの間にか背後で少年の首にナイフを押し当てていた。少年はそれすらちらりと視線をやるだけで動かない。その動作でグッカスが背後にいたことすら気づいていそうでもある。
「お前らか?」
 少年が逆に問うた。ぴたりと剣先がセダを狙っている。
「隠しているものがあるんだろう?」
 少年はそう言う。
「は?」
 セダはそっちが隠してるんだろうと突っ込みたくなったが、少年はなにか納得したことがあるようだ。ナイフを付きたてられ、セダと向かい合いながら少しも怯えた風を装わず、むしろ堂々としたまま頷いた。
「手荒に行くぜ?」
 少年がそう言ったとき、本能でセダは刃を構えていた。甲高い音が響いたと思った瞬間、セダの足元にグッカスのナイフが落ちていた。
 グッカスは目を瞠り、そしてすぐさま距離を取った。少年の行動に驚いていたセダだが、次の瞬間には距離を詰められていた。セダも獲物を持って交戦する。
「グッカス!」
 セダの鋭い声にグッカスは視線で頷いた。気配でテラが近づいていることがわかる。
 グッカスは木陰の奥に消えていき、代わりにテラが鏃を番える気配がした。少年もそれを気づき、視線を一瞬だけ走らせてセダの刃を受け止めた。質量のある両刃刀を受けても少年はびくともしない。しかし足元がじりっと砂を噛む音がする。
「飾りじゃねーのか」
 セダの呟きに少年の口元が笑みを浮かべた。
「そっちこそ、対称の刃の刀とは珍しいな。初めて使ってんの見た」
「気に入ってんだ」
 セダは笑う。しかしセダは内心焦っていた。少年の見た目に油断していたと言ってもいい。
「もう一本は抜かないのか?」
「できれば抜きたくねーんだな」
 少年は余裕を持って笑う。さらりと真紅の剣を撫で、セダの刃をはじく。セダは少年との体格差、獲物の重量差からすぐに終わると思っていたがセダは決定打を与えられないまま、テラとグッカス、ヌグファの行動を待った。一行はこの任務より前から何度も任務を組んでいた。いざというときの行動は皆が熟知している。
 木に囲まれた中で、少しの開けた場所、四方から少年の包囲網が完成された。
「そこまでよ」
 テラの鏃が光る。ヌグファも杖をかまえて魔力を練っている。グッカスはナイフを構えセダの反対側に立っている。リュミィは離れたところからそれを静かに見ていた。少年はそれらの様子をチラリとみた。
「おいおい、こんないたいけな少年に多勢じゃないっすかね?」
「いたいけな少年が俺と渡り合うかよ」
 少年の実力は数回の刃の交錯で理解した。それだけの経験はセダにもある。
「いいぜ、やってみな」
 少年はあくまで強く言いきる。その目は自信に満ちていた。そして少年の目が黒髪の間からわずかにのぞいた。きらりと光る赤い目だった。珍しいと、思った瞬間にグッカスが動いていた。
「ぼさっとするな! セダ」
 ヌグファに迫っていた暗剣(あんけん)をグッカスがナイフではじき返す。暗剣とは暗殺者が主に使う暗闇にも対応するために作られた、刃さえも黒い柄もないむき身のナイフより短い刃のことだ。
「暗剣!?」
 テラが驚いた。それすなわち、相手が子供だろうとプロの暗殺者としての訓練を受けている事になる。このメンツの中でその訓練を受けているのはグッカスだけだ。簡単に子供が手に入れることができる武器でもない。
「ヌグファは下がれ! 危険だ」
 ヌグファはすぐに相手の死角に入り込み、魔術の詠唱に入った。テラも年下だからという認識を改めたようだ。セダとグッカスの攻撃の合間を縫って矢を放つ。それは的確な狙いで少年の腕を狙っている。
 うまくセダが最後までひきつけた、と思った瞬間、少年は不思議な行動をとった。すなわち、両手首を打ち付けたのだ。
 ――コォオン。
 軽いが反響する音が響いた。と思った瞬間に少年に向かっていたセダ、グッカス、テラの矢も弾き飛ばされた。そして少年の姿が消える。
「何!?」
 その瞬間、全員が押しつぶされたかのように動けなくなった。
「上だ!」
 グッカスが地面から這いあがれないまま、呻いた。
「な、なんだよ……!」
 魔法の詠唱に入っていたヌグファでさえ、杖を構える事が出来ないほどに地面にはいつくばっている。何かに押さえつけられているかのように身体の自由が利かない。少年は上空に浮かんでいた。悠然と浮かぶその姿。腰のまわりに円を描くように黒いものが覆っている。まるで黒い輪の中に入っているかのよう。
「あ、あれは暗円(あんえん)!!」
 グッカスが驚いて言った。少年の顔には黒い文様が浮かんでいる。
「宝人、だったのか!?」
 セダはその髪に隠れてほとんど見えない契約紋を見る。身体を覆うような黒い円は闇のエレメントを持つ宝人が能力を補助するために自ら編み出すものだ。契約紋と、暗円。この二つで宝人であることがわかった。
「でも、さっきまで契約紋はなかったわ!」
「そうだ。さっきまで変には感じていたが、宝人の魂の形ではなかったぞ!」
 テラとグッカスが叫ぶのを見て、少年は軽く驚いた顔をする。
「あれ、そっちの派手な兄さんは魂見ができるのか? ってことは宝人か?」
 グッカスは内心焦る。先程軽く言ったが、魂見ができるのが宝人のみだと知っているのは一部の宝人に詳しい者だけだ。知っているということは、彼は何者だ? 宝人なら知っていても不思議ではない。だが、グッカスの魂見が、彼の宝人である可能性を否定する。
「ってことは、変な力を持つ化け物ってのは、あんたたちの仕業と思って間違いないな?」
 少年はそう言って地面に降り立った。
「橙色は炎のエレメントの主色・赤色の従属色。……炎? まさかな」
 冗談を言うように少年は言った。
「……化け物?」
 セダが刃を持ち直す。闇のエレメントの力と対面したのは初めてだが、重力操作を行うと言うのは本当だったようだ。身体が重く、武器を持ちあげられない。
「え? 違うのか? お前らだろ? この森を通る人間に無差別の攻撃を仕掛ける化け物って」
 最初山賊かなにかかと思ったんだけど、と少年は言った。
「は? ちげぇよ。俺はお前を追ってきたんだから」
 セダが言う。今度こそ少年は不思議そうな顔をして訊いた。
「なんで? なんか俺に用?」
「白い髪の女の子を探している。お前が連れ去ったのではないのか?」
 グッカスが言った。
「連れ去るも何も、俺の妹だもの。ちょっと前まで一緒にいたさ」
「妹ぉお??!」
 セダが叫ぶ。光を妹って言うなんてなんてなんて奴だ!
「はぁ?! 光はお前の妹なんかじゃねーよ」
「光? 誰それ?」
 少年は瞬きを繰り返して心底何か分からないといった顔をしていた。
「まて。俺達なにか、誤解しているようだ」
 グッカスはそう言って先に刃を治めた。それにセダも習う。少年は頷いて剣を腰に収め、もう一度手首を打ち鳴らす。今度は音がせずに少年の周りの暗円が消えた。と同時に契約紋も消えていた。セダたちの身体が自由になる。
「まず、あんたらは何だ?」
 少年が訊く。
「俺たちはセヴンスクールの学生だ。先日、白い髪の女の子を保護した。光と言う女の子だ。白い髪の君より年下のね。彼女が昨日突然この町に入ってから姿を消した。探したけれど見つからない。情報を集めたら君らしき人が白い髪の女の子と歩いていたと聞き、君を追っていた」
 グッカスがそう言って少年に簡単な事情説明を行った。
「じゃ、今度はこっちな。俺はとある用事があって妹とこのジルタリアに来た。妹は確かに白髪で小さな女の子だ。俺は妹と今別行動している。俺は先ほども言ったがこの森の化け物騒ぎの真相を探りに来ている」
「光じゃないのか……」
 セダが呟いた。
「いや、待て。君の情報が正しいという確証が欲しい。確かに君の言う事は正しいかもしれないが、光が行方不明なのは事実なんだ」
 少年はしばらく考えた後に言った。
「光という女の子は知らないが、居場所ならたぶん知っている」
「何!?」
「城だ」
「ジルタリア城だと!?」
 なぜ、城にいるのか? なぜ、この少年が知っているのか。
「俺の妹もそこにいるからな。まだ無事だろう。俺の妹も無事だから」
「どういう、ことなんだ?」
 当惑した様子の一行に少年が告げる。
「知らないのも無理ないな。“鳥人計画”って知っているか?」
「なんだと?!」
 グッカスが過敏に反応してしまうのも無理はないだろう。彼は鳥人そのものなのだから。
「少し前にさ、流行した鳥人画って見た事あるか?」
 それは世界の宝人や珍しい種族の絵姿をまとめた有名な絵師が描いた本の中の一枚の絵のことだ。そこに描かれていた鳥人とは、白い髪の美しい白い翼を生やした幼い女の子の絵だったのだ。
 ほとんどのその絵がニセモノや空想の産物だと言われている。しかし一般の人間にとってそれが本物か否かは判断できないのだ。多くの人間が鳥人の種族はその絵のおかげで白い髪をした女性と考えているのだろう。
「白い髪、女の子。その条件がそろえば無理やり鳥の羽をくっつけて馬鹿な人間に売り飛ばすって寸法に王宮の一部の人間が加担しているって話」
「本当なのか? なんて馬鹿なことを……!」
 全員が驚き、城が、国を担う人がそんな事をしているかもしれない事実に呆然としてしまった。王に内密にやっているとしても一国の城でそんなだいそれた悪事を働くものはだれなんだ?
「そんな愚かな事に城を使いますの? そもそも貴方は妹さんをそんな場所に……お迎えにはいきませんの?」
 リュミィは今まで見守っていたが、相手が闇のエレメント使いと知って口を出さずにいれなくなったのだ。闇と光のエレメントは折り合いが悪い。
「さぁな? 城をどう使うかは俺の知った事じゃねぇ。妹とは定期的に連絡を取り合っているから無事は確認できるし、問題はない。あんたらが俺の言う事を信じなくても俺は構わないしな」
 少年はそう言って笑った。リュミィがいたことも知っている様子で、彼女の質問にもあっけらかんとした様子だ。
「君は妹をそこにおいて、先にこちらの用を済ませに来た。……それほど化け物が気になるのか? 化け物退治でも生業にしているのか?」
 グッカスが警戒を解かずに少年に問う。
「……なんと答えて欲しい? 応え次第でお前達も手伝うとでも言うつもりか? 俺とお前達が誤解で剣を向けあったのは認めよう。だが、お前達と俺とでは目的が違うのだろう? 学生さんなんだからさ」
 そこには何か一線を引く様子で、少年の目は厳しい。
「にしても全員でその行方不明の子も含めて六人のメンバーか。セヴンスクールからジルタリアは遠いだろう? 骨休めなら隣のシャイデをお勧めするがね。たぶん、ジルタリアは物価が高いだろうから」
 目線を和らげて言う。年下の癖にセダたちを案じてくれているようだ。
「なぁ、お前。光が、妹さんも無事って言うのをお前自身は疑っていないんだな?」
「少なくとも現時点ではな。妹も無事だって言っているし」
「だけど、妹を売ったり、鳥の羽根付けるようなのを黙っているつもりはないんだろう?」
 セダがそう言う。
「もちろんだ。危ない目になる前に合流する」
「じゃ、協力しよう、お前に」
「セダ!?」
 テラが非難めいた声を上げるが、グッカスも頷いた。
「今は少年に協力した方が良さそうです。彼は城に潜り込むツテを持っているということですから。私達がいくら許可証を持つ学生でも城には入れません」
 ヌグファが小声で言いテラも頷いた。確かに自分達は城にはいれるような命令書は持っていないのだから、少年と一緒に入り込まねば光を助けに行けない。
「俺はセダ」
 セダはそう言って手を差し出す。少年は頷いて手を握り返した。
「じゃ、遠慮なく協力してもらおう。セヴンスクールの外に出れる学生は主席に近いらしいからな、優秀なんだろう? お前達。早いに越したことはないんだ。俺はジル」
 ヌグファは驚いた。隠してはいないが、一般の人が知れないような情報を……。この少年一体何者?
 グッカスは先程の少年の魂の変化に戸惑いを覚えていた。この少年は最初に出会ったときから見たことのない魂の形をしていた。そして少年が手首を打ち鳴らしたと思った瞬間、魂が変化した。闇のエレメントが強くにじみ出て…そして今はその気配もなく、よくわからない魂の形に。
 何なんだ? 隠してはいないが、一般人が知る事も出来ないような情報を知っている。何ものだ? お前はなんだ!? 何度も同じことがグッカスの頭を巡る。
「詳細を知りたい。教えてく……」
 グッカスが動揺を抑えて言おうとした瞬間、風が唸った。
「風!」
 とエレメントを感知したヌグファが叫んだ瞬間に土が盛り上がり、全員の足場が不安定になる。その瞬間にまた軽く石を打ち鳴らしたような音が響き、ジルという少年が浮かび上がる。土の盛り上がりはびたりとおさまった。
「重力操作!」
 気の影から驚きの声が上がる。グッカスが攻撃のありかを探しす。
「そこか!」
 グッカスが叫んだ瞬間に暗剣が飛んでいた。少年の目に容赦はない。暗剣が闇に溶け、人の姿が二人現れる。
「宝人か!」
 剣を突き付けたセダが言う。ヌグファが魔法じゃないと確信する。魔法は魔力によってエレメントの操作を行うが、宝人の行うものは直接操作で、魔力を感じないのが特徴だ。
「お前らだな……化け物の正体は」
 セダがそう言った。宝人は動けない。ジルが重力を掛けているに違いない。エレメントの能力の恐ろしさを思い知った気分だ。
 闇をふわふわ出すのが闇のエレメントの真髄ではない。闇は全てを引きこむ力。すなわち引力操作。そもそも闇は六種類のエレメントの中で一番形にとらわれないエレメント。ゆえにさまざまな力の在り方が存在する。その中でも有名なのがこの引力操作だ。闇は光さえも引き込む力をもっている。その力のベクトルを自由に操るほどにエレメントの操作に長ければ、先ほどのジルのように重力操作だけではなく、自らの危機を反対の引力操作を行い無効化することも可能。
「怪我をしたくなければ、この森から出ていけ」
「な!」
 セダは人の気配が増している事に気付いた。
「囲まれている?」
 テラがそう言う。しかしジルは落ち付いたまま、視線を走らせて宝人の一人に言った。
「フィス皇子に会わせて欲しい。お前たちが隠し……いや、保護したんだろう?」
 ヌグファが驚いた顔をした。
「フィス皇子って、ジルタリアの次期王様ですよね? そんな方がなぜ、こんな場所に?」
 ジルは向かってきた宝人の目を見据えている。
「シャイデ王に命じられシャイデ代表として正式にフィス皇子に会見を申し込む」
 この場にいた全員が目を見開いた。沈黙に包まれたこの場を壊すようにジルは笑う。
「お化けとしての会見でも構わないんだけどね」
 ジルが手首を打ち鳴らし、スタッと地面に降り立った。暗円が消え、ジルの手首に黒いリングが現れている。押さえつけられている宝人が立ち上がった。
「シャイデの代表?」
 宝人たちは全員セダ達を囲んでいたのを解き、ジルの前に姿を現した。宝人達だけでなく、人間も多くいる。こんな子供が一国の代表だと? とその顔には浮かんでいる。
「とりあえず、フィス皇子は無事なのか?」
「矢を受けておいでですが、傷は我々で治療しました。今はなまった体を鍛え直している所です。貴方の目的は? 皇子を害するおつもりではないでしょうね?」
「この度の事、フィス皇子のせいだと、シャイデの王らは思っていない。事情を聞きたいそうだ」
 ジルはそう言って笑った。味方だと信じ込ませるように。
「なんなら俺を縛ってもいいよ? 獲物も預けて構わない。俺は王からの手紙を確実にフィス皇子に届けなければならないんだ」
 ジルの本気を見て取ったのか、宝人の一人が頷き、ジルのだけではなく、巻き込まれた形となったセダたちの獲物も取り上げ、一行を案内した。森の奥に進むにつれ、方向感覚が失せていく。セダは目印になるようなものを探すが、同じような木ばかりでわからない。リュミィはいつの間にか消えていた。森で複数の気配がした瞬間に身を隠したようだ。
「フィス様」
 宝人の一人が呼ぶと巨木のうろから青年が現れた。すらっとした長身にやわらかい顔つき。ゆるくウェーブする茶色の髪に緑色の目。腰に剣を差した姿は堂々としている。セダたちは優秀な学生とはいえ、一国の代表とこんなに顔を合わせる事になるとは思わなかった。
 フィス皇子は絵にかいたような皇子様で、テラは少し見惚れてしまった。
「お初にお目にかかる、シャイデの方。私はジルタリア皇子・フィス=アマンジーラ=ジルタリア」
「このような状況でなければ喜ばしいんですけど。ジルと申します。」
「さて、シャイデの王が私にという手紙は?」
 ジルは笑った。
「私が手紙です。私の存在そのものが」
「え?」
 フィス皇子が不思議そうな顔をする。
「私を紙と思ってください。私達が発した言葉がインクとなり、その思いはシャイデの王に伝わります。私はシャイデの王から貴方への言伝を何種類か、貴方の返答次第で選んで伝えよと命じられております」
 つまり伝言役だ。確実にフィス本人に伝えるための存在ということだろう。
「まず、状況把握が必要です。ご説明下さい」
 ジルがそう言った。フィスは頷いた。

 現在のジルタリア王は長くにわたって兄王を支えていた。兄王が退位したのは病からなるもので、平穏に兄王の遺言どおりに現在のジルタリア王カラ=アマンシールが王位を継いだ。
 兄弟そろって婚期が遅く、兄王には子供がいなかった。カラ王は晩婚ではあったが、一人の女性と婚約し、一人の男子を設けた。それが今目の前にいるフィス皇子だ。
 フィス皇子が成長すると同時にフィスはカラ王の考えを受け継ぐよい王になると思われた。ジルタリアの法律で無駄な王位争いをなくすために現在の王の長子が次期王と決まっている。そこですんなりいくわけではなかった。カラ王には年の離れた弟がいたのだ。
 年が離れているゆえか、カラ王と折り合いが悪かった。カラ王はフィス皇子の後見人に折り合いが悪くとも、愛しているからか、信頼してか弟であるビス=アザンシードを選んだ。兄弟の約束であると。
 そしてフィス皇子が成人と相成り、王位を引き継ぐこととなった。それはフィス皇子が三十歳になったら、という話だったが、予想外にカラ王が持たなかったのだ。兄王と同じ病にかかったカラ王は床に伏し、王座を温める事が難しくなった。兄の目が届かなくなった瞬間にビス殿下のひそやかな簒奪計画は始まっていた。
 フィス皇子を支えると思われたが、密かにカラ王に毒を盛り、そして機会をうかがってフィス皇子の暗殺に乗り出した。カラ王が付けた配下が危機にぎりぎり気付き、決死の思いで逃がしてくれた。
 ビス殿下に排除された配下はこの森に潜み、フィス皇子を保護し、反撃の機会をうかがっていた。

「そういうことだったんだ。ではジルタリアの乱行はその絵にかいたような王位簒奪計画が起こした事ですか」
 一行は事情を飲み込んだ。では、宝人の隠れ里を襲ったのも……。
「これで楓をさらった理由がわかりましたね」
「楓? お前らは光ってのを探していたんだろう? ……やっぱり事情があったな」
 まぁいい、とジルは笑う。やっぱり油断ならない子供だとテラはしみじみ思ってしまった。
「叔父上は、確かに父上とは折り合いが悪かったけれども、私には優しく厳しく、よい師であった。王位を諦めてはいないが、無理に簒奪するようなお方ではなく、私にはそれが信じられない」
 ショックを隠せずにフィス皇子がうなだれる。
「突然の乱心か……」
「なんとか、叔父上を説得できないものか……」
 フィスの言葉にジルは厳しい言葉を向ける。
「あなたがそうやって悩むのは構わないが、ビス殿下のご乱心はすでに民にまで影響を出している。ぐずぐずしていればシャイデも乗り込まざるを得ない。なにせ、宝人の里を襲い、シャイデは盟約に従って宣誓を行っているからな」
 これには周囲のフィス皇子の配下も驚いていた。
「俺の役目はシャイデがジルタリアと全面戦争を行う前にジルタリアの真意をつかむためだ。可能なら戦争を回避することはシャイデの全王の望みでもある」
「叔父上が、宝人の里を……襲った?!」
 フィス皇子の周囲にいた部下達も驚いていた。自分が襲われる可能性は信じたくはなくとも理解はできた。しかし宝人の里を襲うことは考えられなかったのである。
「そうだ。だからこそシャイデは開戦に踏み切ろうとしている」
 繋がってしまった。事前に聞いていてある程度理解してはいたが、すべてが繋がった。ビスが王位を簒奪し、後継者のフィスを殺害しようとして失敗。反抗勢力を抑えるための軍備増強に裏のルートである資金集め。そして宝人の里を襲い、炎を力として利用する魂胆。炎があればシャイデにも勝てると思っているらしい。一度世界を、人間を滅ぼしかけたという炎。その炎があればシャイデも危ういかもしれない。
「ここに来るまでも町は軍人が闊歩し、市民の生活に影響を与えています。物価は上がり、誰もがもう悲鳴を上げている。シャイデとの交易が止まったのも痛いですね」
 ヌグファが補足を行った。みるみるうちにフィスだけではなく、フィスの配下たちの顔も青くなっていく。
「どうする?フィス皇子」
 ジルが訊く。
「フィス皇子」
 セダがフィス皇子を見た。自分達をジルの仲間と思っているのは好都合だ。楓はおそらく王宮にいるだろう。助けるためには城を襲う必要がある。
 楓を助けたいと言った光の顔。炎が自由にできる世の中を、と叫んだリュミィ。
 自分達は宝人たちのことを、世界のことを知らなさすぎるけれども、この世界の一員として、いや、そんなことはどうでもいい。助けたいんだ。楓が炎だからじゃない。楓の為に動こうとしている光たちのために心から手を貸してあげたいのだ。
「襲われた宝人の里からビス殿下は多くの宝人を攫っている。俺たちはそれを救うために来た。貴方に協力してもらいたい」
 一国の次期主にどうやって思いを伝えればいいのか、セダにはわからない。だけれども、楓の居場所はわかった。あとは助けるだけなら! 動かなければ始まらない!
「それに城には子供も売買も行われているらしい」
 グッカスが続けた。フィスの目が驚きに震える。
「力を貸して欲しい。みんなを救うために。そのために俺は貴方に手を貸す!」
 フィスの目をセダの力強い青い瞳が覗いている。思わず頷いてしまうような吸い込まれそうな瞳だった。強い意思ある瞳。こんな目を自分はしたことがあったろうか。いつも穏やかな父の背を見て、力強い叔父の背中を追いかけてきた。
「そなた、名は?」
「セダ=ヴァールハイト」
「シャイデの方に迷惑をかけるわけにはいかないだろう。今後の国同士の為にも。私一人で叔父と向き合い、このたびの責任をジルタリアとして果たさねば! 申し出はありがたいが…」
 フィス皇子が周囲の配下にそう言って頷く。
「いや! 手伝わせてくれ! 俺は光に楓を助けるって約束したんだ!!」
 ジルタリアの殿下が憎いのでも罰したいわけでもない。セダはただ、楓のために。
「そうそう。皇子様なんだから、命令とかしちゃってもいいんですよ?」
 テラが笑って言う。セダの思いを汲み取ったテラがセダに向かってウインクを飛ばす。セダは笑って頷いた。
「まぁ乗りかかった舟だと、思えば構わない」
 グッカスがそう言った。ヌグファも同意するかのように微笑んでいる。ジルはそれを見て笑った。
「フィス皇子、お答えは決まりましたか?」
「ああ、叔父上を……討つ!」