モグトワールの遺跡 004

015

 変な子供達に連れてこられた場所はこれまたよくわからない場所だった。薄暗く、寒い。
 光が届かない場所で、部屋の隅に光晶石があるだけだ。多くの子供がこの場所に閉じ込められている。広い部屋だが、狭苦しさを感じさせるのは出入り口が一つしかなく、重い鍵がかかっているからだろうか。
 光より小さな子供もいれば少し年齢が高いような子供もいる。だが一様に皆、髪が白い。
 泣き出す子供に黙れと脅す入り口に立つ大人。ここはいったいなんだ?
 魂見を行うと集められているのは人間の子供だけだった。宝人が集められているわけではないことにほっとする。そして同時に自分が宝人だとばれていないと感じた。
「そんなに怒鳴らないで! 余計怖いから」
 泣く女の子を抱きしめて叫ぶ光と同じくらいの女の子。光はその子をみて、あれと思った。
「うるせぇ! 黙ってろ」
 女の子は唇を噛み締め、大人を睨むと一生懸命泣く女の子をあやしていた。それに同調するかのように周囲の女の子も女の子を小声でなだめる。光もなんとなくその場に近寄った。
「大丈夫、ぜったい大丈夫よ」
 女の子がそう言って笑いかける。
「あれ? 初めて見る顔ね。この子と一緒に来た?」
 周囲の女の子があやしていた女の子を指して言う。
「今日、なんか来たの。ここ、何?」
「私が説明するわ」
 女の子はそう言って光を大人から遠ざけた場所に連れて行った。
「私はヘリー。あなたは?」
「光」
「ひかり、珍しい名前ね」
 光はこの発音は宝人独特のものであったことを思い出した。しかし、後の祭りだ。ヘリーは気にすることなく笑う。笑顔が明るい女の子だった。
「ここは“鳥人計画”のために集められた子供が集められている場所なの」
「ちょうじんけいかく?」
「そう。馬鹿な大人が考えたお金儲けの為に誘拐されてきたのよ!」
 怒りをあらわにヘリーが言った。
「じゃ、私達売られるの?」
「そうよ。しかも鳥の羽をむりやり背中にくっつけられてね」
 ヘリーはいやそうな顔をしていった。
「そんな!!」
 そんなことになったら楓を助けるどころじゃない。セダたちともはぐれてしまったし、どうしよう。そんな不安な顔を見せた光にヘリーは言った。
「大丈夫、そんなことにはならないから」
「え?」
「絶対大丈夫、助けてくれるから」
 力強く言い切られて光は一瞬呆けてしまった。
「だ、誰が?」
「ジル。私のお兄ちゃん」
「ヘリーもはぐれたの?」
 ヘリーは首を振って、それからうーんと唸った。
「あ、うん。はぐれた、かも?」
 ヘリーは内心慌てた。そうだ、ここに潜入しているのは内緒だった。いけない、光を危険に巻き込むところだった。ジルとは毎回夢で連絡を取り合っている。ジルは闇のエレメントの能力の一つである『夢渡り』で近況を教えてくれている。そして明日ジルタリア城を仲間と襲うついでにヘリーたちを解放し、救うとも言った。だから大丈夫。
「いざとなったら私、戦うし!」
 ジルが闇のエレメントを使いこなすように、ヘリーにも使いこなせるエレメントが存在する。一つは光のエレメント。もう一つは風だ。
「あなた、初めてみる。その『魂』の形。なんか人とエレメントが混じっているような……光と風が混ざっているような……」
 思わず疑問を口にしてしまった。その瞬間ヘリーの顔がはっとする。
「『魂見』! ……光って宝人なのね?!」
 今度は光がはっとする場面だった。馬鹿だ。自分が宝人だとばらしてしまうなんて。ヘリーは優しい女の子だけれど、自分が宝人であることを知っている人間は少ないほうがいいのに。特にこんなことに巻き込まれてしまった日には。
「内緒よ」
 唇に人差し指を当ててヘリーが笑った。
「お互いに。まだばれるわけにはいかないの」
 ヘリーはそう言ってくすっと笑った。その瞬間に光にはわかってしまったのだ。ヘリーの正体が。ということは、ヘリーのお兄さんは絶対に助けに来る。
「教えて、どうやって助かるつもりなのか。手伝えることはある?」
「そう来なくっちゃね!」
 ヘリーと光は頷きあった。

「ああ、嘆かわしい」
 王の執務室の中で一人の青年がため息をついた。紙とにらめっこをしているフリをしてキアはペンを折れそうなほど握り締めた。
「まったく、お子様王達が執務を放り出すだけではなく、兄や姉王達もこの程度の決済さえまともにお出来にならないとは。あなた方、荘園の経営者のご子息でしたのでは?」
 前王たちの秘書のような側近だったというこの青年だけはキアたち新しい王にも容赦なかった。前王らにもこういう態度で煙たがられていたという話だ。
「まずは家庭教師探しからでしょうかね」
 青年はそういってめがねを押し上げ執務室を後にした。
「このやろう……いいたい放題言いやがって……」
 キアが王様の仮面を取り払い、乱暴な口調で唸った。隣でハーキが苦笑いした。
「陛下、お客様がお見えになりましたが……」
「ああ、通してくれ」
 侍女がそう言った後にこれまた軽薄そうな女性が現れる。
「ああ、お茶とかいらないから。そんな高尚な人間ではない」
 キアは侍女に短く告げてさっさと追い出す。
「なんだよ、高級な王宮の菓子食って自慢しようと思ったのによ」
 キアはがしがしと頭を掻いて、見事に侍女が整えたオールバックの金髪を半分くらい台無しにした。
「てめぇ、茶化しに来たんだったらぶっとばすぞ。そのために呼んだんじゃねーんだよ」
「おお、こわ! まじで王様の時は猫被ってんのな!」
「うっせぇ。慣れない暮らしで怒りがピークなんだよ。お前、どうせ暇しているんだろう? 悪友のよしみで手伝え」
 もう王様というよりはチンピラのような顔つきと声でキアが言う。そう、キアの徹底的な猫かぶりは親しいものたちの間では有名なのだ。
「それよりジルは?あいてーんだけど。どっちかっつーと、俺お前よりジルの友達だしよ」
「だから、黙れ。お前は俺の言うこと聞け」
 男勝りな口調の女性は今度は肩をすくめるに留めた。
「で? 何をすりゃいいんだよ?」
「お前はこれから俺たちの窓口だ。いいか、ハーキは今から精神が参って休んでいることにする。取り次げないと言え。侍女にもだ。俺は決済書類を真剣にやっているから取り次げない以下同文。わかったな?」
 女性は口を尖らせた。
「それ、誰にもお前らと会わせるなってことか?」
「簡単に言うとな。俺らしばらくこの王宮を抜けるからさ」
「はァ!? ジルとヘリーもばっくれてんのに、お前ら二人もばっくれたら!!」
 キアがふっと自嘲した。そしておもいきり頭をかき乱し、金髪は見事なほどにぼさぼさになった。襟元を緩め、険悪な目つきになると不敵の笑みを浮かべる。
「新人王はどうせ仕事がトロいって文句言われてんだ。今更遅くなろうが問題ない。それより調べることがあるんだ。そっち方面を調べるのに少なくとも二週間はかかる。本来なら一ヶ月は欲しいトコなんだけどな」
 女性は苦笑いを浮かべる。王になろうがこいつら兄弟はまったく変わっていない。
「それともう一つ、王宮に出入りする侍女、護衛、配下、全部お前がチェックし、信用できるものを見繕え」
「そりゃ……無茶な」
「できるだろう? できないとは言わせない。なんなら今お前が溜めていた負債を一気に支払えと言ってもいいんだぞ」
 そうとう怒っているなぁと女性は思いながら手を降参するように挙げた。
「へーへー。なんでもしやすよ。で、お前らは何するつもりなんだ?」
「外交問題を下の兄弟に任せてしまったからな。上の俺らは国内を請け負うべきだろう。国の動きを見るのは金、人、そして軍だ!」
 不信があったらまず金の動きを探り、その次に人の動きを追え。これはキア達の父親である荘園経営者の口癖だった。
「俺は金と人事をチェックする。ハーキは軍だ。軍備が平和で穏健な国のくせに増強なんてされていろ。何かあるって言ってるようなもんだ。ついでに戦争するらしいから近衛軍でも再編成してみてくれ」
 キアの言葉にハーキは頷いた。
「ジルがリストくれているしね、そっちは速く終わるわ。それより厄介そうなのが……」
「神殿だ」
 シャイデにしか存在しない神殿という特殊組織。
「さて」
 キアは立ち上がって手を叩く。すると何もない空間から土の塊が生じ、それが見る見るうちに人の形を取っていく。すぐさま執務机に座るキアとベッドに横たわるハーキの精巧な人形が造られた。キアの顔には黄色い紋章が浮かんでいる。
「はー、見事なもんだ。本当に王様になったんだなぁ」
「王の役得なんだろ? せいぜい利用する」
 ハーキとキアはそう言って豪華な王用の衣装を脱ぎ捨て、庶民の服に着替える。
「じゃ、留守の間頼んだぞ、叔母上」
「やだな、そう呼ぶなよ。俺らとお前は他人だろ?」
「……そうだな」
 キアはそう言ってふっと床の中に消えていった。ハーキも一緒に消えていく。
「だからおれジル以外嫌いなんだよ、この兄弟」
 女性はそう言って部屋の前に立った。