モグトワールの遺跡 005

018

 森の中でフィス皇子の配下とジル、それにセダたちはジルタリア城をどう襲撃し、宝人達と子供達を救出するか話し合っている。
 話し合いの結果、ジルが隠密で第一の救出作戦を行い、鳥人計画の子供達を救出する。その間に最も慎重にかつすばやくセダ達が宝人を救出する。フィス皇子が大掛かりに叔父を討つ。という寸法になった。
 実はこの作戦前にジルとフィス皇子の配下、グッカス、ヌグファの皆で何晩か夜に城へ入って調査を行っていた。フィスの配下は宝人も多くいて、エレメントを用いた多彩な潜入となった。
 セダは参加しなかったが隠密が自分の性に合っていないことは一番知っている。グッカスは特殊科だからだが、ヌグファ以上の魔法の知識がある人間がいなかったためだ。
 何度かの潜入でわかったことはいくつかあった。その間にヌグファが胃を痛めていたようだが、テラがいつもの神経痛だと流していた。
 まず、鳥人計画のために連れてこられた子供はみんな十五歳以下の子供らしく、四十人ほどいた。これは予想外の大人数だった。救出にしても保護にしてもそんなに大勢だと手間取る。しかも年齢層が幅広く無理な救出作戦であれば相手を逆に怖がらせ、相手に知られてしまう恐れがあった。
 次に宝人たちは大人から子供までいたが多くの魔法使いが部屋に配置され、兵士も多く、救出が難しい。魔法に関してはヌグファが対抗策を取ることが決まった。そして最難関がジルタリア王だった。こちらを陽動にするにはジルタリア軍を相手にすることになる。こちらの人数はせいぜいフィスの部下を含めて五十人もいない。しかも宝人救出に何人か割くことになっている。三十人ほどで軍隊と渡り合うのは無謀だった。
 そこでどうするかを今話し合っているのである。そこで鳥人計画救出にはジルが一人でやると言ったのだ。最初はこちらにも人を割く予定だったが、余裕がないと見るやジルの決断は早かった。
「にしても、お前は一人で大丈夫なのか? 宝人のようだけど……」
 セダはジルに言った。
「ああ。心配いらねーよ。俺だけが妹と連絡を取り合っている。妹にも協力させて無事に救出できるから」
 ジルはそう言った。そういうがセダはジルが妹と連絡を取り合っているのを見たことがない。
「お前さ、何もの?」
「ん? 気になる?」
 年からすればセダの方が上なのだが、どう考えても経験はジルの方が上に思える。
「あ、そっか。宝人ってことは俺らより年上なのか」
 ぽん、と手を打ってセダが思いだす。宝人は人間より成長が遅く、寿命が長い。ゆえに年上の事もありえるのだ。
「あー、そね」
 ジルはそう言って目を泳がす。グッカスがその様子を注意深く眺めていた。陽動はジルとフィス皇子で行う。実は一番救出が困難と考えられているのが宝人たちの救出だ。多くの宝人達は居場所がわかっているが、楓がどこにいるかもわからず、おそらく一番兵力も投入されて捕まっていると考えられる。
 他の問題は楓の立ち位置だ。契約を迫られ、きっと契約してしまっている楓のために、契約を解除してもらわなければいけない。
「それにしてもどうする? フィス皇子、ジルタリア城に常駐している軍はどの程度の規模なんだ?」
 セダが聞く。こちら学生の身で軍人を相手にしたことはない。
「今はシャイデと戦争をする構えで結構国境付近に軍を配置しているみたいでしたけど」
 ヌグファが言う。フィスは頷いて答えた。
「城の外と内側両方で2旅の編成だった。他は国内に散らばせてあって全軍で2軍程度か……【※1旅=500人/1軍=2500人】。もともと穏やかな国だったからな、そんなに軍隊の規模としては多くない」
「城外に派遣したのは二~三割程度かな……?」
 セダが言う。打倒だとフィスが頷いた。四十人強VS八百人。無謀だ、何度考えても。
「やはり奇襲が基本で、夜だな」
 グッカスが言う。
「ジルタリアに宝人の軍人は何割居る?」
「あまりいない。全体の五分といったところだろう」
 ジルはそれを聞いてにやっと笑った。
「じゃ、こっちは宝人の人が一団体に比べて多いことだし、エレメントを存分にかく乱に使うしかないな」
「そうだな。かく乱程度ならエレメントの悪用にはならないだろう。どちらかというと護身程度に考えてもらえればいい」
 グッカスの言葉にフィス皇子の宝人の部下が頷く。
「ヌグファ!」
 セダが声をかける。
「宝人たちを捕まえている魔法はわかったか?」
 ヌグファが頷く。
「私は古代魔法専門なんで、あまりくわしく近代魔法はわからないんですけど、宝人を捕まえているってことは無晶石を利用した魔法としか考えられません。たぶん、術の構成に部屋の隅に無晶石を置いて、それを基点に魔方陣を立ち上げていると思います。見た限り、四隅に魔法使いがいたので……」
 ヌグファは紙の上に四角を2つ組み合わせて書いた。ちょうど直角に四角形を交差させた模様で頂点を結んで八角形をつくり、その内側に円を描く。
「『フィザーソン魔方陣五型』に間違いないです。この円形の中に対象を閉じ込めます。対象は円から出ることが出来ません。で、この四隅に魔法使いを置いて術の維持と構成……こっちの四隅に無晶石で術のエレメント無効果と魔方陣の安定性を図っていると思います」
 ヌグファの説明に頷いた。彼女は魔法使いでない人にもわかりやすく教えてくれる。
「これって、無晶石を壊したら術って止まる?」
「魔法使いの程度によります。だけど基点を失うわけですから七割の確率で壊せます」
「じゃ、テラだな」
「そうね」
「魔法使いの弱点って何だ?」
「その魔法使いが何系統によりますが、一番は喉ですね。呪文の詠唱ができませんから」
 さらっと当たり前のようにヌグファが言う。意外とこういうときこわいわよねと内心テラ。
「でもそれだと嫌々命令とかに従っているかもしれない人も殺しちゃうことになるわよね」
「みた感じ、あの人たちは杖を使う魔法使いですから、杖を取り上げるとか……一番は気絶させることですか」
 独り言のように言うヌグファにジルが言った。
「それだな! 闇のエレメントで強制的に夢に誘う。『夢招き』が得意な宝人はいるか?」
 フィスの部下がおずおずと手を挙げる。頷いた。
「救出組みはテラとあなただな! あとは周囲の兵士をのす役としてセダがいいか」
 グッカスの言葉にセダが頷く。
「ヌグファもほしいだろ。いざというときに対抗できるのがヌグファしかいない」
 ヌグファも頷いた。セダが兵士をのし、その混乱に乗じてテラが無晶石を破壊し、闇のエレメントで魔法使いを眠らせる。その間に宝人を開放し、保護する。
「問題は叔父上か」
「フィス皇子を陽動にするんじゃなくて、俺たちが陽動になればいいんじゃないか?」
 セダが言う。
「馬鹿か、それじゃ楓が……」
 グッカスが言い募るのを制してセダは言った。
「ジルは子供達を救うのにどれくらいの時間が要る?」
「そうだなぁ……上手くいけば四十分もあれば大丈夫かなぁ」
 ぎょっとした目でグッカスが見た。子供四十人を騒がせることなく城外に救出するのをその時間で?!
「で、俺たちも上手くいけば一時間ちょい? 位ならそれが終わって俺らが派手に騒げばいいんじゃないか? っていうのと……逆に救出する宝人の人と子供達に騒いでもらえばいいんだよ」
「……宝人はともかく子供達を危険には……!」
 がそれをさえぎってジルが言った。
「それ、案外いけるかもな。でも子供達はだめだ。一気に救出する方法しか俺は考えてない」
 ジルがきっぱり言い切った。
「宝人も人に捕らわれた。人を嫌悪しているはずだろう? 協力してくれるのか?」
 グッカスが指摘する。そこでそれは十分にありうると皆が黙り込む。宝人の性質としてエレメントを使って報復などは考えないだろうが一時も早く人から離れたいと考えるだろう。もしかしたら己のエレメントを使ってすぐさまその場から離れることも考えられる。
「そもそも救出する為の作戦ですから、助けた者への協力は傲慢ではありませんの?」
 リュミィがそう言った。それもそうだな、とセダも唸る。
「やっぱり陽動にフィス皇子の宝人さんたちは派手に暴れてもらうしかないか」
「いえ、待って」
 テラが言う。
「何も実際派手に騒ぐ必要はないのよ。例えば、子供達を逃がした後に子供達が逃げ出したとわざと騒いで兵を割り振らせるの。宝人たちもそうよ、スマートに助け出せれば助けた後に逃げたと騒げばいい。そしてそのタイミングをできれば同時に行えば情報が錯綜して立派な陽動になるわ」
 一瞬の沈黙。後にセダが騒ぎ出した。
「テラ! お前天才!!」
「三人寄れば文殊の知恵だな……まさに」
「……グッカス」
 いつもの漫才のようにグッカスが呟き、ヌグファがフォローに回る。フィスはそれをほほえましく見ていた。

 救出作戦に入る前夜、グッカスは夜中密かに行動を開始する。フィスは城の真後ろにある森に逃げ込んでいた。森の奥に王家が狩猟などの際に使う小屋があり(といってもさすが王家で大きい)、そこを今一行は使っている。
 こんなわかりやすそうな場所がなぜ敵に知られていないかというと、フィスの部下の宝人たちが頑張って方向感覚をずらしており、外部からは絶対に入って来れないようにしているらしい。光と闇のエレメントで視覚的にニセの森を映しているのだという。
 しかしグッカスはもう内部に入っているので迷うことはない。目指すは少年のところだ。少年はフィスの勧めにも従わず、木の下で寝ている。つまり野宿しているということだ。それがくせだといっていたが、人間の少年にそんなくせがあってたまるか。
「何か用か?」
 気配は殺していた。なのにすぐに気づく少年ははやり只者ではない。しかも寝るときまで頭の白い布を外さないらしい。
「お前は何だ?」
 率直に訊く。とりあえず敵ではない。セダたちの目的もフィス皇子の思いも理解し、共感して作戦に参加していることはわかる。しかし少年の正体だけがわからない。
「そういうどうとでもとれる質問って回答にこまるんだけど」
「お前の目的はなんだ、ジル」
「ジルタリア皇子王権奪取と妹の救出」
「嘘だろ?」
「嘘じゃない。大事な事だ」
「前半はともかく、お前ほどのヤツが簡単に妹を攫われるとは考えにくい。……お前、妹を城にもぐりこませたな?」
 ジルが目を丸くする。驚いている表情だが、その答えはどちらか。よく言い当てたというものか、それともそんなこと考えていないという驚きか。嘘のように感じられるのだ。シャイデ代表というのも本当か裏付けることはなにもないのだし。
「そもそも捕らえられた妹とどう連絡を取り合っているんだ」
 追求するように言う。
「『夢渡り』さ。俺は闇のエレメントを使うことが出来るからな」
 夢渡りとは闇のエレメントを用いて相手の夢に入り込む、宝人のそれも闇の宝人独特の技だ。闇のエレメントは『形にとらわれない』のが性質。その技や使い方はエレメントの中でも多岐にわたる。
「基本的にお前は他人を信用してない。そんなヤツに自分のことを教えたところで信じてもらえるなどと俺は考えない。何を言っても同じなら簡単に俺は手の内を明かさない」
 ジルがその年齢に見合わぬ厳しいことを言った。グッカスの眉根が寄る。
「お前がフィス皇子の事を思い、俺を不信がるなら教えたかもしれない。かの皇子の思いは本物だから。セダにしたってそうだ。本気で光と楓を、そしてフィス皇子の力になりたいと思っている。そういう思いをぶつけた上で俺が疑わしいと思うなら、俺も本気で応えよう」
 ジルはグッカスを見据えて言い放つ。
「お前の考えがどうかを俺は知らない。お前の思いは少なくとも俺には本気には感じられない。だから、お前に俺は応えない。……俺が何者か知りたい? 俺の目的が知りたい? 知ってどうする? ……知った上でお前は何を行動に移すんだ? 打算的な考えで動かせるほど、人は軽くないぞ」
 その言葉はグッカスに突き刺さる。自分が人間でないからと区別していることをこの少年は見抜いているようだ。
 グッカスは人間が嫌いだし、宝人も嫌いだ。愚かな思考を持つこれらの生き物をグッカスは好いていない。だから距離を置くし、自分の考えや本心を伝えるなんて考えてもいない。
「……少なくとも今は本気ということだな? フィス皇子とセダは気に入っているようだ」
 グッカスは少年からただならぬ気配を感じて苦し紛れに言った。
「そうだな。それは認めよう。そしてお前の中に何かがうまく隠していながらも何かあることを俺もまた認める。だから教えよう。一つだけ。……俺は世界傭兵として生を受けた瞬間から過ごしてきた。これで答えになっただろうか」
 グッカスが言葉を失った。
「……ばかな……?!」
「俺の言葉が嘘か真かは俺次第。だけど俺の言葉を信じるか否かはお前次第だ。さぁ、もう寝ようぜ」
 ジルはそう言ってもう取り合わない意思表示か、目を閉じてしまった。グッカスだけがその場に取り残される。しばらくして、思い出したかのようにグッカスは歩き出した。だがその方向は自分の寝る場所へ戻る足取りではない。混乱した頭を落ち着けようと当てもなくさ迷っているだけだった。
 ――世界傭兵だと?! 生まれたときから?? それが本当なら一般人で知らない情報を知りえていることも、暗剣を使いこなす腕前も、その態度もわかる。すべてが繋がってしまう……!
「公共軍はとっくに事態を察知していたということか?」
 世界傭兵の招請は公共軍が一番にその権利を持っている。
「いや、やつが宝人なら悲鳴を聞いて独自に乗り込んだか??」
 グッカスは改めて眠るジルを見る。こんな子供が……。
 世界傭兵とはこの世界の六つの大陸に渡って傭兵活動をする一種の軍隊のような集団のことだ。各大陸に二十名ずつ常駐し、暗殺から大戦経験まで豊富な傭兵の中の傭兵、兵の中の最強者。
 世界傭兵を雇うことが出来れば戦争を行う国は絶対的に有利とさえ言われている。例えば各地で開催されている剣の大会のようなものには彼らが参加することは出来ない。レベルが違いすぎるからだ。そういう大会のチャンピオンでさえかなわないレベルの達人の集団のことだ。
 彼らは独自のネットワークと活動方針を持ち、世界中を巡り、その土地土地で集団の理念に従い悪を罰し、人の手助けを行う。正義の味方のような集団だ。悪法で虐げられるが、政府から中々助けが来ないような民衆が世界傭兵に助けられて感謝されるなどといった話はよくある。
 だが、彼らは己の理念に基づいて行動する。各国の事情は構わない点からあまり国の政府にはいい顔をされないもの事実だ。
「だからこその、自信か……」
 グッカスはようやく己を落ち着けると部屋へと足取りを戻した。

「ヘリーちゃん、お話してー」
「いいよー、みんな集まってー」
 兵士達も息を潜める夕暮れを過ぎた頃。夕食が配られ、寝る前のひと時にヘリーは御伽噺や昔話をして自分より幼い子供達の心を軽くしている。
 ヘリーは昔からこういう類の話が大好きだった。暇さえあれば本を読んでいた。これはキア譲りで、キアが読破した本は大抵ヘリーへ回ってきていたのだ。というのも、上の兄弟であるハーキとジルは剣を振ることが好きで、部屋にこもることが滅多にない人物だった。
 キアはそんな兄弟を見てやれやれとため息を付き、自分だけ勉学の世界に戻るのである。そう言ういきさつでヘリーが本を好きなことはキアもうれしいことのようだった。
「今日は何のお話がいいかな?」
「双子皇子がいい!!」
 どこからか声が聞こえた。それに賛同する声もある。
「そう。じゃ、今日もそのお話にしよう!」
 光が小さい子供をヘリーの周囲に、比較的年齢が高い子供をその周りに座らせる。
『あるところに黒という色を嫌う国がありました……』
 ヘリーの優しい声が響く。最初泣き叫ぶだけだった子供達を落ち着かせて眠らせるこの行為を見張りの兵士達は最初は諌めたものの、本心は助かっているらしく、いまや黙認している。そうして披露されたヘリーの御伽噺の中で、オリジナルでそして一番人気のお話がこれだった。
 実を言うとヘリーと光、他の比較的年齢が高い子供達の合作なのだ。ヘリーに言われてみんなでいろいろ唸って考えたのだ。だからちょっと変なところがあっても見逃してほしい。

 ~~双子皇子~~
 あるところに黒という色を嫌う国がありました。もともと黒という色はみんなの暮らしに浸透している普通の色でした。誰もが普通に黒色を使い、黒色も他の色と同じように接していたのです。
 しかし、ある日を境に国は夜が明けなくなってしまったのです。お日様が昇る時間になっても真っ暗なまま、お星様や月の光さえない、黒く暗いままなのです。誰もが驚いて、困ってしまいました。
 王様はどうしたものかとこの国一番の占い師にこの黒い世界のことを占わせました。
「この黒い世界は悪い魔術師の仕業です」
 占い師が言います。魔術師がこの場所に目をつけて、人々を混乱させて楽しんでいる。この後にもっと悪いことが起こるだろうと、その影響が現れている証拠がこの黒い世界なのです、と占い師は言いました。
 悪い魔法使いが呪いではみんなを困らせないと分からない限り呪いは続くとも言われました。王様はそれではみんなが困るし、不安に思う。どうしたらいいか、と占い師に尋ねました。
「この先、王様にはご子息が二人生まれます。どちらか一人が魔術師の呪いを代わりに請け負われます。その皇子には魔術師の呪いが届きにくいこの国の聖なる場所で過ごしてもらうのです。魔術師が去るまで」
 王様は自分の子供にそんなことはさせられないと言いました。
「いえ、これはご子息の運命です。避けられない定めなのです」
 占い師は言いました。
「呪いが消えるまでそのご子息は悪いことに取り付かれてしまいます。しかし呪いの仕業であって決してその子が悪いのではありません。呪いが消え去るまでの辛抱です」
 それでは取り付かれた子供があまりにもかわいそうだと王様は嘆きました。
「大丈夫です。もう一人のご子息には私が幸運と癒しの力を与えましょう。もう一人が呪いを解く助けをしてくれるでしょう」
 そうしてしばらくして王様には双子の皇子が生まれました。一人は白い髪に青い目を持った皇子様。もう一人は黒い髪に赤い目を持った皇子様でした。
 双子の皇子様が生まれた瞬間に暗い街には再びお日様が巡り、光がもどってきました。
 人々はそれを喜びました。しかし問題があったのです。呪われた皇子様がどちらの皇子様か誰にもわからなかったのです。
 人々は黒い夜をもたらしたことから黒を嫌いになっていましたので、きっと黒い髪に生まれた皇子こそがそうに違いないと、黒い髪の皇子様を聖なる神殿で過ごさせました。
 いつしか何年かが過ぎ、皇子様らは少年へと成長しました。黒の皇子様は黒い夜の原因である呪いことを知らされることなく、神殿の中で普通の少年として育ちましたが、黒い夜の恐怖ゆえに、その黒髪は周りの人から怖がられて嫌われていました。黒の少年はそのことに心を痛めていました。
 しかし自分が体験したことのない黒い夜のことを考えるととても怖い気持ちになってしまうのです。だからこそ、嫌われてしまうこの黒い髪が仕方のないことに思えて、白い大きな布で黒い髪をいつも隠して過ごしていました。逆に白い皇子様は王様の元で次の王様となるべく過ごしていました。白い皇子様は黒い夜を打ち破った救世主としてみんなに感謝されて日々を過ごしていました。誰もが白い皇子様を見ては感謝を述べ、愛されて育ちました。
 しかし白い皇子様は日に日に自分の気持ちが嫌なものになっていくのを止められませんでした。人々が感謝を述べるたびにその人に乱暴なことがしたくてたまらないのです。みんなを困らせて混乱させたらどんなに愉快かと思わずには居られないのでした。そう考えるたびにどうしてそんなことを考えてしまうのか白の皇子様は不安に思うのです。誰かに話したいけれど、そんな怖いことを考えているなんて知られたくない、皇子様はそうやって毎日を過ごしていたのでした。
 双子の皇子様が生まれてから十五年の月日が流れました。今日は皇子様の誕生日です。王様はこの日のために国中で皇子様を祝ってもらおうと盛大なパーティを開きました。誰もが白い皇子様を一目見ようとお祝いを言いに現れました。
 王様の隣でおとなしくそれを受けていた白の皇子様はいつもの混乱を起こしたい衝動に駆られてしまいました。ついにたくさんの子供達が白の皇子様のために生誕の歌を歌ってくれている最中に、白の皇子様の中の呪いが目覚めたのです。辺りが一瞬のうちに暗闇に覆い隠され人々は恐怖と混乱で泣き叫びました。白の皇子様は驚いて、正気に戻ります。
 すると暗闇がさぁっと晴れました。しかし、歌を歌ってくれた子供達がどこにもいません。皇子様は自分のせいだと気づきました。呪いの影響が子供達をどこかに隠してしまったのです。白い皇子様は叫びました。どうしよう、どうしたらいい! と。
「大丈夫」
 すっと握ってくれる手がありました。見ると白い大きな布を巻いた少年がそっと白い皇子様の手を握っていたのです。実は王様は生まれた子供は二人で、二人の誕生日なのだから、と黒い皇子様もそっと呼んでいたのです。
 黒い皇子様は暗闇に包まれたそのときもその瞬間も全てがただ一人見えていました。なぜか泣き叫ぶ白い皇子様を助けられるのは自分しかいないとわかったのです。そして白い皇子様も黒い皇子様と一緒にいれば、大丈夫と思うのでした。
 二人は手を繋いでお城を出ます。すると城の一番高い屋根のうえに子供達が集められていました。今にも落ちてしまいそうです。子供達の親が次々に気づいて叫びだしました。王様も驚いてそして黒い皇子様を見ます。誰もが黒い皇子様を疑いの眼差し見てきます。
 今度は白の皇子様がいいました。
「大丈夫」
 そっともう片方の手も握りました。二人は頷きあい、そして手を繋ぎました。
「悪い呪いがかけられているのは僕だよ」
 白の皇子様がいいます。
「でも悪い呪いを解けるのも僕だけだ。それが僕の役目だね」
 黒の皇子様は微笑みます。すると二人の身体がふわりと宙に浮かびました。そのまま子供達の方へ飛んで、二人の皇子様は子供達に笑いかけました。
「怖いことは終わり。これから僕らと一緒にお空を散歩しよう」
 子供達は手を取り合い、その間に皇子様たちが入って、みんなが大きな輪を作りました。するとどうしたことでしょう。子供達全員がふわりと飛んだのです。そして子供達は無事に地上に降り立ちました。
「ごめんなさい」
 白の皇子様はいいます。そんな皇子様を黒い皇子様が抱きしめました。
「大丈夫、これからはずっと一緒だよ」
 その言葉を聞いて王様ははっとしました。二人を離れ離れにしてはいけなかったのだと。
「もし、これから先、君が呪いのせいで悪いことをしてしまっても、僕が君を、この国のみんなを助けに行くよ。だから、大丈夫」
「ありがとう」
 人々は自分たちが黒を怖いと思い込んでいた事に気づきました。だからこそ、黒の皇子様自身を見ることができず、黒の皇子様を傷つけてきたのでした。決して、これからは白の皇子様を嫌うようなことをしないと誓いました。
 それから白の皇子様と黒の皇子様は離れず一緒に過ごすようになりました。白の皇子様が再び呪いのせいで怖い事や否や事をすると必ず白い布を頭に巻いた黒い皇子様は現れます。
「大丈夫。怖いことはもう終わりだよ」
 黒の皇子様はそう言って白の皇子様の手を握るのです。それは白の皇子様に言い聞かせているようでもあったし、黒い呪いを怖がるみんなに言うようでもありました。おかげで国のみんなは白の皇子様も黒の皇子様もそして、過去の黒い呪いでさえも怖がることはなくなりました。皇子様達が大人になる事には、黒い色はみんなから好かれるような色になっていました。
 今ではその国では白黒両方が好かれるようになったそうです。そうなった頃には呪いなんてものすらみんなから忘れられて、魔術師は去り、人々は幸せに過ごしました。
 それからこの国では何か悪いことがあったら、黒の皇子様のこの言葉がみんなの合言葉になりました。
『大丈夫、怖いことはもう終わりだよ』
 ……おしまい。

「あたし黒の皇子様すきー!」
「あたしは白の皇子様」
 と、意外と幼い子供達に人気が出たこの話は皇子様かっこいいーで盛り上がるのだが、最後に誰かが必ずこう言う。
「あたし達の元にも黒の皇子様が、魔法の言葉を言って助けに来てくれないかなぁ」
「そうそう『大丈夫、怖いことはもう終わりだよ』って」
「そうね。みんなが信じていれば、きっと来てくれるよ!」
 光とヘリーは二人でにっこり笑顔。この話を皆がどうやって楽しんでくれるか、何回も聴いてくれるか頭をひねったのだ。本好きが幸いして一応形があるものになって、みんなが話を好きになってくれてよかった。おかげでうまくいきそうだ。
 ――救出まで、あと0日。