019
「俺は、お前と共に行く」
グッカスが強襲の前夜、ジルに向かってそう言った。ジルは一瞬呆けた顔をしたが、フィスとセダに視線を投げかけ、頷いた。
「好きにしろ」
それは作戦を目前にして足手まといは置いていくと斬り捨てる厳しさが滲んでいたが、グッカスは気にしなかった。光の救出を名乗り出たのである。光は多くの幼子と同様に作戦終了まで保護することを考えたのだが、光の性格と、人間に裏切られた形の宝人たちが楓の容姿を教えてくれるとは考えにくいからだ。
ジルは子供達救出の後に、光を連れて速やかに作戦に復帰する。ジルの作戦と同時に宝人救出も行われ、作戦終了に乗じて偽王を倒す算段になっていた。
セダは今回お気に入りの両刃刀の他に長剣を携えていた。狭い場所での戦闘に不向きだからである。それぞれの役割を頭に叩き込み、闇夜に乗じてセダたちはジルタリア城へと乗り込んだ。
一番手はジルである。地下から続いている水路から足音も立てずに密かに進入する。その手並みの良さにグッカスは舌を巻いた。正直、こんな子供が世界傭兵というのにも信じられないものがあるがその実力は何度か見させてもらっている。
今回はただ単に四十人もの子供をどうやって四十分で救出するかを見たいだけだ。一人頭一分。果たしてそんなことが可能なのか。
グッカスが同じように音も立てずに背後を着いていくと静かにというジェスチャーの後にジルが止まった。目的の場所へ一目散に向かったジルは子供達が閉じ込められている部屋へ続く廊下へすぐにたどり着いた。一度も兵士に会わなかったのは、ジルがそういうルートを考えたからに他ならない。それだけで優秀といえるだろう。
ジルが両手首を打ち鳴らす。軽い音がわずかに響き、ジルの顔に黒い模様が現れた。しかし動きの邪魔になると考えたのか、暗円は出していない。ジルを中心として黒い闇が廊下に煙が広がるかのように流れていく。
その光景は無音で行われ、いつの間にか廊下に灯されている明かりさえ心もとないものへとなっている。それを見たジルは腰から剣を抜いた。グッカスに合図することもなく、ジルの身体が滑り出すように闇の中へと躍り出ていく。
手始めに近くに居た衛兵が音もなく昏倒させられた。グッカスも続く。目的の部屋の前の兵士も難なく倒し、ジルが部屋の取手に手をかけた。
そしてしばらく観察していたかと思えば、衛兵の懐から鍵をあさり、部屋の鍵を開けた。
開け放たれた扉から部屋の中の灯りが廊下に漏れる。しかしジルはそんなことを気にする様子もなく、堂々と子供達を安心させるように言った。
「大丈夫、怖いことはもう終わりだよ」
その瞬間に子供たちの歓声が響いた。
「黒の皇子様だぁあ!!」
「助けにきてくれたー」
グッカスは少々戸惑って改めてジルを見てしまった。え? コイツ、有名なの?
「これから僕と一緒に空をお散歩しない?」
ジルが安心させるようににっこり笑うと子供達が口々にするーと叫び返す。
「さぁ! みんな手をつないで!!」
年齢が比較的に高い方であろう女の子が子供達に言う。するとちょうど円形になっていた子供達は互いに手を取り合った。光がグッカスの姿を見つけて安心したように微笑んだ。
「グッカス、窓を開け放て」
ジルがすばやく言ったのでグッカスはバルコニーに繋がっている窓を開け放った。大きな窓だったので開けただけで夜風が入り込み、窓際のカーテンを派手になびかせ、そしてどかした。グッカスはどうやってジルが子供を逃がそうとしているか理解した。
「さあ! 出発だ。みんな一緒にお空を楽しもう!」
ジルはそういう。言った瞬間に光が風晶石をばら撒くように空中に投げ上げた。すばやく手を繋ぎ合わせた子供達は歓声を上げる。ジルの顔にくっきりと黒い文様が浮かぶ。
すると円形に手を繋ぎ合わせた子供達がふわりと浮かび上がった。きゃーっと楽しげな声が響いた。ちょうどジルの対面側、リーダー格の女の子がジルに頷く。すると彼女の顔には緑色の文様が光ったのである。あれがジルの妹か! そして緑ということは風の主色!! そう、ジルとヘリーの能力を使って子供達を空から飛ばして逃がす算段だったのだ。
よく見ると円陣は比較的年齢が高い子供と低い子供を交互に来るように手を繋いでおり、年齢の高い子供は闇晶石を手首にくくりつけている。ジルは妹と無事かの連絡を取り合っていたのではなく、逃がす算段を詳細につめていたというわけだ。協力者がいるというのもあながち嘘ではなかったらしい。
そうしている間に子供達は空へと飛び上がり、風の力を受けてどんどん本陣の保護施設まで飛んでいく。確かに闇夜にまぎれれば見つかる可能性もない上に、障害物がないから最短距離でいける。しかもどういう仕込みをしたか知らないが、子供達が怖がっていない。
「さぁ、もう大丈夫、明日にはママやパパに会えるよ。今日はゆっくりお休み」
ジルはそう言って子供達を地面に下ろす。係りの女性に子供達をベッドまで案内させると一人一人をなで、ジルが微笑む。黒い文様が光っているところを見ると撫でるついでに『夢招き』をして強制的に寝かせているとみた。
「グッカス!」
光がグッカスに駆け寄った。
「このドアホ! 迷子になった上に拉致されるってどれだけ抜けているんだ!」
頭ごなしにグッカスが怒鳴る。光は肩を竦め、ごめんと謝った。言いたいことは山ほどあったが、作戦中でもあるし、それ以上グッカスが責めることはなかった。
「グッカス、俺の妹のヘリーだ。ヘリー、今回の協力者グッカスだ。他にも何人かいるが、後ででいいな。……で、お前が光か。どうする? ここは安全だぞ」
ジルがそう言ってグッカスにも視線で問う。ジルの隣にはやはり協力者だったのか、妹の姿がある。
「行く。楓がいるんだもの!」
「……さて、ヘリーお前一人増えても平気だよな? 狭いけど」
ジルは即行動のために、空を飛んで戻る心積もりのようだ。この二人の兄妹なら可能だろう。グッカスが口を開いた。本来ならば光もここでおとなしくしてもらうのだろうが、ごねるのが目に見えているし、光がいないと楓が誰かわからない。
「俺が連れて行こう」
グッカスがそう名乗出て、鳥の姿に変身した。軽く驚いた様子のジルに、さっきお前の隣を飛んでいたんだがと内心で思った。
「鳥人か! 初めて見た……」
大人びていたジルを初めて見返すことが出来た気がしてグッカスが笑う。
「よし、行くぞ、ヘリー」
「うん」
ジルは右手の黒い指輪を軽く口で噛んで、ぷっと息を吐き出した。その瞬間に、黒い大きな鳥が現れる。ジルとヘリーはそれに飛び乗った。グッカスも光を脚で掴むと再び闇夜へ飛び立った。
事前に確認していたルートをすばやく通りに抜け、その間に出会ってしまった兵士はセダがすばやく昏倒させた。
「次の通りに面した部屋です」
案内役の宝人が短く告げる。部屋の前の見張りの兵士をすばやく気絶させ、扉の両端で中の様子を伺う。確かに部屋の四隅に魔法使いと、部屋の中にも数人の兵士が居た。部屋の中央に宝人の人質らしき人が集まっている。
「いくぜ?」
「おっけー」
学生らしき軽いノリで突入のタイミングをセダが発する。セダの長剣が一振りされ、扉の鍵が破壊される。その音に部屋の中の全員が振り向いた。兵士が殺到する合間にテラの矢が飛んでいく。
「うわ!」
からん、と軽い音を立てて腕を射抜かれた魔法使いの杖が零れる。拾う前にテラの矢がすでに飛んでいる。四隅の魔法使いの腕を狙った後に、矢の種類を替え、強靭な鏃を持つ矢が放たれた。澄んだ音を立てて、無晶石が砕け散る。次の瞬間にヌグファが叫んだ。
「魔方陣を破壊します!」
練り上げられていたヌグファの魔力が激しい光を発しながら床に描かれた魔法陣と激突する。古代魔法は近代魔法と違って詠唱がないのが特徴だ。しかしその分扱いが難しい。
ヌグファは近代魔法もマスターしていて状況によって使い分けている。だからこそ、任務に駆り出されるわけだが。
宝人が身を寄せて悲鳴を上げた。その間にセダが剣の柄を使って兵士を昏倒させる。セダの背後に付き従うようにして闇の宝人が『夢招き』を行う。あらかた片がついた頃にセダが安心させるように剣を納めた。
「えっと、驚かせてすいません。助けに来ました」
にっこり笑うが宝人の顔は固いままだ。どうしよっかー、と目線でテラに投げかけたとき、新たな足音が響く。新手か、と全員が獲物を構えなおしたとき、明るい声が響いた。
「みんな!!」
グッカスに連れられた光が駆け込んできたのだ。ジルも小さな白髪の女の子を連れている。子供達の救出は無事に終わったようだ。
「光!」
「光、怪我してない? 大丈夫?」
「光、無事でよかったです!!」
三者三様の反応に光が笑顔を見せた。
「光か……!?」
集められていた宝人の誰かが言う。光は我に返ってその人の名を呼んだ。
「助けにきたんだよ! ……留美ばぁさま、楓は?」
集められている宝人の中に楓が居ないことを知った光はそう言う。
「いない。王に連れて行かれた」
「紫紺と鴉もだ」
宝人たちの無晶石の手枷を破壊しながら、フィスが呟いた。
「この度は、我が叔父が……いえ、我国があなた方にしたこと、許せることではないと思います。次期ジルタリアを治める者として、大変申し訳なく思います。しかし、人間をどうか、嫌わないでください。ことを起こした私共が言える立場ではないことは重々承知ですが……あなた方に様々な考えをお持ちの方がおられるように、私共にも様々な考えがあります。ジルタリアを代表する立場である者があなた方に振るった暴力は消えることありませんがジルタリアの国民全てがそのような思いではないことだけを、どうか知っておいていただきたいのです」
フィスはそう言って深く頭を下げた。
「私の国、ジルタリアはシャイデのように古くからの盟約の国ではありませんが、この場、このときを持って私個人ではなく、今度は国中を挙げて、あなた方宝人に……いえ、このすべての人にも誓わせてください」
国として宝人に誓うと宣言した次期王。その誓いは――。
「……永久の和平を」
深く重い調子で発せられた言葉は、その想いを正直に語っていた。フィスはもう一度深く礼をして、セダたちを促した。
捕らえられていた宝人は同じ宝人であるフィス皇子の部下の先導によって救出がなされた。
「あとは、楓と」
セダが言う。
「叔父上だけだ」
フィスがそれに続き、王座へと足を速めた。
手の中で軽い音を立てる赤い石を玩ぶ。笑みが浮かんでは消え、耐えることがない。たったの一回しかまだ行っていないが炎の脅威はすさまじいものだった。それを自分のものに出来るとは、なんという力を手に入れたのだろう。腕の赤い文様でさえいとしく思える。やっと待ち望んで手に入れた王座はなんと自分にぴったりと沿うものか。まさしく飼っている動物といった風情でゲージに閉じ込めている青年が宝に見えてきた。
「た、大変でございます!!」
「慌てた様子で兵士が駆け込んでくる」
「何事だ!騒々しい!!」
「こ、子供が!! 鳥人計画の子供が、逃げ出しました!」
王は驚いた顔をして、怒鳴った。
「担当大臣は? 何をしていた? 担当の兵士は?!」
「担当大臣は、ラチスタ様ですが……担当の兵士は全員のされており……」
「そんなことはいい! 逃げた子供は!」
王が怒鳴った。
「ええっと現在、逃走経路を……」
「捕まえよ!」
「は、はぁいいぃ!!」
間抜けな声を上げながら、兵士が慌しく立ち去っていく。と同時に、もう一人の兵士が駆け込んできた。
「申し上げます!」
「今度は、何だ!」
「捉えていた宝人が何ものかによって、全員連れ去られました!」
「な、なんだと!!」
その声にぴくりと楓と奥で捕えられていた鴉と紫紺が驚く。鴉と紫紺が目を見合せて笑う。もしかして、と。
きっと嵐の元凶はちっぽけで威勢だけはいい白髪の女の子ではないか――。
そして同時に檻の中の楓もそれを考えていた。ならば――!!
楓が唇を噛みしめて、一つの決断をする。