モグトワールの遺跡 006

022

「セダ!!」
 目のいいテラの声が響く。すぐさま光と化したリュミィが光った姿のまま、二人の手を取った。リュミィは燃え落ちる城を不安視していたのか、そのままセダやフィス皇子が本拠地としており、今は鳥人計画の子供や保護した宝人がいる自陣まで運んでくれた。
 光とセダを運ぶとすぐさま光と化して、数回に分けてみんなを運ぶ。
「やったね! セダ」
 テラと光が笑顔で言い、みんなが安心した顔をしていたが、セダはそうは思えなかった。それは、背中に預かった宝人の少年の重さと冷たさからだ。
「セダ、光。火傷の手当てを……あっちで……」
 ヌグファがそう言って建物の中に案内しようとするのを留める。
「いや、これはヤバいと思う」
 背中からゆっくり楓を下ろし、その額に触れる。真剣な顔つきのセダに一行の顔が曇った。
「え? なにが?」
 ヌグファが言った。セダはリュミィに向かって言う。
「冷たすぎるんだ」
 リュミィが楓に触れて小さく悲鳴を上げた。
「なんてことですの!!?」
「楓の周りは火の海だった。こんなに身体が冷たいのはおかしい。なぁ、誰か手立てを知る人はいないか?」
 グッカスが唇をわななかせて呟く。
「……魂が……魂が傷ついている。だから、死にかけてるんだ!」
 グッカスの魂見を見て、光が魂見を行い、同じように叫んだ。
「楓、無理やり契約を解除した。だから、魂が傷ついたんだよ。どうしたらいいの! 楓が死んじゃうよ!!」
「どうしたらいい? どういうことなんだ」
 セダが宝人のメンツに視線で問う。リュミィが言う。
「おそらくですが、わたくしたち宝人は人間と契約しますが、それは魂を使って行いますのよ。宝人は人間の魂と繋がって、それを基幹と成し、エレメントの恩恵を人間に与えますの。これは魔神に定められたわたくしたちの義務ですわ。契約を無理に解くということは、義務の放棄に繋がりますから、宝人の存在そのものが否定されるということですの。それに一方の契約破棄は繋がった魂をそちら側から切り離すのですから無理にすれば己が傷つくのは当然ですのね。だから、宝人は契約を易々と行いませんのよ」
 焦っているのはリュミィも一緒だ。だから、口調は己の知識を整理するかのように早口だった。
「つまり、魔神に己の存在を否定されるってことはどういうことなんだ?」
 セダが言う。人間にとってそこらへんのことはわからないのだ。人間が死ぬ時は病や怪我、己の生命の危機がはっきりしているときだけ。魂といった見えない事象には疎い。
「ええっと、人間ではありませからわかりませんが、たぶん、生きる力を奪われるという感じでしょうか?」
「じゃ、魂が傷つくってのは?」
 重ねて問うセダにリュミィがまたしても悩みながら言葉を探す。
「目に見えない重傷ですわ。二度と目をあけることが難しい位の」
 セダがテラたちと目を合わせる。重傷というだけで大変なのに、生きる力まで奪われれば助かるものも助からない。よく大けがを負った者には「本人の生きる力次第ですね」とか医者が言うが楓が生き残る可能性が失せていく。治すものも治せない。
「それでは、困る!」
 グッカスが叫んだ。真剣にグッカスが楓の顔を覗き込んだ。
「手はないのか? 宝人の医者とかいないのかよ!」
 セダが叫ぶが、フィス皇子の配下も目の前に倒れているのが炎の宝人と知って、近寄らない。それだけ宝人の根幹には『炎の脅威』が残っている。誰もが楓から目を背けている。光が泣きそうになりながら楓の手を握った。
「助けて、楓を助けてよ、魔神様!」
 光の慟哭がこだまする。楓は知っていたのだろうか。契約を解除すれば己が死ぬかもしれないことを。それともこの世に絶望して死を選ぼうとした結果なのだろうか。
「……っ!」
 その光景を目にして、セダはチリっと腕の刺青が痛んだ。セダの奇病で、成長と共に肌の上を這うように赤い刺青が成長しているのは周知の事実だ。しかし、痛んだのは初めてだ。なんだ? とセダが目をやると手首に刺青が伸びる植物の蔦のように肌を這っていた。
 それは初めて見る光景でさすがのセダも驚いた。いつも知らない間に増えていたものなのに。
「仮説になりますが……魂の修復は分かりませんわ。ですが、もう一度契約すれば宝人の義務を果たすことになりますの。助かる可能性も出てきますわ」
 おそるおそるリュミィが顎に手を当てて、思案しながら言う。
「しかし、楓が応じるか……」
 楓は初めての契約で無理強いをされ、最悪な部類の人間と触れあった。もう一度人間の手を取ってくれるだろうか。――もう一度、人間と生きてみたいと、思ってくれるだろうか。
「もうひとつ問題が。魂が深く傷つくと表層に意識が出てこなくなりますわ。楓をどうやって起こすか。起こしてみなければ契約できませんもの」
身体はや魂は傷つくとその修復のために、意識を押し込めて治療に専念するように出来ている。楓は今、なけなしの力を振り絞って魂を治そうとしているはずだ。だから、楓が目覚めることは難しい。
「俺が夢に潜る。深層意識まで潜ったことはないが、可能なはずだ」
 ジルがそう言った。すると後ろから幼い声が響く。
「『夢渡り』は俺の得意分野だ。俺がやる。楓には紫紺が世話になったからな」
「鴉!」
 その姿を認めて、光が名を呼んだ。建物から出て来たのは目の治療を終えて、眼帯をした鴉だった。背後にくっつくように紫紺の姿もある。
「ねぇ、楓にお礼、言いたいの。楓治る?」
 紫紺が言う。鴉が頭を撫でてやった。
「ただし、標が必要だ。光、楓の火石は持っているな? それで火をつけて欲しい。……光はどうせ無理だからリュミィさん。できる?」
 光に渡された火晶石を不安げに見るリュミィ。それを脇からグッカスがかすめ取った。
「火晶石があれば、俺が炎を出せる。俺に貸せ」
 怖い位な真剣な目にリュミィが思わず意志を手渡してしまった。グッカスはそれを体現するように握りこんで、すぐに炎を出した。燃え盛る火晶石を楓の傍に置く。なぜ宝人ではないグッカスが炎を火晶石から出せるのか、とか今はみんながどうでもよかった。ただ、楓の命を助けたい、その想いだけだった。
「よし。俺が呼ぶ。だから少しでも反応があれば、叩き起せ。そうでもしないと起きれない」
 鴉はそう言って楓の額に右手を当てる。鴉が目を閉じるとすぐに鴉の周囲から闇が出現した。ふわりふわりと浮く闇がすぐに集まり始め、闇晶石が形成される。
「これが、宝人!」
 ヌグファが感嘆して呟く。宝人がエレメントを使うと晶石が形成される。その姿を初めて見たのだ。感動したと言ってもいい。神秘的でいて、力強い印象を与えられた。闇が濃くなり、闇晶石が大きく育ち始める。すると楓の指がぴくりと動いた。その微かな動きを見て、光が喜びを映した瞬間、動いた姿があった。
「起きなさい!!」
 ぱん、と乾いた音を立てて、テラが眠る楓の頬を張ったのだった。本気で叩き起している。
「起きなさい! あなた、まだ死んではいい時じゃないのよ! 光もみんな心配してる! 起きて!」
 ヌグファは驚いてその様子を見ていた。しかしセダがそれに乗るように、起きろ! と叫びだしたので、ただそれを見ていることしかできなかった。
「もっと、叫べ! もっと呼べ!!」
 鴉が目を閉じたまま叫んだ。それに呼応するように、光もセダも、テラを筆頭として叫んだ。
「起きて!! 生きて」
「楓!」
「楓!!」
 楓と直接知り合いではないセダも、ジルもみんな楓の名を呼んだ。力の限り、声を張って叫ぶ。彼の名を呼んで、彼を死の淵から引き戻す。目を開けろ、起きて応えて!
「……」
うっすらと楓の瞼が動いた。そして瞼の隙間から明るい茶色と黒の混じった瞳が見える。
「楓!」
 光が呼ぶ。すると声の方に視線が向いた。それを確認してみんなが安堵のため息をつく。
「私と契約して!」
 楓の目を直接覗き込んでテラが言った。
「テラ!?」
 ヌグファが驚いてテラを見る。確かに契約しなければ楓は危ういが、すぐに名乗りを上げるとは思っていなかった。セダも驚いている。
「貴方は今、悪い人との契約を解いて、魂が傷ついて、魔神に存在を否定されているって言ってる。私と契約して、そして生きて。これ以上死に近づかないで」
 テラの言葉に驚いたように楓の目が見開かれる。
「……え?」
「もちろん、元気になったら契約は解除する。私の魂に誓うし、もし無理強いするなら私の命をあげてもいい。だから、どうか、今は生きるために私と契約して!」
 楓は驚いたように数回瞬きした後に、辺りを見渡した。楓からすれば、周囲にいるのは知らない人間だらけ。そのうちの一人が契約を迫っている。光もリュミィも言葉には出さないが、契約を結んで元気になる可能性に賭けている。楓が光を見た。光は願うように楓の手を握り締めたまま言う。
「テラは嘘はつかないし、私にも優しいよ」
 すると反対側からジルが声を上げた。
「もし、テラが嘘をついて、君を騙して契約をし、解除を拒否したなら、俺がテラを斬る。我が名に懸けて宣言しよう。我が名はジル=オリビン。神国・シャイデの第三の王だ」
「え? ジル?!」
 フィス皇子が信じられない目でジルを見るが、黙って楓を見つめた。宝人と盟約を交わした神国のシャイデの王の宣誓は絶対だ。破る事は出来ない。だから、ジルタリアにはジルとヘリーが来た。
「楓」
 光が呟く。すると楓は微笑んだ。それは楓がいつも光に負けて光のわがままを聞くような態度と一緒だった。
「貴女のお名前は?」
 楓が初めてテラを見返して言った。テラはその時、光が楓は優しいと言った意味が分かった気がした。目線が、雰囲気が優しいのだ。安心させるかのような眼差しを持っている少年だと感じる。
「テラ=シード=ナーチェッド」
「みんな、離れて。契約には炎が付き物だから。怪我するかもしれないし」
 楓がそう言った瞬間、わぁっと歓声が上がった。セダも光も手を取り合って喜ぶ。
「さぁ! 楓の身体に負担をかけてはいけませんわ! みなさま、お離れになって」
 リュミィの声をきっかけにさぁっと離れていく。楓はそれを確認して身を起こした。立ち上がる事は出来なかったようで、おっくうそうな様子だったが、それでも意志が伝わってくる。
 テラは楓の身体を支えた。セダが言ったようにあり得ない冷たさだった。今も楓は魂の傷と闘っている。それでも楓はすぐに契約には至らない。
「僕と契約したら、炎の怖さも、激情も引き受けることになりますよ。いいんですか?」
 楓の目が一時の感情で契約することに後悔はないかと訊く。その問いは真剣で、テラが楓のために無理に契約するようなことを拒んでいるような口調でもあった。テラはその裏の感情も読みとって、想いを伝える。
「これ、セダ……ああ。あそこの金髪の言うことなんだけどね、物事って考えようだと思うのよ。物事には表裏があって、いい所も悪いと事もあって当然だと思うの。だからね、悪いことも確かにあると思うのよ。でも、それ以上にいい事が得られたらって考えるようにしているの。それと一緒」
炎がなんであっても私の障害にはならないとテラは笑って見せる。にこっと笑って言うテラの言葉に楓もつられて笑う。
「そう、ですね。そう考える方がいいです」
「でしょ?」
「はい。本当はちゃんとしたいんですけど、ちょっとつらいんで、座ったままでいいですか?」
「構わないわ」
 楓は頷くと一回目を閉じて深呼吸した。
「右手を貸して下さい」
 テラの差し出した右手を押し抱くように手を取ると、楓は目を閉じたまま深呼吸をひとつ。
「いきます」
「ええ」
 楓の目が再び開かれた時、そこに茶色がかった黒い目は存在しなかった。深紅の目が炎の明るさを灯してテラを映す。吸い込まれそうな赤い目が全ての物事を失くして、テラだけを見ていた。テラはそれを見て息を飲む。続いて、楓の髪の毛が風も吹いていないのにふわりと持ちあがる。根元がほのかに赤く染まった。次の瞬間にボっという着火音に似た音を立てて、楓の髪の毛が一瞬にして真紅に染まる。
 毛先から火の粉が舞い落ち、金色に揺れ、燃えて踊った。楓の顔つきから個性が抜け落ち、目の前になぜか魔神を相手にしているかのような風格が漂う。テラは感じた。試されているのだと。契約に値するかそれを楓を通して炎の魔神が見ているのだと。髪の毛から舞う火の粉が風に乗って楓とテラの周りで遊んでいたと思うと、それは地面に触れた瞬間に、大地に炎の壁を一瞬で作り上げた。明るい赤と橙とそして金の光と炎に包まれた空間に、楓といや、炎と二人きり。
 音は炎が燃える音だけが聞こえる、隔絶された世界。それは炎。まさしく炎の中の世界だ。
『汝が名を述べよ、偽る事無く』
 楓の口から語られたのはその一言だった。テラは名前ならさっき言ったけどと思いながら、楓の目を見て直感で感じた。
 ――魂名(こんめい)を求めている。
 宝人はどうか知らないが、人間は魂名を知らないで生まれてくる。かといって魂名を親が知っていて名付けるかというとそうではない。必要な時に知る事が出来る、それが人間の魂の名前だ。テラは今までそれを知る機会はなかった。今がその時。しかし、嘘つくことなく、魂名を述べろと言われても知らないものはしょうがない。
「私の名は……」
 テラが答えようとした瞬間に、身体の奥が、胸の辺りが熱くなった。それは苦しい熱さ。
 ――ああ、知っているのだわ。身体が、いえ魂が、私の名を知っている。今の名前が私の魂名ではなく、嘘だと知っている。契約は一度きり。たぶん、偽った名前を言った瞬間に私はその資格を失うのだ。
「私は……!」
 ――思い出して! 生まれた時から私の魂に刻まれた、私だけの名前を! 私の魂と身体が知っているのだから!!
『テルルラーシェ。テルルラーシェ=シード=ナーチェッド』
 するっと気付いたら述べていた。本当にそれが正しいかもわからないのに、身体の奥底から言葉が、いや、名前が口に乗ったのだ。これが、私の魂の名前。だから私はテラなのだ!
『テルルラーシェ。確かに受け取った。今、繋がる。そなたの魂と我が魂が』
 その瞬間、テラの全身が炎に包まれて、身の内を熱さが駆け巡った。テラは呼吸を忘れた。炎が熱くて。でも苦しくなくて、むしろずっと包まれていたいほどに嬉しいのだ。これが、エレメントの恩恵の形。これが炎!!
『契約は結ばれた。我は今よりそなたに炎の加護を与え、そなたの危機には炎をもって立ち向かう。そなたはこれより、炎の乙女だ』
 楓がそう言ったとき、手首に熱さを感じた。テラがわけもなく嬉しくて楽しくて思わず楓を見つめる。その楓の顔に炎が軌跡を描いて走った。それは、赤い契約紋。今はまだ炎の形を成して楓の顔の上で燃えている。
『そなたのこれからの生に我と炎があらんことを』
 楓はそう言って笑うと目を閉じた。赤い瞳は消え去り、楓本来の黒い目が戻ってきたと思った瞬間、一瞬にして炎の壁と赤い世界が現実に戻ってくる。楓の様子も神がかったものではなく、優しい少年に戻った。
「これからよろしくお願いします」
 楓はそう言って手を離した。くっきりと楓の顔に赤い契約紋が再び出現している。
「うん」
 テラはそう言って笑う。テラの右手首の裏には赤い文様が刻まれている。それは楓の契約紋を縦に長くしたような良く似た形だった。
「そうだ。あの火を消さないと」
 楓はそう言って未だ燃えている城を視界に入れた。そうして腕を城の方向に伸ばし、手のひらを一度振る。するとあれだけ手のつけられようのなかった炎が手品のように勢いを失くしていく。次第に小さくなる炎に遠巻きに見ていたジルタリアの兵士が歓声を上げた。
「これでだいじょう、ぶ……」
 楓はそう言って微笑むと再び目蓋を閉じた。慌てて身体を支えたテラだったが、楓の身体は嘘のように体温が戻っていた。これが契約を行うということなのだ。これが宝人の義務を果たすということなのだろう。
「テラ……!」
 炎が消えたのを見て、セダがテラに駆け寄る。
「大丈夫、無事に終わったわ」
 テラはそう言って右腕を示した。そこに刻まれる鮮烈なほどに赤い契約の印。それは楓の顔にもある。
「成功したんだな」
「ええ。身体が温まってきてる。ちゃんと休めばきっと治るわ」
「ほんと?」
 光が心から安心したかのように微笑む。グッカスが楓を抱きかかえてほっと溜息をついた。そして思いたったようにジルに言いかかる。
「お前、シャイデの王ってどういうことだ?」
 ジルはこめかみを人差し指で掻いて、居づらそうに視線を彷徨わせた。
「まぁ……そういうこと。実は」
 フィスが歩み寄り、そして尋ねた。
「知らずに……これは無礼を。シャイデの王。ということは妹君は、四の王女ですか?」
 ヘリーが自分に話がいって驚いている。王が交替した新しいシャイデの王たちは四人兄弟が選出された。一番下の末の妹は巫女王と呼ばれ、シャイデの神殿を預かっているときく。だが、目の前にいるのは小さな女子だ。
「いや、こっちこそ潜り込んで好き勝手して悪かったです。本当はばれずに去るつもりだったんだけど、まあ、口が滑ったっていうか……」
 ジルはそう言った後に改めて、姿勢を正してフィスにあいさつする。
「申し遅れました。私は神代の盟約の国・シャイデ第三の王。ジル=オリビンです」
慌ててヘリーが隣で姿勢を正す。
「四の王・ヘリー=オリビンです」
「まあ、今さらですしそんなかしこまらないで下さいよ」
 フィスがおおらかに笑う。グッカスは呆れたように言った。
「おかしいと思ったんだ。宝人にしては魂の形が違うのに、エレメントを使うわ。人間にしても変だわで」
 グッカスの言葉に光が言った。
「二人の魂の形は『半人』だよ。グッカス」
 そう宝人の光が言った瞬間に、周囲の宝人も人間もざわざわと騒ぎ出した。
「……神国シャイデでついに半人の王が即位した!!」
 それは風のように周囲に伝わり、事態を見ていた宝人達にも伝わる。
 ――半人の王が誕生した!
 それが意味する事は、水の魔神は水の大陸の人間を見捨てていないということだ。神国シャイデは水の魔神の加護が続いている事他ならない。宝人の目が変わる。人間を遠巻きに敬遠していた宝人の見方が変わろうとしていた。
 半人の王は盟約に従って宝人の危機を見過ごさなかった。それに先だって神国シャイデの禁踏区域を一の王が宝人のために開放したことも大きかった。
「フィス殿下!!」
 そこには城から逃げ出した兵士の上官であろう人々が集まっていた。その中には城の重鎮も含まれている。
「城の火は消えました。どうか、王として我々にご指示を!」
 フィスは思い出したかのように振り返り、そしてセダやジル、宝人の部下に一礼した。
「この度のことは、皆様のご協力あってのこと。有難うございます。どうか、城の無事が確認できるまで皆さんは本陣でお休み下さい」
 フィスはそう言って指示を出すために背を向けた。
「まず、現状把握が第一だ。点呼は済んでいるか? 負傷兵は同じく本陣で手当てを。それが済み次第報告を上げよ。そして一部隊、近隣住民への被害がないか確認を。一部隊はシャイデへ和解の触れを国境警備に出してこい。城の点検には左軍を中心に行え。一部隊は消えた偽王を探し出せ。閣僚の皆は我々と共に今後の会議を行う。誰か、城の周りにもう一つ陣を引け!」
 フィスの命令に従って、次々と部下が散っていく。セダたちはそれを安心して見ていた。
「さあ! 楓を休ませませんと!」
 リュミィの言葉で皆がようやく動き出した。