モグトワールの遺跡 006

024

 光は眠る楓の傍から離れなかった。皆が察して側にいることを許してくれた。楓はフィスの計らいで王宮の一室で眠っている。本陣の宝人の皆が居る場所は、敬遠されて落ちつかないだろうというリュミィの言葉に従ったのだ。
 あれだけ炎を嫌悪していた里の皆。楓は炎を見せつけてしまった。その怖さも、その偉大さも。楓をより一層怖がって、より一層遠ざかったように見える。
「光」
 声が響いてはっとして楓を見る。楓が目をあけていた。セダが助け出した時は、ぞっとするほど冷たかった。顔も青白く、まるで死んでいるように見えた。テラが契約をして、初めて生気が戻った気がした。だけど、次は熱を出して、こんこんと眠っていた。やっと顔色が戻って来た、そう思って三日。やっと目覚めた。
「楓」
 楓は微笑んで、光の頬を撫でた。
「心配掛けたね、ごめん」
「ううん。謝らなくて、いいの」
 光は楓の顔に手を伸ばす。拒絶する事もなく、不思議そうに光の指先を追う楓の瞳。光はそのまま頬に触れ、楓の契約紋をなぞった。されるに任せ、そっと瞳を閉じる楓に甘えて、優しく瞼の上も、その上の額にかけてまで契約紋をなぞっていく。楓が宝人である証。だけど、争いに巻き込まれてしまう宝人としての元凶でもある証。
「テラは、良い子なの。優しくて、しっかりしててね。お姉さんみたいって思ったの。ずっといて、嬉しい人。だけどね、楓。楓が簡単に契約してしまってよかったかは、わかんないな。私、楓に生きていてもらいたい。死んでほしくないよ。ずっと一緒にいたい。でもね、それは楓が選ぶことで、私じゃない」
 光はぽつり、言葉を吐きだした。楓はいつものように、口をはさまずに真剣に聞いてくれる。
「ごめんね。ちゃんと守ってあげられなくて」
 光は思っていた。だって、楓はあそこで死んだ方が楓にとっては幸せだったのかもしれない。嫌われる事もなく、拒絶もなく、利用されることも無くて。
「そうだね。でもね、光。テラは僕と契約する時に言ってくれたよ。『物事は考え様だ』って。セダって人がいつもそう言っているんだって。セダって僕を城から助けてくれた人だよね」
「うん。セダは一緒にいるとあったかくて、力強くて、安心する」
「僕はこの世界が好きじゃないよ。どうしてだろうって何度も考えた。でもね、考えても答えはでなかったんだ。答えを示してくれるような人が誰もいないら、聞きようがなかったしね」
 楓はくすっと笑って、身を起こし、光を正面から見つめる。
「人間は、怖いよ。今回の事でそう思った。それに許せないって思ったし、怒ったよ。光が危ないって思って何も考えられなくなったのも事実だし。あれが、怒るってことだったんだね」
 楓は視線を逸らす。炎の激情、それは確かに自分の中にある。
「でもね、怖い人間がいるのと同時にセダやテラみたいに、よく知らない僕を助けてくれる人がいることも事実でしょ? それとおんなじなんだよ、きっと」
「おなじ?」
「そう。悪いこともあれば、いいこともある。だから、いい事にしようって、頑張っていくのって大変だけど、それが大事なんだよ。だから、世の中に絶望して死んでもいいかなって思った僕は馬鹿なんだよ。光が、連れ戻してくれてよかった。感謝してる。いつも光が僕を連れ出してくれるから、僕がいるんだよ」
 優しい口調で、聞いている方が泣き出してしまいそうなそんな調子で、楓はいつも語りかけてくれる。光がやったことが正しいと、光にありがとうと、何もしていないのに言ってくれるんだ。
「ほんと?」
「本当だよ。光、ありがと」
 光がやっと笑う。楓も微笑んだ。そこにノック音がする。光が瞬きして驚いている楓の代わりに返事をする。楓の住処に尋ねる人は里の中では皆無で、光は当然のように出入りをしていたので、ノックという行為に慣れていないのである。
「あ、目が覚めたのね!」
 テラが顔をのぞかせ、続いてヌグファが入室する。
「あ、テラ」
 楓が言う。契約を結んだのに遠慮したような声掛けだった。
「元気になったのね!」
 嬉しそうに言うテラは楓の元に駆け寄った。
「おかげさまで。感謝しています、テラ。えっと……そちらは?」
「ヌグファよ。私の友達。あ、楓にみんなを紹介しないとね」
 テラはそう言った後、視線を彷徨わせたあとで、一回深呼吸をし、決意したように言った。
「で、契約解除する?」
 意気込んで真剣に言うテラに場の空気が止まり、楓も目を丸くしている。が、その後噴き出した。
「え、ええ!? な、なによ?」
「貴女の正直さは、美徳ですね」
 楓はそう言って光に笑いかける。
「ね、言ったでしょ?」
「うん。一緒にいたい人だね。テラ、己の保身だけで、宝人は契約しません。僕が貴女と契約したのは、貴女の魂に、その在り方に共感した……ううん、違うな。貴女に惹かれたからですよ」
 優しいその口調と、言葉にテラが顔を赤くする。ヌグファも驚いて頬を染めた。
 ――なんだ、その告白みたいな言葉は!!
 しかし当の本人はそういう意味ではないのだろう。光も普通にしているということは、だ。
「僕の炎は貴女と共に在りたい。そういうことです。貴女が望めば、ですけどね」
 楓が改めて手を差し出す。テラはおずおずとその手を握り返した。
「ねぇ、楓って天然さん?」
「その可能性、ありですね」
 こそこそとテラとヌグファは囁き合う。そう言った時に、再びノック音がした。一同が扉を見る。扉から現れたのはフィスだった。しかし、焦った様子と、その後にセダやグッカス、ヘリーが続いている。
「目が覚めたかい? 私はフィス。ジルタリアの国王になったんだけど、えーっといろいろ謝罪とか言わなければならないことがあるんだけれども、お客さんなんだ。楓、君に」
 フィスは相当焦っているらしく、楓への挨拶もそこそこに一同を部屋に促した。
「セダ」
「グッカスも」
 グッカスに目線で黙っておけ、と言われて気付くと、ヘリーの後に数人の老人と大人の集団が続いていた。
「留美ばあさま」
 光が目をぱちくりとさせて言う。
「え? 光の知り合いってことは宝人の方?」
「その顔、まだ契約は続いているようだの」
 楓は表情を硬くして、老人の宝人達に言った。
「あの人との契約は解除しました。これは新しい人と結んだ契約です。こちらのテラ。彼女が僕の今の契約者です。僕が僕の意志で炎の守護を与えると定めた人です」
 楓の言葉に空いた口がふさがらない様子の老人達。
「な、楓! 貴様勝手に」
「僕は宝人です。僕の責務を果たすことは、あなた方の許しを請うべき事ではありません」
 はっきりと言いきった楓に、次の言葉が紡げない老人達。
「貴様!!」
 老人の一人が怒鳴りかけるが、留美と言われた老女がその老人を抑えた。
「最もだ、楓。それは誰に許可を取ることではない。そなたの自由だ。しかし、里が壊滅し、里にいた宝人が人間に傷つけられたことも事実だ。そしてその原因となったのはお前だ。それも理解できるな?」
「なんで、そんなの楓のせいじゃねーだろ!」
 セダがそう言って老女に言う。老女は冷たい視線をセダに向ける。
「それが『炎を背負う定め』なのじゃよ、若い人間。楓の罪ではない。炎の罪ではない。しかし、炎とはそういうものなのだ。本人の意志とは関係なく世界を、身の回りを巻き込むということじゃ」
 楓がそう言われてうつむく。楓のせいではない。楓に罪はない。けれど、楓が原因という事実は変わらない。
「存在そのものが罪ということもある」
「それは違う」
 セダが言いきった。真っ向から老人達を見つめ返す。
「楓が炎が争いの種になる世の中なのかもしれない。それは変わらないかもしれない。その世の中で楓たった一人が炎の宝人なんだ。そりゃ原因にもなるし、争いの火種にもなるかもしんねー」
 楓は驚いてセダの言うことを目を見開いて見つめている。
「だけどよ、それが楓のせいとだけは言わせねーよ。だって、炎が減ったのは、楓のせいじゃないし、炎が争いの種になることだって、炎のせいじゃない。炎を嫌うなら、炎を使わない奴がいてもいいのに、誰もそうしない。それは、炎がなんだかんだ言って必要だからだ」
 セダの目が楓を見て、光を見て、そして真実を語る。
「そんな都合いい理屈、間違いに決まってる。そう決めつけて、助かりたいのは自分だけだろ!」
「そうだよ。自分だけ楽しても、何も変わらないと、思う」
 光が続けた。確かに炎は許せずに、世界を滅ぼしかけたかもしれない。でもそれを炎のせいだけにして炎を疎み、炎を嫌っても、何も変わらない。それどころか、どんどんひどくなっていくだけ。
「……人間よ、我らはなにも楓に罪をかぶせようとしているのではない。そこは誤解だ」
 留美は厳しい顔をいくぶん緩めて、セダに言った。テラがそれを聞いてほっとする。
「だが、楓。事は起こった。我々は里をどうするかも決めねばならぬし、そなたは唯一の炎だ。そなたはまだ成人しておらぬ。そなたの処遇は我々が把握する必要があるのだ。今回のような事が起こってしまった以上」
「はい」
「また、楓を里から、ううん、あの家から出さないようにするの?」
 光の問いかけに留美は答えを返さなかった。そこら辺が大人な対応と言えるだろう。
「それを含めて決めるのだ。楓は人間と契約を結んだが、そなたが成人するまでとは言わずとも、もう少し世の中を知ってからでも遅くはない。そなたの契約した人間は幸い、若い。待ってもくれよう。それらを今度は我々が一方的に決めるのではなく、そなたと共に決めたい。これが我々が今できる譲歩なのだ、楓」
「わかります」
「気分はどうだね? 体調は?」
 別の老人が楓に尋ねた。
「おおむね、良好です。テラのおかげで魂は修復できたようですし。今まで寝ていたので、疲れも取れています」
「では、我々はシャイデの禁踏区域に避難している。そこが仮の里だ。そこで話し合いを持とう。……里ではないから、契約した人間を連れてきても構わない」
 今まで楓は里の隅で隔離されて生活してきた。食事などはさすがに与えられたが、まるで神捧げる供物のように知らない間に誰かが自分の居住している場所から遠く離れた場所に置いてあった。必要なものは紙に書いて間接的に渡された。一人だった。ずっと。
 光が来るようになって、食事などは独りきりではなくなったが、それらはすべて楓の意志なしで勝手にきめられたことだった。それを考えれば自分の処遇を自分も含めて話し合うのは少し希望が持てた。
「人間の皆さんもそれでよろしいかな?」
「かまわない」
 グッカスが代表して答えた。セダたちも頷く。
「それと、光」
 留美は光に言う。光は目線を老人達に移す。
「お前は楓とは違う。まだエレメントの個性さえ定まっていない幼子なのだから、当然里で庇護をうけるべき子供だ。鴉や紫紺と共に今すぐ我々と帰還しなさい」
「えっ! やだよ。楓と一緒に帰るよ。楓も帰るんでしょ?」
「だめだ。お前は楓と我々のかけ橋となってくれたが、今回でお前も危険な目にあっただろう。これ以上危険な目に、人間の傍においておけない」
「楓はもう子供ではない。契約を済ませた宝人だ。責任は自分で取るだろう。お前が楓の傍にいる必要はもうないのだ。お前もそろそろ普通の宝人としてエレメントの開花に精を出さなければならぬよ」
 別の老人がそう言う。光はショックを受けたような顔をする。光は楓の手を握る。楓もどうにかしてやりたいが、光は里の子だ。自分の様なはぐれ者が口を出せる問題ではない。
 光を実際危険に巻き込んでしまったのは事実であるのだから。リュミィが口を挟もうとした時、グッカスが言った。
「それは困るな」
「なに?」
「その宝人は、我々人間と契約を交わしている。契約を果たさないうちに、逃げられては困る」
 老人が胡乱な目つきでグッカスを見た。
「契約だと?」
「そうだ。光は我々に楓を助ける代わりに我々の任務に協力すると言った。急を要するから先に楓を助けたんだ。俺たちの任務は終わっていない」
「私達、公共地テトベに建つ、セヴンスクールの生徒なんです。一つの任務を帯びています」
 ヌグファが補足するように言った。
「任務? なんのだ、光が協力できるような事なのか?」
「任務内容は規則により秘匿だ。教えられない。別に宝人であれば構わないが、俺達の任務も任務だ。俺たちが信用できる宝人は光しかいない。だから、光を勝手に連れ去られては、困るな」
 グッカスが偉そうに言う。セダは口を挟もうとしてテラに脚を踏まれる。視線が黙れ、と言っている。
「なんだと! 光はまだ子供なんだぞ! そんな幼子を利用しようというのか!!」
 グッカスは宝人の老人達を鼻で笑う。
「貴様らがそんな世間知らずだから、まともに人間に対応できないんだ。なにが炎のせいだ。貴様らが積極的に人とコンタクトを取っていれば情勢位簡単に読めただろうに。光が世間知らずなのも頷ける」
「ちょっと、どういうこと!?」
 光が憤慨する。グッカスは老人達をねめつけた。
「宝人だと偉そうにしているのはあんたたちの方だ。いいか、光がガキだろうと、馬鹿だろうと契約を持ちかけ、俺達を使ったことは事実だ。それをどうこういわれる筋合いはない。それは光が受けるべき義務であって、その約束した俺達を糾弾する権利など貴様に無い。なんで人間だからって無償で命かけてやる必要があるんだ。言葉を返すようだがな、俺達も人間の世界ではまだ子供だ」
「まぁ、幸いまだ任務には時間がありますし、そこまで危険な任務ではありませんからその点はご安心ください」
 ヌグファがそう言って光に微笑んだ。
「光! どういうことだ」
「だって、みんな逃げることに必死だった。だれも楓を助けることに手伝ってくれなかったもん! だから、私が自分で信頼できる人間を探して、協力を頼んだの! いけないことじゃないでしょ!!?」
 光がそう言って怒鳴った。誰もが楓のことを考えてなかった。楓を助けることもしなかった。なのに、楓がつかまったら楓を責め立てて、それにも腹が立った。
「光の無事は我々に約束できますのか?」
 留美が問いかける。もちろん、と全員が頷いた。
「リュミィ様」
「はい。留美さま」
 部屋の隅で成りいきを眺めていたリュミィに留美が声をかけた。
「光の保護を頼んでもよいですかな?」
「もちろんですわ。光が里に戻りたいと言うまで光のお伴をいたしましょう」
「宜しくお願いします。我々はな、どう言われようとも人間に宝人の子供を任せるほど、人間を信用していない。その点はご存じだと思っていたがな。光、その点を理解しなければならないぞ」
 グッカスに留美はそう言い返し、光に言い聞かせるように言う。
「それ、違うと思うもん。そうやって人間と壁を作ってちゃ、いつまでたっても人間のことなんかわかんないんだよ。確かに怖い人間も悪い人間もいるけど、セダたちみたいに強くて優しい人間だっているよ」
 光が言い返した。楓も頷く。
「そうだね。だから、宝人は人間と契約する定めを負っているのかもしれないね」
「うん!」
 老人たちは若い宝人の言葉に賛同を返さなかったが、言葉を流して背を向ける。もう、年を重ねた宝人たちにとって人間も炎の存在もそんなに柔軟に対応できるものではないのかもしれない。
「では楓。可能な限り早くシャイデの禁踏区域に戻って参れ」
 留美はそう言うと老人を引き連れて部屋の床に潜っていった。土のエレメントを使って退出したのだろう。老人達が消えるとふぅっと思い息をフィスが吐きだした。
「ずいぶん、緊張したな」
「そうですね」
「お茶を持ってこさせよう」
 フィスはそう言って微笑んだ。セダはグッカスに詰め寄る。
「ちょっと、さっきの挑発どういうことなんだ? お前宝人嫌いだな」
「ばっかね!」
 テラが思いっきりセダの頭をはたいた。
「いって!!」
「光を楓から離されないように一芝居うっただけよ」
「事実を述べたまでだ」
 グッカスがふんと鼻を鳴らして言った。ヌグファと光が笑いあう。
「まぁ、あそこまで対等に口がきけるのはグッカスくらいですからね」
「ありがと、グッカス」
「礼を言われることじゃない。それに宝人のじいさん、ばあさんが言ってたことも事実だ。楓とテラ。お前たちは契約したのはいいが、今後のことを考えたのか? テラはまだ学生だ。任務が終われば学校で過ごすことになる。人間の子供だらけの場所で、楓をどうする? 楓はどうするつもりだ? その点は考えておけよ」
「そうですね。学校って言うのはどういうところか、僕は想像つかないんですけれど」
「そうね。楓にどうしたいって聞いても、わからなければ答えようがないしねー」
 テラもそう言って悩んだ。楓は困ったように首を傾げた。
「まぁ、おいおい考えろ。さっきの話からすると、モグトワールの遺跡より先にシャイデに行かないとだめそうだな」
 グッカスはそう言う。セダたちも同意した。楓はすいませんと恐縮した。
「謝る事無いわ。楓はもうあたしたちの仲間なんだし、遠慮はいらないよ。敬語とかもいいよ! そうそう、自己紹介がまだよね。ご存じ、あたしはテラ。テラ=シード=ナーチェッド。黒スクール武闘科の弓の専門生」
 テラは明るくそう言って自分の背に背負う弓を指した。
「私はヌグファ=ケンテ。同じく黒スクールの魔法科の生徒です。宜しくお願いしますね」
「俺は、セダ。セダ=ヴァールハイト、テラと同じ武闘科なんだけど、俺は長刀って言われる、んーと、でっかい武器専門。よろしく!」
 セダは満面の笑顔で楓に握手を求めた。
「グッカスだ。同じ学校の特殊科の生徒」
 グッカスはあくまでぶっきりぼうにそう言った。楓ははにかみながらも笑顔で言った。
「楓です。よろしく」
 こうして旅の仲間が無事に一人増えた。

 ジルタリアの城が見渡せる森の木の上で一人の男があくびをかみ殺していた。その男は髪が真っ白で、目も白い。肌は浅黒いが、原色に近いような鮮やかな水色のコートを腰に巻いている。かなりその色が目立つのだが、森の中で男の姿に気付いた人は誰ひとりとしていない。
「まぁ城全焼とまではいかなかったけど、よく燃えたもんだ」
 城の再建は後回しにされているらしく、使える場所だけ使っている。本来ならば違う建物を代替えで使うべきだが、国で一番広い建物が城ゆえに、燃えても広い場所が城しかないという現実故の選択だ。
「イェンが言った炎の暴走ってのはこれかなぁ。じゃ、俺もう帰っていいのかね?」
 男の名はランタン=アルコル。世界傭兵の一人である。暗殺専門の世界傭兵で『暗殺師』の異名を取る最強の一人である。主に闇の大陸で活動している彼が水の大陸まで来た理由とは。
「にしてもジルの小僧が、まさか出張ってるとは。さすが世界傭兵。動乱には必ずいるよな。おかげで隠れるのに苦労したよ。俺の気配感じて、わざわざ森の中で寝たりすんだもん。あいつまじで前任にそっくりだ」
 苦笑と共に今は引退した水の大陸の世界傭兵を思い出す。
 ――水の大陸で炎が暴れる。今後のためにお前、それを見てきてくれるか。
 最高蜂の占い師であるイェンが言った言葉。確かに炎の宝人が引き起こした火災は彼の意志がなければ未だ燃え続け、城は形すら残らず燃え落ちただろう。もしかすると、ジルタリアの城下町さえ燃えたかもしれない。
 でも、いまは炎は消えているし、火事の規模としては城が半分燃えただけ。イェンが心配したにしては小さい。この程度でイェンがわざわざ大陸を渡れと言うだろうか。
「ジルをからかいに行きがてら様子を見るか」
 ランタンはそう言ってふぁとまたあくびをした。