044
シャイデとモグトワールの遺跡は近い場所にあったので行程にさほど時間を必要とせず、すぐに帰ってこられた。旅路に特に問題もなく、無事に帰って来た一行を見て、一日休息を与えたキアは、翌日報告を聞いた。
その場にはブランと、ニオブといった神殿の面子もおり、茶をふるまわれながらのゆるりとした雰囲気で行われた。
「へー、そうなんだ」
報告を聞いた後のキアの感想はそれだった。ハーキが隣でがっくりしていたくらい、あっけないというか簡素な感想だった。
「ってか、付いてきてないんでしょ? 話に、そうでしょ、キア」
「いや、ちゃんと理解していますとも。別に驚くことじゃないでしょ。事実が長い時間で変わるくらい普通でしょ。驚くよりは次、次」
やっぱりあの騒乱を王としてやり抜いただけあって、この衝撃的な事でも次を考えているらしい。
「集めるのは六人の宝人か。炎は楓が決定でいいのかな?」
キアが尋ねると、楓も首をかしげる。
「らしいです。水の魔神が言うには。あまり自覚がないのですが」
「では、基準がわからないね。魔神を下ろしてくれと言われて、できるものじゃないんだろう?」
「……はい」
誰もその時は気付かなかったことだ。確かに魔神を下ろせるほどの力を持った宝人と言われても……。魔神を実際下ろすと災害が起きるのは目に見えている。楓の時、実際暴走した炎の魔神はシャイデの城下町を全てを燃やしかけた。
炎の暴走を止めようと奔走したシャイデの王とセダたちのおかげであの程度で済んだのだ。奇跡と言っていいレベルだ。
「とりあえず魔神は遺跡にいることは確定したわけだから、説得には各大陸のモグトワールの遺跡を訪ねて交渉できればいい。言い方は悪いが宝人をそろえるのは後回しでもいい」
キアが言う。なるほど、とセダは逆に感心した。こちらは実際魔神に会って、あの雰囲気に飲まれたのもあるだろうが、漠然とどうしよう……みたいな感じだと思っていたのだが、さすがキアは考えていることがかなり先をいっている。
「そこで、だ。誰が他の大陸に行き、魔神を説得し、宝人を探すかという問題だが」
キアが言う。確かに大陸を渡るなんて真似ができるとは考えていないセダ達だ。大陸の間には『海』がある。それも各大陸の守護するエレメントで構成された「海」である。
例えば水の大陸の海は水で構成されている。水の塊で、水しかない。深い水が波打ち、その光景は青く美しい。お隣の土の大陸では水の大陸では考えられないが、土で構成されている。その海は果てしない砂が広がっているという砂漠の海だ。
「一つは公共軍に依頼する。そうすれば世界的なネットワークを持つ公共軍が各大陸の軍で遺跡を調査し、託を伝えてくれるだろう。効率的だが、それで想いが通じるかという面がある。それに私たちは着任したばかりの王だ。その王の言葉に世界が動くか疑問もある」
キアが言う。ハーキもそうね、と頷いた。公共軍と各国の代表の立場も微妙なものがある。
「『神国』同士で繋がりはないんですか?」
「あるには、あった。しかし前王か、その前か……いつからか途切れてしまったようだ。残念だけど」
そう考えると残念だ。この繋がりがあれば、連絡などもスムーズに行ったかもしれないのだ。
「まぁ、なくなったなら復活させればいいだけの話」
キアがさらりと言うので、驚いてハーキらがキアを見つめた。
「で。本題に戻るけれど……二つ目の方法は、シャイデから使節団を編成し、他の神国に遣わす。国交も結び直して、遺跡も訪ねられる。一石二鳥。これで旅の途中で目ぼしい宝人を発見できれば儲け」
キアが笑ってセダを見た。その目を見た瞬間、セダが叫んでいた。
「やるよ! おれがやる」
思わずの挙手。ぎょっとしているのは他の面子だ。
「へ? ちょっとセダ?!」
テラが焦った声を出し、ヌグファも驚いている。
「ああ、そうだね。魔神と直接会った君達に依頼できればこちらも都合がいい」
「はぁ? キア?!」
今度はハーキが言う。グッカスはその瞬間、キアがセダにそう言わせたかったと悟ってしまった。
信用できない公共の団体を魔神に会わせるよりは、性格が単純で親しいセダたちに頼んだ方がいいということだろう。おそらく、シャイデ内部では使節団を編成できないのだ。この混乱を静めなければいけない状態の国からそこまで信用置ける部下の人数を割けない。だからキアもそうなるくらいならとセダを推したい。
彼は人をよく観察している。セダが挙手するのを見越していたような話運び。巧いと、グッカスは黙り込んだ。
「今回の任務は学校を通じて公共調査機関から依頼されたんだったね? 事のあらましをこちら側から報告し、学校側にシャイデから君達宛てに依頼をする形でなんとかなるかな? といっても君達の意志が一番大事だ。シャイデの王として、また水の大陸に住む人間の一人として君達に他の大陸の神国への使節団となり、魔神への交渉を依頼したい。どうだろう?」
キアはそう言って一行を見渡す。セダはやる気だ。それはわかる。
「私もセダと一緒に他の魔神に会ってみたい」
光がそう言う。光は水の魔神と会ったことを他のみんなに話していないが、水の魔神に他の魔神に会い、他のエレメントを知ってから自分の守護するエレメントを決めたいと言った。
「じゃ、あたしたちも一緒よね?」
テラが短く溜息をついて、楓を見た。楓は一瞬驚いた顔をしたが、その後頷いた。光が行くなら楓も行く。芋づる式にテラも行く事になるだろう。
「学校側が最終的にどう判断を下すかだが、俺も興味はある」
グッカスが珍しく肯定の意見を述べた。ヌグファは少し迷うが、頷いた。
「個人的に遺跡や古代の事については興味があります」
リュミィは肩をすくめ、頷いた。そもそも彼女は光と楓のお目付け役である。否はない。
「ありがとう。そう言ってもらえて本当に助かるよ。では、公共団体と学校側にはこちらから連絡を取ろう。君達は普通任務が終わるとどういう手続きが必要なのかな?」
セヴンスクールはあくまで学校である。生徒を働かせるための団体ではない。連続で任務が入る事はなさそうだし、休息も必要になるだろう。それに他の大陸を渡るような危険な任務が受け入れられるかという問題もある。
「普通は学校側に帰還三日以内にレポートの提出を求められます。チームリーダーがそれをまとめ、報告書を作成します。学校側に提出し、学校側が内容を精査します。これで任務における成績が決定します。その後一~二週間以内に依頼者と学校側の担任とチームリーダーと可能なら任務にあたった全員が報告会をし、依頼者が納得すればそれで終了です。任務を無事こなした生徒は任務の難易度によって休暇を与えられる日程が決まっていて、それが終われば通常の学業のカリキュラムに戻ります」
ヌグファが説明した。キアはそれをふんふんと聞きながらメモを取っている。
「ふーん、報告書に決まった形式はあるのかな?」
「いえ。任務が様々ですからそういったことはありません。しかし、今回は内部の詳細地図作成を受けていますから、遺跡内部の地図を作製する必要はあるかもしれません」
「無理でしょ、そんなの」
ハーキが言う。ヌグファはあいまいに頷いた。確かに気付いたら集められていて、水の魔神と話し、終わったら戻ってきていた。内部もなにも水しかなかったと報告するしかない。
「ちなみにチームリーダーは?」
「俺だ」
グッカスが言う。キアは納得したように頷いた。
「今回のことは最初に言ったように、シャイデの神殿が関わる話だ。だからできれば提出する報告書を見せてもらいたい。依頼者は別だろうが構わないよね?」
グッカスに向かってキアが尋ねる。
「普通だったらだめだが、事情が事情だし、仕方ないな」
「そう。よかった。じゃ、城の一室を貸すから、宿泊がてら報告書を作成してもらえるかな? で、見せてもらいたい。その報告書の内容でこちらも公共団体と学校側への依頼書を作成しようと思うんだ」
「わかった」
グッカスが頷く。セダはやりっと小さく喜んでいた。なぜかと言うと報告書を書くのが面倒なので学校では忘れぎりぎりに書くことになるからだ。日が経つほど細部は忘れてしまうし。
「で、君達に依頼した公共団体はなんて名前?」
キアに問われ、全員が一瞬と止まった。
「そういえば……公共調査団体とか……公共団体としか言われていなかったような」
「言われてみると、そうよね」
セダとテラが目を合わせて首を同時に傾げた。ヌグファも顎に手をやって必死に思い出そうとしているようだが、言われていなかったことに気付いている。グッカスはそんな様子を見て、唸った。
「伝え忘れたか? けっこうばたばたしてたし」
「学長もうお歳だもの」
それは学長のぼけを心配しているのか、かなり失礼な話である。
「わからないの?」
全員が不承不承頷いた。確かに変な任務だった。急だし、説明が担任ではなく学長だし。
セヴンスクールは最大規模の公教育学校だが、学長が気易い。それは定期的に学校を回り、生徒に話しかけ事あるごとに生徒に演説というほど大層ではないが、語ったりしているからだろう。
それに趣味=園芸としょっちゅう暇さえあれば構内をうろうろ。授業をにこにこで訊いていることもある。セダにとっては昔からの先生で担任より話しかけやすかったりする。みんなのおじいちゃんという雰囲気だ。
でも学校のトップが一依頼を直接命じるのは……。
まぁ、任務命令書のはんこは最終的に学長だが、それは書類上の責任者の問題であって事実は違う。本当は偉い。……たぶん。
「ふーん。まぁ、いいや。とりあえずその問題はこっちでなんとかしよう。というかなんとかできそうな文面を頭をひねって考える事にするよ。だから報告書が出来たら見せてくれ」
「わかりました」
ヌグファが頷いた。このメンバーで任務を行った場合、グッカスがチームリーダーだが、ヌグファが書類を作っていることが多い。グッカスは特殊科で任務が多い為に、次の任務が込み合っている事が多いのだ。ゆえにヌグファが必然的に作成報告を行っている。話がそこでまとまろうとした時、セダが口を開いた。
「あ、個人的なことなんだけどさ」
セダが言う。キアは促すように視線を一瞬上げた。
「俺、生まれた時からこんな感じで刺青が入ってたんだけど、そういう風習の民族とかって知ってる?」
突然の話題だが、キアはそう言われてまじまじとセダを見る。赤色の刺青が一部とはいえ、全身にある。最近は気付かない間に青い刺青もできた。よくよく思いだすと、遺跡に言った後に青い刺青が急に増えた気がする。
「……うーん、刺青を入れるのはないこともない。けれど生まれた時からそんなに入れはしないと記憶しているけれどなぁ。刺青を生まれた時から入れる風習と言うのは、魔除けやお守りの意味合いが強い。痛みを強制しているわけではないからね。一部にいれるというのはよく聞くんだけれど……」
セダの場合、刺青は手首、二の腕、足首や指などてんでばらばらの場所にある。普通魔除け等は身体の一部にしか入れないそうだ。
「実際そういうことはジルの方が詳しいんだよ。あまり力になれなくて申し訳ないね」
「いや、いいんだ。最近増えて来たからさ、ちょっと気になって」
「……増える?」
キアはセダに聞き返した。
「ああ。俺の刺青増えるんだよ。学長の話によると、拾われた時はこの額しかなかったらしいんだけど、物心付いた頃には首と、二の腕にはあった気がするんだよなー。で、徐々に知らないうちに増えて、今ではこんな感じに。全く痛くないんだけれど」
キアは驚いてセダを見つめ返した。
「そんなのは聞いた事がない。それはどちらかと言うと……呪いに近いんじゃないのか?」
「呪いって、ジルが受けたやつ? え? 俺やばい?」
セダがテラに思わず尋ねる。テラは知らないわよ、とそっけない。
「宝人の呪いは最初はマークの様なもので、設定された時間に沿って、害する部分に模様が辿り着くという。その過程は刺青を増やしていくようなのに近いらしい。……だけど、君のは増えるといっても場所がばらばらだし、呪いとも違うかもしれないね」
リュミィがセダをまじまじと見る。
「趣味で入れているのだと思っていましたわ。まぁ、そう言われると呪いに似ているような、いないような」
「え? リュミィ宝人だろ? わかんねーの?」
セダが言うと、リュミィは困ったように言った。
「わたくしは光の宝人。陽属性の宝人ですの。陰属性の呪いはわかりませんのよ、申し訳ないですわ」
「ごめん、僕も炎の宝人だから、専門外」
楓も申し訳なさそうに言う。光は何の宝人かもわからないので最初からわからない。
「そっかー。ま、いっか。痛くもなんともねーし」
「あんたのそういうとこ、軽いわよねー」
テラも見慣れているせいであまり気にしていない。事実光や楓もセダの刺青は趣味かお守りだと思っていた。
「なにかわかったことがあれば知らせるよ」
キアはそう請け負ってくれた。セダの奇病。本人が当たり前に気にしていないので、派手な刺青好きだと思われているが、実際は違う。セダの成長と共に増えている。確実におかしいのだが、本人がこれまた気にしないのでそのまま増え続けている。
グッカスは一度いいのか、と本気で突っ込んだが、すでにどうでもよくなった。本人が本当に気にしていないのだ。
「よろしくなー」
セダが軽く笑ったことでこの話題は終わり、いつまでもキアの邪魔をしてはいけないだろうと、セダはそれ以外話題を振らなかった。
「にしても、お前が気にするとは珍しいな」
グッカスが刺青を指して言う。
「あー、この前青いのが増えてよ」
セダはそう言って手首の裏を見せる。青い何かの線が増えていた。確かに見慣れない。
「そのときちょっと痛んだ気がしてさ」
それは宝人が卵核を壊された時だった気がする。
「それ、大丈夫なの?」
テラが言うが、あっけらかんとセダが言う。
「まぁ、あれ以降、そういう感じでは増えてもいねーみたいだし、痛くないから気にしないさ」
いつものようにセダが言うので、セダと一緒に過ごしていた学生三人はいつものことか、と軽い溜息で流してしまった。宝人三人もそういうもの? 疑問視していたが、あまりに空気が明るいので、大した問題ではないと思えて、そのままそれは忘れられた。
「他にはないかい? じゃ、休んでくれて構わないよ。帰って早々悪かったね」
キアはそう言って侍女に二言三言指示を出し、セダ達の世話をするよう命じた。一行はとりあえずUターンでセヴンスクールに帰らず一休みすることができるので少し嬉しい。
一行に続こうとしたグッカスだが、キアを見て、脚を止めた。
「先に行っていろ。キア王……少し個人的にお話ししたい事があるんだが……よろしいか?」
「ん? 構わないよ」
キアはグッカスの視線から何かを感じ取ったのか、その場にハーキだけを残し、グッカスを傍に招いた。
「頼みたい事がある」
「叶えられるなら」
キアは書類作りに励みつつ、グッカスの言いたい事の先を促す。
「宝人達の処遇だ。俺達は一回学校に帰らなくてはならない。その間宝人達を預かってもらいたい。この城で」
キアは目線をグッカスに向け、真意を探ろうとした。
「セヴンスクールには人間の子供が通う学校。楓と光は契約した。契約紋が顔に出ている。宝人と一発でばれるだろう。そんな状態で何百人と言う子供の中に放り込んだらどうなるか、想像つくだろう?」
楓には真っ赤な炎を現す契約紋が、そして光は最初ないと同義位に目立たないものだったのに、モグトワールの遺跡を訪ね、髪や目が水の従属色に変じた後、その色の契約紋が現れた。
「ふむ、一理あるね」
「でも、契約した宝人は契約者と離れられないんでしょう?」
ハーキがグッカスに問いかける。
「リュミィに確認したところ、シャイデとセヴンスクール位の距離なら大丈夫だそうだ」
キアはグッカスをまっすぐ見返す。その視線がジルと嫌というほど似ている。きっとこの先の言葉はジルと同じような言葉を紡ぐはずだ。
「それは構わないけれど……。理由はそれだけ? 神学を研究している学問もあるし、神話を聞かせ、学ぶ授業もあると聞いているよ。そこまで問題になるとは思えないけれどなぁ?」
ただし、ジルのように直接的にえぐってはこない。婉曲に攻めてくる。これが年の差だろうか。
「それに契約者はセダとテラだろう? 彼らならちゃんと守ってくれるんじゃないか?」
「そうねぇ。テラは根っからお姉さんだし、セダもまっすぐだけど、頼れそうなとこあるし」
ハーキが援護射撃か天然か、そう言った。
「……グッカス」
キアが促すように名前を呼んだ。グッカスが様々な任務に出て、初めて人として尊敬した者がこのキアだ。王の中の王。責任を果たすためなら、命を賭けるとさえ言わない。命を落として責任を放棄する位なら必死に挽回するすべを探ると言うくらいの王。肉親の命と己の地位と、民の安全と安心を平気で天秤にかけられる男。
キアはトントンと机を人差し指で叩いた。
「……」
無言の促しにグッカスが押し黙る。キアはまっすぐグッカスを見つめた。ハーキがそんな様子の兄に呼び掛ける。
「キア?」
ハーキには応えず、グッカスを見ながら、何かを考えている顔。ジルとそっくりの目元。
「公教育学校を名乗っておきながら特殊科があるということが、答えになるか?」
グッカスは直接的な返答を避けた。キアもハーキもそれを聞いて、互いを見合った後に、頷いた。
「……それは、君が『獣人』だから?」
グッカスが目を見開いた。ひゅっと口が勝手に呼吸を求めた。息を止めていた、気付かぬうちに。
グッカスが獣人と言うことはジルが重傷を負う前、夢で連絡を取り合った際に教えてもらった事だ。その確認の様な答えをグッカスに返したということは、キアは正確に事を捉えているということにほかならない。
直接の返答を避けているが、それは二面性のある答えだ。一つはグッカスが人間ではないから、特殊科という檻に閉じ込められている。もしくはそういう扱いを宝人が受けるかもしれないという、危惧。もう一つはあまり考えたくないが、特殊科という名のついたその学科が学校の暗部に繋がっており、学校側にも裏と言うか公言できない暗部がある。その暗部が宝人を目の前にしてどう動くかわからないから危険と言いたい場合。
グッカスなりに今までの己の学校での活動で思うことがあったのだろう。セダやテラのようなまっすぐで活発に活動している生徒とは違う一面が見えているのだ。
――どちらにしても経験の浅い宝人が行くべき場所ではない。
「……ジルといい、あんたといい……どんな頭してんだ」
グッカスはそう言ってため息をつく。そして諦めたように口元を歪めて言った。
「聞いていただろう? 今回の任務はなにかおかしい。学校側が本当に急いでいると言われればそれまでだが、いつもと違いすぎる。なにか考えているんじゃないかと疑ってしまう。そんな場所に宝人を連れ帰り、魔神の事を包み隠さず話して大丈夫だろうか。特に任務前に普通ならある筈の依頼者との確認も行っていないから、依頼者の顔が、望みが見えないというのもある」
「成程」
「俺は人間をそもそも信用していない。そしてその人の思考を作る場所である学校もだ。今回の任務はあまりにも変な点が多い。信用できる先生もいる。だが学校の上層部が全員生徒思いで、信用できるかっていうとそうじゃない。あれだけ大きな組織だ。暗部があったって不思議じゃないだろう?」
キアとハーキは頷いた。確かに最大の学校組織、裏があってもおかしくはない。
「そんな中に己がどうするか決めたわけじゃない宝人の子供が行って、利用されないとは思えない。利用されるならまだいいが……」
「うん。一理あるね。確かに調査団体が明らかにならないまま任務を命じると言うのもおかしいかもね。だって生徒は大事な存在のはずだ。少しでも危険要素は省くはず」
キアはそう言って視線を一瞬そらした。グッカスの言った事を考えているようだ。
「わかった。宝人達はこちらで預かろう。だが、もし他の大陸に渡ることを君達の学校側が納得しなければどうするつもりなんだい?」
他の大陸に生徒を渡らせるような危険なまねを学校側が許可するとは思えない。
「そんなの簡単だ。魔神に俺たちが命じられたから、俺達以外できないと言ってしまえばいい。俺達以外では遺跡は開かないとな」
「ふふふ! ……成程」
キアは笑った後に頷いた。ハーキも笑っている。
「それはいい案だね。うん。君たちが学校側を納得させる。それの援護射撃にシャイデを使うということか。乗ろう、その案」
グッカスは己の主張を受け入れてもらえて内心ほっとした。やり手のキアをどう説得しようと考えていたのだが、キアとグッカスの思惑が重なったのですんなりいった。
「だが、それで学校側は納得するかな? なぜ君たちなら遺跡が開いた、とか」
「そうだな……宝人が居たと言えばいいが……それでは俺たちに調査を依頼されないからな…」
わからないが、自分たちなら開いたと押し通してもいいのだが、そうすると多くの調査員を派遣する事になり、魔神がまどろんでいる時なら遺跡に入られてしまう。
「セダの刺青にすればいいじゃない」
ハーキがしれっと言った。セダ本人が気にしているなら遠慮するが、そういった面がなさそうなら使えばいい。
「あの刺青のおかげで入れたみたいですが、確証はありません。これで勝手に遺跡を調査されないわ」
世界をめぐりたいという光と楓の為に、この使節団兼魔神の説得団体はセダたちではなければいけない。これはシャイデ側もセダたちもそう考えている。だからこそ、遺跡並びに魔神のことはある程度は秘密にした方がうまく事が運ぶ。
「どうせ不思議病なんでしょう?」
「ああ、まぁ…たぶん。本人も気にしないあまり、語らないからな」
グッカスもセダを引き合いに出すことに抵抗はあるようだが、他にいい案が思い浮かばないようで、あいまいに頷いている。キアはにこにこそれを聞き、笑顔で言った。
「じゃ、そういう流れで行こうね。報告書はそんな感じでできたら見せて。そのあとで口裏合わせしようね」
「……………はい」
グッカスは言いくるめられた感がいっぱいのような、でも自分の思うように話が進んで良かったような、複雑な気分でキアの部屋を退出したのだった。
という流れがあったことは露知らず、というわけにはさすがに行かず、宝人の契約者であるセダとテラはそこらへんの事情をグッカスの毒舌混じりの説得で納得させられ学校に帰っていった。
宝人組は学校に一行が帰っている間、シャイデで居候することとなった。楓の紋があるおかげで、光達は度々ジルタリアへジルへのお見舞いがてら、足しげく通いヘリーと光の友情関係はかなり深まった。
一方、学校へ帰った一行は通常通り、任務報告はシャイデにいる間に打ち合わせたのでいつもよりスムーズにいったくらいだった。グッカスはチームリーダーとして度々呼び出しを受けているようだったが、おそらくシャイデに援護射撃を受けているおかげか、キアたちの依頼兼魔神説得の任務を受けられる運びとなった。
しかし今度は世界一周を学生の身で行う前代未聞の任務とあって、いろいろ大変だったようだ。実際セダたちも卒業試験がこの任務の代わりになったり、これから在るであろう定期試験を前倒しで受けたり、レポートを必死で書かなければならなかったりと大変な日々を過ごした。
そんな中、日々は矢の様に過ぎ、一ヶ月半を学校で過ごし、準備期間を得た一行は再びシャイデへと戻って来た。
学校を通して交渉を行っていたキアはセダたちの動向を光達に隠さず伝えてくれたものの、会えない期間は長く、再び会った時には抱き合って喜んだ。
「万事順調。すぐ出発するのかい?」
キアはセダ、テラ、ヌグファ、グッカスという変わらぬメンバーと再会の挨拶をすませると、本題を聞いた。
「そうだな。できれば時間をあまり無駄にしたくはない。短い期間で効率的に残り五つの大陸の神国と遺跡を訪ねなければならないわけだからな」
キアは頷く。今までは水の大陸におけるモグトワールの遺跡を調査する任務だった。そしてその任務の結果、魔神が遺跡内部には居り、決して人間の自由にしていいような場所でない事を報告した。
「こちらの依頼は受理してもらえたようだし……」
ハーキが言う。そう、今度新しく受けた任務はシャイデの王連名の依頼という形になっている。
内容は以下のようになっていた。シャイデの王が新しくなったことで、各大陸における神国間の国交の復活。それにおける親書を運ぶという任務。
もう一つ、これはキアとグッカスの意向で、公に行う事になってはいないが、こちらが本命である。遺跡内部を調査し、魔神と直に話した一行しかできない任務として、シャイデの神殿並びに王からの依頼。騒乱で破壊された卵核修復の為に魔神と交渉し、水の大陸の卵核修復の為に、集ってもらうよう魔神相手に交渉する事。並びにできれば魔神をその身に宿せる宝人の器を探す事だ。
それに伴い、各自調査したい事があるという風になった。これが学校側から長期任務につき与えられる報酬というとおかしいが、長期任務しかも世界をめぐるような任務に着くことの条件になっている。
セダは各大陸の武器の調査。歴史から使われ方など、自分がどう対応したかなどをまとめること。
テラは各大陸の生活様式、人の文化についてまとめること。これは弓という武器を調査するよりこちらの方が性に合っているとテラが選んだ。
ヌグファは各大陸の魔術に関する調査。できれば宝人とどう関わりがあるか、神話も含め調査する。
グッカスは特殊科故に公開されていない。いずれにせよ、各々与えられた卒業課題は自分で納得できるテーマを選んだのだから、不都合はない。
「じゃ、水の大陸から土の大陸への道先案内人だけど……」
キアがそう言って、後ろを振り返る。すると、そこには小柄な人影が立っていた。
「ジル!!」
「よ!」
「もう、大丈夫なのか?」
ジルの様子を見ていたセダが心配そうに言う。ジルは苦笑いをした。
「心配掛けたな。ありがと。傷はふさがったんだ。動けなくて飽き飽きしててな、多少の運動は医者に目をつむってもらってんだ」
怪我により頭を覆っていた大きな布はだめになったのだろう、黒髪を晒すその姿は年相応に子供に見えた。
「知り合いには他の大陸に行ったことがあるのはジルと少数だからね。ジルに水の大陸の先まで送ってもらうことにした」
「本当は面白そうだし付いていきたいんだけど、さすがに怪我で体力も落ちてるしよ……医者に止められているし」
ジルはそう言った。
「いいさ! ありがたい位だ」
「そうそう。私達他の大陸なんて夢でだって見たことないのよ!」
セダとテラが言った。ヌグファも喜んでいるようだ。一行がジルとしゃべっている間にキアによってグッカスに五枚分の親書が渡された。キアとグッカスで最終的な確認が行われ、いよいよ旅立つ準備が終了した。
「お前らが居ない間に楓に紋を作ってもらってたんだ。だから、移動はすぐ出来るぞ」
ジルはそう言い、ちょっくらいってくらーと軽く兄弟達にあいさつをして、楓を見た。楓が頷く。
「一度は無理だから、二回に分けて行こうか」
楓はそう言ってまずは光とセダとテラ、ヌグファを連れて転移した。
「頼んだよ、グッカス」
「任せておけ。こちらもこちらの都合がある。互いに利用したとでも思えばいい」
「お前らしい」
ジルがそう言って肩をすくめ、己の耳から黒いイヤリングをグッカスに渡した。
「これは……?」
「定期連絡用。絶えず身につけていてくれるとありがたい。お前が俺に連絡を取りたい時で、俺が寝ている時なら『夢渡り』で俺と夢の中で疑似的に会話ができる。逆に俺が連絡を取りたい時で、お前が寝ている時も可能だ。ちょくちょく連絡してくれるとうれしいぜ」
ジルはそう言った。グッカスは頷き、耳に着ける。丁度その時、炎が燃えて、楓が姿を現した。本当に炎の転移は便利な能力である。グッカスは楓の手を取り、キアを最後に見た。
「では、キア王」
「ああ、気をつけて。宜しく頼むよ」
笑顔でシャイデの面々が送ってくれる。こうして、一行は他の大陸に渡り、世界をめぐる旅に出たのであった。
――後に、これが世界をめぐる大きな問題に巻き込まれる事になるとは……まだ誰も知らない。