モグトワールの遺跡 012

049

 ジルの案内で水の大陸の端まで来た一行は初めて見た水の海に感動していた。
「すげー!!」
 一面広がる青い水。水が陸へ来ては引いていく。それが一面全てで起こり、水は山の様な形を作って永遠に岸に押し寄せる。が、次の瞬間にはその水はまた沖へと引いて行くのだ。
「水はいつもあんな動きなのか? 止まったりしないのか? ってかなんで動くんだ?」
 興奮した様子でセダがジルに言う。ジルはああ、と頷いた。
「あれは波だよ。押し寄せては引き返す。海独特の動きだ。見た事無いのか。ちなみに俺が案内するのはここまでだけど、水の海の先はしばらく沼が続いて砂の海が広がっている。砂の海は船の造りが違うから、船を乗り換えることになるぞ」
「船~?!」
 光が知らない様子で言う。ジルは笑って、遠くを指差した。そこには帆船と呼ばれる大型の船が停泊している。
「あれが定期船だ」
 ジルは行こうと、一行を促す。船が近づくにつれ、船の存在すら知らなかった一行は感嘆の声を上げる。
「船って……なんであんな大きい物が浮かぶんだ?」
「沈まないのか……!?」
 セダとグッカスが呟く。ジルが苦笑した。
「船ってのは、水の上に浮かべて水の上を移動する乗り物だよ。あそこに大きい一枚の布が垂れ下がっているだろう? あれが帆と言って、後ろから風を受けて進む仕組みなんだ。……まさか泳いで大陸移動する気だったのか?」
 笑いながらジルが言う。旅に慣れているジルと違って大陸から出た事がある者がリュミィしかいないのだから仕方ない。それに一行は海だって初めてだ。
「で、川とかには入ったことがあるだろう? 身体が力を抜けば浮くのと一緒で軽い物なら浮くんだ。船は沈まないさ」
 ジルは乗れよ、と言う。船頭と話しは付けてあったようで、船頭は笑いながら一行を促した。
「今回はジルは乗らないのか?」
 船乗りが気軽に話しかける。
「ああ。ちょっとしくじってな、まだ安静の身なんだ。またな」
「そりゃ残念だ。じゃ、ジルのご友人さん方よ、乗りな」
 セダは初めての海、大型船に興味津々で我先にと乗り込む。リュミィが慣れた様子で光と楓を促した。驚きながらも手を引かれながら乗り込む。
 テラも初めての不安より興味が勝る様子で楽しそうに乗り込む。ヌグファが不安げに乗り込む。
「グッカス、乗れよ」
 ジルが言う。グッカスは無言で乗り込むために渡し板に脚を掛け、そして止まった。
「揺れているぞ!」
「や、当たり前だろ。水の上だぞ」
 ジルが逆に呆れた様子で言う。グッカスにしては面白くない冗談だ。グッカスは渡し板に片足を乗せたまま、固まる。
「……グッカス?」
 ジルが覗き込むとその視線は泳いでいる。セダたちがようやく気付き、船の上から乗り込まないグッカスを見る。
「俺は……乗らないぞ!」
 グッカスが心なしか青い顔でいい、回れ右をした。ジルがあんぐりと口をあけて驚き、そして慌てて船から逃げようとしているグッカスを捕まえる。
「何言ってるんだ! 大陸を渡るには船で行くしかないんだぞ!」
 体格差からか、それとも必死なグッカスからか、ジルが押され気味である。というか引っ張られ気味である。
「いい! 俺は飛んでいく」
 グッカスはそう言い張る。飛べるはずだ、と自己暗示をかけているあたり、グッカス怖いのかとからかう余裕さえ無い。どちらかと言えば、なだめる事にジルは必死だ。
「俺は鳥人。鳥なら大丈夫」
「なんでだよ! 川の船なら乗れるんだろう?! あれも揺れていただろうが!!」
「あれは対岸が見えるだろう!」
 自己暗示を繰り返す、大型船が苦手らしいグッカスを見て、ジルが溜息をついた。
「わかった。じゃ、小鳥になってくれ」
「わかった」
 素直に頷いたグッカスはその場でジルの手に止まれるくらいの小鳥に変じた。ジルは優しく両手でグッカスを包み込んだと思った瞬間に、両手で握り潰すのでは、というくらい両手の中に閉じ込めた。
「セダ!」
 叫んだジルにセダが気付く。そして、ジルは握りしめたグッカス(小鳥)をボールさながらにセダに向かって投げた。条件反射で受け取ったセダは同じように両手でグッカス(小鳥)を包み込む。
「出航まで閉じ込めておけ!」
「騙したな!」
 くぐもった声がセダの両手の中から聴こえたが、やり取りを見ていたセダはグッカスを羽ばたかせないよう、首から先だけ手のひらから出してやるにとどめた。心なしか鳥(グッカス)から殺気が向けられている気がしなくもない。
「土の大陸までは俺の知り合いの船頭が案内してくれる。そっから先は状況次第だ。この船乗りたちは商業船だから、荷物と一緒に土の大陸まで連れてってもらえよ」
「わかった。ありがとうなー」
 一行は笑顔で手を振って水の大陸を出航した。数日青い水の海が一面に広がる景色しか出会わなかった。青い海と青い空。この色しか見ることはなく、時折白い雲が通り過ぎるだけ。
 グッカスは海に出てから逃げる事は止めたらしいが、船室に閉じこもっていた。その様子はからかったりするレベルではなく、皆がそっとしていた。グッカスにも苦手なものがあったんだね、と心なしか心配げである。
 それ以外の一行は船の仕組みを聞いたり仕事を手伝ったりと忙しくも楽しい日々を送っていた。次第に水の海の色が深い青から濁った色に変わり始め、青から緑っぽい色になって来た。
「ああ、土の海と水の海の中間点が近い証拠だ」
 船頭のおじさんがそう教えてくれた。しばらくすれば水に土が混ざり、泥の海になるのだという。さすがに中間点ほどの泥になると粘度が高くてこの船では進めなくなる。そこで連絡船が着て、船同士で荷物をやり取りするのだという。
 泥の場所でも進むことができる船に一緒に乗せてもらう運びのようだ。船頭が教えてくれたように、しばらくすると水に土がだいぶ混じり、色や景色も変わる。土の色が濃くなってきたところで、船は停泊した。半日遅れて連絡船が同じように停泊する。理解ある船長同士の話し合いで、セダ達は泥でも進む事が出来る船に移った。
 水の大型船よりは小さい。何船も連なって進むのは、人の手に寄って漕いでいくかたちの船だからだという。土色の泥水を進む船は進みはゆっくりでも、確実に進んでいる。泥の海は本当に水と土がまじりあった海で、水の海と違い、誤って落ちると達人でもない限り泳げる代物ではない。落ちるなときつく言われた。
 その後泥の海も次第に色を変えていく。今度は土が多い海に変わっていったのだ。今度は土の海が待ち受ける。土の海は砂でできた砂漠の海。当然泥の船では進む事が出来ない。
 故に今度も連絡船を用意しているとのことだった。大抵ジルの名前を出すと船に簡単に乗せてもらえるのが不思議だ。さすが世界傭兵。世界各地にコネを持っている。おかげで砂漠用の船にも簡単にのりかえることができた。
 その頃になってグッカスもようやく船室から出て来た。あの怯えようが尋常ではなかったので、誰もつっこまなかったが、どうやら水の海だけが恐怖だったようで、砂の海は平然と海面を眺めている。
 それにしても水の海では感じなかったが、砂の海は暑い。なのに夜は寒い。水の海では日の反射によって日に焼けることを注意されたが、土の砂漠の海では単純に気温や湿度によって日が出ている時は船室から出ないように言われた。
 一行は海の旅でかなり日やけをしたと思われる。水と違って湿度がないという事がこんなに差があるとは思わなかった。海だけでも違うものだ。そうこうしているうちになんとか土の大陸が見えて来た。

「いやぁ長旅だったなぁ」
 大陸間の移動には直線距離で行ったとはいえ、一月以上かかった。大陸間の距離はそう離れていないが、種類の違う海を越えなければいけないというネックがあった。専門の商業船に乗せてもらって無事に着けたことが幸いだ。
 水と土の海は陰属性のために、そこまで海が荒れないというのもあるだろうが、穏やかな旅路で何よりだ。
「まずは、土の大陸の神国を目指さなければな」
 船の行き先は神国の港と云う話だから、その点は有難いが、大陸間の移動をした事が在るのはリュミィだけなので、皆不安が残る。習慣がまったく違うかもしれないのだから。
 と一行が話し合っている際に、急に警鐘がけたたましく鳴らされた。
「何だ?」
 夜も更けて、船は港の一歩手前で停泊している状態だった。
「海賊だぁああ!!」
 見張りが叫ぶ。一気に静まっていた船に騒がしさが戻ると同時にセダ達も船室を出る。灯りがともされた船の周囲を小型の船が行き来し、遠目に船が見える。あれが、海賊だろうか。
「撃退しろ!」
「進路、西へ!」
「乗り込まれるな!!」
 慌しく船員の怒号が響く。駆けまわる船員の間に何かが投げ込まれる。
 光晶石を利用した閃光弾のようだ。船に着弾した刹那、弾けて船員の悲鳴が響く。
「接続された!」
「衝撃に備えろ!」
 怒号の直後に、身体を持って行かれるほどの揺れ。いつの間にか遠目に見えていた船が、体当たりを仕掛けていた。
「来るぞ!!」
 闇夜に紛れて凶器を振り上げた海賊たちが乗り込んでくる。
「リュミィたちは船室へ!」
 グッカスが叫び、リュミィが楓と光の手を引いて船室に消える。宝人ということがばれたらやっかいだからだ。
 夜目も利くテラが静かに弓を構え、無音の矢が飛翔する。直後に悲鳴。正確すぎる射撃で船と船を連結していた木製の部位が何度目かの矢で打ち抜かれ、数人の海賊が海に落ちる。
 水と違って砂の海では重い音がかすかに聞こえる程度だ。
「助かった、姉ちゃん!」
 船員が叫ぶ。セダも乗り込んできた海賊相手にひるまない。この程度の相手なら主席クラスの力を持つセダは後れを取らない。
 ヌグファが伸した海賊を魔法で拘束する。という感じでものの数分でセダたちは海賊を追い払う事に成功した。特にテラの弓における射撃は正確で大いに役立った。
「お前ら強いんだな!」
 海賊を追い返した一行に船員たちが歓声を上げながら近寄る。定期の商船は海賊に狙われる事が多く、商船を運営する商人や港などは頭痛の種となっていたのだ。当然大陸間を渡りゆく商船に乗りたがる護衛は居らず、しかし大きな大陸間のやり取りと云う重要な荷物、狙う海賊は後を絶たないなど問題が山積みで大陸間の運行が行われにくい原因の一つとなっている。
 もう一つの問題は大陸間の関係が希薄なことと、異なる海を渡りゆけるだけの腕を持つ船乗りが少ないことだ。
「よし、夜になっているが、やつらがまたいつ狙うともわからん! 港は目の前だ! 行くぞ」
 船長がそう判断した。港は確かに目視できるほどであるし、乗りなれた航路であれば安全な港で停泊すべきであろう。その証拠に港から導きの光の信号が送られている。
 ――こうして、一行は一騒動あったものの、無事土の大陸に辿り着いた。

「さて、一応ジルから言われていた土の大陸までは送り届けたが、どうすんだい? これから」
 船長が荷を下ろし始めた船員や港の関係者を視界に入れながらセダたちに問うた。
「もう夜遅いですし……宿を探すと言っても、地の理が全く……」
 ヌグファが心配そうに言う。
「だよなぁ。そちらさんには子供もいるしなぁ……。俺自身は仕事があるから一緒には居れんが、この船でよけりゃ一晩の宿にしてもらってもかまわねぇぞ。海賊を追っ払ってくれた恩もある」
「本当か? ありがてぇや」
 セダたちがそうして明日から散策しようと目線で確認し合う。
「ねぇ! ちょっと!!」
 そこに高い声が響き渡った。暗い港の何処から声が? と一行は探していると間もなく駆け寄ってくる姿がある。
「さっき、そこの船乗りから聞いたんだけど、海賊を追い払ったっていうのは、あんたたち?」
 背格好はテラやヌグファらと同じ。暗がりでは性別が判断しにくい。
「誰だ、お前?」
 警戒してグッカスが低く問う。誰かが答える前に、船長が呆れた声を出した。
「ミィさま……なんであんたこんな場所に……」
「カルバン! さまは止めてって言ったろ! 申し遅れた、私はミィ=ヴァン」
 ミィと名乗る者はどうやら偉いらしい。土の大陸の格好がわからないが、船長よりは上等そうな布地の服を着ている。
「で、海賊を倒したのは、あんたらで間違いないんだな?」
「だとしたら何だ?」
 グッカスがぶっきらぼうに言った。
「見たところ、旅人みたいだな。こんな遅くじゃ何も準備出来ていないでしょう? よければ私の家に来なさい」
「いや、申し出はありがたいんだが……お前何者だ?」
 どうやら悪い人ではなさそうだが、突拍子すぎる提案に当惑する。グッカスなんてそううまい話があるか、と警戒しまくっている。
「このおじょ……いや、この方はここらの港町の領主でもあり王家の人だよ」
「はぁ?」
 そんな偉い人がなんで俺たちに声を掛ける? というか、敬語とか使わなくてよかったのだろうか。
「ちょっと、その馬鹿にした扱いはやめろよな。れっきとした王位継承者なんですからね!」
 どうやら船長と顔なじみらしい。船旅を一緒にしてきただけあって船長には信頼関係があるものの、この目の前の人物はなんなのだろうか。
「っていうか、またそんな格好なんぞして、御父上の心痛が増しやすぜ? そろそろいい歳なんだから……」
 船長がそう言った瞬間、ミィは船長の向こうずねを蹴っ飛ばした。船長が跳びあがって痛がる。
「大きなお世話!」
 権力に傘を気ない気さくな人柄らしいことはわかったが、疑問が残る。
「あ、で話戻るんだけど、一港の管理者としても海賊らには手を焼いていたんだ。追い払ったお手並みも聞きたいし、恩人には持て成すのが我らヴァン家の流儀。是非ご招待させていただきたい」
「で、領主さまがわざわざお迎えを?」
 テラが唖然として言う。水の大陸の領主等は雲の上の人といってもよく、市民等とは触れあわない貴族階級だからだ。王族の一人とも言われる目の前の人物の物言いが上からの事が多いのは仕方ないとしても、あまりにも……。
「どうせ夜の街を一人でぶらついてたところ、たまたま騒ぎがあったから野次馬してただけでしょ」
「うるさいな!」
図星らしい。かなり自由奔放な方らしい。
「ね、とにかくいらっしゃいよ! 夕食くらいはご馳走するわよ」
 にっこりとほほ笑んだ人物に呆れた溜息を投げかけ、船長が言う。
「ま、おれも入港手続きとかで、ヴァン家に行くところなので、一緒に行くか? とりあえず、悪い事とか考えられるような裏表のあるお方じゃないから、悪いようにはされないと思うぜ」
「ちょっと、どういう意味!」
「そうだろ、キィの坊ちゃんがいないと満足になにもできねーだろうが」
「うぐ! うるさい、うるさいぞ!!」
 ……確かに嘘とかつけなさそう。グッカスも毒気を抜かれた顔でミィを見る。
「じゃ、ありがたく……」
 セダたちが頷くと、よろしいとでもいわんばかりにミィはにっこり笑顔を見せた。