モグトワールの遺跡 013

052

 ミィは計画を二、三日で立てると、己の仕事を見事に配下の者に振り分け、一行を引き連れて神殿が在るという街・ルンガへと馬車を走らせた。
 馬車なんて上等な物に乗り合わせる機会が少ない一行は単純に旅路を楽しんでいた。
 楓や光は馬車に乗った事がないので興味津々だ。
 数日宿に泊まり、馬車を走らせるうちに景色は砂が多い地域に変わっていった。これがセダ達は初めて見る砂の海とよく似た砂漠というものだった。
 ルンガは砂漠の中のオアシスの中に建てられた街だが、栄えていることも在り、近隣の街と石畳の街道が整備されている。馬車で行き来できるようになっているのだった。
 おかげで砂漠は辛い道のりのはずだがそこまで時間をかけることなくルンガに到着した。
 当然神殿を治めるヴァン家の出なだけあり、ルンガに大きな屋敷を持っているらしく白い宮殿のようで真っ青な屋根が付いた建物に案内された。門には瑠璃色の旗が、よくみるとあちらこちらに瑠璃色の布地がはためいている。
 ドゥバドゥールにおいて青はヴァン家を示すのだそうだ。その中でも瑠璃色は禁色と呼ばれ、王家しか使用を許されていない。
 禁色は三色在り、ヴァンを示す瑠璃色、エイローズを示す臙脂色、ルイーゼを示す常盤色となっている。
 禁色といっても使用を禁じているわけではなく、旗など公用のものの使用を禁じられているだけだ。そしてドゥバドゥールの色が土のエレメントを示す黄色。これを貴色という。
 三大王家のそれぞれの家紋は貴色の文字色に下地の色をそれぞれの三大王家の禁色で描く、と決まっているのだそうだ。つまりそれぞれの王がジルサーデと云う形で各王家の頂点に君臨し、国の仕事の一角を担う。そのための分かりやすい旗印を決める事で分かり易く建物や公的なものの手続きをしやすくする目的があるのだ。
「おかえりなさいませ、ミィ様」
 ミィの馬車が到着し、一行が馬車から降り立った時には、ずらーっと使用人が並んでミィを迎え出ていた。こういう風景を見るとミィが王家の、しかも良家の一員なのだと実感する。
「うん、ただいま。こちら私のお客様。丁重におもてなししてくれ」
「かしこまりました」
 ミィはいつでもヴァン家の流儀らしいが人をもてなす事を忘れない。馬車の旅で疲れてもいない一行を癒すために一日の休暇を取り、二日目はルンガの街を案内してくれた。
 ミィが案内できるほどにミィはこの町に慣れ、治安が良いということなのだろう。そこで観光客に紛れて神殿の一般公開されている場所に入った。宗教的な事で土の魔神がいかに国民の信仰の対象になっているかがわかり、ヌグファ等は感心してメモを取ったりと忙しかった。
 そしてミィが静かに囁き、視線を走らせる事で一般公開されていない場所への入り口を密かに確認した。その神殿からの帰り道テラが歓声を上げた。
「わぁ~きれい!!」
 神殿から伸びる参道の商店街の一角で立ち止まっている。
「どうしたんだ?」
 セダが立ち止まるがグッカスはくだらないとばっさり切り捨てている。
「見てよ、すっごい綺麗」
 お店のショウウィンドウ前で動かないテラの前には置物? と言っては違うような彫刻のようなものがある。おそらく形からして、彫刻の像だろう。しかし一つの材質からつくられたとは思えないカラフルさと内側から光るようなその色相でセダも脚を止めた。
「わ、ほんと綺麗。これは砂岩の彫刻ね」
 ミィが覗き込んで言う。グッカスはそれを聞いて眉の形を変えた。
(……彫刻ね、だと?)
「これは土の魔神様。一般的な姿だ。それにしても腕がいい、ここまで色合いが美しく、魔神様のお姿を表現できるなんて」
 グッカスはミィの口調が一瞬変わったのをいぶかしげに眺めていたが、他の者は砂岩の彫刻に夢中で気付かなかったようだ。
 グッカスが見てもその彫刻は美しかった。女神が両腕を掲げ、その両腕から砂がまるで生きているかのような動きを見せる場面を形にしたものだ。己の操る砂を見上げ、微笑むその表情は慈愛に満ちており、砂が虹色に見る角度で変わるように彩色されているようだ。
 大きさとしてはそこまで大きくない。20cmくらいだろうか。しかし、その細かい部分までの精巧さや色遣い。これは芸術品と言ってもいいレベルだった。
「お客様、お目が高いですな。こちらの彫刻でしょう?」
「ええ」
 ミィが治めている土地とは違い、ここでは誰もがミィを知っているというわけではないようだ。お金持ちの貴族とその一行とでも思っているのだろう。でなければこのような美しい彫刻を買うような一行には見られないだろう。
「専属の砂岩加工師を雇っているのか?」
「いえ、こちらは“作品”ですよ。もちろん、飾って見るだけでこちらとしても眼福なのですがね」
 店主と思わしき男性の話を聞いてミィは目を丸くした。
「卵の作品なのか? すごいじゃないか!」
「……卵?」
 テラが問う。
「お客様はもしや外からですか?」
 土の大陸はほぼドゥバドゥールが統一しているが、そうではない人も多くいる。しかし魔神信仰は根付いており、神殿に参拝へ来る外国の者は多いのだ。そう言う意味で慣れているのだろう。
「こちらは砂岩加工師を目指すその職人の卵の作品なのです。砂岩加工師になる為の武者修行中の作品ですよ。つまりまだプロではないのです」
「アマでこのレベル? プロはどれだけすごいのかな?」
 テラが興奮してヌグファに言う。
「いえ、彼女……この作品の作者のレベルはプロとそん色ないですよ。なぜ今も卵なのかこちらが聞きたいくらいです。彼女の作品は人気で展示して数日で無くなってしまうのです」
「わかるかも。だって目が合っちゃったらもう、動けないもの。吸い込まれそうな、ずっと見ていたいような」
 テラがほぅっと溜息をつく。ヌグファや光も見入っている。セダは芸術関係にはあまり興味がないが、確かに引き込まれるような美しさを持っている像だった。
「ご店主、こちらおいくら?」
 ミィが言う。
「え?買ってくれるの? ミィ」
 テラと光が飛びあがって喜ぶ。
「何言っている。これは俺のだぞ。みんなが見える場所に飾るがな」
 ウインクと共に告げられた言葉に女性陣が喜んでいた。
「いえ、大変申し訳ないのですが……こちらの作品は……」
 店主が申し訳なさそうに頭を軽く下げる。
「店主、約束通り引き取らせていただきに来たぞ」
 店の前で集まっていた一行を割るように高らかに声が響いた。事情を知らない皆が目を丸くして声の主を眺めている。
 はっとする美人だった。艶を持った赤紫の髪にきめ細かい白い肌。艶を持った唇に涼やかな目元。黒い詰襟のドレスはシンプルで在りつつ職人芸を思わせる刺繍に彩られている。
「これはこれはエイローズ様」
 その名を聞いた瞬間、ミィが身を固くする。しかしエイローズと呼ばれた女性に共は一人しかいなかった。
「ん? この作品に目を惹かれたかしら?それは目が高い。しかし申し訳ないわ。これは私が買い取り、神殿に奉納する予定でね。神殿に参拝していただければいつでもご覧にいれる場所に安置しよう」
 にっこり微笑まれ、セダが自分に言われたわけでもないのにドキッとした。そして一行の中から女性がミィの方へ眼を向ける。
「おや、挨拶が遅れて申し訳ないわ。ヴァンのミィ様、弟君へのお見舞ですの?」
「いえ、こちらこそ、エイローズのアーリア様」
 女性は耳に臙脂色の房のついた耳飾りをつけていた。三大王家の偉い人なのだろう。
「もう神殿へは参拝されたの?」
「いえ。本日はお客人らを案内しておりましたので」
「……お客人。中には宝人の方も混じっておいでですね。申し遅れました。わたくし、アーリア=エイローズと申します。このルンガを治めてもおります。不自由などございましたら遠慮なく仰って下さいな。といってもヴァン家のお客人ならその心配は無用ですわね」
「いえ、お構いなく」
 テラが微笑みつつ、アーリアの美しさに驚きつつも応える。
「参拝がまだでしたらミィ様はあのお噂はご存じないのですね?」
「噂とは?」
 小首を傾げて悩む様子も美しい。
「弟君のですわ」
「……え」
 ミィが顔色を陰らせる。それに気付いてアーリアは微笑んだ。
「わたくしとしたことが、こんな往来で立ち話など。もしお時間がお有りでしたらわたくしの家に居らっしゃいませんか? お客様共々御もてなしさせていただきますわ」
「え、それは……」
 ミィが言い淀む。よくよく考えればエイローズとは仲が良くないはずだ。親しげにしてくれるこの女性とて裏では何を考えているかわかったものではない。現にミィが後に引けない弟の話を持ち出しているではないか。
「ご心配なさらずとも日が暮れる前にはお開きにしますわ」
 畳みかけるように言うアーリアにミィは困ったように微笑んで精一杯言い返した。
「大変ありがたいお誘いですが、急な事ですし日を改めて……ということに致しませんか?」
「あら、残念ですわ。ではまた後日、お待ちしておりますわ」
 アーリアはにっこり笑うと、砂岩の彫刻を包んでもらって一礼すると颯爽と返っていった。
「すんげー綺麗な人だったな。ミィ、知り合いか?」
 セダが問うとミィは困った感じで肩を竦めた。
「知り合いと云うほどではないんだよね。まぁ顔見知りというか、何度も会ってはいるんだけれど。あちらさん、気さくな方で、嫌いじゃないんだけどね……。ああ見えてエイローズのご当主さまでもあって、警戒せずにはいられないというか……」
「ええ!? あの若さで当主? エイローズって王家の一番偉い人?」
 テラが驚いて叫ぶ。
「まぁエイローズで一番偉いのはセークエ・ジルサーデであるアルカン=エイローズ様だけれど……事実上エイローズを動かしているのはさっきのアーリア様だから」
「うへー。すげーな」
「それじゃ、ヴァン家のミィとしては気をつけないければいけないわけだね」
「そうそう。他家と話す時は気をつけろってキィにも言われてるし……。あんまりそういうやり取り? みたいなの得意じゃないんだよなぁ。個人的にはアーリア様好きなんだけど」
 ミィはそう言って一行を促した。
「確かに裏では何考えてるかわからないような女だったな」
「グッカスはキィと同じこと言うなぁ」
「っていうかお前が裏表なさすぎなんだろう。それは人として信頼できるが、お前の場合生まれた家が家なだけにまずいんじゃないのか?」
 ミィがそう言われ舌を出した。
「そうそう。叔父様にもキィにもよく言われる。だからこそキィが必要なのさ。キィと私は二人で一つ。ずっと一緒って、そう二人で決めてたんだ。対外交渉ごとはキィ任せな私も悪かったけど」
 苦笑するミィ。キィという双子の弟に会ったことはないが、ミィとキィでずっと一緒に全ての事にあたって二人で解決してきたのだろう。だからこそ、それ以上にミィにとってキィがかけがえのない存在なのだ。ミィにとってなくてはならないのだろう。
「俺ら、力になるからな!」
 セダがそう言うとミィがやっと笑顔になって頷いた。