モグトワールの遺跡 015

059

 グッカスは急いで宝石店まで取って返し、その場に残っていた一行に事情を説明しながら、ヴァン家まで移動していた。
「では、セダも?」
 リュミィが言う。街中なので転移が使えないのがいたい。走って移動を続ける。
「そうだ。至急だ。可能な限り。今作戦を立てて、決定、準備完了次第実行に移す。それくらいのスピード勝負だ。ミィとセダがあの女を引きつけている間しかルビーさんを取り戻す時間はない」
「ルビーさんを助け出すって言っても、そのエイローズの人にばれては当然だめよね」
 テラが言う。助け出したとして、ヴァン家で保護されていることがばれてしまえば、セークエ・ジルサーデの名を出されて、連れ戻されてしまうのがオチだ。特にこの国はキョセルというやっかいな職種がある。助け出す行程を見られても困ることになる。
「そうだな。そのためには、ヴァン家、特にミィしかしらないような隠れ家のような場所が必要だ」
 その為にミィ付の執事の青年・ティーニに助言を求めにヴァン家まで走っているわけだ。
「姿を見られない救出ならやっぱりここは転移に頼るのが一番ですね」
 ヌグファが意見を総合させて言う。
「しかし、俺が獣人であること、リュミィが宝人であることは伏せておきたい所だ」
「そうですわね。それにわたくしが転移を行うと秘匿という面で心残りな点が一つ、いえ、二つありますわ。一つはそのは部屋の窓にはガラスが張られていたと仰いましたでしょう? 光は直接転移ですから、空間が繋がっていないといけませんの。できないことはありません、もちろん。しかし、わたくしが光のエレメントを直接感知できないといけませんわ」
「具体的には、何がいけない?」
 グッカスが問う。リュミィが答える。
「わたくしが部屋の中をきちんと見ることができないといけないということですわ。その部屋、かなり高い場所にあるように思われましたけれど、わたくしが地上から部屋の内部を見ることはできまして?」
「無理だな」
 グッカスが一言で言う。光のエレメントと言っても、リュミィは人間だ。一瞬光の流れに乗る為に、光と化すことは出来ても、光そのものになれるわけではない。つまり、光の間接転移を行うには、行う宝人がちゃんと光のエレメントを感知できなければならない。
 簡単に言うと見える事となる。見える範囲なら間接転移も可能ということだ。すると、高い塔の部屋の内部を見る為には、一瞬内部が見える場所で、リュミィ自身が“見る”必要がある。
 つまり空中で一瞬視る為に浮かぶ、もしくはどこかで停止する必要があるということだ。ゆえに、空中で転移までの一瞬をとらえることは難しいだろう。通常の直接転移ならその必要もないのだろうが。
「もう一つは?」
「跡を付けられる可能性がありますわ」
「どういうこと?」
 リュミィの転移は光の転移だ。人間からするとそれは瞬間移動に近い認識となる。突如姿が消えるのだ。誰にもばれずに密かに救出するには最高な手段に思えるが。
「水の大陸とは違って、土の大陸、特にこの王家には宝人の部下も多くいるようですわ。そうしますと、光の宝人も当然いますわよね? 転移は宝人誰しもできるものですわ。転移とは光のエレメントの流れに沿って行うもので、精霊もそれの手助けをしていることになりますわ。つまり、光の宝人ならば光の転移は簡単に後を追うことができますのよ」
「ええ?!」
 つまり精霊やエレメントの流れを感知し、転移を行う。すると後からそのものがどういう経緯を辿って転移をしたか、同じエレメントを守護する宝人ならば精霊に聞いたり、エレメントの流れをたどったりする事で簡単に知れるということらしい。特に光は直接転移ゆえに、それが簡単にできるという。
「いずれ逃げた先が暴かれるのか……」
 グッカスが呟く。
「そうすると魔法か? ヌグファ、どうだ?」
「転移のような真似は無理です。ただ隠ぺいのような事は出来ないこともないのですけれど……そう簡単に行える術式ではないので、すぐには無理です」
 こういう魔法は準備を入念に行うタイプの魔法に属する。呪文を唱えてはい、ポン! というわけにはいかない。
「そうすると、何人かで侵入して直接攫うしかないかな?」
 テラの発言にグッカスが唸る。
「しかし、拘束されている場所が場所だ……大勢で行っても……」
 ルビーはエイローズ家の屋敷の尖塔の一室に居るのだった。グッカスも空からやっと姿を確認できたほどなのだ。
 大きな屋敷は尖塔の上にとんがり屋根で、その上に旗を掲げる、そういう為に作られた場所がある。エイローズの御屋敷はそのとんがり屋根を持つ場所が尖塔のように、狭い円筒形の室内で、窓は嵌め殺しの、塔の中の檻の様な場所が存在していた。檻と云うには内装もしっかりしており、素敵な屋根裏部屋と言った方がいいのだが。
 ルビーはセダやミィと別れてそこに軟禁された。
 屋敷の奥深くまで入り込み、通路が一つで登るような場所に数名で行き、なおかつばれないようにするのは苦労しそうだ。
「グッカスはなんとかできないの?」
「無理だろう。人を運ぶにはそれなりの大きさが必要だ。セダ達も足止めできるのはせいぜい二時間程度が限界だろう。そんな日の高いうちに大きな目立つ鳥が飛んでいてみろ。撃ち落とされて終わりだ」
 逃走経路もばればれだとグッカスが言う。
「じゃ、僕が転移で運ぼうか?」
 楓が呟く。
「え?」
 一瞬誰もが提案を理解できずに呆然とし、理解できた者から驚く。
「できるの? 楓」
 光がまず尋ねた。楓は炎の宝人。楓以外炎の宝人がおらず、炎を仕える宝人もいないならば炎の転移は跡をたどられることはまずない。
「ですが、楓。転移先の炎はどうしますの?」
「そうだね。僕の場合は完全に間接転移だからね、部屋の中で一瞬炎が出る状況があればできるよ」
「しかし、炎を燃やせるようなものは……」
 グッカスが言うと楓は思いついたように言う。
「紋と一緒で、僕が感知できればいいんだから、僕が生んだ火石なら同じ事ができると思うよ」
「すごいね、楓!」
 テラが感心して言う。
「火晶石を使うのか。どうやって?」
「転移する場所に火石があればいい。それでたぶん、飛べるから。逃げる場所は炎を燃やしてくれてもいいし、テラが居れば転移できる。テラは僕の契約者だから、テラの元にはすぐにどこからでも飛べる」
 テラが驚いた顔をする。契約者とはそういうこともできるのか。さすが魂の契約なだけある。
「では、どうやって室内に火晶石を放り込むか、か……」
 嵌め殺しの窓しか外界と繋がれそうなものはない。
「グッカスが投げ入れるとか」
 光が言うが、すぐに嵌め殺しの窓であることを思い出し、首を振った。グッカスが窓に激突するという珍妙な鳥になってしまうし、グッカスが怪我をする恐れもある。
「ヌグファは?」
「転送の魔法は儀式と同じですから、すぐにはできないです」
 先程と同じ答え。おそらくリュミィも同じだろう。
「俺が侵入してみるか? リスクが高すぎるな」
 グッカスならばれずに侵入はできそうだが、その後を考えると、あまりエイローズの屋敷の中には入りたくない。
「そうだ、テラ。あなたならできないですか?」
 ヌグファが思い出したように言う。突然話を振られたテラは驚いてヌグファを見返す。
「あたし?」
「ええ。期末の実技考査で、すっごい遠い場所の的を見事打ち抜いてたことあるじゃないですか。別に窓は壊してもいいんだったら、できるんじゃないかと」
「え、壊してもいいって、あんた……」
 テラがヌグファの思考回路に時々ついていけないが、グッカスは賛同する。
「そうだな。できるか、テラ?」
「え? ちょっと待ってよ! 壊す方向なの? 人様のお家を?」
「何言ってる? 相手は金持ちなんだぞ。別に一枚や二枚平気だろう」
「そういう問題じゃないと思うんだけれど」
 テラの突っ込みにリュミィが苦笑しつつ言う。
「人様の物を壊すのはいただけませんけれど、場合が場合ですし……で、できそうですの?」
 テラが悩む。
「それってさ、その窓の近くまで行って上向きに矢を放つの? それって現実的じゃないかも」
「そうかぁ……」
 光が残念そうな顔をする。ヌグファもいい案だと思っていたようでがっくししている。
「いや、待てよ……」
 グッカスが少し考えて行った。
「地上からは確かに無理だろうが……。敷地外が広い雑木林になっていた。そこから樹の上に登って射ることはできないか? 足場は不安定になるが」
「期末考査の中に馬上で射る試験もありましたよね? テラ、どうですか?」
 武闘科の試験は定期試験に座学だけではなく実技が入る。どちらかというと座学よりは実技の方が多い位だ。セダのような勉強嫌いが主席になれるのは、そういう面だ。セダは実技における実力が一番なのである。そういう意味で実技の試験も多岐に渡り、セヴンスクールの試験習慣は人によっては半月もかかる。
「樹の中? 足場より障害物の方が問題かも。にしてもグッカス、それ距離どれくらいなの?」
「そうだな。目算だが……ここからあの青い旗のかかっている家くらいまでか」
「ええ? そんなに遠いの?!」
 光が驚いて距離を確認する。それは光の転移でもぎりぎりできるというレベルの、視界でいうと最大限に遠い距離といえた。テラは少し考えている風だ。テラが今も背負っている弓で射れる距離とは思いにくい。
「できなくもないけれど……この弓矢じゃだめね。強弓じゃないとそこまで飛距離が出ないもん」
 弓は弓幹(ゆがら)と呼ばれる弓のボディとその端から端を糸などのつるで結び、弦を張った状態で構成される。射手自身が弦の調子を調整することはよくある。強弓とはその弦の張りが強い弓のことだ。
 テラは女性なので、男性に比べるとそこまで強弓を扱えるわけではない。しかし、テラも弓専攻では三次席、上から三番目の成績を保持していることから弓の扱いは巧い。でなければ任務に選ばれることはない。
「そこは、ヴァン家に用意してもらうしかないだろう」
 グッカスはそう結論付ける。街を駆け抜けるうちにヴァン家の支配力が強い区画に入った。もう少しで一行が世話になっている屋敷へとたどり着く。
「では、テラの弓が使えるという仮定で作戦を立てるぞ。まず、俺がテラをエイローズ家の隣の雑木林まで連れて行く。テラは楓の火晶石を矢に付けて、ルビーさんが捕まっている部屋の窓へ向けて射る。楓はそのタイミングで転移を行い、ルビーさんを連れて転移をする。ここまではいいな?」
 視線を交わし返事がないので、了承したということでグッカスが続けようとする。
「楓は火晶石がいつ部屋の中に入ったとわかるのですか? そのタイミングは合わせなくても?」
 ヌグファが問う。グッカスも頷いて、楓を見た。
「確かに、テラがいつ矢を射るか傍で見ていないと転移のタイミングはわからないよね。でも、大丈夫。今回使うのは僕が生む火石だから、ある程度火の精霊を使ってお願ができるよ。タイミングは任せて」
 そういうものなのか、とテラはまじまじと楓を見つめ返した。
「そのルビーさんを連れて転移するのは構わないんだけれど、どこに帰ってくればいいの?」
「そうだな。ヴァン家に戻っても、キョセルが嗅ぎつければ意味がない。逃げる先は……ミィしか知らないような場所が最適だが……ミィはいないしな」
「その辺りは、あのティーニさんになんとかしてもらうしかないのでは?」
 ヌグファが現実的な案を提案した。
「そうだな」
「テラはどうしますの? そのままの場所にいれば危険ではありませんの?」
 リュミィの発言にテラが自分で逃げるよ? と言う。
「僕が一緒に転移すればいいんだよ。テラの場所はわかるし、二人なら同時に転移できるよ」
「よし、決まりだな」
 そう話しているうちにヴァン家の門が見えてくる。顔見知りの門番が走ってくる一行に驚きながらも門を開けてくれた。屋敷内に駆け込み、ティーニというミィ付の執事の青年を呼んでもらう。すぐに顔を出したティーニだったが、ミィがいない事をいぶかしんだ。グッカスが事情を簡単に説明する。
「承知しました。ティレン!」
 ティーニはすぐに事情を理解すると、近くの警備の兵を呼んだ。呼ばれた若者に指示をする。
「テラ様は、彼について行って下さい。彼が武器庫にご案内します。合う弓があるといいのですが」
「時間がないのはわかっているけれど、二三回射る練習がしたいの。そういう場所はある?」
 ティーニはしばらく考え、一つの決断をした。
「ヴァン家の周囲も広い雑木林が広がっております。ティレン、屋敷裏の林を使っていただいてくれ。今の時間なら庭師は休憩中のはずだ、東の方角にのみ射っていただければ、事故にはならないだろう」
「わかりました。では、こちらへ」
「テラ、頼んだぞ」
 グッカスの言葉に頷いて、テラが兵士と共に消えて行く。
「匿う場所ですね。ミィ様とキィ様が幼少の頃に一時、遊びに使われていた場所がございます。但し、この屋敷から近いのです。ヴァン家でもそういう遊び場として知っている者がほとんどいないので、情報が漏れる事はないとは思うのですが、キョセルの手から隠せるか……」
 ティーニの言葉にどうするか考え込む一行。
「ヌグファ、なんとかできるか?」
「今考えていたところです。……一、二時間いただければ簡易的な人避けの魔法を使う事はできます。その場所の広さはどの程度でしょうか?」
 以前の任務で一緒に過ごす事が多かったヌグファとグッカスは互いの得意分野をよく知っている。ヌグファが獣避けの術式を組み込む事ができると知っていたから、応用ができないかと思ったのである。
「皆様にお過ごし頂いている部屋より一回り大きいものが二部屋、二階建ての構造です」
 ティーニの答えに、ヌグファが頷いた。
「できます。ただ、準備があるので、間に合うかが問題です」
「では、それまではわたくしがなんとか目隠しをしますわ」
 リュミィが言う。グッカスとヌグファが理解して目線で依頼する。水の大陸、ジルタリアでフィスを匿った宝人達が創っていた目くらましだろう。それをリュミィは光のエレメントで行うと言ってくれたのだ。
「そこに暖炉はありますか?」
 楓が聞いた。
「いえ、ただの小屋ですから、そういうものはありません」
 比較的温暖な地域ゆえに、暖房器具もないだろう。
「じゃ、紋を作らないといけない」
「そうだな。それとあまりここで騒いでいて情報が漏れても困る。今いるメンバーでできるだけ食料などを運んでしまおう。ルビーさんを連れてきてから人の出入りがない方がいい」
 グッカスの提案にティーニが賛同する。
「では、皆さまこちらへ」
 人を匿う場合、匿っていることがばれてしまう一番の原因は食料などを運ぶ際のものの移動である。人は食べなければ生きていけない。定期的に食料をどこかに運ぶとなるとその行動が目立ち、結果的に位置を知らせる事になるのだ。
「食糧庫で、乾物と水を持ちこめるだけ持って行きましょう。整備もなにもしていないのですが、掃除している暇もないですし……さわがなければ大丈夫だと思うのですが」
 ティーニは一行に食料を持たせると、人通りが少ない通路を選んで、屋敷の外に出る。そのまま雑木林を抜けて行き、森の中に入っていった。すると森の中に木製の小屋がずらりと並ぶ場所があった。
「いざというときの倉庫です。そのうちの一つです。こちらへ」
 倉庫は広いものが多かったが、その隅に教えられたような大きさの小屋が目に入る。
「作業者の休憩所、兼倉庫内の管理に使用する道具を保管していた場所です。いつの間にかそこをミィ様とキィ様がお遊びに使われるようになったのです。あのままにしてあるはずですから、お二人が使っていた寝具もそのままあるはずです」
「ちなみにそれっていつの話?」
 光が聞いた。
「わたくし共がお仕えし始めた頃ですから、十年前ですか。でも、お二人は仲がよろしいので、最近も秘密裏にお話し合いになる際は使っておられる様でしたよ?」
「へぇ……」
 扉についた鍵を開け、一行を中に促す。簡素なランプに光晶石が入ったままになっていた。
「では、私は魔法陣の作成に入ります」
 ヌグファがそう言ってすぐに外に出て行った。
「じゃ、僕は紋を作ってしまうよ」
 楓がそう言って部屋の隅に立つ。一応目線で促され、離れた一行は楓の紋を作る様子を見守った。
 楓は手を広げ、そのまま腕を水平にゆっくり回す。するといつの間にか指先に点った炎が軌跡を描き、楓の周囲を炎の円が創られる。脚がすっとステップを踏むように自然に動いていた。一回転すると、そのまま左手には炎が点っており、その炎を楓は手のひらを下に向けて落とすようにした。すると炎が落ち、足元、すなわち床に就くまでに収まって、一つの赤い石となる。火石はそのまま床の中に吸い込まれるように消えて行く。火石が無くなった瞬間に、楓の契約紋と同じ模様が床に広がった。
「おっけー、と」
「よし、あとはテラか」
「あ。ちょっと待って、グッカス」
 グッカスが出て行こうとした時を楓が引きとめる。
「何だ?」
「テラが矢を放つ場所までは移動しなければならないんでしょう? ならこれを」
 グッカスが広げた手のひらの上で楓は拳を握り、腕を回転させて手のひらを下向きにするようにして開いた。その拳を開く瞬間に、オレンジ色の炎が点って消え、音もなくグッカスの手の上に赤い石が乗っている。まるで手品の様だった。
「時間がないなら先に移動していて。その火石を目印にテラと転移するから」
「あ、ああ」
 グッカスもさすがに驚いたようだが、理解してすぐに火晶石を握りこんだ。
「あ、あたしは何をしたらいいのかな?」
 光が言う。正直、小さな光を巻き込みたくない一行だ。大人しく待っていてもらいたい。本来ならば楓の手だって借りたくはない。
「お前は連絡係だ。ここで情報の混乱がないように、皆がばらばらに戻って来た時に、誰が何をしているかを伝える役目だ。できるな?それと……この場所を軽く掃除していてくれるか?」
 グッカスがそう言う。大人しく待っていろと言えば光は無力さを自覚して落ち込んでしまうだろう。
「うん! わかった!」
 光はそう言って意気込む。グッカスはティーニに視線を送って足早に去っていく。
「では、テラ様の元へご案内しましょう」
 楓が頷く。楓は光を見て、視線で一緒に行くかを問うたので、光は頷く。
「こちらへ」
 森を突っ切っていく。小走りで決して足場がいいとは言えない森の中を進む。しばらくして息が軽く切れる頃、ティーニが声を上げた。
「ティレン!!」
「はい!」
 微かに声が響く。
「こちらですね」
 ティーニは帰って来た声だけでどの辺りがわかるようだ。迷わずに案内を続ける。
 すると、ひときわ大きな樹の根元に兵士が立っているのが見えた。テラの姿は見えない。
「テラは?」
「上です」
 兵士が指差す方を見ると、樹のはるか上の枝にテラがいた。不安定な足場にもかかわらず、揺らぐ事無く弓を構えている。いつもより大きい弓を構えてもその姿勢が変わることはない。弓弦を引く腕があまりの強さにわずかに痙攣するが、視線は外れない――外さない。

 無音の飛翔、そして、破裂したような音と一緒の着弾の確認。

「……すごい」
 光が呟いた。矢が飛んで行った方向さえ見えないのに、確実に音が仕留めたと宣言している。テラの視線のはるか先、そこには目的のものが貫かれている。
「あれ? そんな待たせた?」
 テラが弓を下ろして一行に気付いた。
「テラ、すっごい!!」
「えへへ~」
 テラが照れながら樹から降りてくる。
「……あの足場で、あそこまでぶれない射撃を……すごい」
 ティレンと言う兵士が感心してテラを見つめる。
「だいたいつかめた。あとはなるようになる、かな?」

 同じころ、魔法陣をあらかた描き終えたヌグファが魔力を練る為の集中に入り、
 グッカスが密かにエイローズ家の敷地の隣にある雑木林の中に入っていた。

 ――作戦開始は目前に迫る。