モグトワールの遺跡 016

063

 アーリアが訪れたのはエイローズ家の離れだ。この時間なら二人とも居る時間と知ってのことだ。
「失礼しますわ」
 ノック音に応える声がする。
「ご機嫌いかがです?」
 部屋の中には男女がそれぞれの仕事から手を休めてアーリアを出迎える。しかし、その目線に親しげな感じはなく、むしろ歓迎していない雰囲気がほんの少し漂う。
「いつもとかわりありませんわ、アーリア様」
 答えたのは女。中年を迎える年齢とは言え、その顔つきは若々しい。
「何かわたくし共に御用でしょうか?」
「そんなに構えずともよろしいのですよ。お二人とも。わたくしとて、なんとなく会いたくなる方というのはいらっしゃるのですわ」
 微笑んで部屋に入る。
「とはいえ、こんな待遇を強いているわたくしを歓迎できようはずもありませんわね。でも、少しお話しに付き合って下さいな。ディー様、並びにリリィ様」
「いえ。ここまで良い待遇で迎えて頂き、文句などある筈もございません。エイローズに連なる者としては貴女様に意見等とんでもないことでございます」
 拝礼の形を取って男性が応えた。女性はお茶を注いだカップをアーリアに差し出した。アーリアも一礼して受け取った。香を嗅いで、ふっとリラックスした気分になる。一口飲んでほっとした溜息をついた。
「美味しい。リリィ様が入れて下さると、どうしてこんなに安心できるのかしら。ここまで疑いもせずに飲めるからかしら……」
「医術を志したことが在る身ゆえ、命の大切さを知っていると自負しております」
「本当に、お二人からは学ぶことが多いですわ。わたくしもまだまだと思いなおします。あなた方お二人の元で育ったからこそ、彼はあんなに真っすぐお育ちになったのでしょうね」
 アーリアが微笑むと二人がびくり、とした。
「先程久方ぶりにご子息にお会いしましたよ」
「え?!」
「どこで?」
 二人が食いついたのを見て、アーリアは満足そうに微笑んだ。
「無事なのですか?」
「今は、どこに?」
「元気そうでした。でも、逃げられてしまいました。お二人をこのような目に合わせているのですもの。わたくしは相当彼に嫌われているようですわ。わたくしは、彼ほど印象に残った人物はおりませんでしたのに」
 寂しそうに言う。リリィが慌てた顔を戻し、母親のように微笑んだ。
「セーンのことをそこまで気にいって下さいましたの?」
 この二人こそ、セーンの両親。セーンが逃げている傍らで、両親である二人はアーリアによって保護という名目で穏やかな軟禁生活を送っている。
「はい」
 それは大切な想い出を抱くようにアーリアは微笑む。
「あれは十歳の儀式の時で、初めて彼、いえ、セーンに会ったのです。大変印象的でした。彼だけが輝いてわたくしには見えたのです」

 セーンが様々な事を叩きこまれてエイローズの本家に脚を運んだのは新年が開けてからだった。すぐさま両親や村人と離されて大きな部屋に案内された。明るい部屋に着飾った同年代の子供達。豪勢な料理がずらりと部屋の両脇に並び、あちらこちらで会話が花開く中、セーンは誰も知り合いがおらず、かといってどうすればいいかなどの指示も受けていないため、しばらくは席について様子をうかがっていた。
 幼い子供らは知り合い同士で固まって会話を楽しんでいる。そこに到底入って行ける雰囲気ではなく、セーンはせっかくだし、自由にしてもよいと案内してくれた大人の人に言われたので、この会を楽しもうと料理に手を付けた。この部屋にある以上、自分らをもてなすために造られたのだろうし、食べないのは食物に悪い気がした。
「おいしい!」
 失礼にあたらないように、かつ食べ過ぎないように、適度に気になった料理を口に運ぶ。
「君、見かけない子だな。どこの子?」
 それは綺麗に見えた菓子を取りに行った時、近場の男の子に掛けられた言葉だった。
「サルン」
 短く応える。どう考えてもその目線が見下されているようで不愉快だったからだ。
「サルン? どこだっけ?」
「どこだ? それに、なんだい? そのみずぼらしい服」
 セーンはむっとして少年を見返す。確かに少年に比べれば布地も上等じゃないし、装飾品や刺繍だって多くもなければ美しくもない。でも村人たちが長い時間をかけてこの会の為だけにセーンにあつらえてくれたものだ。見劣りはするだろうが、セーンはこれをみすぼらしいなどとは思わなかった。
「おい、なんて名前だ? もし君が俺の陣営に入る気なら、考えてあげてもいいよ。将来は何になるんだ? その体つきからして武君じゃないだろう? 文君かい?」
 セーンは少年をねめつけて、一言述べた。
「まず人に名を訪ねる時は自分から名乗るのが礼儀じゃないの? それにそうやって人を見下すような発言はすべきじゃないと俺は思う」
 セーンはそう言い返すと目的のお菓子を取って踵を返した。
「な! 生意気だぞ!! お前、俺をだれかわかっているのか?!」
 少年は叫び、周囲にいた子供達も同調するように言った。
「俺を敵に回して将来後悔するぞ」
 セーンは振り返って呆れた。こんな子供の時から将来を気にしてどうするんだ。
「俺は君がどこの誰か知らないし、興味もない」
 セーンがそう言い放つと、少年は何かを言いたげに拳を震わせていたが、しばらくしてセーンから離れて行ったので、ほっと一安心した。
「あなた、面白いのね。彼は西の都市を治めるビーティ様のご子息よ? 大丈夫なの?」
 お菓子を頬張ったところで話しかけられたので、セーンは驚いてむせてしまった。
「あら、驚かせた? ごめんなさい」
 綺麗な少女はそう言って飲み物を差し出してくれる。セーンは一礼してそれを受け取り、なんとか飲みこむ事に成功した。同い年にしてはセーンより背も高く、大人びた少女だった。もしかしたらここらの子供の姉弟で一緒に会場入りしているのかもしれないと頭の片隅でそう思った。
「大丈夫もなにも、ああいう感じの人はたぶん友達になれなさそうだから」
「あはは。面白い考え方ね! 友達ね。そうか、そういう意味ではこの場で友達同士はどのくらいいるのかしら。せっかくの儀式と言う名のイベントなのに、それは少し寂しい事だわ」
 少女は同じ飲み物を口に含んで微笑んだ。
「あなた、将来は何になりたいの?」
「なんでみんなそんなことばかりここで話しているのか、俺にはそっちの方が不思議だけど。俺の村では将来何になりたいかなんてみんな考えてないけれどなぁ」
 セーンにとって将来もなにも、同じような暮らしを続けていきたいくらいしかない。村の子供達も同じようなものだろう。将来は何になりたいって言われても、同じように平和に幸せに健康に暮らしていければそれでいいと思っていると思う。
「だって、将来自分が何になるかによって自分の運命が変わってしまうのよ? みんな牽制し合うのは当たり前でしょう?」
 セーンは首をかしげてしまう。
「運命? そんなに大事なの? 将来が? まだ決まってもいないのに? 変なの」
少女が逆に目をぱちくりとさせて不思議がった。
「決まっていないから、気になるんじゃないの」
「決まっていないから、自由に選べるんじゃないの? 俺の家の生計は羊毛だけれど、他にも動物を飼っているし、俺は他に興味のある事もたくさんあるよ。楽しく過ごせればそれでいいけれどな」
 少女は驚いて、そしてセーンの発言を噛みしめるように頷いた。
「そうね。そういう考え方もできるの……。あなたってすごいわ」
「いや、すごいって……大したことは言ってないよ」
 少女は身を乗り出して問うた。
「ね、あなたは普段どんな暮らしをしているの?」
「俺? 羊の世話をしたり、ヤギの乳を取ったり、家の手伝いをして、学校に行って、友達と遊んで……」
「へぇ! どんな遊びをするの? 羊の世話ってどんな事をするのかしら?」
 少女はそんな調子でセーンの日常を目を輝かせて聞き入った。セーンもあまりに少女が楽しそうに話すものだから嬉しくなって話す。一通り話した頃、少女は寂しそうに呟いた。
「いいわね。わたくしも、そんな生活が一度はしてみたいわ」
「君はどんな暮らしをしているの?」
 少女は溜息と共に言った。
「勉強したり、礼儀だのマナーだので堅苦しいことをしたりするわ。大人に監視されていない時間はないし、そうね……友達もいないわ」
 今度はセーンが驚く場面だった。こんなに可愛くて聴き上手なのに、友達がいないなんて。
「かけっこだってしたことがないわ」
「じゃ、俺と友達になればいいよ! それで君がサルンに来るようなことがあったら一緒に日が暮れるまで遊ぼうよ! 俺がいつもしている事で君がしたいことがあったらみんな一緒にやればいいよ!」
 少女は目を輝かせてセーンの手を両手で握る。
「本当に? わたくしと友達になってくれる?」
「うん!」
「じゃ、わたくしが、もしも、もしもの話よ。もし、あなたの村に遊びに行けたなら、その時は一緒に過ごして、一緒に遊んでくれる? ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ! だって友達じゃないか」
 セーンが笑顔で言うと少女は頬を赤らめてそしてとびきりの笑顔を見せた。
「あ、自己紹介がまだだったね。俺、セーン。セーン=エイローズ」
「セーンね。わたくしは……」
 少女が名乗ろうとした時、入口の方で大人が声を上げた。
「アーリア様! もう、こちらにおいででしたか!!」
 その瞬間、少女から笑顔がはがれおちる。無表情に戻った後に、セーンの手を離し、大人の方を振り返った。
「もうしわけありませんわ。気が急いておりましたの」
 そして一瞬、セーンを振り返って、声には出さずこう言った。
(またね)
 セーンもそれを受けて軽く手を振った。セーンは少女を見送る。少女はセーンから離れた瞬間に大人や大勢の子供達に囲まれていた。その時は人気者なんだな、くらいにしか思わなかったが、ずっと後になって彼女が当主であるアーリア=エイローズであることが知れたのだった。

 逆にアーリアはセーンと話した事をずっと忘れていない。
 会場の中でひっそりと自分の配下に相応しそうな子供を探していただけだった。軽い気持ちだったのに、一人孤立していたセーンを見つけた。最初は輪に溶け込めないのかと思ったが、違う。彼は一人でも平然と楽しそうだったのだ。
 その姿が集まってこれからの保身に走る他の、大人たちの刷り込みを受けて大人ぶった子供に比べて輝いて見えた。平然と当然の事を言い返すその姿。もう、彼しか目に入らなかった。
 ――憧れた。
 彼だけが輝いて見えた。彼の姿に、そのたった十年しか生きていないはずの少年の生き様に焦がれた。
 大人とやり合う日常に浸かった自分が、彼の村で一緒に笑顔で羽を伸ばせたら。彼の様に笑い、当然の事を堂々と言えるその姿が、羨ましかった。彼のようになりたかった。

 でも、現実はそうはいかず。
 結局子供の口約束で、アーリアはセーンの暮らすサルン村に訪れることはなかったし、アーリアが彼に倣って清く生きることも叶わなかった。
 それでも、心に彼のような者がいる。幸せなエイローズの民の代表のような彼の笑顔があったからこそ、アーリアは生き抜いてこられた。彼の笑顔がいつしか希望になっていた。
 だから、これがどんな運命のいたずらだと、思ったのだ。
 彼が――王家の汚い部分から最も遠い場所にいる彼が次の王に選ばれた可能性が在ることに。
 それは魔神の悪戯にも思えたし、清廉な彼だからこそ、当然にも思えた。自分の気持ちは捨て置いて、エイローズの当主として、当然その事実は確認しなければいけない。だから、彼の両親を攫ってまで、彼を追い詰めた。
 彼がもし王なら。彼が本当に王に選ばれているならば、自分はどうするべきだろうか――。
 彼をこれから汚い欲望や因縁、生きているのが一度は嫌になるような世界で息をさせてしまうなら、彼にこれからいらぬ苦労を掛けてまで王になってもらうのがいいだろうか。
 それとも、自分の中の彼の美しさを保持するために、自分勝手に、それこそ自分勝手としか言えないが、殺してしまおうか。殺した方が、自分に事は有利に進むが、それで彼ではない最悪の者が王に選ばれたらどうする?
 考え過ぎて、セーンをどう扱えばいいのかわからない。自分の憧れと理想を確かに十歳の彼は持っていた。だからといって彼が変わっていない保証はない。
 アーリアは心を決めかねている。

 もし、本当にセーンが王であったなら、エイローズの当主として自分はどういった行動に出るのが、一番エイローズの民を幸せに、豊かに、安全にできるだろうか――。

 セーンがいない場で鳥に戻ったグッカスはそのままヴァン家の屋敷まで移動し、帰宅したセダとミィに状況を説明した。ミィは作戦が成功したことを喜び、執事の青年に後の事を任せて、セダたちの部屋に移動した。そこには事前に転移を済ませていた楓が二人を待っていて、ミィとセダを連れて転移する。グッカスは一応ミィにも鳥人であることを内緒にしているため、楓に二回に分けて転移をしてもらった。
「たっだいま~」
「セダ! ミィ!!」
 光が立ちあがって二人を出迎える。
「よくやってくれたわ! 皆、ありがとう! で、あの子はどこに?」
「二階だよ」
 ミィは早くルビーに会いたくて仕方がないようだ。それもそうだろう。彼が王であれば、双子の弟のキィは生贄にならずに済む。ヴァン家に戻ってくるのだ。
「呼んでくるね!」
 天真爛漫な光に感化されたのか、ルビーが唯一、警戒をしない相手なのだった。
 少しして、二人分の足音が聞こえてきて、すぐにルビーが姿を見せた。
「よかった! どこも怪我してないみたいね。グッカスに聞いてはいたんだけど、そこは心配だったから」
 ミィはルビーにそう言って笑いかけた。ルビーはそれを聞いて驚き、そして俯いた。
「一応大丈夫。助けてくれてありがとう」
 ルビーはそう言って頭を下げる。警戒をしていたようだが、エイローズから救ってくれた事実は変わりないと礼が言える人物のようだ。
「で、計画を主導した人が帰って来たみたいだし、自己紹介を兼ねて説明をしてもらえると助かる」
 少女はそう言った。ミィが頷いた。
「私はミィ=ヴァン。ヴァン家直系の娘。ここはヴァン家でも私とキィが隠れ家に浸かっていた森林管理用の小屋よ。ここを知っているのはここにいるメンバーと私の所在を知っている執事だけだから、数日はあなたの所在もばれないでしょう」
「俺はセダ」
「私、テラ」
 セダをはじめに皆が自己紹介をしていく。
「で、どうして見知らずのヴァン家のお姫様が助ける流れになるのさ? もしかして砂岩の加工の腕を見込んで?」
「あ、それも興味あるんだけれどね!」
 ミィは頷いた。確かに砂岩加工師としての腕もよくて、スカウトしたかったのは本当なのだから。
「私には双子の弟がいるの。キィ=ヴァンっていうんだけれど。キィはね、ヴァン家での言い伝えでは時々生まれる『神子』なの。実は……」
「神子?!!」
 ルビーが驚いて聞き返す。
「ヴァン家の始祖は神子だって言うけど、本当にいて、本当に生まれるんだ? じゃ、土が使えるの?」
「ええ。小さい頃はなんで私とか他の人が使えないのか不思議そうだったもの」
 ミィがそう言う。ルビーは信じられないような顔をしていたが、事情を少し考えて理解したらしい。こう続ける。
「じゃ、あなたの弟、今は神殿にいるんだね?」
「そうよ。なんでわかるの?」
 そこでキィがいたら、王家なら知っていてもおかしくないだろうと突っ込んでいただろう。
「……神子は有事の際には神殿に昇って、役目を果たさなきゃいけないって聞いた」
「……。……そうなのよね」
 表情を曇らせてミィが言う。
「いつから? 神殿に入ってどれくらい?」
「三年前」
「そう」
 ミィはがばっと頭を下げてルビーに必死に願い出た。
「お願い! どうか、王に即位して欲しいの!!」
 座って会話をしていたので、土下座している様子で、必死に願う。少女が逆に驚いて、そして慌てた。
「え、ちょ! どうしてそういう流れになるんだよ!」
 とりあえず頭を上げるように少女はミィに促した。
「このままだとキィは魔神さまの生贄となって死んでしまう! 王が立たずにもう六年! キィは今年十九になる。そしたら、それまでに王が立たなければ死んでしまうの!」
 セダたちはキィが十九になるまでに新しい王がたたなければ生贄に選ばれるという事情は知らなかったが、キィが生贄に選ばれるまでには現実的な時間のタイムリミットがあったようだ。それならミィも焦るだろうし、なんでもしようと思うはずだ。
「っ……!」
 少女が息を飲んで必死に頼み込むミィを揺れる瞳で見ている。
「なんで、お、いや、私に頼むのさ。だって……」
少女がそう言い淀むと、横から光がきっぱり言った。
「ううん。あなたはもう王に選ばれているはずだよ」
 その瞬間、少女の目が見開かれた。
「なんで、そんなこと……言うんだ」
「あなたの魂はもう半人の形だもの。あなたはすでにもう半人。王になっている」
 理解できない事を言われ、そして縋る目線でミィに見られ、少女がおろおろとして周囲を見渡した。
「それに、すまないけれど、アーリアって人の話からあんたが男ってこともわかってる」
 セダが言うと少女は身をこわばらせた後で、ふーっと息を吐きだした。
「じゃ、エイローズの人間だって、知っているの?」
 ミィが無言で頷くとルビーは溜息をついた。
「そう。じゃ、本気の相手に対して嘘をつくのは失礼だね」
 ルビーはそう言って頭に手をやった。こめかみのあたりに指をやる。そしてしばらく頭の中に指をつっこんでいたかと思うと、慣れた様子で髪の房を取り外した。その手には明るい栗色の長い髪の毛が束になって握られている。かつらの一種を付け、髪が長い変装をしていたのだ。襟脚などは整えておらず、前髪も長い方だが、短くなったそのヘアースタイルでは中性的だった容姿が、ずいぶん少年側に傾くことに気付かされる。
「改めて、俺の名はセーン。セーン=エイローズ。あなたと同じく三大王家の出身」
 セーンはそう言う。襟元を少し緩め、わずかな凹凸ながら喉仏が見えた。
「で、あなたたちは王が俺だと信じて疑っていないみたいだけど、その根拠は?」
 セーンの言葉を返したのはリュミィだった。
「それには宝人がなにかを知って頂くことからですわ。あなた『魂見』という宝人の特殊技能はご存じ?」
「魂見? 確か……宝人が人を選ぶ際に魂を見て親和性を試すっていうやつ?」
 リュミィだけではなくグッカスも目を丸くして軽く驚いた。
「よく知っていたな」
「習ったからね。で、その魂見がどうしたの?」
「こちらに居る光は宝人です」
「の、様だね。それが契約紋でしょう?」
 光の顔には薄い水色の契約紋が浮かび上がっている。
「光はその魂見の能力を持つ宝人ですわ。魂見はその者が持つ技能のレベルに寄りますが、様々な情報を魂から読みとることができますの。魂の形や、どのエレメントに対して親和性が在るか、果てにはその者の性質等も見通すことができるのですわ」
 光が頷く。グッカスは今の間に集中してセーンを視る。確かに、光が言うとおり彼の魂はジルやヘリーのように水の王らと同じ形をしていた。
「その光が視たところ、貴方の魂は『人』ではないと」
「うん。あなたの魂の形は『半人』。水の王と同じ形。守護を受けているエレメントは土と風。特にあなたは風のエレメントに愛されている」
 光のその遠くを見つめるような目で見られ、セーンは驚いて一瞬呼吸を止めた。
「それで、俺が……王だと?」
「俺達、水の大陸からきて、水の神国の王に会っているんだ。その水の王らの魂と形が一緒なんだって」
 セダがそう付け加える。
「お願い! 王になって。あなたが逃げているのには理由があるんでしょう? でも、キィを救うには王が即位しなければいけないの。どうか、お願い、王になって下さい」
 縋りつかれてセーンが視線を泳がせる。そして堪え切れないように唇を強く噛んだ。
「……あと、二年なんだ!」
「?」
 縋りついていたミィも思わず顔を上げる。
 ぎゅっと目を閉じて、顔を背けたセーンは声を震わせて言った。
「王にはっ……なれないんだ!!」
「どうして!!」
 絶望的な顔でミィが呟く。その手はセーンの肩を痛い位に握っていた。
「王にはなれないんだ。どうしても!!」
「なんで! どうしてよ!!」
 ミィが叫んだ。セーンの胸倉を掴んで今にも飛びかからんばかりに叫ぶ。両目からは涙が零れ落ちた。
「ど、して! なんでキィを救ってくれないの!! やっと、やっと救えると……思ったのに!!」
 セーンもつらそうに視線を逸らす。
「なんで!! お願いよ! キィは何も悪い事をしてない! 神子に生まれようと思ったことだってない。双子の私がどうして普通の人間で、キィは神子なの?! キィは望んでこうなったわけじゃないのに! どうして、どうして誰もキィを救ってくれないの?!」
 胸を叩くようにセーンの襟元を握り、上下に揺すりつつ、興奮して叫ぶミィ。
「ミィ! やめろって」
 セダが見かねて後ろからミィをセーンから話そうとミィの肩を引く。するとその力に引っ張られて、セーンの服の飾りボタンが二、三個はじけ飛んだ。
「あ!」
「……え」
 それは一瞬の出来事だった。ミィの手が離れるより早く飛んだセーンの服のボタンは、秘められていたセーンの胸元を容易に開かせた。その同年代の少年と比べて日に焼けず白い胸元には、一つの印――。

 ――黄金に輝くドゥバドゥールの紋様があった。

「……王紋」
 ミィが呆然と呟く。セーンが慌てて胸元を掻き合わせた。だがもう遅い。この場に居る誰もがその印象的な黄色い紋様を見てしまった後だった。
「大地、大君(ベークス、ジルサーデ)……」
 ミィが言い放つ。セーンは視線を逸らせた。
 これは驚くことだった。ドゥバドゥールの国民ではないセダたちもその印象的な黄色い胸で存在を主張する王紋と呼ばれる紋様を見た。
 円と線で造られた模様。それは宝人の契約紋の様に、ただの刺青のようには到底見えなかった。まるで生きているかのように色が、黄色い色が脈打っているように、時々によって肌の色が若干変わるように見える。その文様は生きているのだ。生きて、輝き、王であると、この印が刻まれた者こそがこの国を治める王であると主張している。
 それだけでセーンがこの国の王だと感じてしまった。これが魔神に選ばれるということなのだろうか。
「どうして? なぜ王紋があるのに、王になれないと言うの? もうあなたはすでに王なのに」
 ミィの言葉にセーンは胸元を握りしめていた手を緩めた。そして言う。
「あなたが弟の命を案じているのはわかる。俺だって、あなたの弟を助けるために、いや、ここまではっきりと王になれと魔神に言われたのならやるべきなのかもと思っている」
「なら!」
「でも!!」
 セーンが叫ぶように続けた。
「俺だって、家族を人質に取られているんだ! 俺が王に即位したら、俺の両親は死んでしまうかもしれない」
「……え?」
 絞り出すような声でセーンが言う。
「俺も何度も命を狙われている。俺が王に即位すると困るやつがいっぱいいるんだ。俺は逃げるしか、なかったんだ。だから、あと二年! 十八になったら、俺は王位継承権を放棄して、それで国を出るつもりだったのに」
 突然のセーンの発言に誰もが呆然とした。
「ちょっと、どういうことなんだよ?」
 セダが慌てて言った。
「お国事情にもほどがあるだろう……!」
 グッカスが頭を抱えて言った。
「念のために訊くけど、あなたたち本当にエイローズ家と繋がっていないんだな? あ、でもあなたはヴァン家直系ってことは、王宮とは繋がっているのか」
 セーンがそう言う。胸元からちらちらと見える王紋。
「どういう意味?」
「エイローズから逃げるだけならこんなに苦労はしない。俺は王宮、つまり現大君にも命を狙われているんだ」
 ミィが目を丸くした。
「嘘……!」
 セーンはそう言うと力が抜けたように、ずるずると壁に背中を預けて言う。
「長い話になるんだけど……」
 セーンはそう言って事情を一行に話し始めた。