モグトワールの遺跡 018

073

 セダは一緒に地面に倒れ込んだグッカス、テラと共に手を貸し合って立ち上がった。今は地震は収まっているようだ。しかし、その感覚が身体に残っているような気がしてならない。足元がぐらぐら揺れている気がして歩いててもふわふわしている気がする。自分が真っ直ぐ歩けているか不安だ。
「おまえらどうした?」
 セダが隣に降り立った光たちに尋ねる。
「ミィに王紋が出たって言われたんだけど、セーンの事が在るから……」
「危険だと思ったんだが、的中したっていうか、間に合わなかったな」
 セーンが言葉を引き継ぐ。
「ミィを止めに来たのか?」
 セーンが頷く。
「ただ、あの様子では……」
 グッカスが真っ二つにされ、地面が割れて近寄れない祭壇を見上げる。祭壇の上で逆巻く砂の固まり。
「……キィとミィは無事ではないだろう? 魔神の天罰が下ったなら」
 グッカスがそう言う。すると光が焦った様子で首を振った。
「魔神さまの天罰なんかじゃないよ」
 誰もが王と宣言したミィを害した事に対する魔神の天罰だと思った。
「待って! とりあえずヌグファを探しに行きましょう。心配だわ」
 テラが言おうとする光を制して、祭壇の側を指差した。ヌグファはミィの付人として貴賓席の最前列にいたのだ。無事が確認できないと安心できない。
「それもそうだな」
 セダたちは急いで祭壇の方を目指して歩き始める。しばらくして貴賓席の残骸が見えてきた頃、座りこんだ緑色の頭が見えた。
「ヌグファ!」
 叫ぶとふっとヌグファがセダたちを見て、安心したように立ち上がる。その動作も不安げなのは、一人で怖かったせいだろう。どうやら一緒にいたヴァンの人たちはティーニを除いて逃げてしまったようだ。
「セダ!」
「ヌグファ、何があった?」
 セダの問いにヌグファはセダたちと変わらぬ説明をした。身近にいても何が起きたかわからなかったようだ。
「どうします?」
「ミィとキィは生きているのか?」
 グッカスの問いにセダは生きていると返し、不安視してるのがティーニとヌグファだ。身近で巨大な砂嵐と感じたせいもあるだろう。
「待ってってば」
 光が言うので、楓がどうしたの? と問いかける。
「私の話を最後まで聞いてよ!」
「ああ、悪い。みんな気が動転しててな」
 セダが謝る。光はまっすぐ祭壇の上空で渦巻く砂でできた竜巻を指差す。
「ミィとキィは生きているよ。魂が見える。あれの中」
「本当にございますか?!」
 ティーニがほっとして溜息を吐きながら言った。光が力強く頷く。
「でも、あの中ってどういうことだ?」
 セダが言いながら砂の竜巻を見つめた。つられたように皆が見る。
「あのね、言いたかったことはキィの事なんだけど。私、初めてキィを見て、一瞬しか見られなかったから聞くけど、キィって本当に人間なの?」
「?」
「は?」
 誰もが光の言葉が何を意味しているかわからない。
「グッカス、あの竜を『視て』みて」
 グッカスはそう言われて、魂見を行う。確かに魂が二つ見えた。そこでグッカスが目を見開いた。
「ね? キィって本当に人間だったの?」
「どういう意味?」
 楓がそう問うた。
「神子って宝人のことじゃないの?」
「?!」
「え?」
 それはティーニでさえ驚くことだ。誰もが驚いて不思議そうにしている。
「グッカス……」
「光が魂見で嘘を付くはずないだろう。確かに、あの竜巻の中にはミィの魂と思われる半人の魂がある。もう一つがキィだろう。だが、あれはどう見ても宝人の魂の形だ」
 グッカスも自分で言って信じられないように呟く。
「じゃ、キィって宝人だったのか?」
「そんなはずはございません! キィ様は確かにミィ様と同じ時をしてお生まれになったのです。では、宝人を人間が宿したことになりますよ?」
「それってありえるの?」
 テラの問いにはリュミィが否を唱えた。
「そんなはずございませんわ。宝人は卵から生まれますのよ? 人の腹からは生まれることができませんわ。もし宝人と人が結ばれたとして、生まれてくるのは人だけですのよ」
「……じゃ、キィが宝人ならあれは魔神の天罰じゃない」
 楓が呟いた。人間達はそれについて行けない。
「竜化(りゅうか)したんですわ、キィが」
「話が見えないんだけど」
 リュミィも驚いて砂の竜巻を見つめながら説明する。
「宝人というのは卵から生まれますが、その孵化には宝人特有の『転化(てんげ)』というものを伴いますの。ええっと……説明が難しいのですけれど、宝人は卵の中の時は人の形をしておりませんの。前に孵化するまでに三年を要するのですけれど、その間に宝人は人の形を覚えて人の形を取って生まれてきますの。それを『人化(じんか)』と申しますわ。宝人はその能力の制御の段階によって形を変えることができますの。その形を変える行為を『転化』と言いますわ」
 その言葉に一行は驚く。宝人というからには、エレメントが使える人の仲間と思っていたが、そうではないらしい。卵から生まれる時点で人間とは一線が引かれていることにはなるが。
「『人化』以外の形態を宝人が取ることはめったにありませんわ。と申しますのも、それ以外の形態を知らないと申しますか、覚えないとできないのですわ。これは神代の言い伝えですけれど、宝人は五形態の『転化』を行えるらしいのですわ。で、話を戻しますが、宝人が竜の形を取ることを『竜化(りゅうか)』と、申します。その、あの形を見、そしてキィが宝人であればあれは竜化した姿と……思えますの」
 テラが手を目の前に出して唸った。
「ちょ、待って! こんがらがるよ」
 誰もがテラと同じ気持ちだ。突然宝人の特殊は設定を言われても理解が追いつかない。ただでさえ事態はひっ迫しているのだ。
「とりあえず、ミィが王と分かった瞬間に命を狙われた。それに激怒したキィがこれらの事を起こしたってことか?」
 セダがそう言った。
「キィって自分が宝人って知ってたのか?」
「そんなことはないと思います」
 二人をよく知るティーニがそう言った。土のエレメントが自在に使いこなせるのはキィが神子だからだ。周囲も本人もそう思って過ごしてきたはずだ。
「……もしかすると神子って宝人のことなのでは?」
 ヌグファが悩みながらそう言う。
「待てよ。今はそうじゃないだろ、話が戻っている。キィが宝人かどうかはどうでもいい。大事なのはあそこからキィとミィを救えるかってことだ」
 セダがそう言う。するとテラもリュミィもはっとして頷いた。
「そうね」
「でもあれらをキィが引き起こしているのなら、この前みたいにどうにかできるかもしれないだろ」
 セダがそう言う。水の大陸の時で慣れたのか、セダならそうするとわかっていたのか苦笑しながら皆が頷いた。
「ま、待ってよ! あれをどうにかする気?」
 セーンが驚いて聞く。セダは同然の様に頷いた。
「だって、ミィもキィも助けないと。それに、うまくすればこの土の暴走状態も収められるかも、だぜ?」
「それは希望的観測だろう」
 グッカスが呆れて鋭くつっこんだ。
「どうやって?」
 セーンは唖然として聞き返す。
「んー」
 セダは何も考えていない様子ながら決意だけはあるらしく目は先を強く見詰めている。
「なんでだ? 危険だぞ!」
 セーンがセダたちの身を案じて言う。するとセダだけじゃなくテラも皆が頷いた。
「だからって、放っておけないだろ?」
 セダが当然の様に言って背中に納めていた武器を出した。
「セダ、私も連れて行って!」
 光が言う。光を困ったように見つめて、しかしセダは結局光が言い出したら聞かないと分かってか、頷く。
「おう、行こう!」
 それを見て楓も行った。
「僕も役には立てないかもしれないけれど」
「いいわ、一緒に行きましょう」
 テラは楓にそう返す。
「じゃ、まずどうするかだな」
 グッカスがそう言って竜を睨んだ。
「待ってよ! 砂塵竜巻の危険さをわかっていないんだ!!」
 セーンはそう言って皆に叫んだ。
「この距離だって危ないんだ! 近づいた瞬間に飛ばされて死んじゃうんだぞ! 早く逃げなきゃ!」
 そのセーンの不安げな様子にセダは逆に安心させるように笑いかけた。
「わかってる。だからお前はティーニさんと避難してくれ。リュミィ二人を送ってくれるか?」
「わかりましたわ」
 セーンは信じられない顔をして二人を見て、叫んだ。
「なんでだ! どうして土の、この国に関係ないセダたちがそこまでしようとするんだよ!?」
 セダは逆にセーンの言う事がよくわからない顔をする。
「そんなこと関係ないだろう?」
 セーンはそのセダの返事を聞いて目を見開いた。
「俺が水の大陸出身とか、どうでもいいじゃないか。目の前で知り合いの危機だったら誰だって助けるし、目の前で困っている人がいたら助けるだろ? 至ってフツーのつもりだぜ?」
 そうして晴れやかに笑う。
「危険は全く考慮していないがな」
 グッカスが溜息と共に言う。セダはあはは、と苦笑いする。

 ――ざあっと風が通り抜けた気がした。

 そして思いだす光景。
 生まれ育った村で、あれは夏だった。子供を保護して隠れ家に戻る前の一時。あれが家族が最後に集まった最後の時間だった。おじいさんを見た、最後でもある。
「どうして王紋を晒したりしたんだ?」
 父が珍しく怒った口調でセーンに詰めかけた。
「だって、あの子が……」
 セーンは確かに約束を破ったが、そこまで怒られる事をしたとは思っていなかった。
「いいえ、セーン。私たちはセーンの行動を怒っているわけじゃないのよ」
 母は困ったように笑っていたっけ。
「セーン、お前は人にその王紋を晒して、そして王になる覚悟があったのか? その短慮を言っているんだ」
 父親は尖った口調で言う。母が肩を叩いてなだめていた。
「そんなの関係ないよ。目の前で死にそうな子がいたら、誰だって助けるのが普通じゃないか」
 セーンも納得できずに父に言い返す。
「それに王の覚悟って言うけど、目の前の子供一人助けられなくて王様が務まるもんか!」
 それを言った瞬間、おじいさんが噴き出した。
「確かに、セーンの言うとおりだ。ディー君、ここは君が矛を収めるのが賢明だぞ」
「そうですが……」
 父は難しそうな顔をして黙り込んだ。
「なぁ、セーン。お前は優しい。そして正義感もある。セーン」
 おじいさんの声がよみがえってくる。
 ――お前は、もし王になったらどんな国をつくりたい?
 自分はなんて答えたっけ?
 そう、そうだ。

「困っている人がいないような、みんなが笑える国を造りたい。救いの手を払わない様な、誰もが進んで手を差し伸べられるような、そんな国の鏡ともなれるような王になりたい」
おじいさんは笑ってそうかって、頭を撫でてくれたっけ。

「そうだ」
 セーンは人知れず呟いた。
 ――あの時、子供を助けた時に、とっくにセーンの答えは出ていたのだ。
「あの時そう思ったじゃないか」
 国に何故頂点が必要か。どうして王が必要か。両親とその事について話し合った時、一人でできない事を、多くの人を助け、支え、より多くの幸せをつかむために王が必要だと、理解していたはずじゃないか。
 確かに実際に国を動かすには、お金も人もうまく使わないといけない。綺麗事だけじゃ国は動かないことも知っている。だけど、理想を持っていてはいけないとは言わなかった。
 ――最初の気持ちは、セダと同じだったじゃないか。

「待ってくれ!」
 砂嵐に向かっていくその背中に声を張り上げた。
 不安はある。ミィの様に遠くから矢を射られてしまうかもしれない。知らない間に死んでしまったおじいさんを思う。そして音信不通状態の両親を思う。
 ――怖い。あの砂嵐、自然の猛威。魔神の怒りと思うあの砂の暴威に脚が竦む。
 今すぐ後ろを向いて駆けだしてしまいたい。こわいのだ。脚が、手が震える。
 だけど!!
 セーンは肩にかけていた布を取り払った。落ちた肩布はすぐに砂嵐に埋もれて消えていく。
 ポケットからつけることはなくても、捨てることができなかった耳飾りを取りだした。深い臙脂の房が付いた王家の人間を示す耳飾り。セーンの御印は羊だった。薄い緑の砂岩の中に羊の彫りが見える。耳飾りは重く感じた。それが責任の重さだと着ける度に思う。
「セーン、お前!」
 セダが驚いた声を上げる。セーンが自ら飾りボタンを一つずつはずしていく。
 砂嵐の悪い視界の中でも輝くように王紋がその存在を主張する。
「魔神の怒りじゃないのなら、あの竜、俺がどうにかできる」
 逃げそうになる脚を、それでもセーンは自分の意志で進めたいと思うのだ。
「いや、魔神の怒りだと感じるからこそ、俺がどうにかすべきなんだ!!」
 ――救いを求める人がいるのなら。
 困っている人がいるのなら。
 それを迷いなく救うことを、ドゥバドゥールの国民ではないセダたちがやろうとしている。なのに、自分はどうか。魔神はセーンを王に選んだ。なら、自分が立たなくてどうする! 自分が動かなくてどうする?!!
 ――民の不安を取り除き、幸せに導くために、王が必要だと言うのなら!
「それは今だ!!」
 セーンは己から脚を踏み出した。セダたちに駆け寄っていく。
「お前、王紋をどうして……?」
 グッカスが驚いてセーンを見る。グッカスだけではない。皆が驚いている。
「この砂嵐に地震。地割れに空に舞う地竜。民がこの場にはまだ残されている。多くの市民は不安に思っているだろう。あの竜は街の中ほど、遠くからも見えるだろうし、竜の咆哮はドゥバドゥール中に響き渡っただろう」
 セーンはそう言って咆哮を続け、砂を勢いよく巻き上げ続け巨大化していく竜を見る。
「光はあの竜を見て、キィだと言った。キィは宝人かもしれないから、あれは魔神の怒りじゃないっていう。だけど、宝人だから竜化というのが出来るからと言って、それが魔神の怒りの形じゃないってどうして言える?」
 セーンがそう言う。それに誰もが目を見開いて、その可能性を考える。宝人は魔神が生み出した種族。魔神の怒りを代替わり出来る存在でもあるのだ。
「キィは目の前でミィを射られたんだ。怒らないわけがない」
 セーンはそう続け、そして自分の王紋を抑えた。
「この国は、次期王を何故魔神が選ぶのか、その本質を忘れている。王紋を授けられた次期王を害そうとしたその事実は残るんだ。その反省を国民が強いられている形が、今この天罰として現れているなら、それは俺たちが、王家の人間が守らなければいけない。次期王の選出は国民の悲願だった。国民の祈りでさえ、ある一部の人間が裏切っていたなら、それは天罰を下されるのは国民ではないはず」
 セーンは毅然と顔を上げた。
「なら、この後始末は、次の王に選ばれた俺がするべきだ!」
 皆が息を飲んだ。ただのか弱い逃げ続けた少年が、今、王として変わろうとしている。
「……それで、お前は関係ない俺達に逃げろっていうのか?」
 セダがセーンを軽く睨みながら言う。
「だって、お前らは水の大陸から来ていて、この国の事情は関係ないだろう? はやく国民と避難を……」
「ふざけるな!」
 セダがそう怒鳴った。セーンは目を見開いて驚いた。
「俺らとお前、もう他人じゃないんだ。頼れよ、そんな水臭いこと言うなよ。一人で何ができるっていうんだ?」
「そうだ。お前、あれを止めるって一人でどうにかする気か?」
 セダとグッカスがそう続ける。
「そうそう。元々王家に知り合いなんていないんでしょ? なら期間限定であたしたちがセーンの一番の部下だよ」
「なんで期間限定なんだよ?」
 テラの言葉にセダがつっこんだ。
「いや、あたしたち学生だし……」
 その二人を見て光が笑う。楓も微笑んだ。
「あなたは王だよ。それは間違いない。だけど王って一人で何でもできるものなの?」
 光の言葉にセーンもはっとした。
「協力してくれるのか?」
「もちろん! だってミィとキィを救うんだろ? ついでに国民も」
「ついでって」
 セーンが笑う。一行は一時笑った。
「で、王様よ、俺たちに命令してみな?」
 グッカスがそう言ってにやっとしながら笑う。セーンも笑う。
 恐怖が消えていた。皆と一緒なら大丈夫だと思わせる力が、セダにはあった。
「うん」
 セーンは頷いた。