モグトワールの遺跡 018

074

 アーリアは自ら馬を駆り、儀式場から遠ざかる一行を追いかけていた。
「ジルドレ様!!」
 声を張り上げる。砂粒が口に入ってくるがそんなことは気にして居られない。ジルドレがミィを射ることをもし命じたのなら逃がしておけない。だが、アーリアの考えが正しければ、彼は……。
「急ぐのだが!」
 目の前の馬が速度を落とした。しかし完全に止まってはいない。アーリアは馬を併走させる。それで十分だ。
「ミィ様の事、ご存じでは?」
「知るわけなかろう! 大事な姪だぞ。今更何を言う?!」
「率直に申し上げますわ。ミィ様を射た者を負うつもりならお止めなさいませ」
「なんだと?!」
 ジルドレが目を吊り上げて怒鳴った。その様子でアーリアはジルドレの関与を否定した。演技であったなら相当の狸だ。自分では敵わないと認めるべきだろう。演技であったなら、だが。
「今追えば背後の組織まで取り逃がします! アイリス様の御苦労を水泡に帰すつもりですか?!」
「どういう意味だ?!」
 アーリアはジルドレの質問に答えない。
「いいですか! 今はこの儀式場の街の民を、いえもしかすると国民全員を気に掛けなければなりません。その音頭を取るにはジルガラ様では荷が重いでしょう! 貴方様がなさらなくてはヴァンが動けません!」
 アーリアはジルドレの疑問もなにもかもを抑えて言う。
「ここは神殿を擁する街ですよ! ヴァンが動かねば、王がいない今は!」
「しかし! ミィとキィが!」
 ジルドレの馬は明らかに失速している。迷いが生じているのだ。
「王家の二人と国民では重きはどちらと思われます!?」
「だが!!」
 ジルドレを囲んでいたヴァン家の者もアーリアを囲んでいたエイローズ家も次第に馬をとめた。地割れや木っ端みじんになった祭壇、それに中空に浮かぶ砂の竜にしか見えない竜巻も視界に入っている。逃げたくとも逃げられない民。被害にあって途方に暮れつつ、泣き叫ぶ者。我先に逃げ出す王家――。
「そこにおわすはヴァン家ご当主とエイローズご当主でお間違いないございませんわね!!」
 そこに第三者の声が突如聴こえた。誰もが警戒して辺りを見渡す。
「失礼いたしますわ!!」
 突如一行の真ん中、アーリアとジルドレの馬の間に二人の人物、リュミィとグッカスが現れる。二人はリュミィの光の転移で移動してきたのだ。
「何奴!?」
 二人の配下が二人を庇うように前に出て、武器を構える。
「私共にお二人を害する気などございませんわ! 火急の自体故、各王家のご当主をお探し申しておりましたの!」
 リュミィが二人の目を真っすぐ視て言った。
「誰の使いだ?」
 ジルドレが馬上で跪く二人に問いかけた。
「アーリア様はわたくしの顔をご存じですね? わたくしがどこの誰と共に居たかも」
 グッカスがそう言ってアーリアを見上げる。アーリアも頷いた。
「ミィ様の……」
「仰る通りです。わたくし共は次期、いえ、現在は空位ですので、当代と申し上げて差し支えございません。砂礫大君陛下からのお託を各王家ご当主さまへ携えております」
 グッカスがそう言った。ジルドレもアーリアも驚く。
「では、ミィは?」
 ジルドレの言葉には答えず、リュミィが続ける。
「そしてこのお託は三大君の寄るものです。今は証明する手立てがありませんが、大君陛下全員のお託、いえ、ご命令とお考えいただき、ぜひにもご協力を……」
「三大君がそろったですって?」
 アーリアも目を見開いた。誰だとその目が問いかけている。
「魔神様はミィ様を砂礫大君にお選びになられた際に、同時に残り二つの大君の選出も行われたようです。選ばれた三人には王紋もございます。此度が解決した暁にはご確認も叶いましょう。ですが、今は事態が事態ですので、ご納得いただく他ございません」
「で、誰なの? 新しい王は? その名くらい告げてもよいのではなくって?」
 アーリアの言葉にグッカスが頷いた。
「新たな大地大君に選ばれましたのは、セーン=エイローズ様。並びに新たな岩盤大君はカナ=ルイーゼ様。最後の砂礫大君はご存じの通り、ミィ=ヴァン様。三大君、お揃いでございます。三大君はこの事態の速やかなる解決を望まれております。ご理解いただけましたら、一刻の猶予も争います。お託をお聞きくださいますようお願いいたします」
 二人とも一瞬呆けていたが、すぐに思考の切り替えを行えたのはアーリアだ。
 ――ああ、やはり彼が王だった!
「聞きましょう」
「なに?」
 ジルドレは驚きから抜け出せないまま、しかも何も言えず、二人を見た。グッカスは頷いた。リュミィが頷き返し、セーンの行った事を伝えるため、口を開く。

「で、お前はあの竜をどうにかできると言っていたが、具体的に何をするつもりなんだ?」
 グッカスがそう問うた。セーンは頷く。
「あれって砂塵竜巻の巨大版に見えるけど、たぶん砂の塊だと思うんだ」
「なんで?」
 テラが問う。セーンは竜の上空の空を指差す。
「竜巻とか砂嵐って風を巻き込むんだ。竜巻は上空の雲が巻き込まれている場合が多い。だけど、空は普通だろ?雲がないじゃないか。それに風もここでは吹いていない。今暗いのも、さっきの砂嵐のせいで視界を遮られているから。つまり、風を巻き込んでいないってことは自然に起こった災害じゃないんだ。あれは砂自身が意志を持って螺旋状に渦を巻いている。それで砂を吐きだし、猛威をふるっているんだ」
 セーンの説明は気象をよく知らない一行には目から鱗の話だった。これも両親の英才教育のおかげだ。
「ならあれは対極の力をぶつけてあげればいい」
「対極の力?」
 リュミィが少し考えて言う。
「風のエレメントということですの?」
 セーンは頷いて、説明を補足する。
「そう。だけど厳密には違う。俺は半人だから風と土のエレメントを使いこなせるけど、あの竜に対抗できる程の力は持っていない。だから、俺が考えたのは風のエレメントを使った方法で怒りを鎮めるのと同時に風のエレメントをぶつけてどうにかしようと思ったんだ」
「……具体的には?」
「皆には砂岩の加工を見せただろう?あれをあの竜に向けてやるんだ」
 それには全員が呆気にとられた。
「できるのか?」
 セーンは唇を固く結んだ。できるかわからない。大きな賭けに近いこともわかっている。あの竜に近づくのも怖いし。だが、不思議と出来ないとは思わなかった。
「できる!」
 グッカスやリュミィは何かを言おうとしたが、それを制してセダが頷いて笑う。
「そだな! やってみようぜ! できなかったらまた違う方法を考えようぜ!」
「セダ」
 セーンは逆に驚いてセダを見返すが、自分の考えに、その意志に賛同してくれたことが嬉しくて頷き返した。
「わかった。実際にどう動く?」
 グッカスがセダの様子を見て、聞き返した。
「砂岩の加工には唄を使う。みんなに見せたよね? 唄であの砂の猛威を殺す。相殺して、削る。竜を解体して、ミィとキィを救いだす。そうするとたぶん、竜は抵抗するだろうから、周囲に被害を及ぼす可能性は減る、と思いたい」
 セーンはそう言った。砂岩の加工では形を整えるのは人の手で行うが、細やかな色の変化や質感、様々なものを変える際に唄を使う。唄を使って石を加工するように竜を加工すると言ったのだ。
「砂岩はもともとただの石。石はみんな砂粒から出来ている。ならできないことじゃない、と思う」
 最後が尻すぼみな口調になってしまうのも仕方ない。意志を持った石を加工した事もないし、動いて成長を続ける石を相手にしたこともない。あれだけ巨大ならどれだけの時間がかかるかもわからない。
 ――だが、何もしないで、国民を不安にさせてはだめだと思うのだ。
「成程、いい案ですわ。歌は風の属性ですから、相克のエレメント、ということになりますわね」
 リュミィがそう言った。
「でも、どこまで近寄るの? 声が届くの?」
 テラがそう言って不安げに訊いた。セーンもさすがにやったことがないので見立てができない。
「ヌグファは魔法を使えるんでしょ? 声を増幅させるような魔法が使えるとありがたい」
 セーンは頭をフル回転させる。今まで両親に知らずの内に叩き込まれた知識が高速で展開されていくようだ。
「できるか?」
 セダだけではない、皆がヌグファを見ている。
 ヌグファはこうやって多くの人間に注目されたり、期待されたりするのが苦手だ。期待に応えられなかったり、うまくできなかったりすることを考えてしまう。萎縮してしまう。
 だが、セーンの目が今までとは違う事に気付いた。セーンはヌグファに完璧など、成功ですら求めていない。ただ、助けてほしいと思っている。ミィの目もそうだった。
 ――手伝って、助けてあげたいと思う目だ。
「ちょっと待って下さい。理論を構築する時間を下さい。できるかもしれません」
 ヌグファはそう言って座りこんだ。砂の上にかなりの早さで杖を使って魔法の構成を記し、考えていく。
「ありがとう。あとは土か……」
 セーンはそう言う。
「どういう意味?」
「俺の声を届け、それで土を相殺する。だけど、次から次へ砂が供給されたらそれはこっちがスタミナ切れして終わっちゃう可能性がある。それを阻止したい。土を動かさない魔法も欲しい。でもヌグファに同時に二つは頼めないし……」
「それって土のエレメント、流れを止めるってこと?」
 楓が訊き、セーンは頷いた。
「それなら僕が手伝えるよ。僕は宝人だから、簡単な魔法と同等のことはできる。土晶石があればね」
 楓の言葉に光ははっとした。
「私もできるかも!!」
 セダを見て光が言う。セダも頷いた。
「そっか。じゃ、お願い、俺を手伝ってくれ」
「わかった」
 宝人二人が頷いた時、テラが問うた。
「で、あれを止めるのはわかったけど、セーンは何のために王紋を晒したの?」
 セーンは頷いた。そして一行を見渡した。
「民の不安を鎮めるために、竜を止める前に名乗り出るつもり。それが一番の理由。だけど、本命はそれを見た各王家に一時的にでも俺が王だと感じてもらう為。皆水の大陸出身でもこれを見て、俺を大君と思ったんでしょ? なら、その魔神の威光を利用する」
 ミィのような宣言をするのだ。この混乱状況下で、ミィを暗殺したつもりの下手人はこの会場から逃げているはず。ならば、セーンの命は狙われる可能性が低い。しかも今はミィと違って周りにはセダたちがいる。
「民を逃がすには各王家の力が絶対必要なんだ。俺の名を、ううん、俺が王になったと知ってもらって命令を聞いてもらう必要があるんだ」
「王家の?」
 グッカスがそう聞き返すとセーンは頷く。
「見えるから分かると思うけど、神殿はオアシスが近いのと、砂流(さりゅう)がある。二次災害が起こるかを確認して、街の人たちを出来るだけ早く避難させないといけない」
 セーンが焦っているのはそのせいのようだ。しかし聞きなれない言葉が在る一行にはよくわからない。その顔つきでセーンは説明を始める。
「オアシスが近いってことは地下に水流が在る。砂漠では良くあるけれど、この砂漠の下が空洞になっていることがよくあるんだ。砂漠も実は水流のように流れあがってね、砂は絶えず動いている。その砂の流れや地下の空洞は、地震が生じると容易に崩れたり、流れが変わることがあるんだ」
 水の大陸出身の一行にはわかりにくいことだが、土の大陸の砂漠は普通の砂漠とは少し異なるそうだ。土のエレメントが豊富なこの大陸は砂漠の砂それ自体が流れをもっている。ゆっくりと人が気付かないくらいはるかに長い年月を掛けて土は動いているらしい。
 その流れも場所によってまちまちで、ある場所によっては水の流れほど速いところもあれば、人が一生かけてもわずかしか動かないような場所もあると言う。地震や地割れによってその流れは突如変わることが多々あり、流砂やさらなる地割れを引き起こす引き金になる場合が多々ある。
 そして神殿周囲の砂漠は水のオアシスが近いので、地下に水脈が通っている。ゆえに、砂の流れも変わりやすいし、空洞があるような場所もあるらしい。
 つまり、先程竜が起こした地震や地割れによって地形や流れが変わり、二次的な災害が生じる可能性が在る。それは砂漠だけで済むかが分からない。その為の調査と、住民の避難を王家に頼みたいということだ。
「あと、水の大陸は周囲が水の海なんだよね? 土の大陸は周囲は砂の海だ。砂漠の海だね。街中で見たかもしれないけれど、砂の海には砂の河、砂の源がある。水と同じく砂の流れが存在するのが土の大陸の特徴だ。かなり大きな地震が起きたから、それが砂の海に影響を及ぼしていないかを確かめる必要がある」
 砂の海のどこかに先程の地震が影響を及ぼしていると、津波が起こる可能性が在るのだという。水の大陸で津波を経験した事がない一行はあまりにも漠然とした話についていけないが、そういうことが起こる可能性があるなら、竜だの王だのいう問題以前にあまりにも多くの人が巻き込まれることだけはわかった。
「あとは山。地下に地脈がある。地震で活発化すれば、噴火とか崖崩れとか起こるかもしれない。その状況を把握しないと避難した先で一気に災害に巻き込まれる可能性が在る。でも、一般市民にはそれを調査することも、知ることもできない。それに避難できるような場所が在るかさえ、俺には把握できない」
「あ、成程。セーンだけじゃだめだね」
「そう。俺だけじゃ民にまで気が回らないし、上手く守れない」
「でも、当主の人って優秀なんでしょ? それくらいのこと、出来そうだけど」
 セーンは首を横に振った。
「この町はヴァン家の支配力が強い土地だけど、今の長はエイローズだ。そして隣町はルイーゼの管轄。三王家が協力し合わなければ民の誘導はできないと思う」
「ああ、そういえばそんなやっかいな仕組みだったな」
 セダがそう言うとセーンは苦笑した。土の大陸に生まれ、ドゥバドゥールで暮らせばそれは当然の様に思うが、セダたちのように他の場所から来れば、この国は変わっているのだろう。
「なるほどねぇ」
 感心したように一行が言う。瞬時にそこまで考えが及ぶセーンに驚いていると言ってもいい。
「で、当主と連絡を取りたいんだけど、アイリス様はまだいるみたい。あの人。水色の髪をしている……」
 セーンが指差した。一行はアイリスを視認する。
「ヴァン家はジルガラ様。ミィとキィのお父さんのはずだけど、知っている人は?」
誰も会ったことがないので首を横に振る。セーンは困ったな、という顔をする。ジルガラも避難したか、指示を出すためか、もう会場にいない。
「エイローズはアーリア様だけど……セダは会ったことあるんだっけ?」
「ああ」
「なら、その役目は俺がしよう」
 グッカスがそう言った。セダがグッカスもアーリアを知ってるな、と言ったのでセーンも頷く。
「ジルドレ様なら、街の方へミィ様を射た犯人を見つけようと馬で向かわれたのを確認しております。アーリア様はそれを見つけた時に、後を追われましたから、すぐならお二人は一緒にいる可能性が高いかと」
 今まで何も言わずにヌグファの隣で話の成り行きを聞いていたティーニがそう告げた。
「ならわたくしも参りますわ」
「え?」
 セーンが不思議そうにリュミィを見る。宝人と言う事を知っているのは一行だけだ。ゆえにリュミィが軽くウインクした。
「わたくしが一番速く移動できますのよ」
「そうなの……?」
 セーンが当惑した顔だが、皆が頷いているので、無理やり納得したようだ。

 アーリアとジルドレはセーンの王としての命令をグッカスとリュミィから代わる代わる語られ、静かにそれを聞いていた。
「地形、並びに気候の調査は承りましたわ。住民の避難についても」
 アーリアがセーンの心配していた二次災害の調査と国民の避難についての命令を聞き入れる。ジルドレも今は長の顔をして、具体的な民の誘導案を考えているようだ。この二人が同じ場所にそろっていることは有難い。きっと二人で巧く事を運ばせてくれるだろう。
「そして、もう一つ、ご命令を託っております」
 グッカスがそう言った。
「何だ?」
 冷静に命令を聞くことができ、その内容が従うべきものであると理解できたジルドレが重く聞く。
「街の境を越えて移動する者は捕えよ、と」
 二人がその命令がわからないと言いたげに首をかしげるような表情を取った。
 それを見てグッカスも内心頷く。だが、セーンから聞いた理由を思い御返すとセーンは本当に頭の回転が速いと感心してしまう。

「よし、グッカスとリュミィはエイローズとヴァン家当主への伝言役をお願いするね。ティーニさんとテラはアイリス様に」
 セーンが言うと四人は頷いた。
「俺とヌグファを中心に残りはあの竜を止める、それでいいかい?」
 セーンの言葉に全員が頷いた時だった。駆け寄ってくる馬の姿が視界に入ったのだ。
「あ、お前!」
 アイリスの居た方から一人の少年が馬を駆って一行に近づいてくる。それを見てセダがあ、と言った。
「ここらは危険だぞ! はやく街へ避難を……」
 馬上の少年の言葉が途中で途切れる。それはセーンの王紋を見たからだ。
「王、紋……?! お前! 誰だ?!」
 馬上の少年、カナはセーンを見るため、馬から降りてそのそばに寄る。セーンも驚いたが、視線をカナと真っ向から合わせた。セーンを守る為にセダが抜刀する。
「お前、前、キィを攫いに来た時にいたな?」
 カナがセダを認めて柄に手を掛ける。それをセーンが制し、セダを下がらせる。
「俺はセーン=エイローズ。あなたは?」
「……やはり、エイローズが王を隠していた! キィの言う事は当たってたんだな」
 カナはそう言うと柄から手を離した。
「安心してくれ。少なくとも俺だけはお前を殺そうとはしない」
「どういう意味だ?」
 グッカスが尋ねる。カナは後ろを向いて、背の中ほどまで伸びた髪をどける。
 そこには項に輝くセーンと同じ王紋が合った。項にあるということは次期岩盤大君(ガルバ・ジルサーデ)だ。
「……! 王紋! じゃ、あなたも……」
 さっとすぐに王紋を隠してカナは苦笑いする。
「俺はカナ=ルイーゼ。あんたとは長い付き合いそうになりそうだが、挨拶はまた今度。俺はキィを助けに行くんだ。急ぐんでね、あんたら早く逃げなよ」
 カナはそう言って馬に乗ろうとした。それをテラが慌てて止める。
「ま、待って! キィとミィならあたしたちも助けに行こうとしているの。なら、協力しましょ」
 カナはそれを聞いて馬に掛けた脚を止めた。
「どうにかできるのか? あれを」
 カナが驚いているところを見ると、キィを救う気はあったようだが、ノープランだったらしい。
「やっぱり、おかしいです」
 突如ヌグファがそう叫んで、立ち上がった。セーンがすぐにヌグファに事情を尋ねる。
ヌグファが難しい顔をして、どう言おうかと悩みながら言葉を重ねる。
「何か、この場に別の力というか、術が施されているようなんです」
 魔法に疎い一行はヌグファの考えが理解できないようだ。
「確かに儀式の場所だったので、神官でしたっけ? 彼らの場を清めるような力の流れや、この竜が生み出す流れもわかるんです。しかしこの場所にもっとずっと前から仕掛けられていた術のようなものがあるんです。……そう、皆の不安をあおるような、混乱させるようなそういう何の為に仕掛けられたかわからないものが」
 ヌグファの混乱も頷ける。まるで儀式が失敗するように仕掛けられたようだ。そうとしか思えない。
「もしかして、いえ、そんな……」
 リュミィが手で口を押さえた。目を開いて、首を振り、小さな声でそんな、とかまさかと言っている。
「どうした?」
「水の大陸の時と似ている気がしますの。もしや、これは卵殻を狙っているなんてことは……さすがに考え過ぎですわよね」
 それを聞いた瞬間に、水の大陸の一行が驚いて青くなる。
「そうか、何故気付かなかった!」
「考え過ぎじゃないの?」
「あり得る話ですね」
 それぞれの感想を述べ、セーンに水の大陸であった卵殻破壊の話を手短する。考えれば考えるほど状況が似ている気がしてならない。混乱を起こし、災害に近いものを魔神の怒りと似せて民を混乱のさなかに落とし、管理者の隙が出来た時に、卵殻を破壊し、宝人の怒りを誘う。
 結局、水の大陸では卵殻破壊を狙った犯人はラトリア王が殺されたことで、動機や犯人像も不明のままだ。だから水の大陸だけではなく、土の大陸が狙われないとは考えにくい。
 おそらく犯人は儀式の失敗に乗じて何かする予定だったのだ。そこにイレギュラーのミィ暗殺が重なり、結果的に同じ効果をもたらしていると考えられる。
 するとセーンはしばらく黙り、考えがまとまったようで、口を開く。
「カナさん」
「カナでいい。で、何だ?」
「あなた、その服ってことは神官見習いですね?」
「そうだけど」
 セーンはセダを見て言った。
「セダは武闘科なんだよね? カナ、君は彼を連れてその卵殻破壊の阻止に神殿に行って欲しい」
 カナとセダが顔を見合わせる。
「なんでだ? それに俺はキィを」
「それは俺がやる。信じてほしい」
 セーンはそう言ってカナを見つめた。
「水の大陸の卵殻は神国の禁踏区域にあったんでしょう? ドゥバドゥールの禁踏区域は神殿にあるはず。大綱集にそうあった。覚えているよ。神殿の奥、本殿地下。カナは神官見習いなら、そこまで行ける。逆に行けなくても君は次の岩盤大君だ。そう言えば行けない場所はない」
 カナは驚き、そしてどうしたらいいかと悩んでいたようだが、一度竜を見てそしてセーンを見る。
「お願い! 宝人の赤ちゃんを殺さないで! 助けて」
 光が迷うカナにそう言って願う。光もリュミィも楓も、皆あの痛みを、卵殻に宿っていたであろう命の叫びを身を持って知っている。身を引き裂かれたような切ない痛みと苦しみを知っている。二度とあんな事を起こしてほしくない。
「何もないなら構わない。だけど、卵殻に何かあったら、今度こそ魔神が黙っていない」
 セーンはそう言った。楓もリュミィもカナに向かって頭を下げる。
「セーンに任せておけばミィとキィは大丈夫だ。俺たちはそっちに行こう」
 セダはそう言って、カナに自分の名前を告げた。カナは迷いつつも頷いた。
「わかった。キィを助けられなかったら容赦しないぞ。……よし、お前俺の馬に相乗りしろ」
 カナはそう言って馬にまたがり、セダも頷いた次の瞬間にはその背に飛び乗っている。
「じゃ、行ってくる!」
 セダとカナがそう言ってすぐに駆けていく。一行はそれを見送った形になったが、セーンがすぐに口を開いた。
「ヌグファ、魔法は無理そう?」
「大丈夫。できます」
 セーンは頷いた。
「当主への伝言を増やすよ。この時期に街から出ようとする者、移動しようとする者を捕えよっていう」
「何故だ?」
 グッカスが尋ねる。セーンは答えた。
「この一連の動きに、もし黒幕が居たとして、その黒幕の目的が儀式の失敗による混乱に乗じて卵殻を壊すなら、終わった後に逃げ出そうとするからさ」
それを聞いたグッカスは驚いた。
「そうか」
「だけど、儀式の成功を判断して魔術を発動させなくちゃいけない。犯人は少なくともさっきまで儀式が見える場所にいたはず。なら、今は逃げているね。だけどこの災害だ。普通には混乱が過ぎて簡単には逃げられないよ」
「じゃ、もしも避難する住民が混乱して移動していたらどう見分ける?」
「ドゥバドゥールは戸籍が在る。避難の確認に王家は戸籍から確認を取るはずだ。街を越えたら出来なくなるから、遠慮して下さいと言えば普通の住民なら従う」
 セーンは頭を巡らせて重ねる。
「あと魔法の痕跡のことを王家に話せば、王家の優秀な術君がすぐに調査をして術君は知れる。それを恐れてもいるはずだ」
「わかった」
 伝言役に選ばれた一行が頷いた。
「じゃ、お願い。あ、そうだ。せっかく三大君がそろったんだから名前くらい借りていいよね? その方がインパクト強そう。俺の名一人でいいかと思ったけど、ミィは有名だし、三人同時に王に選ばれたとなれば、いろいろ都合好さそう」
「わかった。三人の連名の命令だな。それは聞かざるを得ないと思わせられやすい」
 グッカスがそう言い、テラも意気込んで頷く。
 そしてリュミィがグッカスの手を取って転移を開始し、身体を光らせた瞬間に二人の姿が消える。ティーニとテラはアイリスの姿がもう見えないが、避難先に検討をつけて走り始めた。
「本当に速いんだ」
 セーンが消えたリュミィを見て、感心したように呟くのを隣で聞いていた光と楓は見合って笑う。
「じゃ、俺らも行こうか」