TINCTORA 006

017

「オレガノ!!」
 カナードが飛び込んでくる。
「どうした?」
「大変だよ!! 小屋のみんな死んでてファキの人がいない!!」
「何!?」
 オレガノは驚愕してカナードを問い詰める。カナードによれば今回がカナードの報告順番だったので見に行くと無用心にも扉が開いていたのでおかしいと思ったらしい。
 そこで警戒して入ると静かだった。見れば仲間が全員倒れ伏している。カナードが脈を取ると全員死んでいたことがわかった。
 小屋には誰もいなくてファキの救出者もいなかったという。
「軍が来たのか?」
「ちがう。軍が来たら最低連絡はつく手はずになっている。何かが起きたな」
 オレガノは冷静に考え言った。
「考えられるのは連絡するまもなく殺されたってことだな。カナードみんなはどんな風に死んでいた?」
「外傷はなかったよ。みんな苦しんで倒れてた」
「では、毒か……。いや、それならファキのものがいない理由がない。毒ならファキの者の遺体もあるはずだ」
 ランガが口を挟んで言った。
「軍ならファキの遺体だけでも欲しがるんじゃないか?」
「違うでしょう。軍はファキの中心人物を火刑したがっていました。生きたままの状態でなければここまで脅していた意味がありませんよ」
 サグメが言うのにオレガノは頷いた。
「では軍ではない誰かか。盗賊か? いや、それも考えられない……」
「ファキのみんながいない理由にはならないね」
 カナードも同意する。
「最悪は……ファキの者が自主的に逃げたか、だな……」
「それなら頷けます。ですが何故?」
「きっと今回のことを知ったんだろう。責任者がいたなら当然の行動かもしれない。とりあえず、軍より先にファキの者たちを見つけろ! それが最優先だ」
「了解」
 カナードが班に知らせに去っていく。
「どうするよ、オレガノ。もうそろそろ散ってた仲間が集結するぜ?」
「こうなっては、仲間を集めた意味がなくなるな。まぁ、長いこと話し合っていなかったからこっちで解決できたらただの話し合いにでもするか……」
 オレガノが短くため息をついて言う。
「だれか早馬でナックを呼んで来い。このことを話さなければならないからな」
「俺が行くよ」
 誰かがオレガノの命令に従い、オレガノは頷いて次の指示を出す。
「サグメ、お前は一団を率いて小屋の検分と仲間の遺体を綺麗にして来い」
「わかりました」
 オレガノは険しい顔をして唸る。
「ったく、どうなってんだ……」
「オレガノ、葬儀の日取りはいつにする? 神父様、知り合いにいるぜ?」
「ああ。このごたごたの中では葬儀も簡略にしかできないな。あ、死因も考えないといけないか……。時間が足りないな」
「じゃ、俺とララに葬儀は任してくれよ。5日後位をめどに行うようにする。お前今忙しいだろ?」
「ああ、助かる」
 オレガノは仲間に頼んで少し休憩することにした。頭がパンクしそうだ。整理しなくては。オレガノはそう思って外の空気を吸いに行った。
「俺も仲間の葬儀を他人任せにするなんてリーダー失格だな……」
 自分で言って苦笑する。こんなときサフランならどうするんだろうな。オレガノは遠くにいる自分の兄弟を想った。
「オレガノ!」
「ナック。来たか。聞いているか?」
「ああ。ここにくる途中にあらかた聞いたよ。親父様と村長なら行動を起こす前に必ず準備を怠らない。きっとこの街中に潜伏しているはずだ。たぶん、最低三日は」
「そうか。根拠は?」
「親父様と村長はあり得ないくらい慎重なんだ。ひとつの事を起こすのに一年以上かけたりするんだ。今回はみんなの命がかかっているからそんなに長くはないと思うが、いままでの経験から突発的な行動を起こすなんて考えられない」
「では、今回のことはファキのみんなの仕業ではない、と?」
「だと思う。もし、親父様と村長さん以外がそう考えていても諌めることができる人たちだ」
「……では、一体何が目的なんだ? 誰なんだ……?」
「その前に、オレガノ。俺たちが秘密にしていた今回の情報はどこから漏れたんだ? 親父様と村長さんは何故知っている?」
 オレガノははっとしてナックを見つめた。
「盲点だった」
 オレガノは万が一のことを考え小屋にいる仲間にはそのことを伝えなかったのだ。だから小屋でうっかり団員が話しているのを小耳に挟んだ、なんてことはあり得ないのだ。
 そして今回殺された団員とファキの者は一歩も告知があってから外に出ていない。情報を知るのは不可能だった。
「つまり、殺したやつはファキの者にわざわざ知らせるために事を起こしたのか!?」
「そうなのか?」
 ナックはオレガノに問う。
「そうとしか考えられない。しかし、一体どうやって俺らがあそこにファキの者を隠していたと知った? 何故、俺らには何も来ない? わからない……。どうしてだ?」
 そう、オレガノには今回のことが大体わかってきた。犯人はファキの者でも軍でもない。第三者だ。
 その者がファキの者に今回の告知を知らせるためだけにわざと仲間を殺しファキの者を自由にしたなら一体何のためだ? 俺たちは関係なく、ファキの者にこの事を知らせる必要があったのはどうしてだ?
「俺もわかんないが、俺は幸いドゥーイ・ヴァイゼンの息子だ。親父様の考えは嫌ってほど聞かされてきたんだ。だいたい思考がわかる。きっと潜伏先、見つけられるぜ?」
「本当か?」
「ああ。親父様は建物とかは色とか様式とか拘るんだよ。どんな時でもな」
「そりゃ……呆れた」
「しかも金持ってないんだろ? 親父様が好む人柄と親切心が合う奴なんかそうそういないんだ」
「ああ、そんな事も忘れていた。匿ってもらうしかないな。だが、誰に?」
「そりゃ、優しい親切な人だよ。だけど、そんな人ここらにはあんまいないぜ? ……わかんないか? 教会だよ」
「なるほど!!」
 オレガノは盲点で考えもしなかったことをナックが言い当ててわかった。
「来る者を拒まず!」
「そゆこと」
「ナック、お前すごい!!」
「ま、親父様の血を引いてるからな。それでだよ」
 ナックは何でもないと言った風にうなずいて見せた。クミンシードに教会は数十件しかない。探す場所を大いに絞れる。しかもナックは村長は高いところが苦手なのであっても二階建てしか入らないと教えてくれ、派手な建物も嫌いだったと言った。
 ナックの言葉は正しく、ナックの言った通りの教会に二人は潜伏していた。得体の知れない男二人を招き入れるくらいだから神父はオレガノたちにすぐさま二人を紹介してくれた。
「親父様、何考えてるんだよ!?」
 二人をアジトに招きいれたオレガノは二人に事の次第を聞きだそうとした。それにはナックも大いに協力した。自分の知り合いは頑固と知っているからだ。
「お前は私たちにファキの者のことを黙っていたな。私たちがそれを聞いていて行動を起こさないと思ったのか?」
「違う、逆だよ。思うから内緒にしてたんだろ」
「それはいい、ドゥーイさん、貴方に聞かねばないことがある。答えてもらうぞ」
「……。事によっては答えん」
「誰が貴方たちを逃がした?」
「知らない」
 オレガノはナックの父親を睨んだ。
「答えてもらう。忘れていないか? 貴方たちが逃げたことが関係あるかは知らないが、俺らの仲間も殺されたんだぞ!!」
「私は知らない。なぁ?」
 ドゥーイが村長に同意を求める。
「ほんとに知らないのかよ? 親父様」
「ああ。ただ化け物のような男だった」
「何?」
「目がな、赤かったんだ。白皮症でもありえないくらいの赤い目をした男だった」
 今でも怖いのか二人は互いに目を合わせて肩を振るわせた。
「赤い目の男? 詳しく話してくれないか?」
「髪は白で私より若かった。君くらいだったよ、年のころは。突然入ってきてね、君の仲間たちを殴って殺して、私たちにファキの情報をくれ、去っていった」
「目的は?」
「わからない。親切に教えにきたとだけ……」
 オレガノは悩む。いったい何が目的なんだ。
「それで、親父様はその化け物の男の言う通りにしたのか。思う壺じゃないか」
「ルート君と言ったね、君がこのレジスタンスの長なのだな?」
「そうだ」
「では、私たちを見捨ててくれないだろうか?」
「馬鹿な! 殺されに行くのか!!」
「そうだぜ、親父様!!」
 オレガノとナックが吐き捨てる。
「黙れ、ナック」
 息子を一喝するとドゥーイは静かに語りだした。
「君ならわかるだろう。頂点に立つ者の責任が。今回のことは本当に私たちが悪かったのだ。そこにいる息子やキラは何の罪もない。大勢の大人もだ。すべては私の責任なのだ」
「そうかもしれないが、だからといって貴方が殺される理由にはならない」
「いいや、違う。君もこの責任を理解すべきだ。本来ならば罪のないファキの者が殺されている。私たちを残して、これは責任者として許されないことなのだ。今回のことは私たちの命で購える犯罪ではなかったのだ。それを私たちは知っている」
 村長が続けて言った。
「それなのに、私たちがおめおめと生き残り未だにファキの罪なき者がない罪を裁かれているのだ!! ならば、私たちが生きている理由などない! 私たちの罪がいまさら償えるとは思わん、しかし、それでより多くのファキの民が救えるならば私たちは今すぐにでも死ぬべきなのだ!! それが私たちの責務なのだ」
「みんな、親父様と村長を信じて責任を負わせたんだ。だったら生きて罪を償うべきじゃないのか!?」
「わかれ、ナック。ファキの民はもう死にすぎたんだ」
「そうだ、ナック。キラの身になってみろ。キラはイイオーを失っている。俺たちが主犯の俺たちがだ、生き残っていることを彼女はどう思う? きっと許せないはずだ。彼女のためにも私たちは裁きを受けるべきだろう」
 そんなこと考えたことなかった。だからキラは行くのを嫌がっていたのか。だから自分の父が生きていてもっと喜んだらと言ったのか。そんなことでキラを苦しめていたのだろうか?
「……待ってくれ、今俺らがファキの民を救出しようと……」
「無駄だ。君の厚意はありがたい、しかし、無理だろう? 私たちを渡せばそれで済む」
「俺は、また救えないのか? 親父様さえ俺は……」
「ナック、人の死に意味があることを覚えろ。それが最後の教えだ」
 そこで突然剣が閃いた。ドゥーイの剣が抜かれている。それに倣いオーレルも剣を抜いている。
「私たちが君らに会ったのはナックとキラを救ってくれたことに感謝を伝えたかったからだ。ありがとう」
 オーレルが言った。剣を握ったまま駆け出していく。
「立派な大人になれ。俺のように間違いを犯さぬ大人にな、ナック」
 そうしてドゥーイは逃げていった。人払いがしてあったために完全に出遅れたオレガノたちは反応できずに二人を逃がしてしまった。

 そして、火刑が行われることが発表された……。

 オレガノは二人を奪還しようと作戦を練ったが今度は警備が厳しく、また本人らの同行が望めないので無理だと悟らねばならなかった。
 ナックは父親が死んでしまうことにいまいち実感が持てず空気が抜けた風船のような日々を過ごした。
 キラも戻ってこない。最悪、キラも処刑されるかもしれない。
 ナックは一人になってしまった。それでもナックはキラを探した。キラだけがナックの支えだった。
 三日後、クミンシードは賑わった。なぜなら世間を騒がせた凶悪犯、ファキの首謀者二名が処刑されるからだった。
 王の宮殿が聳え立つ前に大きな広場がある。そこに大きな十字架と松明が置かれている。
 十字架の数は2。親父様と村長さんのぶんだ。
 なら、キラは今回は処刑されないって事だろう。それに少し安心した。
 オレガノと俺、サグメとカナードが同行してくれて少しは心強かった。ぼうっとナックがそんなことを考えていると回りの群集がわっと騒ぎ出した。囚人が入ってきたのだ。縄につながれ頭に茨の冠を載せられたドゥーイとオーレルはずいぶんみすぼらしかった。
 彼ら二人に群集が石を投げる。それが当たって二人は血を流した。十字架の前に追いやられると二人は十字架に括り付けられた。
「ただいまより、王命を裏切った行為としてレジスタンスに帝国軍の武器を売ったファキの首謀者の処刑を行う!」
 大声で軍人が叫んだ。わーっと歓声が上がる。
「ファキの村長、オーレル・エシャロット!」
 軍人が叫ぶと悪魔、とか非道などといった声が上がった。
「並びに、ドゥーイ・ヴァイゼン!」
 わーっと歓声と野次が飛ぶ。この時代は火刑にかける処刑法は魔に染まった者のものだった。
 今回ファキ忠誠を誓う帝国とその軍に対して裏切り行為を行った。これは普通には考えられないという観点がある国からして見れば悪魔の囁きに耳を貸したとみなし、個人の罪を裁くよりはその囚人に宿っている悪魔を滅ぼす意味合いで火刑に処せられるのであった。
 魔女狩りなどで捕まった魔女も魔に魅入られし女として火刑が行われていた。つまり民衆は悪の根源である悪魔を殺す場面を見ることができると信じている。
 ナックだって囚人がまったくの他人だったら興味本位で騒いだと思う。しかし今回はどちらも自分の知っている人だった。悪魔に操られてなんかいないと知っている。そのぶん、周りの民衆が憎かった。
「主の教え、並びに偉大なる陛下に逆らいし者よ、焼かれてその罪を贖うがいい!!」
 民衆が叫んで、これで最後とばかりに石や何やらを投げつける。二人は黙ってそれに耐えていた。
「最後に言いたいことはないか?」
「……本当に、私たちが死んだら残ったファキの者は助けてもらえるんだな?」
「ああ。しかし魔に加担したものとして奴隷の焼印は押されるがな。それで残りの者の魔も消えよう、と陛下は仰せだ」
「馬鹿な!! 話が違うぞ!」
「そうだ、我々が死んだらファキのものは助けてもらえるのではなかったのか!?」
「口を慎め!!」
 二人にすぐさま鞭が飛んだ。音とともに二人が苦悶を上げる。
「命は助けただろうが?」
「騙したな……」
「悪魔ごときの口車には乗せられんよ」
 せせら笑う様子がナックにも見えていた。会話も聞こえている。周りの慣習はいいぞーと叫んでいたが反対にナックは駆け出して軍人をぶん殴ってやりたい気分だった。
 ということはナックとキラ以外逃げられなかった者は奴隷になるということだ。何てことだろう。奴隷に身を落とす方が死ぬよりもつらいことだってあるだろうに、何のために父と村長は捕まり処刑されようとしているのか。
「刻限だ!! 処刑を開始する!!」
 歓声と期待が高まる中ナックは父だけを見つめていた。父は死ぬまでも毅然と顔を上げている。騙された事の苦痛、ファキの者を助けられなかった無念、死に行く恐怖、それらすべてと戦っている。
 ナックが見ているから。無様な姿は晒せないのか。
「ばかだよ……」
「どうした? ナック」
 オレガノが問いかけるがナックは答えない。オレガノも察して以後黙った。軍人二名が大きな松明を掲げて民衆に見せ付けている。これは英雄低行為なのだと、悪を滅ぼす聖なる儀式だと言わんばかりに。
 十字架の目元に高く積み上げられた木々に松明の炎が点される。なかなか燃えなかった木はやがてぱちぱちと音を立てて赤い炎を上げ始めた。時折木の中の空気が爆ぜて火の粉を派手に散らす。
 民衆と炎を煽るように軍人が油を派手に木の上にかけ始め、その炎は勢いを増していく。
 そのうちに木は十字架に燃え移り囚人二人の姿が黒い煙の中に見え隠れするようになった。そして固定された二人の足をついに炎が舐めはじめ、二人の顔が苦痛にゆがんだ。それでも炎と民衆は止まらない。歓声は大きく、炎はより赤々と燃えていく。ついに下半身が炎に包まれ村長の絶叫が広場中に響き渡った。と同時に風向きの関係でナックたちに肉の焦げるいやなにおいが届く。
 父は苦痛に耐えていた。下を向いて声ひとつあげずに炎に身をゆだねている。しかし村長は絶叫を繰り返していた。狂ったように叫び続ける。
「熱い熱い熱い~~~!!」
 民衆はそれを聞いて笑っている。村長はあまりの耐え難い激痛に理性をなくしてしまったのだった。
「ひぐっ! ぎゃぁあああ!」
 人間があんな悲鳴を上げるだろうか。ナックは一種の恐怖に包まれた。しかし本当に恐ろしいのはそれを笑ってみている民衆とそれを行っている者たち!
 それから何時間も人は飽きずに二人の人間が燃えていくさまを騒ぎ立てながら見ていた。肉が燃え黒煙が燻るこんな悪い空気の中で、それでも民衆は娯楽の中にいたがった。
 どれくらい時間がたったのだろうか。いつしかオーレルの絶叫も聞こえなくなったころ、炎は鎮火したように二人の人間を焼かなくなった。黒い煙がもうもうと立ち上る中で軍人が処刑の終わりを告げた。
 その宣告の瞬間に観客の民衆はいっせいに囚人に向かって走り出した。ナックは何をするんだろう、とただぼうっとしていた。ナックの後ろから処刑を見ていたであろう民衆が一斉に走り出し、ナックはかなりぶつかったり押されたりしてあまり気が進まないのに二人の遺体を間近で見ることになった。
 ナックがなんともいえない気持ちで見ていたなかで一斉に走り出した民衆は二人に遺体に群がった。ナックは信じられない気持ちで見ていた。なんと民衆は二人の遺体から焼け焦げた衣服の残りや髪の毛、硬くなった皮膚などをもぎ取っていたのだった。
「……何、してるんだよ」
 ナックが叫ぶ前にオレガノが口を押さえる。
「俺の、親父様だぞ……」
 本来ならば、こんな形でなければ親の遺体を墓に入れてやるのは息子である自分の役目だ。なのに遺体には近づけないし、誰かも知らない人間が奪うように遺体に触れ、剥ぎ取っていく。
「あいつらは火刑に処せられた囚人の身に付けていたものを手に入れると魔よけのお守りにするんだ。そう、信じているんだよ。馬鹿な信仰さ」
「それで、盗っていくのか。やめてくれよ……」
 オレガノはナックのつぶやきに何も言わない。ナックは気づかぬうちに涙を流していた。
 民衆が滲む。二人の遺体は民衆に隠れて見えない。
「ごめん、親父様、村長。何もできなくて」
 ナックの涙は止まらない。
「ごめん」
 ナックが泣き止むころには高かった日も落ち、民衆も去っていった後だった。
 夕日に十字架に掛けられ、燃やされて、盗られたあとの黒い塊が長く影を落としている。
 二人の遺体はこれから何日もこのまま放置され、見世物になる。それでもナックは自分の保身のために弔うことを許されないのだった。二人は神の御許に行けたのだろうか。
 ナックにはわからなかった。
「オレガノ、先に帰ってってくれるか」
「ああ。あまり長くいて体を冷やすなよ」
「うん」
 ナックは帰るオレガノたちを振り向きもしないでただ、何をするでもなく、二人の遺体を見ていた。人の原型などとどめてもいない。顔は焼け爛れて器官を失っていたし、体だってかすかに腕や足の見分けがつくくらいに溶けてしまっていた。
 どれだけの苦痛だったろうか。ここまでされなきゃいけないことをはたしてしただろうか。
 武器を売っただけ。それだけでここまでされたのか。どれほど偉いんだ、王は。どれだけ身勝手なんだ。
「殺してやる」
 ナックは一筋垂れた涙を手の甲で拭い、新たな決意を燃やす。
「いつか、必ず」