TINCTORA 014

049

(知ってる? イコサ。キスって愛し合う者同士が行う神聖なものなんだって)
(だからさ、あたしたちもやってみない?)
『ティフェは僕のもの。だから他の誰にも触れさせるな。もし、無理にでもやられそうになったら躊躇わなくて良い。殺してしまって。君が他の者に奪われるくらいなら、僕は全ての殺戮を君に許そう。わかったかい?』

 トレスが、クァツトゥオルが、ティフェレトに口付ける。最後の仕上げとばかりにオクトーがティフェレトに馬乗りになって口付ける。
 ――わかってるよ。ケテル。君以外がぼくに触れるのは……ダメなんだよね。
 オクトーの口が離れ、その唇は呪文を唱え出す。魔法によってトランス状態になるオクトーは気づかない。ティフェレトの右手に突き刺さったナイフがティフェレトの中に埋まっていくかのように消えていくのに。
 ナイフは埋まっていっているのではなかった。ティフェレトが柄まで刺さっているのをいいことに逆に腕を持ち上げてナイフを無理矢理抜いているのだ。
 激しい痛みを伴うその行為にティフェレトは表情を変えない。目に宿るのは殺意のみ。
 ――殺す
 オクトーが口を閉ざした。魔法陣が発光する。魔法は発動した。安堵の溜息をオクトーが吐いた。その瞬間、オクトーの首はティフェレトの手刀によって貫かれていた。
 オクトーの目が見開かれる。そして同時に背後からもう一本腕が生えていた。オクトーの背後から覗く白髪。
「てめぇら、よくもティフェを……!」
 激しい殺意を灯した赤い眸が辺りを殺気で溢れかえらせる。オクトーの背後からオクトーに腕を刺しこんだのはゲヴラーだった。腕を勢い良く抜かれたオクトーの胸から大量の血液がティフェレトに降りかかる。同時にティフェレトもオクトーの首から腕を引く。
 傾いだオクトーの遺体はティフェレトを見つめたまま、ティフェレトの上で動かなくなった。
「まさか、35体もの疑似体をすべて殺したのか!?」
 ゲヴラーの身体は全身真っ赤。全てを殺した証拠でもある。ウーススが驚きに満ちた声を上げ、撤退を伝える。
 瞬間的な加速を行いキリングドールが逃げていく。その速さはティフェレトと同じもの。ゲヴラーは追跡を諦め、ティフェレトの傍に駆け寄った。
「大丈夫か? ティフェ」
 まずオクトーの死体をどかす。ティフェレトはゲヴラーが来た事で己の殺気を収め、苦笑した。
「ああ、抜くなって。止血しながらしないと」
 ゲヴラーは無理矢理抜いた右手を取ると血を止めるために魔力を開放する。一本ずつそうして抜いてやっとティフェレトはゲヴラーに抱き起こされた。
「ごめん。このザマだよ」
「何者だ? あいつら」
「……ぼくと同じモノだ」
「え?」
「ゲヴラー、ケテルに会いたい。連れてってくれないか?」
 ティフェレトはそう言った。ケテルに会いたい。ケテル、ぼくの世界の全て。ケテル。
「……わかった」
 ゲヴラーはティフェレトの腕を取って足元に真っ赤な魔法陣を発動させた。

 ケテルはイェソドの話を聞いて、ドゥオの顔を覗き込んだ。
「お前の言うマスターとやらは誰だ?」
 ドゥオはこれまで自分が優位に立っていると思う場所にしかいなかった。自分が殺されるとすればそれはマスターか同じキリングドールのみだと。しかし今、この空色の眸に脅えている自分がいる。
「そ、それは……許可されていませんので…言えません」
「ティティス・アバル・ギブアルベーニ」
「!」
「そうだろう?」
「親子そろって僕に喧嘩を売る訳だ。……そんなにケゼルチェックが憎いか。この土地が富を蓄え、肥えていくのが恐ろしいのか。僕の父を殺めただけでは足りないと?」
 独り言をケテルは言い続ける。でもその眸の影は益々暗い。
「さぁ、全て話してもらおうか。殺人人形。……まずはどうやって僕の仲間の情報を集めた?」
 ドゥオは許可されていない事項以外は言えないように魔法がかけられている。しかし、するりとその言葉は唇に乗ってケテルに真実を伝えた。
「魔法特性の一つとしてクァツトゥオルが目をこの場所に紛れ込ませている」
「なるほど。コクマー、何故魔法なのにここを覗ける? お前、気づいていただろう?」
 コクマーは紫煙を吐き出して、ビナーをちらっと見る。彼女は溜息をついてこう言った。
「ケテル。これは魔法特性と言っただろう? 我々賢者は魔法特性がない。つまりなんでもできる代わりにある特殊魔法には対応が遅れる。黒煙の影が怠っていたのは事実だが」
 ケテルはふーん、と呟いて低く重く、言葉を吐いた。
『目障りだ! ここから退け』
 その瞬間に仲間であるクァツトゥオルの悲鳴が聞こえた気がした。目を押さえて転げまわるビジョンが思い浮かぶ。その威圧感にドゥオは心底震え上がった。なんだ、コイツは!!
「僕のものに手を出したんだ。ホドは今戦争で忙しい。仕方がないな。僕が相手をするしかないようだ。僕を怒らせたら怖いよ、ティティス。覚悟するんだね」
 まるでマスターを昔から知っているように、そう言った後でケテルはコクマーを見た。
「コクマー、サボっていた罰。ティティスのご自慢の研究室がソロモン領にいくつかあるだろう? それを全部破壊して来い。魔法的にも物理的にも全てにおいて徹底的に、だ」
 ドゥオは目を見開いた。全てだって? そうしたら今までの研究成果がすべて消えうせ、今現在制作している疑似体も全て失う。そんなことをされたら……!
「いいのか? ケテル。ネツァーが与えた研究室があると聞いているが」
 ビナーの言葉にケテルは首を振って笑った。
「いいの。今ネツァーの邪魔をしたら軍の士気に関わる。そんなことはできない。……さて、おまえはどうしようか?」
 空色の眸が今度こそドゥオに向けられた。ドゥオの顔が恐怖一色に彩られる。

 ホドはこの忙しいのにと内心毒づかずにはいられない。目の前には神父たち。この前襲撃してきた神父を殺したのはどうしてか、と問われた。
 そんなこと常識で考えろよ。ってかその前に襲撃に対する謝罪の言葉はないわけ? ホドは常識を疑いたくなった。
「ですから、先程もお話しましたように、今我が国は戦時です。しかもここは軍の施設ですよ? いくら神父さまとはいえ、あらかじめご連絡もいただけない場合は不審者とみなされます。その人物が神父さまの格好をしただけのスパイだったら困ります」
「でも、あなた方が我々の部下を殺したのは事実だ。どう言われても我らヴァチカンに何か言いたい事があるのではないか? ホドクラー卿?」
「違います。そもそも何故神父さま方がこちらに侵入するのです? スパイ行動をしていないなら堂々とご連絡くださればこちらもこのようなことは起こしませんでした。今が戦争中であることくらいご存知でしょうに」
 違う。こいつらは理由にしているだけ。自分を異端審問にかけたいだけだ。面倒がらずに追い返すだけにすればよかったか。
 でも要求がおかしい。どう考えたってそっちが悪いだろうに。言ってる事がムチャクチャだ。こんな馬鹿を相手にしなければいけないとは考えていなかった。
「どうやら貴方は異端審問、いやヴァチカン如いては主になにやら含むものがおありのようだ。拘束させていただいた後、異端審問にかけさせていただく」
「馬鹿な!」
 周りの部下が叫んだ。横暴だ、とかありえない、とも叫んでいる。ホドも同じことを思っていた。
「失礼ですが、あなた方は我々エルスに今回の戦争で負けろ? と仰るの?」
 ネツァーが後ろから冷ややかに赤いカソックの使者に告げた。
「そんなことはどうでもいい。我々はホドクラー卿を異端者として……」
 その瞬間ネツァーの剣が閃いた。正確に心臓を斬り込んでいる。
「な!」
 残りの使者二人が青ざめた。ネツァーは使者の代表を斬り殺したのだ。
「お前たちはヴァチカンの使者なんかじゃないわ」
「何を言う! 我々は……異端審問の!!」
「関係ないわ。わたし達は戦争してるの。ここは戦場と等しい場所。そんな場所に主が助けを差し伸べて下さるとでも? 戦場ってのはね、己の強さで生死が決まるの。主に祈ったところで自分の命は守れない。そして私達はどれだけの命を殺せるかを話し合うお前たちからすれば悪魔の会談を日々行うの。異端でしょうね? そうでしょうとも、それが戦争!」
 血で濡れた剣を振りかざし、ネツァーは微笑んだ。
「戦争で神は必要ないわ! でも、この人は必要なの。わたし達が生き残り、敵が効率よく死ぬためには! お前たちはこの人を奪い、神の裁きに掛けるというならわたし達は死ぬということ。死にたくないわ、誰だって。だから神に奪われる前に、お前たちを殺してしまいましょう」
「いやだ、死にたくない!」
 使者の一人がそう絶叫する中でネツァーは微笑んでまるで女神のように優しい顔つきで使者を殺した。残りの一人が震え、恐れてネツァーを見上げる。
「戦争中の軍に説教など、帰ってお前たちのボス猿に告げるがいい。二度とここに姿を現すなと! もし、姿を懲りずに見せるようならお前たちを敵国のスパイとして一人残らず殺してやると!!」
「ひぃいいい」
 急いで逃げ出す使者の一人にネツァーは一瞥をくれると部下に命じた。
「死体は丁重にあいつらに返してやるといいわ。これでこんなくだらないことに巻き込まれずに済むでしょう。一件落着ね」
「あーあ、レナ。何てことを。あちらさん、ヴァチカンだよ?」
 部下は死体を引きずって退出し今、部屋にはホドとネツァーしかいない。剣の血を拭いつつホドに笑いかけた。
 ホドは苦笑する。言いなりならない人間は殺す、ずいぶんシンプルな考え方。そしてそれを実行してしまう。でも実行した後の責任もちゃんと果たす、そんな彼女がホドは好きだった。
「知ってるわー。でも今ユナにいなくなられたら困るもの。それにあんたは私のものなの。ヴァチカンにも神にもあげない。わたしだけのもの。もし、そうじゃなくなったら……あの時みたいになったら許せない。絶対に、許さない。そのときは……」
「わかってるよ、レナ」
 軽く口づけを交わすとホドはにっこりと笑った。
「最初は自分より弱い男に傅くのがいやだった。だから強い男を求めたの。でも、貴方と出逢って、ただ強いだけじゃいやだって気づいた。その後、ユナじゃなきゃダメだって気づいた。どうしても貴方に振り向いて欲しくて私だけを見てほしくなった」
 ぽつりと呟くレナの瞳を覗き込んでホドは笑った。
「そんなこと思ってたの? レナ」
「やっと貴方に振り向いてもらえたのに、私のために全てを犠牲にした貴方が嫌になった。そうじゃないの。貴方を守れない自分が憎かった。強くなりたかった。私は貴方を守ってあげたい。独りにしたくないの。ねぇ、ユナ。私、貴方の中にちゃんと……いるの?」
「どうしたの、レナ。君らしくないな」
 ホドはネツァーを抱き寄せて、その頭を優しく撫でた。その手を止めてネツァーはホドを見つめる。
「ここにいて。私の傍にいて。離れていかないで」
「わがままだ言うなよ」
 突き放すようにホドはそう言って再びネツァーを抱き締めた。
「僕の四分の一は君だけのもの。僕の四分の三は君のものじゃない。そう決めたんだ。ケテルと出会ってから。君だって知っているだろ?」
「わかってる。わかってるよ。でも……私は、女なの。それもわかって」
「いらないね。そんな女、いらないんだよ。でも僕は君が好きだ。それは変わらない。愛しいから君の望みはできるだけ叶える。でもね、僕は君のものじゃないんだ。永遠に君のものになんかならない。だから僕は君のために努力をした。そろそろ僕のために君が努力してもいいんじゃないか?」
 ホドはそう言ってネツァーに口付ける。言っている事とやっている事が矛盾していても、涙をこらえて受け止めることしかできない、女の体と性をいや、自分の弱さをネツァーは恨んだ。
「献身的な女なんてまっぴらごめんだ。自分の利潤を追求できないような人間は信じられない。男女間だって利害が一致しなければただ表面を撫でるだけにすぎない。僕はね、レナ。君に一度だってそんなことは望まなかったよ? 今の君は僕をなんだと思ってるんだ? 今まで僕の何を見てきた?」
 ホドはいつだって本当のことしか言わない。ホドが信じ、大切に思う人間には嘘はつかない。鋭い言葉の刃を向けてくる。
 それが昔は嬉しかった。今は焦っているのかもしれない。
 一応、貴族の娘として、夫がいないことを。どうして傍にいてなんて女々しい事を言ってしまったんだろう。ホドはネツァーのことをちゃんとわかっているから、もし時がくれば結婚しようって言ってくれる。
「私、ユナに何を求めていたんだろ」
「何? 不安? 僕が君をどうするか不安なのか?」
 ネツァーは首を振って考えた。ホドに何も求めていない。不安なのは自分の心だ。
 異端審問相手でも勝てると言い切ったホドが異端審問に負けるような気がして不安なんだ。異端審問に取られたらさすがに取り返せない。
 戦争もそう。今の海軍ではクサンクには勝てない。絶対的な不利をどうやってひっくり返すというのか。戦争は勝つために行うもの。勝てるのか?ホドを信じられない自分が嫌いだ。
「信じられないだけなのかも、結局。ユナも、自分自身も」
「いいじゃないか。疑えよ」
「え?」
「疑えばいい。僕も疑いまくって自分も疑えばいい。本当にできるのか、だめじゃないのかって。疑う事は難しい。誰もが自分に、周囲に希望を持ちたがる。希望を打ち砕かれて絶望するくらいなら最初から疑った方が気も楽だ。僕は苦しむのなんかごめんだ。楽に生きたい。だから僕を疑う君を否定しない。逆に好意に思うよ」
 それがホドの価値観。願い、祈ることなんかホドはしない。自分の手でつかみとる。
「でも、君が信じたいと思うならそうすればいい。僕に合わせる必要はない。僕は僕の思うままに生きる。それを邪魔しないでくれればそれでいい」
「そうね。所詮、ユナには高尚過ぎて私の願いなんかわからないわよ」
 最後に笑ってホドから離れる。目を丸くしておどけてホドが言った。
「すいません」
「なーんで、こんな男に惚れちゃったんだか。最低の男なのに」
「最初に言ったじゃないか。僕は最低の男だから君を虜にするよって」
「あら、ナルシストは最初からだったっけ?」
「女は最低な男ほど魅力を感じるんだよ」
「あら、さっき一般的な女なんか嫌いだって言いませんでした? そんな一般的な好みを私が持っているって言いたいの? ユナ」
 ニヤニヤと自然に笑いが顔に浮かぶ。いつもの調子が戻ってきた。大丈夫。もう、平気。
「一般的な女じゃないだろ、君」
「褒め言葉って受け取るわ」
 軽く手を振って部屋から退出する。部屋に入る前の不安は消えていた。大丈夫。私は愛しい彼の栄光を支える勝利の女神。そう願ったから、ケテルは『勝利』の名前をくれた。
 そして私とユナの絆を知って、彼のために新たな名前を『栄光』を掴み取れと命じた。
 だから彼は答えた。彼の四分の一は私のもの。四分の一はケテルのための『栄光』となる。
 それがわたし達二人に命じられた生き方。

『君は綺麗だね。君はこれから僕のモノ。これから君は僕に永遠の『美』を捧げるんだ』
 その言葉が初めて何もないぼくに名前という器を与えてくれた。空っぽなぼくを徐々に満たしてくれた。触れられる事は不思議と嫌じゃなかった。知識を与え、ぼくに生きる場所をくれた。
 ――ケテル。君がぼくを創ったんだよ。
「貴方の名前。偽りのティフェレトなんかじゃない。貴方の本当の名前。教えてあげましょう。トライアルナンバー20。20番目の試作体。イコサ・キリングドール。……貴方の名前はイコサ」
 その名前を呼ばないで。知ってる。知っているんだ。本当は自分がどんな存在かってことも気づいてた。でも、失いたくなかった。ケテルの傍にいることが逃げ道だった。
『今まで貸していただけんだ。思い出せよ。お前は……ティフェレトなんかじゃない。気づいていたんだろ? 自分が美しくないことくらい。血まみれの身体。汚れきった手。ケテルが触れれば浄化されるとでも思ったか? お前はケテルまで血で汚す気か?』
 ――違う! ぼくは……!!
『思い出したくないんじゃないだろ? 世界が壊れる? 違うだろ? お前は自分の殺人願望を抑えきれなくなることに恐怖しているだけなんじゃないか? この、仲間殺しめ!』
 ――オクタ。殺したかったんじゃない。だって……。
『でも死んだ! お前が殺した。殺したかったんだろ? 正直に言えって。隠す事はないんだ。俺達はキリングドール。人を殺すためだけに生まれてきたんだからな!』
 ――違う。殺したくなんか、なかった。だってオクタは友達だったんだ。マスターが経費削減のために個体数を半分にするって。負けたほうを処分するって、だから。
『そう、死ぬのが怖いんだ。兵器のくせして。自分愛しさに仲間を殺し、最後に……』
 ――やめろ! それ以上、言うな!!
「やめろ!!」
「ティフェ?」
 目の前に空色が広がってる。それでもガクガク体は震えた。
「ケテル、ケテル! 世界が壊れる。もう……過去のぼくがぼくを突き破って出てくる。世界が、ぼくが、壊れちゃう。ケテル、怖いよ! ぼくは……!!」
 ティフェレトは必死にケテルにしがみついてそのままケテルの口を貪った。驚きつつティフェレトに応え、そのままもつれこんでベッドに二人で沈み込む。
「君が何であっても僕は君を手放したりはしない」
 ケテルは強くそう言うとティフェレトに深く深くキスをした。

 ビナーはベッドに並んだ人々を眺めて無言になる。
「これで6人。一気に半数を越したか」
 死んだように眠っている人々の額に手をかざして、それが本当に影だと理解する。苦戦して影を集めたのはゲヴラーとティフェレトだけ。他のものはビナーも含めて苦労はしたが難なく影を手に入れたといえる。そのことが引っかかる。
「ケテルが行う遊戯は絶大なもの。それは世界を変えうる遊戯。その準備がこんな簡単に済んでよいものか。神は我々を歓迎しない。否定するだろう。なのになぜだ」
 ビナーの本質を見抜いてケテルが授けた彼女の名前は『理解』。神の意思さえ理解できるかそれは誰もわからない。
「何か別の気配を疑わずにいれない」
 ビナーは無音で長い彼女の漆黒の杖を出すと一振りする。シャランと澄んだ金属音は鳴り響いて、魔法を使う者なら誰でもわかる美しいと言える魔法が構築された。
 漆黒の魔法陣がビナーを中心にどんどん広がっていく。文字がうごめき、模様が描かれて魔法陣は部屋全体を包み込んだ。
「これで当面は大丈夫だろう。それにしても気にかかる。……城を調べる必要があるか。ちょうど大帝の剣にも頼まれている事だしな」
 ビナーはそう言ってその場から消えた。