TINCTORA 016

056

 度重なる魔法実験と薬品投与による実験のせいで、おれたち生き残れたたった7人の仲間は数を減らし、いつしか4人になっていた。そのころにはすでに俺たちは仲間なんてものじゃなくて、兄弟のように切っては切れない間柄になっていた。
 4人だ。最初は数え切れないほどいたのに。そう思うとぞっとした。生き残れたことを幸せに思い、そしてああなりたくはないと、また醜い想いが頭を掠める。
「どしたの? イコサ」
「ノナ」
 さらりと長い黒髪が俺の視界を横切った。真っ赤な瞳は人間ではありえない色なのだそうだ。
 死んだときのオクタの……死んだ直後のオクタの死体が噴出した赤色のような目が俺は好きだった。
 赤い瞳が俺を映すと、俺は罪の意識をなんとか忘れようとする自分の弱さを叱咤することができた。
「何言ってるの、イコサ。これから身体実験でしょう? 相手ヘキサでしょ? 待ってるよ」
「あ、忘れてた」
「だめだね、イコサ。博士さまに怒られるよ」
「うん」
 俺はその罪を映すその瞳から己の姿を消し去って、この施設で一番広い部屋に移る。
 その部屋の中央にはすでに先客。真っ赤な真紅の髪が適当に短く切られている。すらりとした背の高めの少年だが、まだまだ年相応の背の高さで人間で言えば成長途中。でも俺たちはキリングドール。身体の成長は魔法によって管理されている。誰もがここでは実年齢じゃない。俺も、ヘキサもテトラもノナも、みんなからだの年齢よりずっと若い。
 人間ならまだ親に甘えていい時期だろう。いや、そうじゃないのかな。ここから出たことがないからわからない。実際捨て子っていうの聞いたことあるし。
 そう考えると俺は管理されて幸せなのかな? これは一般で言う“教育”ってやつなのかな? このことを前にヘキサに聞いてみたら、こういわれた。
「お前は比べてどうすんだよ」
「比べる?」
「いやさ、お前この生活イヤなんだろ? 俺も好きじゃねーけどさ、それってどうなの? 俺だって外の世界には出たことないから知らねーけど、その捨て子ってのが俺らより不幸せだったとしても、俺たちの世界は何も変わらない。だからそう思うだけ無駄なんだ」
 ヘキサはいつも悩む俺に答えをくれる。どうしてそんなにすんなりと納得させてくれるんだろう。だが、この部屋に訪れれば、そのヘキサでさえ、一時的な敵だ。
「よ、遅刻だぞ」
 ヘキサはそう言って絶対魔法で安全らしい場所に立って俺を睨んでいる博士さまを見た。青いあの瞳はいつでも俺たちを見下している。俺たちと自分たちに絶対的な境目があるのだと、そう言っている。
 でもヘキサは博士さまよりも彼の周りにいる研究者のほうが苦手だった。白い服を着ていて、俺たちに毒物を投与したりするのはいつもアイツらだった。その度にテトラはあれは雇われているから責めても仕方ないと言っている。
「ごめん。始める?」
「ああ。博士さま、合図をください」
 俺はヘキサの正面に立って、向かい合う。薄い水色の瞳は博士さまに似てるけど、ヘキサのほうが全然優しいし、見ていて飽きないから大好きだ。でも、でも、この時間だけはその目も殺意を宿す。
 知ってる。ヘキサがこういう目をしてるときは、俺もそういう目をしてるんだ。
 大丈夫。俺はもう手加減を覚えた。簡単に殺したりはしない。
 仕方ない、争いたくなくても俺たちはキリングドール。戦い、殺すためだけに生み出された、兵器!
「始めろ」
 冷め切った声と共に同時に一歩を刹那に動かす。ヘキサは俺とタイプが違うキリングドールだ。正確に言えば、俺とテトラはもう一人しかタイプが残っていない。いわゆる俺はスピード型というもので、脚だけは自信があった。
 キリングドールはそれでも人間より数倍速く動く。それは人間の動体視力では近く不可能な速さだ。でも俺は最大でそのキリングドールの6倍の速さをたたき出す。その代わりめっぽう攻撃力はなくて、速さに頼らないとまともな攻撃はできない。これも普通の人間に比べたら相当すごいらしいんだけど。
 逆にヘキサやノナはパワー型。ヘキサの方が男なせいか力が強い。気をつけなければいけないのはそのふいに襲い来る破壊の一撃だ。最大級の力は計算では簡単に家一つつぶせてしまうのだそうだ。
 俺は最初はヘキサの速さに合わせる。ヘキサの拳もそう簡単には閃かない。そう、互いに攻撃する瞬間っていう間合いとタイミングを計っている。あまりの加速に移動だけでは音が遅れてついてくる。そしてその音を互いに何回聞いたか、という頃、俺が加速度を2段ほど上げる。ヘキサは拳を固めた。
 そう、速さで敵わないからヘキサは俺の次の移動点に合わせて攻撃を放ってくる。俺はそれをあまりの速さに止めることはできない。だから、俺も加速の果てに生み出す神速の蹴りを放つ。
 速さとはすなわち重さ。俺の速さはヘキサと同等の力を付随する。一瞬の衝撃。刹那の接触。後に爆音。俺は加速を殺すことなく、そのまま速度の法則を抜け切れずに重力を圧倒して、天井に着地。ヘキサはその力の相殺を受けてそのまま後方へとジャンプしつつ力を殺していく。
 そのころやっと音が響く。その音を聞いて互いにお互いを視認、再びの攻撃へと移行する。これはただの戦闘。肩慣らし。キリングドールに求められることは大量虐殺か暗殺。ひっそり闇討ちか戦争のどちらか。そうでなければ兵器としてとても使えない。使えないということは、処分されるってコトで、それは殺されるってことで、死ぬってことだ。
 オクタを殺した。俺は死ぬべきなのかもしれない。
「余裕じゃん? 俺との戦闘で、上の空か?」
「ちょっとね」
 音がもし出ていたら、ヒュって音だと思う。俺は目を見開いた。やばい! 迫りくるのはただの一本の指だ。人差し指が何気なく軽い調子で上げられる。
 ただヘキサがその行動をしたら、もう終わりだ。俺は一瞬で身体の硬化を行い、腕をクロスに組んでガードの姿勢を貫いた。でも、それでも足りない。予測した瞬間にまるで落下したときのような衝撃。爆音と共に俺の身体は吹っ飛ばされた。
「ガっ」
 ヘキサの最大の攻撃能力は力を一点集中させた最大破壊の一撃。その一撃は速度も、力も拳も必要ない。ただふっと力と息を抜いて行われる。それは脈を図るときのように人間の弱い部分に指を軽く押し当てるだけで、内側から破壊する。
 攻撃を振動に変える力。それがヘキサしか持っていない、現在キリングドール最強と呼ばれる力だ。そう、残った7人のうち1人はヘキサの今の技が運悪く仲間を死亡に追いやった。だから同じキリングドールでも気をつけなければ死んでしまう。
「あれ? 避けなかったのかよ?」
 そう、俺ならばよけることもできたはず。一瞬の加速で逃げればよかったのだ。だが鈍っていた思考はそれを可能にするには程遠く、受けることにしたのだ。
 直接攻撃を受けた硬化が間に合った両腕より衝撃でしこたま打った背中や腰の方がずきずき痛んだ。
「パワーを受け流せないと、俺は初撃から逃げたやつに対応できないだろ?」
「それこそ不可能だろ? お前は速力が最高値のキリングドールだぞ?」
 そう、言うなれば俺は暗殺向き。ヘキサは戦争向きってことだ。
「一度加速したら、止まれないから」
「なる、遠慮しちゃってくれてんのか、ナメてくれんじゃねーか」
 ヘキサはそう言って笑った。わざと俺が攻撃を受けたことの弁解をしてくれている。博士さまの罰を俺が受けなくてすむように。俺はそのヘキサにアイコンタクトで次で決める、と伝えた。頷き返すヘキサ。
「一撃必殺!!」
 ヘキサはそう叫んで拳を放ち、俺は一瞬で4段階目の加速に入る。
「止めろ。もうデータは取り終わった」
 博士さまの声が響いたとき、俺の手はヘキサの首筋にぴったりと当てられていた。
「ちっ。やっぱ敵わねーな」
 ヘキサはそう言って笑った。殺さずにすんだ。ほっと一息つく。加速は簡単でも減速は簡単じゃない。ましてや最大限の加速から一気に速度を0まで落とすのは最高に難しい。俺の今の課題はそこだ。
「イコサ。来い、怪我をしただろう」
「は、はい。博士さま」
 博士さまは苦手だ。俺たちは博士さまに生み出された人工的な存在。博士さまにとって俺たちはただの人形。ただの研究道具。そうわかっていても、同じ形をしているからなのか期待を、希望をいつも平然と打ち砕く博士さまがイコサは苦手だ。
「病的に白い肌ですね。魔力汚染値は0.05といったところでしょう」
 白衣の男が俺の脚を抱きかかえるように頬を添えてそう言った。博士さまはそうか、ならばレイシン5本投与しておけ、位しか言わない。
「やはり、本人の怪我など弱ったときは魔力汚染は広がるか?」
「そのようですね。イコサは一番汚染係数が低いようです。一番高いのはヘキサですね」
「数値に差はどのくらいある?」
「はい、イコサがわずか0.2でヘキサが4.6ですから……かなり差はあるかと」
「テトラとノナはいくつだ?」
「はい。テトラは3.8でノナは2.6ですね」
「そうか。外見と数値は関係があるといえるか」
「そうですね。では、今度は……?」
「ああ、精神面ダメージにおける汚染係数測定に入る」
「わかりました。そのように準備を」
 そんな会話を聞いていると博士さまがふいにこちらを見た。俺はどきりとする。
「イコサ。そこに横になれ」
「はい」
 俺は何をされるのだろう、と思いながら横になった。
「測定準備に入れ。ちょうどいい、今、測定しよう。イコサ、うつぶせだ」
「はい」
 俺は何をされるかわからないまま、うつ伏せになってどきどきする心臓の鼓動を聞いていた。苦しくないといい。痛くなければいい。だけど、何をされるんだ?
「測定準備が整いました」
「わかった。さ、やれ。初めてだからな、ほどほどにしておけよ」
 博士はそう言って無機質な目で俺を見下す。直感でわかった。なにか嫌なことがされると。いつしか俺の周りには数人の白衣の男がいる。俺は必死に顔を下に向けて、行為が終わるように祈った。
 俺の衣服が引っ張られる感触の後、ビリリっという布の裂ける音が響いた。俺は何事かと思ったが、一人に頭を押さえつけられていて、動かすことができなかった。腕もしっかり固定されている。何だ? 何をされる? 俺はそのまま肌寒さを感じた。おそらく服を破き捨てられたんだ。俺はいつの間にか全裸にされているんだ。
 でもこれは別に普通のことだった。いつも魔法陣を直接肌に書くために全裸になど何度もされている。今度もそうだと思った。だから冷たい何かの液体が一滴背中に垂れてもいつものことだろうと、そう思っていた。しかし次の瞬間、イコサは叫んだ。
「うあぁああ!!」
 お尻の方からなにか、熱い棒を突っ込まれた気分だった。熱くて、痛い。痛い、痛痛!!
「いたい、いたい!! や、やめて!」
「まだ慣らしだろ? そんな痛がるなよ」
 誰かがそう言った。慣らす? なにを?? 何かが突っ込まれては、抜き出される。そのたびに痛み、熱く、苦しい。吐きそうだ。だれかこの圧迫感をどうにかしてくれ。俺は何の実験をされているんだ??
「あまり身体ダメージを与えるな。測定誤差が生じる」
「すみません。でも、慣らさないことには……どうにも」
「なんてったってまだ子供ですからね」
「慣らしたところで痛みや傷はつく。もう、挿れてしまえ」
「は、わかりました」
 そう言った男に俺は腕と頭を解放され、うつ伏せから仰向けに強制的に変えられる。そして男の指が数本、なにか油のようなもので光り、そして赤い液体にまみれていることを視覚で捕らえる。あの赤い液体は、まさか俺の血? ど、どこに攻撃を受けたんだ? 思い至らない。でも、痛い。
 お尻が熱を持って痛む。きっと、そこだ。男はのしかかってくる。イコサを圧迫する。イコサの視界に男しか入らなくなる。男はイコサを征服しようとしている。イコサは混乱し、恐怖した。
 呼吸ができない。何をしようとしてるんだ? この人たちは。怖い、怖い!!
 ぐっと肩を押し込まれる。知らぬ間に脚を抱えあげられて、イコサは今まで取ったことのない姿勢とそれを強要する男たちに、ただただ恐怖した。
 そして恐怖は混乱の頂点に達し、そしてキリングドールの本能がイコサの正常な思考を破壊しつくす。それ、すなわち破壊せよ! 殺戮せよ! 殺せ、殺せ!! 殺してしまえ! イコサの瞳に殺意が浮かんだことを研究員は気づかなかった。
 イコサはいざ、挿れようとしていた男の首を正確に斬りおとした。数瞬遅れて吹き上がる真っ赤な血。やらなければやられるという壮絶な生の本能。
「ひぃいいい! ぎゃあぁああ」
 イコサを取り囲んでいた男たちは腰を抜かして、少しでもイコサから逃げようとする。
「これでは測定にならないね。今までの最高値は?」
「はい。6.6、どのキリングドールより最高値ですね」
 淡々とデータを確認する博士さまには俺のことも、研究員の命のことも映っていなかった。
「つまり、精神面において屈強でなければ無意味、という仮説は正しくなりそうだな」
「そのようですね。他の者、特に成長段階が早いヘキサ、テトラに関してはまた別の結果が得られるかもしれませんが、ノナに関しては最小年齢のイコサがこれですから、同じ結果ではないでしょうか」
 のんきにそんな会話が交わされる中でイコサの殺戮は止まらない。もともと人間よりはるか上の身体能力を授けられたキリングドールにとって、これほど容易なことはない。イコサは止まらない。いや、止まれないのだ。
 加速の果てに行き着くのは全てを止める衝突の破壊のみ。イコサはだから止まれない。この沸き起こる殺意をコントロールできない。
「それにしても、すばらしい殺戮能力ですね。個人能力を鑑みなければ、十分使えるのではないですか? 博士さま。まぁ、それにしてもただ殺戮本能に従うだけでは到底兵器として使えませんが」
「あぁ、これからは洗脳面にもっと力を入れたほうがよさそうだな。魔法理論は?」
「はい、記憶交換によるものが一番簡単ですね。つまり一度リセットしてから一から自分たちの好きなように教育しなおす、ということです。まぁ手間がかかりますが、残り4体ですから。キリングドールのデータを取るにはまだまだ時間が足りませんので」
「なるほど。ということはジャシュビンの魔法生体則第8条あたりの活用をめどに立てるか」
「それがよろしいでしょう。あとは補助に魔法配列則4条、7条も使えると思います」
「ああ。わかった」
「さて、全て殺し終わったあとみたいですが、どう始末します?」
 部屋に残された無残な人とは呼べないほどの死体と血の海。その中央に立ち尽くす悪魔の化身のような子供。まさに博士がいやティティスが思い描いた戦争兵器そのものだ。
「好きにさせておけ。そのうち出て行くだろうさ。自分で気づいてな」
 俺はそのまま血の海に立ち尽くしていた。いつまで経っても戻ってこない俺を心配したヘキサとテトラが迎えにきても、俺はそのままだったということだ。
 俺は初めての殺戮で、後悔したわけでも、自分の力に恐怖したわけでもなかった。ただ純粋に殺すことの愉しみを覚えた自分に当惑していたのだ。
 そして恐怖心をどうにかすることもできなかった。殺しつくしても恐怖は消えることはなかった。
「イコサは一体、何をされたのかしら?」
 ヘキサとテトラはノナの隣で眠るイコサに目を向けた。先ほどまで何もかもを真っ赤に染めていた、まさしく兵器にふさわしいなりをしていたイコサ。
 自分たちキリングドールの中で最初に血を浴びた幼い兵器。目を見開いていた。その目には自分たちの目に映っていない恐怖だけがあった。そして目の前の惨劇にすら気づいていない。
「相当ひでーこと、されたんじゃねーか? だってさ、オクタを殺してあんなに悩んでたんだ。人をそんなに簡単に殺すものか? ノナにされないかが、不安だな」
「そうね。私たちは2回の成長ですでに物事を理解する脳を得たけれど、ノナはまだ12歳。イコサに至ってはまだ10歳。全ての物事を理解するにはまだまだ脳が成長してないし、その脳で物事を理解するには時間が足りない」
 キリングドールは人工成長を強制される。何事も知らず、理解できない幼い脳を深い眠りにつかせ、魔法で成長を行わせる。するとそれを強要されたキリングドールたちは目が覚めて急に視界が開けたかのように周りの物事を理解するのだ。
 実際には幼い脳では理解できず、そのまま摩訶不思議として捕らえていた事象が理解できるようになるのだ。今生きているキリングドールは2回成長を促された。どの子も同じ年齢でこの施設に連れてこられたはずだった。
 だが、魔法条件や、魔法特性によって個人個人成長度合いが異なった。よってヘキサやテトラはすでに成人に近い身体になっており、自分たちが置かれている状況、環境、境遇すべてが現実として受けれている。
 最初は混乱した。この現実を否定したかった。でも無駄なのだ。自分たちは世界から見捨てられたモルモット。誰も助けてはくれないし、自分たちもこの枷から外れることはかなわない。もし外れることができるなら、それは死んだときだけだ。
 だが、幼いノナとイコサはそれを理解できるほど精神が発達していないし、脳も成長していない。キリングドールの脳は人工成長によってかなりの負担を強いられている。急激に成長した脳はまず身体制御に対応するのに忙しいのだ。
「それにしても、博士さまは一体私たちをどれだけ強くしたいのかしら? 兵器として十分の強さは持ってると思うの。私たち、たぶん……やろうと思えば一晩で街一つ壊滅できるわよね?」
「ああ。特に俺の力とか、お前の力ならな。博士さまはたぶん、もっと違うことを目指してると思う。だから実験を止めないし、俺たちを戦地に投入しないんだ。覚悟しなきゃな。これからの実験はもっとひでーものになるな」
「ええ。能力を隠したりはできにくいかもしれないわね」
 そこに白衣の研究員がきて、ヘキサたちは警戒しておしゃべりを止めた。
「ヘキサかテトラ。新実験、どちらが先に受けたい?」
「おれが……」
「私にやらせてくださいな。興味ありますもの」
「おい、テトラ!」
「いいじゃない。たまには私でも」
 テトラはそう言って白髪を翻す。浅葱色に近い緑の瞳はヘキサにまかせて、と伝えてくる。イコサが何をされたのか、ノナにどんなことが待ち受けているのか、確かめてくると言っている。
「そうだな。おれたちたった4人の仲間だもの。もう、失いたくはない」
 ヘキサはそう言ってノナとイコサをやさしく見守る。最後の仲間、イコサ。彼は何も理解できないうちから、そう自分たちが作られた目的である殺人という事象を理解することすらなく、人を殺した。
 ヘキサやテトラならまだいい。理解している。でもこの子はまだ、理解していない。罪を負う必要がないほど、現実を知らない無知な子供。無知が罪というなら、知を与えぬ環境は罪ではないのか。
「自分から志願したというのか、テトラ。物好きだな?」
「だって私たちキリングドールですもの、博士さま。強くなるためなら進んでやりにきますとも」
「ふん。では、そこに寝なさい」
「はい」
 テトラはすばやく辺りに視線を走らせる。魔方陣生成のような道具はない。ということは、違う。しかし計測要員は部屋の隅にいる。ならば何かの計測。それにしては白衣の研究員の数が多い。
 そういえばイコサが殺したのは研究員。いつもは殺してはいけないと命令されているのに。命令が変わった? いや、命令を無視するような状況に陥れられた、と考えるのが普通か。
「はじめろ」
 博士さまの声と共に、研究員が近寄り、身体に触れてくる。そして上の服を引き裂かれた。あらわになる白い胸。研究員が胸をわしづかみにした。
「何をするの!?」
 驚きに目を見開く。卑下た笑いを浮かべる研究員に殺意がわいた。ズボンに手をかけられ、くびれがあらわになる。そして太ももにいやらしく手を這わされる。嫌悪感に顔が歪んだ。そして気づく。
 そうか! イコサがこれをされた。だから怖かったんだわ! だから殺した。そして呆然としたのか。
「博士さま」
「発言許可は与えていないぞ」
「申し訳ありません。博士さま、イコサのように私もこの研究員たちを殺してもいいですか?」
 そういった瞬間、研究員の手が止まる。その様子からも予測が正しいとわかった。
 なんてこと! イコサはまだ子供だ! それも、性的行為の意味も方法もなにもかも知らない、子供なのに。
「構わないが、そうか。君もイコサのように恐怖したか?」
「いえ、違います。確かに殺意を持ったのは認めますわ。でも、私が殺意を抱いたのは、恐怖ではありません。陵辱を味わった、その怒りからです!」
 その目から研究員は本気を見て取り、じりじりと後退し、部屋から退出する。
「博士さま。ご質問、よろしいですか?」
「何だ?」
「この実験、他の皆にも行う予定ですか?」
「ああ。測定実験だ」
「無駄だと進言いたします。私とイコサ、双方行いましたので、残りの二人に関しては数値は同値が得られると思います」
「知った口を利く。まぁ、いい。考えておいてあげるよ」
 テトラはそのまま毅然としたまま、部屋を退出する。そしてヘキサの姿を見て、安心する。怖かった。
「テトラ!!」
 赤い髪がぼやけた。泣いている。泣いているんだわ、私。あんなに怖い思いをしたのだもの、イコサには耐えられなかったのね。
「どうした? その服! 何があった!」
「ヘキサ、ヘキサ……」
 ヘキサの胸に抱かれて安心する。
 私、あんな怖いことをするような生き物になんかに生まれなくてよかった。
 私、人間なんか大嫌い。人間に生まれなくてよかった。
「ノナとあなたにはされないように進言はした、つもりよ」
「お前、何をされたんだ? 大丈夫か?」
 ヘキサは安心させるようにぎゅっとテトラを抱きしめてくれた。テトラも抱きつく。
「イコサは研究員たちに無理やり……犯されそうになったのよ。だから、きっと……」
 ヘキサの青い瞳が見開かれる。
「馬鹿な! イコサはまだ、子供だぞ!」
「何をしていたか知らないわ。でも、私もされたし……だから」
「許せない! お前、大丈夫だったのか? 怖かったな?」
「大丈夫。大丈夫よ。一応、ね」
 ヘキサは抱きしめていたテトラをゆっくり離し、そばにあったシーツで身体を隠してやった。
「もう、寝るわ。明日はもがんばりましょ」
「ああ」
 ヘキサはそう言ってテトラから離れる。隣には眠るイコサとノナ。傷ついたテトラ。自分たちは人間じゃない。わかってる。人間とは見られていない。でも……!
「……この首輪さえ、外せれば!!」
 ヘキサはこぶしを握り締めた。
 見ていろ、人間どもめ! 俺たちが大人しくしていると思ったら、痛い目みるぜ! 何よりもテトラを泣かせて、許せない。
 ――それは、キリングドール反抗の第一歩。