第1章 魔女に灰の祈りを
012.星を狩る者
光り輝く魔法陣の上に現れた一人の女性。
それまでの鎧兜の戦士たちとは違い、彼女ははっきりと顔を晒している。
そして、ファラーシャにとてもよく似ていた。
ファラーシャを二十歳ほど成長させ、大人の女性にしたらこんな感じになると言ったところか。
「母様……」
女性を前にしたファラーシャの唇から零れ落ちる言葉。
そのファラーシャを前にした女性の唇から零れ落ちる言葉。
『ファラーシャ……』
差し伸べられた腕は――真っ赤な血に染まっている。
『どうして、助けてくれなかったの?』
背後にいたレイルたちは息を呑む。
彼らには前に立つファラーシャの顔は見えなかったが、女性の言葉を聞いた即座に、ファラーシャが動くのはわかった。
ぎりりと神器の弓弦を引き絞り女性の胸を一瞬で射抜く。
「私の……」
歯を食いしばり絞り出した声は怒りに震えていた。
「私の母様を侮辱するな!」
途端、胸を射抜かれた女性の幻影は光の粒子となって消えていく。
さあっと風に浚われるように舞い上がった光の塵。それが消えると後には何も残らず、もう魔法陣も何も出てこない。
「……次の敵は出てこないようだな」
セルセラはあくまでも冷静に状況を判断し、いまだ彼らに顔を見せず弓を握ったまま立ち尽くすファラーシャに声をかけた。
「ファラーシャ」
「……母様の死体は見つからなかった。姉様も。私があの日、見たのは父様と他のみんなの死体だけ。私の目的は……」
そこまで言って、ようやく彼女は振り返る。
「行方不明の母様と姉様を探すこと。そして、一族を滅ぼした者を見つけ出して復讐することだ」
緑に近い明るい碧の瞳には、凄絶な決意が宿っていた。
◆◆◆◆◆
特殊民族“光翅の民(ハシャラート)”は、虫の特性を持つ種族だ。
ファラーシャが青い蝶の翅を持つように、一族の者たちは皆何かの虫の特徴を有していた。
魔獣に対抗する生体兵器と言われる特殊民族の中では“光翅の民(ハシャラート)”はそれほど強靭な種族ではない。身体能力の高さは人間など比べ物にならないが。
特殊民族はその希少性と有用な能力から、人間社会に交じれば敬われ丁重に扱われることが多いが、“光翅の民(ハシャラート)”は戦闘能力を除けば人間社会に直接寄与するような能力はない、と認識されていた。
それでも人間たちとは友好的な関係を築いていて、“光翅の民(ハシャラート)”は黄の大陸のとある国の人間の街に近い森の中で、同族だけで寄り集まり穏やかに暮らしていた。
当時の族長はファラーシャの父親。
つまりファラーシャは、“光翅の民(ハシャラート)”という小さな一族の中ではあるが「姫」と呼ばれる立場の存在だった。
――ねぇ、父様! 今度、街の子たちに弓を教えてあげる約束をしたの!
――そうか。気を付けて行きなさい。怪我をしたりさせたりしないようにね。
五年前のその日、ファラーシャは近くの街の人間の子どもたちと遊んでいた。
特殊民族はその高い身体能力のため、完全に人間社会に溶け込むことは難しい。
けれど近くの街とは常に交流し、必要な物を買ったり、“光翅の民”が作った織物を売ったりなどのやりとりがあった。子どもたちは人間も特殊民族も関係なく、街と森を行き来して遊んでいた。
そんな平穏な日々の終わりは突然訪れた。
――森が燃えてる!
ファラーシャが街で人間の子どもたちと弓の訓練をしていた時、その騒ぎは起こった。
森で火事が起きている。凄まじい火の手が上がっていると。
――その方角は、“光翅の民”の村がある。
『母様、姉様、父様!』
ただの火事ならば、人間よりよほど身体能力の高い特殊民族であればすぐに消し止められるはずだ。けれどその炎はいつまで経っても消えなかったのだ。
急いで村に戻ったファラーシャと救援に来てくれた街の自警団が見たものは、地面に伏して転がる数々の“光翅の民”の死体。
その中に族長であるファラーシャの父親の死体もあり、母親と姉は死体すら見つからなかった。
◆◆◆◆◆
「誰が私の一族を皆殺しにしたのかはわからない。街の人間たちが調べてくれたが犯人は見つからなかった」
白い地平線に白い空だけが広がるこの何もない空間に、その白よりも空虚な声が響く。
「でも私は、犯人を追う。そのためにこれまでずっと修行してきた」
ファラーシャの悲痛な告白を聞き終え、セルセラたちは口を開いた。
「特殊民族を滅ぼすなんて、並の奴にできることじゃないぞ。人間だろうが、他の種族だろうが……“光翅の民”と相性が悪いのは鳥の魔族“有翼族”だろうが、あいつらはまず違うだろうしな」
有翼族と交流のあるセルセラはその可能性をまず排除する。
「規模からいって、まず集団でしょうね。特定の目的を持つ組織や団体、あるいは襲撃人数を揃えられる権力者。当時の状況を知らなければ詳しいことはわかりませんが……」
井戸に毒を入れるなどの手段ならばともかく、小さな村とはいえ百人以上はいた特殊民族を個人が襲撃して滅ぼせるとは思えない。
そして井戸に毒程度ではほとんどの特殊民族は死にはしないので、この手段はまず考えないでいい。
「人間業とは思えず、近くに魔族の集落もなく……あるいは魔王や魔王に次ぐ強力な魔獣などに目を付けられたのかもしれないと調査をしてくれた人々が言っていた。だから私は五年間修業した」
十をようやく過ぎた程度の子どもの力でできることは少ない。それが人間社会に疎い特殊民族ならば尚更。
だからファラーシャは、まずは自分が強くなることを目指して修行した。
燃え尽きて様変わりしてしまった村の跡で、もしかしたら母や姉が戻ってくるのではないかと一縷の望みを抱き……それが叶わないとわかったから、自分で自分に満足できるだけの強さを手に入れた今年、ついに星狩人の試験を目指した。
星狩人になれば魔王を始めとする様々な魔獣と戦うことになる。自然と強者の噂も集まりやすい。
依頼をこなす過程で土地の権力者などの知り合いができれば、有益な情報も入ってくるだろう。
もっと直接的に、犯人捜しに星狩人協会の力を借りることだってできるかもしれない。
「証拠が出てこないってところが気になるな。“光翅の民”の滅亡自体は僕も知ってるけど、その後、続報は入ってないはずだ」
星狩人協会の上層部の身内、むしろ自らが上層部の一員であるセルセラの下には、日々様々な情報が寄せられている。
しかし“光翅の民”の滅亡に関しては、一度報告を聞いてそれきりだった。確実に魔獣が関与した証拠がなければ、星狩人協会はそれ以上動けない。
権限や外交上の問題と言うよりも、単純に魔獣被害が多すぎて星狩人たちが忙しすぎるからだ。
「とりあえずその一件、これが終わったら再調査の申請を出しておく」
「……冷静だな。セルセラ」
ファラーシャの悲惨な過去を聞いたにも関わらず普段と態度を変えないセルセラに、レイルは驚きとも呆れともつかぬ表情をする。
「良くも悪くも僕はファラーシャの気持ちにはなれないし、ここで一緒に感情的になって泣いたところで事態が進展するはずもないからな。それよりは、五年修行しただけでファラーシャがこの強さってことを考えて、その“光翅の民”を滅ぼした相手の脅威度を計算しなおした方がいい」
母の幻影を射抜いた場所から動かないファラーシャに、セルセラは歩み寄る。
「ファラーシャ、お前の復讐相手は話を聞くに、僕たち星狩人協会にとっても見過ごせない相手だ。僕は協会が再調査するよう話を進めておく。だからお前も、協会の力を借りる代わりにその力を協会に貸せ。代価なしに人は――世界は、神は、運命は動かせない」
「……ああ」
ファラーシャはセルセラの言葉を呑み込むのに少し時間がかかったようで、理解してようやく暗く沈んでいた表情が緩んだ。
碧い瞳にいつもの光が戻ると、長い睫毛を不思議そうに瞬かせた。
「協力してくれるのか? セルセラ」
「……星狩人協会に関連する出来事の可能性がある限りはな。逆に調査によって犯人が魔獣以外と判明した場合は、協会は手を出せないぞ」
「それはわかってる。犯人捜しを手伝ってくれるだけで十分。でも……」
ファラーシャはセルセラやレイルたちに具体的な協力手段や情報提供を求めて過去を話した訳ではなかった。
先程見せられた懐かしく忌まわしい幻影のせいで、普段は奥底に押さえつけている怒りを呼び覚まされ、思わず話さずにはいられなかっただけだ。
「復讐なんてするなって、止められるかと思った」
「どうして? 例えどんな理由があろうと、一族皆殺しを正当化できる事情なんてない」
二人のやり取りを聞いていたタルテが遠慮がちながらもしっかりと口を挟む。
「理由と言いますが、実際に例えば“光翅の民”が不正や犯罪を働いていて、一族虐殺は粛清や正当な報復だったという可能性は?」
ファラーシャは一瞬不服そうな顔をしたが、何かを言う前にセルセラが告げる。
「その辺りも踏まえての再調査だ。ただな……相手方にどうしても“光翅の民”を虐殺しなきゃいけない理由があったならそもそもその事実を隠す必要はないだろう。自分たちは正しいことを行ったと、堂々としていればいい。それができない以上、結局相手も自分たちの行いが罪だとわかってるんだよ」
「そう言い切れるものですか。いえ、私も一族虐殺を正当化できる程の理由がそうそうあるとは思えませんが……」
悪いことでさえも、まるで全てが正しいかのように。
簡単にできることではないが、王族などの絶対的権力者が抜き差しならない事態で臣下や民衆を説き伏せ行う事例はある。
「まぁ、全ては真実を調べてからだな。“光翅の民”って確か黄の大陸に住んでただろ? どうせそのうち近くを通るだろうからその時に僕もついでに調査してやるよ」
「……ありがとう、セルセラ」
自らの過去について話し、反応を聞くうちに落ち着いたのか、ファラーシャはようやくいつも通りの表情や雰囲気を取り戻す。
「あの……この空間から出られそうです」
それまでは口を挟めなかったファラダが、光の現れ始めた場所を指さして皆に注意を促す。
水色の光が凝って形作るのは、どうやら巨大な扉のようだった。七つの戦いを経て無事に試練が終わったということだろう。ようやくこの空間から脱出できる。
「しかし、幻だとわかっていても先程のあれは腹が立つな」
平静こそ取り戻したが、ファラーシャはやはり先程の七番目の試練の内容が気にくわないらしい。
「作り物とはいえ母親と戦わせるとは……辛かっただろう? ファラーシャ。すまない、俺が行けば良かったな」
復讐の是非はともかく、安否すら不明の母の幻影と戦わされたファラーシャの痛みはわからない訳ではない。よりにもよっての人選に、何故かレイルが辛そうな顔になる。
「別にレイルに謝ってもらうようなことじゃーー」
『ごめんね』
二人のやり取りに、これまでその場にいなかったはずの第三者の声が混ざりこんだ。
五人は一斉に振り返る。
ファラダ以外は全員すでに臨戦態勢だ。
『魔法の袋を求める者には試練を。待ち受けるは七人の番人。最後の番人は幻影の母親』
それは先程の幻影の戦士たちよりも余程不確かな存在だった。
淡い水色の光が形どった、輪郭(シルエット)だけの人影。その影が高く澄んだ少年の声で喋っている。
『人間はみんな「お母さん」っていう存在に弱いらしいからねぇ。……まさか、こんなことになるとは思わなかったけど』
人間離れした影が、人間臭い口調で喋る。
その様子に、セルセラはある一つの名が思い浮かんだ。
「あんた……創造の魔術師・辰砂か?」
「「「ええ?!」」」
この遺跡をも作ったという伝説的魔導士の名前に、タルテ、レイル、ファラーシャは驚愕した。
『そうだよ。欠片だけどね』
「辰砂ってこんなのっぺらぼうだったのか? 人間の魔導士じゃなかったのか?」
「あー、つまりな……」
混乱する一行に、セルセラが解説する。
ここにいる光の輪郭は、背徳神の魂を道連れに砕かれ無数の破片となった辰砂の魂の一部。
この遺跡を作った辰砂の分身の一人が、あえて自分の中に戻さず訪問者を感知して起動するよう遺跡に残した人格の一つだろうと。
「分身とか欠片とか魂の一部とか人格の一つとかややこしいぞ!」
「俺もよくわからなくなってきた」
「私は繰り返し『黒き流星の神話』を読み聞かせられましたので、なんとなくわかりますが……ややこしいですよね」
「仕方ないだろ! 辰砂だって何も趣味で自分の魂砕いた訳じゃねえんだよ!」
辰砂程の力を持つ魔導士になると、その魂の欠片一つで常人の何倍もの力を持つ。
そして辰砂の魂の欠片を持って生まれ変わった人間は、あくまでも辰砂の一部。彼らは、時に同じような自らの一部を追い求め、時にあえてその欠片を放棄し、各々の目的によって行動する。
つまり、辰砂の魂の欠片が全て揃うまでは、辰砂の記憶や魔力や感情を有していても、決して“辰砂”そのものとは言い難いのだ。
辰砂の魂――白い星の欠片は無数に地上に降り注ぎあらゆるものに宿った。獣や無生物ならばともかく、人間が白い星を宿した場合は元の人間の人格が主となりつつも、辰砂の記憶や魔力に影響を受ける。
今彼らの前に佇む光の輪郭は、魂の欠片に宿った記憶だけで存在している。
そしてその輪郭をこの空間に残した者――遺跡の製作者の方は、辰砂の記憶と魔力を強く有し、ほぼ辰砂本人と見なされていた存在だろう。
「こんなところで伝説に出会えるとはな」
『僕の正体を言い当てた君の存在は興味深いけれど、ここにいる僕は試練の判断をするだけの存在。君とまともな「会話」はできないよ』
魔導によって発動するプログラムの一種である影は、試練の進行のために多少のやりとりはできるが本物の人間のように相手の言葉を理解して受け答えできる訳ではないという。
イメージとしては、定められた質問に対してあらかじめ入力されている答しか持っていないロボットやアンドロイドのようなものだ。
そう聞くと古代の物語好きのセルセラやファラーシャにもなんとなくわかった。
「ああ。いいさ。師匠やラウルフィカたちにあんたの存在について教えてやれば喜ぶだろうってだけの話だ」
セルセラの言葉に、影は不思議そうな表情をした。
――光の輪郭なので表情自体はわからないのに、仕草や雰囲気でそれがわかった。
『あれが出口だ。七つの試練を超えた者だけが辿り着ける部屋だよ』
影は自分の役目を果たそうと、とにかく一行が進むべき道の存在を伝える。
今回はファラーシャの件があったので謝罪のために門番が特別に出てきたが、普段は侵入者の前に現れることはない。あったらとっくに星狩人やその候補生の間で噂が広まっているだろう。
『……この遺跡を訪れる者は誰もが力を欲している。君たちは試練を経て力を手にする資格を得た。僕はその道行をただ応援しよう』
試練を乗り越えた者が善人か悪人か。そのようなことは、彼の関知したことではないと言う。
ただ、辰砂の用意した試練を乗り越えるほど強い心身と、それを育んだ事情故に、辰砂は侵入者の欲を肯定する。
『君たちの前途に幸あらんことを――』
一行は影に見送られて最後の扉を潜った。
「よし」
そして広い部屋の中で目の前を塞ぐ巨体に、大事なことを忘れていたことに気づく。
「あ……」
レイルが思わずと言った感じで呻く。
「そういえばまだこいつがいたんだった」
彼らが辿り着いた先の部屋には、遺跡に変容をもたらした元凶の魔獣――鵞鳥の騎士が待ち構えていた。
◆◆◆◆◆
「これが最後の戦いだ! さぁ、行くぞ!」
「おう!」
魔獣を屠り竜を屠り黒影騎士も倒し七人の番人の試練を乗り越え、もはやまたかという感想しかない一行は即座に戦闘へと突入する。
試練を乗り越えて辿り着いた広い部屋は、先程の白い地平線とは違い果てがある。
本来であればその荘厳さに驚くであろう、この部屋だけでまるで一つの神殿だと納得できる程の空間だ。
精緻な装飾の施された天井とそれを支える柱が作り上げた巨大な空間。
しかし今その中央で暴れているのは、巨大な鎧を身に着けた翼持つ騎士のような姿の魔獣である。
「さぁ、ここがお前の墓場だ! 鵞鳥の騎士!」
華美な装飾の鎧の中身は鵞鳥の顔をした人間で、体つきからすると女である。
しかしここまで人間離れした姿であれば女相手でもレイルは気にしないらしく、タルテ、ファラーシャと共に滑らかな連携で敵に肉薄していく。
セルセラは自分自身と背後のファラダを防御の術で庇いながら、近接戦を仕掛ける三人を支援する。
鵞鳥の騎士が翼を振るうと、無数の羽根が鋭い矢の雨のように飛んでくる。セルセラが魔導の盾でその攻撃から三人を庇うと、次の一撃が来る前にタルテが槍を突き出して敵の体勢を崩した。
「ぐぎゃぁああああ!」
そこへ、先程のお返しとばかりにファラーシャが神器の矢を降らし鵞鳥の翼を近くの柱に縫い付ける。
「飛び道具を持ってるのはお前だけじゃない」
ファラーシャの弓は、特殊民族である“光翅の民”に代々伝えられているという一族の宝だ。
神器。フルム神族より更に古き「神々の遺産」。
辰骸器の上位互換である神器を持ちながら、ファラーシャはこの試験に参加した。
神器と使用感の似ている辰骸器を自分は使いこなせるという自信、単純に強力な武器を得れば自分はもっと強くなれるという強さへの執着、そして。
もしもこの先“光翅の民”である自分と神器を、村を滅ぼした敵が狙ってきた場合に応戦するための隠し玉を求めて。
「レイル!」
「了解した!」
ファラーシャが動きを止めた鵞鳥騎士の腰から下を、レイルの剣閃がばっさりと斬り落とす。
「ガァアアアアアア!!」
恐ろしい咆哮が響き渡り、ファラダが耳を塞ぎ震えて蹲った。
「――これで終わりです」
上半身だけになってもまだ動こうとしていた鵞鳥騎士の心臓部を、タルテの槍が無慈悲なまでの正確さで貫く。
「――!!」
断末魔が広い神殿空間に響き渡り、ついに敵は動かなくなった。
魔獣の体が塵となって崩れ、翼から抜け落ちた羽根がはらはらと宙を舞う。その羽根も流れ出した青い血液も、やがて消え去り地に還るのだろう。
ただ一つその場所に残されたのは、まるで蛍のように仄かに輝く黒真珠のような球体。
「もしかしてあれが……」
レイルが小さな声で誰にともなく口を開いた。
「さすがにこの級(クラス)の魔獣だと、魂の欠片が肉眼で確認できる大きさになるな」
セルセラは消え逝く鵞鳥騎士の死体に近づき、ゆっくりと地に落ちた“黒い星”――背徳神グラスヴェリアの魂の欠片を魔力を帯びた手で拾い上げる。
衣装のどこからか小さな壜を取り出して、その中にそっと“黒い星”を封じ込めた。
「回収完了」
「結構呆気なかったな」
ファラーシャが笑顔で言う。
(と言うか、こいつらが強すぎるんだよ……。僕以外にこんな連中がいるなんて聞いてねーぞ。星狩人協会にとっては僥倖だがな)
特殊民族“光翅の民”の姫ファラーシャ、呪われた吸血鬼レイル、謎多き巡礼のタルテ。
ファラーシャはまだしも、後の二人はまだ強さの理由が不明だ。
不老不死の呪いをかけられているレイルは長年の修行の一言で説明がつくともつかないとも言える。百年二百年修行すれば誰でも剣の天才として活躍できるというのなら、星狩人協会は剣士を片っ端から神々の眷属にして修行漬けにするはずだ。
タルテに至ってはただの聖職者のはずなのだが、特殊民族と呪われた人間に勝るとも劣らぬ実力を隠し持っている。
「……まぁいい。とりあえず今は試験と仕事だ」
とっととこの試験を終わらせ、ファラダの主も救う。それでようやくこの仕事は終わる。
「さぁ、後は鉱石の採取だけだ! 急ぐぞ!」
◆◆◆◆◆
しかし、セルセラたちは一番大事な時に間に合わなかった。
「ファラダさん、一体どこに行っていたんですか?!」
試験を無事に終えたファラダが大急ぎでセルセラたちと共に主を預けた街に戻ったところ、目元を赤く染めた医院の手伝いの女がファラダへと詰め寄ってきた。
その奥では、入院患者を寝かせた寝台の横に腰かけた医師が静かに首を横に振る。
「リーゼルさんは……先程お亡くなりになられました……」
「――!」
汗まみれのファラダが、がくりと膝から崩れ落ちた。