015.血と運命と物語と

「へー、ファラーシャも“ファートゥス”シリーズの読者なんだな」
「ああ! 一番好きなのは騎士と姫君のシリーズ! 騎士様が王子様でもあることが判明した三作目が特に最高!」
 魔王討伐の道中は、少女たちのはしゃいだ話声に包まれていた。
「騎士様とか王子様とか好きそうだな」
「だって素敵じゃないか! 物語の世界って!
 ファラーシャが瞳を輝かせて語る。
「綺麗なドレスを着たお姫様! その美貌を称える吟遊詩人! お姫様を狙って来る竜や魔獣! そいつらを倒してお姫様を助け出す勇敢な騎士や、王子様!」
「紳士淑女の集う舞踏会、戦士や軍人たちの武勇を試す御前試合、未踏の遺跡に挑む冒険者、謎めいた錬金術師、都の夜を騒がせる怪盗や、それを捕まえようとする探偵……」
「そうだ! それそれ!
 セルセラの列挙した定番と言えば定番の展開に、興奮した表情で頷く。
「いつも色々な本を読むたびに想像していたんだ! 人間の世界にはきっと本当にこんなきらきらした“お姫様”の世界があるんだなって!」
「ファラーシャだって立場的にはお姫様だろ?」
「名目上はそうでも、特殊民族の一種族の暮らしは獣の山暮らしと変わりないし」
「その気になれば自分で絵物語の“お姫様”っぽい暮らしもできるんじゃないか?」
「相手がいないじゃないか! 私一人でそれっぽい恰好してても悲しいだろ!」
「いや、僕が言ってるのは仮装(コスプレ)じゃなくてな……」
「あの……二人とも、決戦の前に作戦を立てるとかしなくていいんですか?」
 タルテの突っ込みにより、セルセラとファラーシャの二人はようやく一度口を閉じた。
 ここは竜骨遺跡から“硝子の街”へ向かう道の途中である。
 魔王に呪いをかけられた魔獣狩り・リーゼルを生き返らせるためには、呪いをかけた魔王を倒さねばならない。
 死後の世界を統べる冥界神ゲッセルクからそう聞かされたセルセラは、タルテ、ファラーシャ、レイルの三人と共に、緑の大陸ツァルク帝国の一地方、通称“硝子の街”と呼ばれる場所に向かっていた。
 その街は百年前魔王に滅ぼされて以来、魔王とその配下の魔獣しか出入りできない廃墟となっている。
“硝子の街”の魔王は百年前に街を滅ぼしたきり廃墟に閉じこもり他に何をするでもないので、詳しいことは星狩人協会でも掴めていない。
 魔王と言えど、人間に積極的に危害を加える訳ではないなら放っておくのが星狩人協会の姿勢(スタンス)だ。
 危険なものには手を出さず放っておくのは生きる上での知恵の一つ。わざわざ意味もなく毒虫や猛獣をつつくような真似をする必要もない。
 緑の大陸の魔王討伐はこれまで優先度が低かった。しかし、リーゼルの一件を考えれば、一気に脅威度が跳ねあがる。
 セルセラが緑の大陸にやって来たのは辰骸器を得る試験のためだったのに、いつの間にか流れで魔王を退治することが決まっていた。
「まるで初めから定められていた運命のように、今回の事件は僕たちを魔王との戦いへ導いていく。……いいさ、もともとそのつもりだったんだ。魔王よ、お前の呪いと僕の運命、どっちが強いか比べよう」
 ――と、勇んで天界を出てきたはいいのだが。
「硝子の街までまだしばらくあるからな。そうそう緊張感は続かねえよ」
 ふよふよと箒に横座りで移動していたセルセラが言う。彼女以外の三人は、全員自分の足で走りながら話をしていた。
 星狩人の身体能力ならこれぐらいは軽々とやってのける。
 とはいえ、通常の移動は普通に歩くか馬に乗るか馬車を使うかなどする。
 生憎と、竜骨遺跡で試験を受けたばかりの新米星狩人である彼らにはそれらの準備がまだ整っていなかった。
 竜骨遺跡は山の上なので、馬車で来る者などいない。
 何より、箒で飛んでいるセルセラも自分の足で走っている三人も、その移動方法が馬より速い。
 つまり先程からファラーシャは走りながら流行りの絵物語について息も切らさず話し込み、セルセラはセルセラで彼らの移動の速さに自分の魔導を合わせるという無駄に器用なことをしていたのだ。
 主人を亡くしたファラダ辺りが一緒ならまだ悲壮な顔をする彼に合わせて神妙な態度をとっていたかもしれないが、セルセラたちにとっては結局リーゼルも他人である。
 彼らが人でなしなのは今に始まった話ではない。
「それはそうですが……」
 だからと言ってのんびりしすぎではないかとタルテは思う。
「レイル、あなたは何か言いたいことはないのですか?」
「え? ……すまない、何せ流行に疎くて。最近の若者にはそのファートゥスとやらが流行っているのか?」
「そっちの話題に反応しろとは言っていません。魔王討伐に関してです」
 不老不死の吸血鬼となる呪いをかけられた青年は、恐らく外見より実年齢がだいぶ上だ。
 セルセラとファラーシャの会話についていけないのはわかるが、タルテが反応してほしかったのはそちらではない。
「ああ、なんだ。そういうことか。……しかし、作戦を立てようにも魔王の詳細がわからないんじゃどうしようもないのでは」
「その通りなんですよね。緑の大陸の魔王はなんの思惑があるのか、硝子の街を滅ぼし廃墟にして以来、ずっと街の中に引きこもり外に出てきません」
「積極的に外に出て人間を殺すのに励むよりは、引きこもっててくれる方がマシだけどな」
 山裾の深い森を虫も獣も置き去りにしながら通り抜けセルセラはそう言う。
 おかげで情報らしい情報もない訳だが。
「けど今回は、ファラダのご主人様のことがあるから魔王を放っておくわけにはいかないだろ?」
「そういうことだな。一応死体に保存の魔導をかけてきたけど、完全な蘇生を目指すなら一刻も早く魔王を倒す必要がある」
「……魔王を倒すことでしか解決できない事態があるなら、倒す以外に道はないだろう」
 レイルはどこか気乗りしない様子でそっと口を開いた。
「作戦を立てるとは言っても、俺にはこれしかない」
 腰元で僅かに柄を浮かせた剣をカチンと鳴らして存在を示す。
「ふん、不器用吸血鬼め。安心しろよ、お前にできないことはこの素晴らしき魔女である僕がやってやるさ」
「セルセラ」
 作戦を立てたくとも多彩な行動はできないと言うレイルに、セルセラが鼻を鳴らして告げる。
「魔導士は高い攻撃力より広く色々なことができる技術を持っている方がいい。僕の経験談だ」
「そういえばセルセラは回復型の魔導士なんだよな。性格的に攻撃が得意そうだから意外だった!」
「放っとけ。……そういうファラーシャはどうなんだよ? 得手、不得手、弱点」
「私も攻撃ばっかり得意だなぁ。山で修行してた頃はこうして誰かと一緒に戦うことは考えてなかったから」
 ファラーシャはあっけらかんと言い放つ。
「でも、その分攻撃は得意だぞ。一対一でも、一対多でも。神器の弓のおかげで一度にいっぱい攻撃できる」
「なるほど……」
 ファラーシャの持つ神器の弓は、彼女自身の髪の毛を矢に変換する能力があるのだという。
 一本の矢を分割して連射攻撃もできる上に、いちいち矢を持ち運び取り出す必要がない。
 髪が矢だなんて、人間が使ったらすぐに禿げそうだよな、などとどうでもいいことをセルセラは考える。
「じゃあ敵が雑魚を山程ぶつけてくるような時はファラーシャが掃討だ。レイルとタルテは得物の関係上、基本的に一対一を想定してるだろ」
「ああ」
「はい、すみません。私は攻撃系の魔導なら多少は使えますが、基本的に武器を媒介する必要があります。槍が一番扱いやすいだけで他の得物も使えますが」
 手持ちの槍に炎や熱を付与して戦うことはタルテにもできる。
 しかし、セルセラのように他人に防御の術をかけたり、結界を張ったりと言うことはできない。
 そこがただの魔導力のある人間と、それを意のままに使いこなす魔導士との違いだ。
「そういうことなら、俺も自分の剣には多少力を籠めることができる。氷しか使えないが」
「なるほど……」
 頷きながらセルセラは考える。「可能」を強調して告げたタルテと、「不可能」を強調して言ったレイルの性格は反対だ。
「みんないいなぁ。私は魔導はまったく使えないぞ」
「特殊民族はしょうがないな」
 辰砂の創造した生体兵器である特殊民族に、基本的に魔導士はいない。
 ただし、彼らは特殊民族として生来与えられた力自体がそもそも魔法じみているので人間や魔族の使う「魔導」は必要ないのだ。
 タルテとレイルは自分が武器を持つ手に力を籠める感覚の延長線上で武器にも己の持つ属性の力を付与できるだけだ。
 魔導には属性という概念がある。人間はなんとなく四大属性と呼ばれる火・水・土・風の四つに分かれた力を持つと言う。
 なんとなく、と言うのはたまに複合的な属性や分類不能な特性を持って生まれる者がいるからだ。
 タルテは火、レイルは水に属する。
 セルセラは風で、特殊民族であるファラーシャも魔導という形で発現しないだけで、土の属性力を有している。
「セルセラは回復とか防御以外には何ができるんだ?」
 試験中に見せた術だけでも防御や支援系の多彩な魔導を使っていたセルセラだが、他にもできることはあるのかとファラーシャが尋ねる。
「そりゃあ色々だ。僕は攻撃だって得意だぞ。この大魔導士であるセルセラ様に不可能はない。基本的には」
「基本的には」
「きほんてきには!」
 タルテが胡乱な目で、ファラーシャが楽しげに繰り返す。
「やかましい。非魔導士への説明は一々面倒なんだよ。つまり僕は、魔導の基礎と呼ばれるものは全て納めているってこと」
「その『基本的』でない部分というのは?」
「その人物が独自に開発した特殊術式なんかは解析に時間もかかるし、一瞬で模倣することは不可能だな。個人の感情が絡む呪いも大概これに近い。僕が使える魔導術式はあくまで公式に発表されているものだけだ」
「えーと、つまり?」
「……例えば、この世界には古代から現代までたくさんの本が存在しているだろう? そのうち、普通に出版された本に関しては全て図書館で読める。でも個人が家でこっそりつけてる日記の内容は知らないってこと」
「ああ、なるほど。なんとなくわかった!」
 小首を傾げていたファラーシャは説明を聞いて、これならわかると手を叩いた。
「世界中の全ての本を読む……比喩とはいえ、そんなことが可能なのか?」
 魔導に馴染みのないレイルは、やはりどうにも信じられないと言いたげだ。
「まぁ、比喩だからな。魔導の術式構成は同系統の術なら似通ってるし」
 実際には全ての魔導を知るより世界に存在する全ての本を読む方が難しいんじゃないか? とセルセラは笑う。
 ただし、それが“魔導に関する本”であれば、実際に存在する全ての本を読んだに近いとも。
「つまりセルセラは、魔導士と言うより“界律師”なのですね」
「そういうことだ」
「「かいりつし?」」
 ファラーシャとレイルの疑問の声が重なった。
「“界律師”と言うのは、魔導士の一段上の存在のことですよ。基本的に人間は第六感までの感覚で魔導を使いますが、界律師はその更に向こうを第七感によって知覚できると言います」
 視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚の五感、そして霊的なものを察知する第六感。
 第七感はその更に先だ。人の魂が生まれ、還る場所を知覚する能力。
 いわゆる死の世界を見て帰ってきた者が得られると言う。
「界律師が第七感の向こうを説明するのによく使う例えが、この“世界の全てを記録した本”とそれを収める“図書館”なのですよ。……伊達に自ら大魔導士と名乗るわけではありませんね」
「そういうお前こそ、魔導についてそこまで理解してるとはただの司祭じゃねえな」
「ええ、よく言われます」
 お互い褒めているのか、皮肉っているのかよくわからないやり取りだ。
「二人とも仲がいいな!」
「ファラーシャ、お前の感覚はよくわからない……」
 まぜっかえすようでいて本気でそう思っているファラーシャの台詞には、セルセラもタルテも本気で脱力するしかない。
「魔導、か」
 賑わう三人から少し離れて、レイルは独り言ちる。
 なんでもできる。なんでも叶えられる。そんな力があればどれだけ幸せだっただろう。
 剣を振り回すことしかできず、体を動かすこと以外はどちらかと言うと不器用なレイルには想像もつかない世界だ。
 それがレイルの呪われて過ごした年月の問題か、別の理由に起因しているのかはまた別だが。
 物思いに耽りそうになるところで、振り返ったタルテに名を呼ばれる。
「レイル、あなたもご自分の使う剣技に関して少し説明してくださいよ」
「俺は説明が苦手で、上手く伝えられるかわからないんだが……」
「私とセルセラが聞きたいことをまとめて質問しますから、あなたはそれに答えてくださればよろしい」
「お前またさらりと僕を巻き込んだな」
「ああ。それなら……」
 強引な同行者によって強制的に会話をさせられながら、彼らはいつしか山の中の道なき道を進んでいく。

 ◆◆◆◆◆

「そろそろ街が近づいてきましたね」
 タルテの言葉に、一行は顔を上げて前方を見る。石灰岩で作られた白く古い街の景色が進行方向に広がっている。
 一度立ち止まり間近に迫った街の外観を眺めながら、セルセラはこの地方の文化に対する知識を披露する。
「緑の大陸のこの辺りの地域では、大昔生贄が盛んだったらしいな」
「いけにえ?」
「!」
 セルセラの口から飛び出た衝撃的な言葉に、他の三人はついつい耳を傾けてしまう。
「ああ。この地方の街は元々宗教都市だ。今の僕たちが知るフルム神話とは違うもっと、もっと昔の宗教。太陽の神に捧げる供物として、人間を殺していた」
 緑の大陸の中でも、この付近はかなり標高が高く空に近い。
 近くには天空の遺跡と呼ばれていた場所などもあり、人々は今よりもずっと太陽の恩恵を感じて生きていたのかもしれない。
「今でも魔王や魔獣の被害を誰かに負わせて避ける生贄の習慣はありますが、宗教が関わってくるとなると面倒な話になりそうですね」」
「そうだな。一口に生贄と言っても奥が深い。生贄となる者は捕虜や罪人であることもあれば、神への供物は純粋だったり優れた者がなるべきと考えられて見目麗しい少女や幼い子どもが選ばれることもあったとさ。後者の社会の価値観では、生贄に選ばれるのは名誉だとされていたらしい」
「……かつての宗教の話はよく知りませんが、生贄と言ってもひとえに負の印象だけではないということでしょうか」
「命を差し出して代価を得る行為はほぼ全部生贄だからな。神に祈る時だけじゃなく、魔獣を始め邪悪な存在と取引して自分たちだけ難を逃れることもある。今も昔も共通するのは、血や心臓や命を捧げることで人の身が通常では得られない見返りを得たいという願望だ」
 セルセラの滑らかな語り口に対し、レイルが居心地悪そうに制止を懇願する。
「……その話、やめてくれないか」
「やめる? 生贄話は嫌いか」
「ああ……その言葉にはいい思い出がなくてな」
「あった方が怖いですって」
 当然と言えば当然のことを言うレイルに、タルテが思わずと言った様子で突っ込む。
「そうかよ。僕は好きだぜ」
「何故?」
「代償を払うからこそ、大きな力を手に入れられる。実に単純明快な図式じゃないか。対価を払わず得られるものはない。そして対価が手に入れたものの価値に釣り合わないことも不自然だろう」
 小さなものには小さな対価を。
 大きなものには大きな対価を。
 しかしレイルは、その結論は受け入れられないと反論する。
「この世には無償で手に入るものだってあるだろう。親が子に向ける愛情や、臣下が王に向ける忠誠。強くなりたいなら努力という対価を払えばいい」
「レイル、それは……」
 タルテが口を挟もうとするが、セルセラの返しの方が早い。
「お前が挙げた例は必ずしも無償で得られるものではないな。親が子に必ず愛情を向けるなら僕みたいな捨て子はいないし、臣下だって暗愚な王に見返りなしに尽くす奴はそういない。それに、この世の中には努力ではどうにもならないことはいくらだってある」
「それはそうだが……」
 尚も何か言いかけたレイルを、セルセラの一言が封じた。

「お前が僕の血を欲するのだってそうだろう?」

 レイルが目を瞠る。

「努力すれば吸血鬼化の呪いが解けるか? 解けないから、お前は僕の血を欲するんだろ? 神に供物として人血を捧げる行為と同じだ。血液の生命力と引き換えに望む結果を得る行為。それも広義の生贄信仰」
「――」
 足を止めたレイルに合わせ、セルセラが箒から降りる。ファラーシャとタルテが立ち止まる。
「……違う」
 やっと絞り出したレイルの声はか細く掠れていた。
「俺は、誰かの命と引き換えに得るほど欲しい結果なんてない。――誰か一人を捧げて平和を得るよりも、みんなで世界を滅ぼす脅威に立ち向かう。その方がずっといい」
「……へぇ」
 セルセラはレイルの言葉に目を眇める。
「それならそれで別に構わないさ。でも、それでお前は何をする? 命の一つも差し出さねば得られないほどの結果を得るために、命以外の何を払う?」
 生贄信仰を許容する者と否定する者。二人の意見はぶつかり合うというには片方が弱い。
 セルセラに比べると、レイルの意見は消極的なもののようだ。
 どうしてもその道を選ぶのではなく、一つの選択肢を選びたくないから別の道を選ぶ。
 けれどそこに具体的な展望はない。
 いつか今問われているのと同じような出来事があった場合に、己の力で本当にそれが解決できるかわからないのだ。
「それとも、すでに後悔しているのか?」
「!」
 見透かすような言葉にレイルは息を呑む。
「不老不死の呪いなんて、気軽にかけられるようなものじゃない。術者は誰で、どんな代償を払って、お前は何を喪ったんだ?」
「……それは」
 咄嗟にレイルの脳裏を過ぎった、一人の少女の笑顔。
 雪に閉ざされる故郷の、それでも眩く穏やかだった日々。
 そこに突如として落ちた暗い影。
 氷の城の中で出会ったのは――。
 回想に沈む彼の辛そうな様子を見て、横合いからタルテが口を挟む。
「もういいでしょう、セルセラ。今はそれを話している時間はありません」
「そうだな。興味はあるけどここまで来たなら先にファラダの主を助けないと」
 魔王が根城にしている硝子の街は目の前だ。こんなところで内輪もめしていても仕方ない。
「行きますよ、二人とも」
「へいへい」
 タルテの強引なまでの仕切りに、セルセラは肩を竦めて頷くと、再び箒に乗って飛んでいく。
「レイル。あなたも行きましょう。……ちゃんと戦闘に集中してくださいね」
「ああ。すまない。気を遣わせたな」
「いいえ」
 こちらも歩き出したレイルの背中を見ながら、タルテはつい隣のファラーシャに話しかけてみる。
「ファラーシャ、あなただったらどう思います? さっきのセルセラの生贄の話」
「え、うーん?」
 一瞬だけ考え込んだファラーシャは、すぐにその思考を放棄する。
「難しい話はともかく、私は魔物の生贄にされそうなお姫様を、騎士様が救ってハッピーエンドになるお話が好きだな!」
「……そうですね。たまには御伽噺でも読んで、幸福な終わり方に学ぶのもいいかもしれません……」
 呆れ半分感心半分、タルテは一つ溜息をついて、ファラーシャと共にセルセラやレイルの後を追う。
 人の気配がしない廃墟の街に向け、四人は再び進み始めた。

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